工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

「もう、間に合わないのでは」

蝉時雨
焼け付くような炎天下、高鳴る蝉時雨をくぐり抜け、市民総合病院での呼吸器疾患、定期検診を済ませ、その足で父と兄などが眠る隣町の墓前に花を供える。
和尚と二言三言言葉を交わし、太陽が真上近くになる時間には位牌を管理している母の在所へと向かう。
80半ばを越える母はまだまだ元気で、笑顔で迎えてくれたが、一昨年に長兄を亡くしてからは衰えは隠せない。
「お茶は冷たいのと熱いのとどっちが良いの?」と、母が仏壇に合掌を終えた頃を見計らって言葉を掛けてきたが「熱っつい奴を」と答える。
兄が残した築後数年の立派な家だが、母の部屋は北と東の窓が開け放たれ、風が抜けるせいか扇風機とうちわだけで十分にしのげ、真夏の日中とも思えぬおだやかな時間が流れ、妻、亡き兄の妻、母、4人で暫く昔の話しに興ずる。
それぞれ就学時の頃の他愛ない話やら、亡き兄、亡き父の思い出やらが続き、最後には戦時中の話しと移っていった(いえいえボクはこう見えても戦後生まれ、ですが)。
しかしボクの近い親族には、もはや戦争を語ることのできる者はいない。
女は母を含め長命で数人がいるが男どもはさっさと鬼籍へと埋もれてしまっている。
63回目の敗戦記念日(『終戦記念日』などどいう実態を糊塗し、覆い隠すような呼称には多くの問題が隠されている)を迎えて、多くの家庭がほぼ同じような状況にあるのではないだろうか。

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テーブルの脚は無用か

テーブル脚組み上げ
ある著名な木工家の個展で作家本人から伺った話。
「テーブルというのは天板さえあれば使えるんだから、脚なんて無くて良ければそれで構わない」
空中浮遊できるならそれでも構わない。機能としての天板があれば十分、ということになるのかな。
確かに正論でもあり、また暴論でもあるね。
しかし現世では脚がなければテーブルとしての機能を満たせないというのがニュートン先生から教えられた万有引力の法則が貫かれる地球上の法則。
そうであれば、あと問題となるのは工学的解析であり、またデザイン学の世界の話しになる。
要するに求められる天板のボリュームに対し、十分に使用環境に耐えられる脚部の構造的強度があるか、家財、調度品として求められる意匠と仕上げ精度、つまりは美しさがどうであるか、ということである。
如何に天板が立派なものでも貧弱な脚部では、構造的にも意匠的にもバランスが悪い。
また小ぶりな天板にあまりに重厚な脚部を付けても具合が悪い。
要するにバランスだ。
テーブル脚、塗装今日はウォールナットの大きなテーブルの脚部を仕上げ、やっと組み上げ、塗装の第1ステップまで進めることができた。
これはズリ脚と上部の吸い付き桟の位置関係がずれて垂直ではないので、ちょっと組み上げるのが大変。
そんな理由もあり、2脚1セット分を然るべく、ずれ調整を補正させてのプレス機での組み上げとなる。
枘のストロークも90mmほどあるので、他の方法では正しく組めない。
しかしウォールナット(但し天然乾燥のもの)のオイル塗装は、実に美しく変化するね。
ところで天板とのバランスはどうかな。また後日画像upできれば良いのだが。

ネットではJR会社複数路線の予約はできません

今日は帰省ラッシュのピークだそうだ。
普段から当地からの移動には3Km先にICがあることも幸いし東名高速道路が欠かせないが、こんな時期は利用を避けねばならない。
ところで来週末、新幹線を利用して東北地方へ出張するのだが、帰省ラッシュとはずれているので“はやて”のソファにゆったりと身を沈め、iPhoneからBGMをもらい短編小説の1つぐらい読み切れるかも。
今日はJRの指定席確保にちょっと戸惑ってしまった一件を取り上げてみる。
民営JRの連携の悪さについてということになる。
JR全線、指定席が欲しければチケット発行端末が備えてある駅頭に行けば何ら問題なく発券してもらえるのだが、何をやるにもネットから、という昨今のIT依存体質をもってすれば、当然にもMacを叩けば予約ぐらい出来ると踏んでいた。
妻は実家が中国地方ということもあり、頻繁にJR東海+JR西日本を利用していて、数年前からエクスプレスカードというものを取得し、活用している。
Macに向かえば指定席の確保と発券予約はもちろんのこと、みどりの窓口などで購入することと較べても、割安であるらしい(措定席負担分がほぼ免除)。
また利用回数によって、グリーン席も自由席分の負担で利用できるのだという。
当然にも今回もこれを活用して予約してもらおうと依頼した。
ところがダメなんだという。
あんたの分はあんたでやんなさい、なんて言うイジワルされたのではなく、システム上出来ないのだそうだ。
そんなヘンな話しあるの?
と、自身で確認すれば、確かに東北地方へはJR東日本を利用することになるのだが、JR東日本はこのエクスプレスカードのサービス対象外なんだそうだ。
おやおや困ったものだね。
と言うわけで、同様のサービスがJR東日本にもあるだろうと思い、検索してみれば、確かにあった。
えきねっと」というらしい。詳細はサイトからご覧いただくとしても、そのサービスエリアは、やはり自社の管内だけらしい。
つまり今回のようにJRの各会社を跨ぐような利用では発券予約できない。
また例え管内での予約は出来ても、実際の発券は管内のみどりの窓口ということで管外の者には受け取る術がない。
これは単にネット上でのシステム的な制約かと考えてみたのだが、どうもそうでもないようだ。
各JRはそれぞれ、様々なツアー商品を販売して顧客獲得に熱心だが、例えばうちの管内、 JR東海ではJR西日本方面のツアーは連携しあって販売しているが、東方面は皆無。
詳しく関連する情報を取得すればその背景も浮かんでくるだろうが、今のところするつもりはない。
ただあまりにもその連携の悪さに頭を抱え込んでしまう。
ま、そんなワケで結局Macを閉じ、駅へと走ったというつまらないオチでした。
(JR各社を跨いだ予約をネット上で出来る方法を知っていらっしゃる方がいれば入れ智恵をください)

送り寄せ蟻吸い付き桟

送り寄せ蟻
猛暑日が続いている。
こういう気象条件下では木への影響はどうなのだろうか。
工房の寒暖計は30度を大きく超える数値を示しているが、乾湿計は体感とはちょっと違い意外と低い値示す。50%前後。
例えば今日の作業、「送り寄せ蟻吸い付き桟」の加工調整については、とてもナーバスになる。
木は必ずや痩せてくるので冬場の乾燥した環境下で調整する際にも細心の注意をもって臨むものだが、湿潤な大気の季節ではなおさらのこと。
したがって桟の木取りはあらかじめ痩せを想定してのものとなる。
具体的には板目は避け、良く乾燥した柾目で木取ることで寸法精度の経年変化を極力避ける。
吸い付きの嵌め合い調整は極力堅めに行う。
それでも少々の痩せは避けられないので、その場合にさらに打ち込むことで嵌め合いを強くするための蟻桟の移動距離の余力を見込んでおく(テーパー加工)。
なお、参考までに記述しておきたいことがある。
「送り寄せ蟻吸い付き桟」の構成だが、ボクは画像のようにブロックごとに欠き取ることはしない。通している。
これは解説は不要だろうが、蟻桟がブロックであることで、首根っこからもげてしまう(繊維破断)ことを避けるためだ。

スイカにはたっぷりの塩を

連日の猛暑もここへきて少し和らいできたように感じる。
日中の炎暑はさして変化はないようだが、朝夕の凌ぎやすさがそう感じさせるのだろう。
ところでこのところの気温の上昇は体調に著しくダメージを与えていると思う。
ボクも数日前から脚部の違和感を感じるのだが、やはりNa(ナトリウム)不足からのものと思われる。
大汗を掻いての木工作業で、体内からナトリウムが排出して異常な状態になっているのかもね。(単なる老化だろ、との陰口も聞こえる)
さっそくそれ以降はスイカにもたっぷりと塩を振りかけ、食事には毎食梅干しを噛みしめ、スポーツドリンクを積極的に摂取している。
アシスタントからは栄養ドリンク飲まないの?と促されるが、そんなものに依拠する体質ではない(体質ではなく、健康への考え方、かな)。
しかし何よりも夏の体調管理はきちんとした食事の摂取と快適な睡眠を取ることに尽きるのではないだろうか。
そこで今日は拙宅の睡眠環境。

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Branford Marsalis + Sting

小さな島国、日本でしか暮らしたことはないので、異邦人というものの居心地がどのようなものであるかは知らない。
(国内にいてもそれらしき気まずい居心地を味わされることが無いとは言わないけれど‥‥)
スティングは歴とした英国人だが、ポリスを解散してソロ活動の開始後はニューヨークを拠点に活動している。
アルバム「Nothing Like the Sun」はソロになって3枚目のアルバム。
そこから「Englishman in New York」をYouTubeで

20年も昔のアルバムからだが、何故こんな旧い曲を取り上げたかのか。
iPhoneではビデオクリップを再生できるので、iTunesライブラリに納めてあったいくつかのビデオを同期してみた。
小さなモニターではあるが、なかなか解像度も高く美しい。
そこでiTSから気になるミュージシャンのビデオを検索し、新たにいくつか購入した中の1つがこのStingの「Englishman in New York」
再生回数の高いランキングにある曲だったが、あらためてビデオクリップで取り込んで気になったのがバックミュージシャン。
中でも軽やかな中にも叙情的なスイング感でオブリガートを担うソプラノSaxはもしかしたら、と思って検索したら、Branford Marsalis(ブランフォード・マルサリス)。
弟のWynton Learson Marsalis(ウィントン・マルサリス)は現在最も著名なJazzトランペット奏者だが、若い頃から長兄のブランフォードの方が才能豊かと言われていたようだ。
ソロ転向以後のStingはそれまでのファンの一部を置き去りにして、Jazzyで思索的なアルバム作りになっていったが、これはブランフォードとの交流が背景にあったことも理由の1つだろう。
以降もステージでは2人並んで演奏することも多かったようだ。
このYouTubeと同じビデオクリップがiTSから入手できる。
こちらから、(もちろん画質、音質ともにはるかに良い)
「異邦人」については歌詞から、どうぞ。(こちら
最後に何度も何度もリフレーンされる次の歌詞は、同調圧力が過剰なまでに強い今の日本ではとても大切なものに思えてくるね。
♪ Be yourself no matter what they say
*Sting  公式サイト

真夏のおだやかな工房で

成形仕上げ
木工加工の一連の工程で楽しいことを上げれと言われたら何と答えようか。
まず答えに窮してしまうだろうね。
辛いことが多いばかりで、楽しいことなんか何も‥‥、ということではない。
一方、多すぎて、困ったねェ、というのは本音と強がりが微妙なバランスで拮抗している物言いかもしれないが‥‥、
昔、親しくしていた陶芸家を訪ねたときのことだが、うちの若いアシスタントとの間で次のような会話が交わされた。
陶芸家の先生:修行は楽しいか?
アシスタント:(やや間があって)ハイ楽しいです。
陶芸家の先生:バカヤロ ! 楽しい修行などあるか。厳しい修行を乗り越えてこそ、楽しい日々が待っている、かもしれないのだよ。
(ボクの方を向き)杉山くん、ちょっと甘やかしすぎだぞ‥‥。
ハハハ、ちょっとこのアシスタント、気の毒だったかな。嵌められた、という感じだ。
さて話しを戻し‥‥、木工加工の一連の工程だが、留保など一切不要な楽しいこともある。
手鉋で一定の造形物を成形加工することもその1つに入る。

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秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども ・・・

手押し鉋
立秋だそうだ。
午前中は静岡県工業技術研究所(旧工業試験場)の木工室の機械を借りに出た。
作業を終え東名高速道上から南の空を仰げば、高い空に鰯雲が広がっていた。
一方北の空を見れば大きな入道雲がもくもくとせめぎ合っている。
今日も30度を超える猛暑。秋の兆しもちらほら伺える季節になったとはいえ、まだまだ厳しい暑さが続く。
県の機関の機械を借りることは決して多くはない。
せいぜい年に1度ほどか。
借りる機械は手押し鉋盤、帯ノコの2機種ぐらい。
今回は2.4m、60cmのブラックウォールナットを数枚。
テーブルの甲板用。
うちの手押し鉋盤は305mmの仕様。県の木工室のものは同じ大洋のものだが400mmの幅を持ち、この差異100mm増大の効用を評価してのもの。
無論幅が広ければ定盤の長さも大きく、長尺ものの切削にはより有効。

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河野澄子さんの訃報に接し

日本社会を覆う閉塞感、人々の関係性における劣化がもたらす犯罪なども含む様々な社会事象は時に心を暗くする。
このネット上でもある種のキーワードで検索すればおぞましいほどの悪意に満ちた言説空間が広がっている。
かつて未来への夢と希望の根拠であった民主主義もメッキが剥げ落ち無惨な姿を晒しているかのよう。
こうした先の見えない闇の中にあって、ボクにとっては一点希望の灯りを指し示してくれている人がいる。
オウム真理教による松本サリン事件の被害者であり、同時に冤罪被害者でもあった河野義行さんのことだ。
この河野義行さんの妻・澄子さんが5日未明に亡くなられた。
事件発生から14年間、サリンによる後遺症により意識がほとんど戻らない中、愛する家族に見守られての闘病生活の末の死去。(毎日jp
心より哀悼の意を表したいと思う。
本当にお疲れさまでした。あなたの苦闘とその生命力が、河野家の支えであったことでしょう。

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北京五輪の憂鬱

「同一个世界 同一个梦想 One World, One Dream」
これは3日後に開催されようとしている北京五輪のスローガン。
邦訳すれば、「ひとつの世界、ひとつの夢」という。
公式サイトの冒頭に誇らしげに謳われている。
言うなれば、IOC(国際オリンピック委員会)により制定されている近代オリンピックの「オリンピック憲章」(PDFにて提供)の精神の骨格ををスローガンとしたものと見ることができる。
昨日の新疆ウイグル自治区カシュガルにおけるウイグル人組織のものと思われるテロ事件に関する取材を試みようとした日本の新聞、放送記者への暴力的な妨害行為(例えばこちら)は、果たしてこのスローガンを体現するにふさわしいものであったのだろうか。
中国の東の端に位置する北京から遠く隔たる国境近い最北西端の古都カシュガルでの出来事が、果たして五輪と関係あるの?という疑念は残念だが当たらないようだ。
先のチベット自治区における騒乱は記憶に新しいが、その時にも次は新疆ウイグル自治区か、とも言われていたように、分離独立を巡る民族解放運動は中国当局との厳しい対立関係にあったところへ、このところの五輪開催を控えた過度な緊張の中、ウイグル人と見れば片っ端からテロリスト扱いをされ拘束されるという強硬路線が取られていたようだ。
4日の武装警察への襲撃はこうした背景から生み出されたと見ることができるだろう。
この事件が五輪開催を直前に控えた時期に起きただけに、世界のメディアが注目するのは当然。日本のメディアもスワッとばかりに、ほとんど封鎖に近いような新疆ウイグル自治区・カシュガルへと困難なルートを開拓して向かったに違いなく、さてこれから取材だ、と言う間際にカメラ、ケータイを没収され、羽交い締めされ、挙げ句の果て頭を蹴とばされるという扱い。
これが「ひとつの世界、ひとつの夢」の実相と見てしまうのは果たして不当なもの?。

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