工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

ZDP-189 切り出しでローズウッドを削る

切り出し

キャビネットの引き手は駆体に合わせ様々なデザインで、様々な素材で作るが、今回はローズウッドを用いたハンドメイドのもの。
左右1対で5Pairほど作ってみた。

こうしたハンドメイドのものも、扉に埋め込むためのほぞ加工などが伴うので、当然にも機械加工部分も多い。
機械加工が5割ほど。残りは手加工だ。
ローズウッドは比重が0.85〜と重厚なので、これを削るには一般の炭素工具鋼で作られている切り出し小刀では芳しくない。すぐに切れが止まってしまう。

皆、どうしているのだろうか。ハイスの刃などに切り出し型の刃付けをするという人もいるかも知れない。
しかしボクにはスペシャルな切り出しがある。
《ZDP-189》という鋼材名を持つ最も新しい合金からカスタムメイドされた切り出しだ。
刃物鋼材ではTop企業の日立金属株式会社が開発したステンレス系刃物用鋼材。
高硬度、高耐摩耗性が得られ、耐食性も良好のため、切れ味が良く、刃持ちも良い、という優れものだ。
硬度が66〜68HRCというからめちゃくちゃ硬い。(銀紙1号で59〜61、ハイスで61〜63)

ZDP189

需要のほとんどはカスタムナイフなどであるために需要も限られとても高価な刃物素材だが、趣味の世界とはいえ、日々刃付けに勤しんでいる人たちもいる。(最近ではプロの板前さんが包丁を作らせたりもしているようで、マグロを断ち切るにはもってこいという話もあるようだ)
実はこの刃物も、そうした人による製作になるもの。

Sさんという趣味で木工をされている人だが、もっぱら今は刃物造りに専念している。これも好意で頂いちゃったお宝だ。

とても長切れするのでこれまで研いでいなかったが、いよいよ研ぎがねばならないと思うのだが果たして上手く研げるだろうか。
もちろんダイヤモンドの砥石でないと刃は付かない。

■ 参照:カスタムナイフ用粉末刃物鋼 ZDP189について

強烈な作家志向を見る(小島伸吾さんの講演)

今日は家具作家・小島伸吾さんの講演が静岡市内で開催され、参加させていただいた。
ボクがこの仕事を始める以前から既に著名な家具作家として知られていた人だが、直にお話しを聞くのは初めてだ。
強い家具作家志向を見せ、強烈な印象を与えてくれる講演だったように思う。
これはボクにとっては決して想定外なものではなく、そうした意味では作品と作家が見事に一致した類い希な人物と言うことが言えるのかも知れない。
講演内容は、むしろあまりにも素っ裸に自己を晒し、小島伸吾という創作の源がいずこに存在するのかをあからさまに表白してくれたものだった。
自信にあふれ、周りが何と言おうと我が道を行く。事実、現代の木工家具界において常に先端に位置してきた人物である。
誰一人として歩んでいない道を切り拓き、頂点へ、頂点へと自らを押し上げていく姿は独壇場。
端々にこうしたところに記述するのを憚るような言葉を放ち、来場者を煙に巻くのだが、決して受けねらいで言っているのではなく、自身が普段考え、使っている言葉がそのまま、包み隠さず放たれてしまう。
そうした危ういものをも抱えた人物ならではの独特の魅力が、また彼が造る家具へと見事に投影されているのだろう。
様々な工芸美術品に魅入られ、クルマに魅入られ、女に魅入られ、美酒・美食を追い求め、それらを獲得するためにも、強烈な作家意識を堅持し、作品を生み出す。
会場は若い人も多かったが、彼の毒気に晒され、どのような感想を抱いたのであろう。彼ら自身がおかれている家具制作の現場での葛藤、若さ故の過剰な自信、そしてそれとは裏腹な不安。こうした様々なことを抱えた人への強烈な作家思考のシャワーはどのように作用したのかは知りたいものだ。
ボクが知っているプロの家具職人で彼の造形をマネる人は2ケタにもわたるだろう。弟子と言われる人は勿論、多くの影響を受けた人々は彼が造り上げてきた造形を追いかける。
しかし本人が語っていたように、誰一人として彼を乗り越えられる人はいない。それには彼自身不満でもあるだろうし、あるいはまた楽しんでいるのかも知れない。
(この講演会の主催者が用意したレジュメに記されたプロフィールが小島さんのものではなく、何を取り違えたのか、弟子のひとりのプロフィールが間違って印刷されていたことにも、作風の似ぐあいというものが推し量れる、ご愛敬ではあった)
ちょっと印象めいたことばかり記述してしまったが、造形の独自性、家具作家としての生き方など教えられ、あらためて小島伸吾という人物の作家性というものを目近に確認できたことは感謝したいと思う。
還暦を迎えたという小島さんだが、まだまだ活きの良い家具作家と見させていただいた。
今後どのような活躍をされるかは後塵を拝する我々にとっても1つの指標になるものであれば、ぜひ大きな夢を見せて貰いたい。
画像は会場内に持ち込まれた完成したばかりの漆卓を前に解説する小島さん。
小島伸吾氏

「第79回アカデミー賞」とiPhone

ロスでは「第79回アカデミー賞」授賞式がありましたね。
日本関連では作品賞にノミネートされた「硫黄島からの手紙」、助演女優賞にノミネートされた菊地凛子 (「 バベル」)さんでしたが、残念ですがいずれも逃しちゃった。
ところでAppleねた。
「第79回アカデミー賞」のABCからの生中継にApple社「iPhone」のTV CMが流れたようです。
アカデミー賞に合わせたバージョンですね。
過去の様々な受賞作品から、電話を受けた時の「Hello」部分のカットを集めた30秒CM。
最後の数秒間で「iPhone」が現れ、Hello… Coming in Juneとエンドクレジットされている。
ここに使われたカットがどの映画の1シーンなのか、半分以上記憶にある人はかなりのハリウッド通だろうね。
ボクに分かるのは……、1/3ぐらいかな。
それぞれのシーンで使われている電話機に見覚えのある人は、電話機 通、いや熟年さんですね。電話機の歴史を垣間見る感じだ。
当然CMのねらいとしては、電話機の歴史的発展のたどり着く先が「iPhone」ということなのだろうね。フム。
ところでこうした著作権に関わることをApple社が可能としたのは、iTS(iTunes Store)において映像制作各社との映像配信契約が成ったからに他ならないが、こうしたCMはApple社の支配力というものを鮮明に見せつけられる感じだね。
なおMacが登場したのは1984年ですが、起動すると最初に現れたのが「hello」の文字と「Hello I am Macintosh」という声でした。
MacフリークにはこのCMもまたたまらない魅力なのでしょうね。
ではどうぞお楽しみください。 Apple 社 〈iPhone〉
Apple社、米国サイトではTopページにこのTV CMが流れている。
*参照頁
iPhoneという衝撃

ハンドベルから届けられた週末の豊かな時間

ハンドベル
隣町の藤枝市内でイングリッシュハンドベルのコンサートがあり、これには知人(顧客)が深く関わっていることもあり楽しませていただいた。
TVからの映像では見知っていたものの、ボクはハンドベルの生演奏ははじめて。
演奏者は大野由貴子さん率いる“華音”のメンバー

“華音”:富士市本妙寺柏酒住職によるハンドベルグループ

音色は金属楽器からのものとは思えぬとても柔らかなもので、濁りのないクリアなサウンドという印象だった。
恐らくは周波数特性を取れば、倍音などの混ざらない、きれいなカーブが描かれるのではないだろうか。
プログラムは賛美歌もあったが、比較的なじみ深いものが多く、未体験の聴衆を考えてのもののように感じた。
想像できるかと思うが、ベル1つに音階は1つしか与えられないので、音域の数だけベルの数が必要となる。
メンバーの数にもよるが、持てるベルの数は限られ(一般には両手で2本。ベテランとなると3本、4本と持つようだが)、ある幅の音階を1人が担い、メロディーに合わせ、持ち替えて鳴らしていく。
これがなかなか大変だ。
プログラムの中に、指導者の女性が1人で演奏する曲があったが、そのベル捌きは見事なものだった。
しかしやはり全員揃ってのアンサンブルは呼吸を合わせての演奏が必須であるので、そのコンビネーションを見るだけでも、見応えがあった。
画像はいつもバッグに偲ばせてあるコンパクトデジカメのもので、こうした会場では当然にもストロボなどガイドナンバーが小さすぎ使い物にならないので、フラッシュ無し、三脚無し、手持ち撮影という離れ業であったが、ISO感度1,600で何とか無理に撮影されたものだ。ノイズの中にかろうじて浮かび上がる感じだね …>_<… ○▽さん、許してくださいね。 同会場での次回のプログラムは2月後、アルパと二胡の演奏があるというので時間があれば参加させていただこうと思う。(アルパの音色は好きですので) 「華音」の皆さん、ありがとうございました。 画像右から2人目がリーダーの大野由貴子さん。隣が本妙寺住職柏酒孝鏡さん。 ■ 次回予定  4/28(土)二胡・アルパ・エレクトーン共演 ■ 『天使のハーモニー イングリッシュハンドベルの魅力』

木工家具制作におけるサンディング (その4)

サンディングバナー
様々なサンディング工程
今回で本件4回目のエントリになるのだが、都合2回ばかり隘路に入ってしまった感がある。本筋に戻さねばいけないのだが…。
しかしもう少しだけ脇道を進んでいくことをおゆるしいただきたい。
サンディング工程を家具制作工程のどの段階に入れるべきかという話をしてみたい。
言うまでもなく、部品の加工工程が終わり、組み上げる手前の段階でサンディングするというのが一般的な考え方だろう。
当然そのようにすべきだろうと思う。
実はこの当たり前の考え方が必ずしも守れない、という事情もあると思われるので少しばかり記述させていただきたい。
ではまずサンディング工程というものを前後の工程から整序してみる。
(ここではあくまでも素地調整としてのそれを指す)

  1. 部品の機械加工
  2. 部品の手加工
  3. 部品の仕上げ削り(超仕上鉋盤 → 手鉋仕上げ、など)
  4. 機械サンダーでは掛けることの出来ない部位の手作業(およびポータブルサンダー)によるサンディング
  5. 機械サンダー(3点ベルトサンダーなど)
  6. 組み上げ
  7. 補助的サンディング工程
  8. 塗装

ということになるだろう。
これは当然だが、サンディングを素地調整としてのものと限定したプロセスの一例である。
つまりこれはあくまでも原則的なプロセスだが、原則は原則として堅持すべきだろう。しかし時としてこれに準じることのできないこともあり得る。
どういうことかと言えば、よく考えられることとして組み上がったものをあらためてサンディングしなければならない状況に迫られる、ということが往々にしてあるのだ。
例えば設計通りに組み上がらずに、手直しが必要になってしまう。
これは当然組み立てを中断して修正をしなければならないから例外と言えるだろう。
普段に良くあるケースとして、ほぞなどに施したボンドが組み上げる過程で外にはみ出してしまう、ということがある。
また同じボンドの処理の問題として、組み上げ過程で、ボンドを拭き取るための洗浄処置での水洗いによりサンディングした範囲の素地が荒れてしまう、と言ったことも同様に起きうる事例だろう。
当然、これらを放置したままでは、塗装へと進めるわけにはいかない。無理にやれば塗料は適切に付着せずに正常な部位とは異なりムラになって表れる。
これを修正するための局所的なサンディングは当然手作業になるだろうが、これは機械でのサンディングとは違い、かなりテクスチャーの異なるものとならざるを得ず、正しい素地調整では無くなってしまうリスクは高いものだ。
したがってあくまでも組み上げ前のサンディングを最後に、その後は一切サンディングなど必要のない工程を踏むべき、という考え方は理解していただけるだろう。
いじくればいじくるだけ、せっかくの素地調整の品質は侵されおかしくなってしまうものだ。
高精度の機械サンディングの後は一切触らない、というのが正しく、美しい手法と考えるべきだろう。
関連して、こうしたプロセスを正しく進めるためのいくつかのポイントを上げてみよう。かなり細かな話になって恐縮だが、プロの職人としての考え方に触れるのも悪くはないだろう。

  • ほぞ穴へのボンドの塗布は必要にして十分な量を適切に施すこと。
    未熟な職人は意外にこの段階で不適切な塗布をすることが多いものだ。
    (ホゾ穴へのボンド塗布が不十分で局所的なもので諒とされてしまう)
  • 一方、ほぞのオスの方だが、こちらへは決して余分な量のボンドは塗布すべきではない。それらのほとんどは接合部からはみ出してしまうだけだ。(→ 水洗い → 再サンディングが必要となる)
    例えば胴付き部分にボンドを塗布するのはその面積にもよるが、ほぞを打ち込んでボンドがはみ出るような過剰な塗布量は避けるべきだろう。
    胴付き部分への塗布は最低限に止め、ほぞ部分に塗布したボンドがほぞを打ち込む過程で胴付き部分にも廻っていくことで十分だろう。
    これは一般に竹ヘラで行うことが多いと思うが、先端の細い腰のある筆などを併用することで簡単に対応できるだろう。
    うちではほぞのほとんどは四方胴付きを基本としているが、これはもちろん剛性を考えてのことだし、また仕上げ削りでほぞの寸法に影響を与えない、と言った大きな効用を考えてのことであるが、このボンドの塗布でのはみ出しを避けるという意味からもその効用は大きなものがある。
  • しかしまた組み上げの工程でボンドがはみ出してしまう、ということは避けられないことだ。
    そこで水洗いであるが、できるだけ熱めの温水を用意し、はみ出した部分のみを局所的に拭き上げることが肝要だろう。余分なところへは決して水分を与えてはならない。
    そのためには塗装用などで市販されているステンレスのヘラなどの先端をさらに細く加工し、これを用いウエスを巻き付けてできるだけ局所へとアプローチできるようにしよう。
  • なおサンドペーパーの番手に関してだが、機械のサンダーでの番手と、手作業のサンディングでの番手は同じに仕上がるとは考えるべきではないだろう。
    手作業の方は1段階番手を上げねば同様の仕上げにはならない。
    例えば機械でのサンディングが#240を用いたとすれば、その後の修正の手作業のサンディングは#320を用いる、と言ったように。

また組み立てる過程で玄翁での打ち込みにより傷が付く、あるいは端金などの圧締による凹み痕が残ってしまう、ということもしばしば起きる。
これらは濡れたウエスをあてがいながら熱したアイロンで戻す、ということで対処するが、この時にも湿潤な蒸気でサンディングが戻ってしまうということになり修正が必要となる。
この際にも濡れたウエスは極力対象箇所に必要量のみを当てるという注意も必要になってくるだろう。
濡れたウエスをぶらぶらさせながらそこらじゅうを濡らしてしまうということも、経験が浅い職人の緊張した組み上げ過程では注意散漫になり起きうるものではないだろうか。
今回はサンディング作業に関わる周囲の事柄についての記述に終止してしまったし、しかも重箱の隅を突く感があるね。
こんな記述内容では読者も引いてしまうだろうね。
しかしこうしたことも実はプロとしての自覚的作業においては求められる多くのことの中での1つなのだ。
また、なかなか本論が進まないという状況ではあるが、端(はな)から体系的な記述などできまいと考えているのでご容赦を。
Blog記述の“勢い”ということで……。
今日も終業のベルが鳴っているのでここで終わりにする。

What’s DOMINO ? (FESTOOLから新機種リリース)

DOMINO

FESTOOLのルーターについては先に紹介した通りで快適に使っているが、今日関連パーツを調べるために米国公式サイトに行ったら、何かすごい新製品を見ちゃった。
* DF500Q DOMINO JOINTER

数日前(07/02/19)発表されたNewsなので、国内ではまだ知られていないかも。(Googleすると海外のサイトではたくさんヒットするも、国内では皆無。日本の代理店でも音無)

ボクはこうした海外の電動工具には詳しくはないのだが、恐らくは業界初の機種なのではと思うよ。

ボクが稚拙な解説をくどくどするより百聞は一見にしかずということで、まずは動作の様子のビデオを見ていただこう。
WMP
Quick Time

欧州のサイトにはアニメでの紹介もあったよ。
上から2番目

他にもフラッシュ、pdf、動画などでの詳細な取説、仕様書もあるね
ま、要するにほぞ穴を穿つための電動工具だ。

既にビスケットジョイナーという機種は古くからあるし、多くの方が使っていると思われるから、ほぼそのシステムはよく知られたところだと思う。

しかしこのDOMINOという機種は、カッターを水平方向に前後させて、円弧状に穿つ、というものではなく、ある任意の幅と深さまで水平に穿っていくという、ちょっと驚きの機構を有する道具というところに新しさがあると言える。

ご存じの方もいらっしゃると思うが、欧米の木工機械にはホリゾンタルボーリングマシーンというものがあり、ミルの刃を付けて、両端が半円状(ミルの回転刃による)で一定の幅のホゾ穴を穿つものがあるが、目的とするところは似ているかな。

ただユニークなのは、回転刃の刃先が左右に首を振りながら掘っていくという斬新な機構を開発し、これをコンパクトな工具として設計、製造させたところは見事と言って良いだろう。

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天使のハーモニー イングリッシュハンドベルの魅力(お知らせ)

突然ですが、明24日、静岡県藤枝市のヤギモク「住工房」というところで、知人の本妙寺住職・柏酒孝鏡さんが率いるハンドベル演奏者らのコンサートが開かれます。
こぞって参加ください。
この本妙寺は富士市の名刹ですが、ここの庫裡にはボクが手掛けたいくつかの家具が納めてあり、昨年刊行された雑誌『週末工房 Vol.5』の取材で協力いただいたところです。
普段からお寺を会場にハンドベルの演奏の練習と、コンサート活動を精力的に行っています。
なお、今回は新たに工房 悠制作による「ミュージックスタンド」(譜面台)を使っていただくことにもなりましたので、この方面でのご興味のある方もぜひご覧になってください。
■ 『天使のハーモニー イングリッシュハンドベルの魅力』
■ 場所:ヤギモク「住工房」
  静岡県藤枝市小石川町4-2-1
■ 2月24日(土)19:00?
■ 出演: 大野由貴子with華音(かのん)
■ 曲目: もろびとこぞりて、アメージンググレイス、虹の彼方に、他
■ 問合せ:0120-982-401 住工房
住工房Webサイト

芽が出そう

山形でもソメイヨシノが開花したとニュースに来ていたが、今日の暑さは異常。
もう薪ストーブ片づけちゃおうかな、と思わされるほどのものだ。
当地ではこの冬、結氷したのはわずかに3日ぐらいしかなかった。
このまま春を迎えてしまうのだろうか?
自然が壊れてきている〜
ソファ画像はアングルも何もかも良くない状態のものだけど…。塗装中の家具なので…。
ソファの木部。
これは2人掛け。実はもう1台、3人掛けのものも制作し、これは既に張り屋へ。
近くの木工所のリタイアした親方が立ち寄り、興味深げに見てくれた。
「俺たちの若い頃は、張りも自分たちでやったものだ。バネを使った奴だぜ」
と、懐かしげに話をしてくれた。
現在ではスプリングもポケットコイルと言って、布にくるまれた状態のものを調達できるので、かなり簡便になっている。
しかしボクは自身ではしません。
餅は餅屋。良いプロの職人さんにしてもらう。
しかしソファの品質は木部3割り、張り7割り、というバランスだろうから、張り屋にも気合いを入れてやってもらわねばなりませんね。
また完成したら、良いアングルで誰かさんにも満足してもらえるような撮影をしてご覧いただこう。

国立新美術館・ポンピドー・センター所蔵作品展を観て

裏口、ロゴ
六本木のTV局に所用で出掛けたついでに、同地域に新たにオープンした「国立新美術館」に立ち寄った。
美術愛好家ならずとも、この地域が上野に次ぐ新たな美術館ゾーンになることは知られているところだろう。
既に4年前に開館した森美術館(六本木ヒルズ森タワー)、間もなく開館予定のサントリー美術館(東京ミッドタウン)、そしてこの国立新美術館と、都心の一角に3つの美術館が集中オープンする。
さて、オープン間もない美術館では企画展「異邦人(エトランジェ)たちのパリ 1900ー2005 ポンピドー・センター所蔵作品展」を開催中で、これを観覧した。
正面新しい美術館のオープン記念展であるので、当然その美術館の所蔵作品が展示されるのかと思うのは大きな勘違い。
オープン記念として企画されたのはパリのポンピドー・センター所蔵の作品を展示するものだ。
この美術館は構想当初「ナショナル・ギャラリー」と仮称されたのだったが、実は所蔵作品を一切持たない。貸しギャラリー、レンタルスペースというわけだ。
日展、二科会、国画会などの公募展展示場などとして機能する。
これまでは東京都美術館が大小様々な公募展を担っていたのだが、十分な展示スペースが確保できない、スケジュールが一杯、などという状況の打開策として構想されたのが、この新美術館という訳だ。
この新しい美術館への様々な評価は後述するとして、まず企画展の感想から。
20世紀の世界的芸術の中心地、パリに集った外国人芸術家たちの作品約200点を展示するもの。
世界に誇る近現代美術の殿堂、レンゾ・ピアノ設計で有名なポンピドゥー・センター収蔵のものからだ。
藤田嗣治:カフェにてレオナール・フジタ(藤田嗣治)をはじめ、ピカソ、シャガール、ミロ、マティス、モディリアーニ、キスリング、ブランクーシ、ジャコメッティ、マン・レイ等々。
様々にアイデンティティを模索してたどり着いたパリ。フジタのように故国から追われるように求めた安住の地、パリ。
異郷の地でエトランジェとしての葛藤をバネとした創作活動の成果だ。
これだけ20世紀を俯瞰する芸術作品が一堂に揃えば確かに壮観。
しかしこれだけでは美術教科書を復習うようなもの(無論、ホンモノとの邂逅はそれだけで至福ではあるだろうが)。
こうした美術史に名を残す著名な芸術家以外にも、現役で旺盛な制作活動をしている若いエトランゼたち(南米、アジア、アフリカなどの)の作品もいくつかあり、ポンピドゥー・センターの美術界における現在的意味を感じさせるものともなっている。
チケットを購入する時は、かなり混雑するとのおどしも受けたが、さほどでもなく、一つ一つの作品をじっくりと鑑賞できた。

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木工家具制作におけるサンディング (その3)

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サンディング無しの仕上げ
少しサンディングから脇道に逸れるが、仕上げ一般について別の角度から考えてみたい。
第1回目の項で、日本建築における仕上げ手法の特異性について語ったことをさらに少し膨らませてみる。
木工家具の製作にも様々な仕上げの考え方があることは既に少し述べてきたが、鉋の掛けっぱなし(サンディングをしない)、ということについて。
ある著名な木工家の仕上げには鉋を掛けっぱなし(サンディングは一切しない)、ということもあるようだ。というよりも、それをあえてテクスチャーとして尊ぶ、という考え方に基づいているようだ。
最初、展示会でそれらを見たときはその仕上げ方に驚くとともに新鮮な感覚を受けた。
いわゆる鉋枕(鉋掛けで生ずる際の浮き上がりを指す)であったり、鉋のビビリ[びりつき]などをあえて残して、それを味わいとしているのだった)
あるいは別の著名な木工家の家具では針葉樹を用いた仕上げに槍鉋を掛けて仕上げるという方法を取っていることは良く知られたところだ。
当然にもこれにはサンディングはされないのであろう。針葉樹という柔らかい材質という理由もあるが、せっかくの槍鉋の仕上げのテクスチャーが損なわれてしまう。
こうしたことは仕上げ方法における1つの見識として考えることができるだろう。
ただやはり先に述べたように逆目も何も残したままでの仕上げということであれば、必ずしも一般的なものというものではない。
余程鉋の切れ味を高め、優れた技能で臨まねば、その仕上げの品質は作家の意図から離れてキッチュなものに陥るリスクを抱えていると考えるべきだろう。
さらに言えば、こうした仕上げが安易かというと決してそのようなものではない。平滑に仕上げることは、ある程度の鉋掛けの技法と、それなりのサンディングシステムがあれば相当程度に仕上がる。
しかし一方、鉋仕上げフィニッシュでは、相応の美意識と、鉋、槍鉋の技能が求められる。
木工家具の様々な展示会、家具ショップ、あるいはWebサイトで見る家具の中には、板面の平滑性を求めず、如何にも無垢で、手作りでござい、というような仕上げ手法を訴えるものもめずらしく無いが、ボクの眼からすればちょっと違うんじゃないの、と思わされるものの方が多いかも知れない。
形を崩す、あるいは侘びさびを求める、という手法はかなり高度なものと知るべきだろう。
であれば凡庸なボクのような木工家はしっかりと鉋で平滑性を求め、良いサンディングをする方が真っ当な考え方だろうね。
切削における鉋とサンディングの違い
次に切削の工程において鉋を使うことと、サンディングで行うことの違いと特性についても見ておこうと思う。
ボクはどちらかと言えば、その限界と懐疑が問われつつあるとはいえ、近代合理主義の考え方に近いからなのかも知れないが、目的とする結果が同じであれば、より合理的な手法を取るべきと考えたい。
ここで言えば、例えば目的とする寸法にまで平滑に、あるいは目的とする形状へと、切っていく、あるいは削っていく、そのプロセスは基本的にはどのような手法を取ろうとも構わないとさえ考えている。
したがって例えば一定の寸法まで平滑に削るためには、鉋であれ、サンダーであれ構わない。
いわゆる量産工場では手鉋など無用であるばかりか、かえってそのような手業は忌避されるものと位置づけられるだろう。
(鉋を扱うことのできる職人がいないという理由もあるだろうが、それ以上に手鉋を使わなくて済むような設計と仕上げのシステムが整えられているためだ)
大きな工場では大体どこでもワイドベルトサンダーが設備されているだろうから、無垢の板であっても、これで削れば良い。
要するにサンダーと、鉋とどちらが切削能力があるのか、同時にまたどちらが切削精度が高いのか、という基準から考えて、選択すれば良いだろう。
個人の工房ではワイドベルトサンダーなど設備されているところはまず無いと見て良いだろう。
あるのはせいぜい3点ベルトサンダー、あるいはポータブルサンダーだね。
確かにそれらでもある程度は削ることが可能だろう。
しかし残念だが、ワイドベルトサンダーのように厚み規制が効かないので、正しい意味での平滑性を保証することは、ほぼ無理と考えるべきだろう。
(無理を承知でこうしたサンダーで削っている木工所も沢山あることは知っているが、ここではそうした低品質な木工を対象とはしていない)
一方手鉋であれ、下手なポータブルサンダーよりもはるかに切削性能は高いものだ。何も手鉋を使うことに職人的倫理観を求めたり、職人的ストイックを求めずとも、実際の切削能力において、サンダーよりも切削能力が高い、というところに選択の要を求めることが出来るものなのだ。(このあたりのことは意外と誤解されているかも知れない)
しかも、平滑性という重要な切削工程における必須要件を満たすためには、(ワイドベルトサンダーという利器を除けば)圧倒的と言っても良いほどに手鉋の方が優れていると断言しておこう。
以上平明に述べたつもりであるが、切削工程での道具、機械の選択において、合理的手法という考え方からしても鉋の選択ということが非合理的で頭でっかちな考え方ではないことにお気付きいただけただろう。
さらにもう1つ付け加えれば、切削肌ということからすれば、これまた同様に鉋で切削した方が良質な板面を求めることができると言うことは言うまでもないことである。
したがってワイドベルトサンダーの圧倒的な切削能力の前にあっても、この切削肌、という1点において鉋は優位に立つと言って良いものなのだ。
(ここでは切削能力を考えてきたが、ひとまずは生産性という要素はあまり重視してこなかった。確かに手鉋は疲れるし、鉋は研がなければ切れない。研げば鉋はチビる。
一定の切削能力を鉋に与えるためには、相応の修行も必要となる。
こうした生産性における彼我の差異は、別途考慮すべき問題ではあることは言うまでもない)