「もう、間に合わないのでは」

焼け付くような炎天下、高鳴る蝉時雨をくぐり抜け、市民総合病院での呼吸器疾患、定期検診を済ませ、その足で父と兄などが眠る隣町の墓前に花を供える。
和尚と二言三言言葉を交わし、太陽が真上近くになる時間には位牌を管理している母の在所へと向かう。
80半ばを越える母はまだまだ元気で、笑顔で迎えてくれたが、一昨年に長兄を亡くしてからは衰えは隠せない。
「お茶は冷たいのと熱いのとどっちが良いの?」と、母が仏壇に合掌を終えた頃を見計らって言葉を掛けてきたが「熱っつい奴を」と答える。
兄が残した築後数年の立派な家だが、母の部屋は北と東の窓が開け放たれ、風が抜けるせいか扇風機とうちわだけで十分にしのげ、真夏の日中とも思えぬおだやかな時間が流れ、妻、亡き兄の妻、母、4人で暫く昔の話しに興ずる。
それぞれ就学時の頃の他愛ない話やら、亡き兄、亡き父の思い出やらが続き、最後には戦時中の話しと移っていった(いえいえボクはこう見えても戦後生まれ、ですが)。
しかしボクの近い親族には、もはや戦争を語ることのできる者はいない。
女は母を含め長命で数人がいるが男どもはさっさと鬼籍へと埋もれてしまっている。
63回目の敗戦記念日(『終戦記念日』などどいう実態を糊塗し、覆い隠すような呼称には多くの問題が隠されている)を迎えて、多くの家庭がほぼ同じような状況にあるのではないだろうか。


今日はウォールナットの大きなテーブルの脚部を仕上げ、やっと組み上げ、塗装の第1ステップまで進めることができた。


木工家具のデザイナー & 職人のartisanです。
