工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

カーリーメイプルの ジュエリー チェスト(その2)

ジュエリーチェスト

今回のような小型のキャビネットで、独自の機能を要求される木工家具制作などは、一般の家具とは別次元の技法、納まりの在り様、それらへの新たなアプローチが求められるところから、制作過程では日々、新鮮な気分が横溢しつつの作業となり、なかなか楽しいものです。

長いキャリアで木工職を弛みなく活き活きと継続するには、培われた技法で淡々と作り続けるのも良いでしょうが、こうした新たなジャンルへのアプローチは、老いてなお若々しく木と戯れるのも、悪くありませんね。

なお、1つ、1つの技法などは、これまで培ってきたものの応用であったり、拡張されたものが基本で、決してそれ自体新奇性を問われるものと言うより、発展形といった位置づけのものが多いです。

これは木工職に限らずだと思われますが、キャリアごとの時点で、作られるものは常にそれまでに培ってきたものの集大成です。
技法や職能の進化を生み出すには、日々、自身の仕事に真剣にに立ち向かい、心中深く描く、よりよい意匠を叶えるため、合目的的で、無理、無駄の無い技法の獲得と、その練度が問われ、これに応えていく日々の積み重ねが求められてくるということです。

老いとともに、数日前に会った人の名を忘れることはあっても、日々の厳しい仕事のなかから修練され、自家薬籠中のものとなったモノ作りのエッセンスは、決して失われることも、裏切られることなども無く、そこを信じ、またそこから新たな次元への飛躍へとチャレンジしていくことで、木工職としての歩みも、打ち鍛えられた良質な刃物の鋼の如くに、日々鍛えられていくことでしょう。

前振りはこの程度とし、今回のジュエリーチェスト制作における要点などを記述していくことにしますが、まず最初に素材である材木について項を設けさせていただきましょう。

材種・カーリーメイプル材

このジュエリーチェストに、もし美質が備わっているとすれば、それはまず何よりも材種の選択が主要なポイントの1つです。
カーリーメイプル材の選択がそれでした。

このカーリーメイプル材は決して稀少材というものでも無く、無垢材の家具で見掛けることは多くはありませんが、杢が練られた建築内装材などでは、同じくメイプルの亜種であるバーズアイメイプルとともに、好んで用いられているところから、比較的お馴染みの材種と言えるかも知れません。
つまり、突き板材としての流通は比較的一般的ですが、無垢材市場では希少であるのかも知れません。

ところで、私はめったなことで銘木屋に足を運ぶことはありません。
足を運ぶのは原木市。そこで銘木とされるような原木丸太を見つけ出します。

これは起業時以来の、というより、起業以前(訓練校時代)からのことですが、材木屋のオヤジと関係を結び、欲しい材種などを伝えておき、どこかの原木市で落札したものを紹介されたり、
あるいは自身で捻りハチマキに耳えんぴつで原木市に出向き、これっといった丸太があれば入札するといった手法で原木を手に入れてきたものです。

スタート時からそうしたスタイルでしたので、これまで木工屋と言えば、そうした材木の手当がスタンダードなものと考えてきたものです。

しかし、広く一般には、地元で展開している材木屋から制作の度ごとに商品として流通している材木を購入するという方法が実態なのかも知れません。

確かに、商品として市場流通しているものであれば、品質も整えられているでしょうし、何よりも、乾燥等の手間暇も無用。即、加工に入れます。

原木丸太ともなれば、落札の手間、製材の立ち会い、天然乾燥のための土場の確保、乾燥過程のお守り、相応規模の材料倉庫の確保、等々、実に多くの労力、資金力、経過所要時間を求められます。

しかしそれが制作者が求める品質を適えるための、唯一とは言わないまでも、優位なる規範の1つであるとすれば、これを喜々として受容する感性を備えた木工屋であればこそ、良質なモノ作りを獲得するための入り口に立てると言うのは、商品市場からの調達が基本という現代にあってもなお、1つの戒めなのかも知れませんよ。

カーリーメイプルのジュエリーチェスト

ブラックウォールナット材について

以前も触れたことですが、皆さん大好きなブラックウォールナット材について少しく考えて見ましょう。
国内市場に流通しているブラックウォールナット材の9割方は、生産地(北米)で伐採、乾燥された板材が輸入されたものです。

このチョコレートブラウンの魅力ある色調を基本とするブラックウォールナット材は、商品としては嫌われる白太を有することから、この材の歩留まりを改善させるため、スチーム乾燥という人工乾燥のシステムに入れられ、その結果、白太もグレーに染まることで、それなりに歩留まりは改善されます。

こうした歩留まりを人為的に改善された材が、建築、家具業界からの市場への要求であり、現代消費社会のごくありふれた光景です。

しかし、その結果、多くの木工屋が経験することとして、ブラックウォールナットの家具は経年変化という奴で色が褪せ、本来のブラックウォールナット特有の魅力が減じてしまうのは、良く知られたところであるようです。
これをあたかも、ブラックウォールナット材が持つ固有の必然的な変化であると信じ込む人の何と多いことでしょう。(ネットにはこの“虚言”があふれています)

鉋イラスト

この材色の劣化ですが、実はブラックウォールナット材固有のものでは無く、歩留まりを改善させるための乾燥システムにこそ求めるべきなのです。

歩留まりを改善させるための乾燥工程は、真っ白だった白太部分に、赤みから色が移り、それなりのグレー色に変化することで、市場では喜ばれ、家具工場ではこれらの部位も用いられることになります。

市場で流通するブラックウォールナット材は多くの場合、若い樹齢の小径木です。
それらは白太の割合が多く、ブラックウォールナット本来の姿を留めているまともな乾燥材であれば、歩留まりがとても悪くならざるを得ません。

しかし、スチーム乾燥を経たブラックウォールナット材は、白太もそれなりに染色され、フローリング用材、家具用材として用いられているのです。

ただ、その結果、意外にも材木業者ですら認識されていないようなのですが、トンデモ無い状況が現出してしまっているのです。

ブラックウォールナットの魅力と言えば、堅牢で、靱性が高く、美しい、といったあたりでしょうが、見た目にあっては、何よりも、チョコレートブラウンやグリーン、パープルという複雑に絡む色調の魅力にあるといって過言ではありません。

この〈チョコレートブラウンやグリーン、パープルという複雑な色調の魅力〉が、スチーム乾燥を経ることで、実はほぼ失われてしまうのです。
ただ平板なダークグレーに堕ちたトンデモ無い材へと大きく変化させられてしまうのです。

私はかつて、これらを〈なんちゃって ブラックウォールナット〉と言いましたが、残念ながら市場の8〜9割が、こうした〈なんちゃって ブラックウォールナット〉です。
言葉は悪いですが、Fine Woodwork の世界からすれば、ある種の詐欺です。

また、材色の経年変化を考えた場合、スチーム乾燥を経たブラックウォールナット材は特に材色の変化が著しいというのは、経験的に知られたところです。

つまり、製品そのものが本来の色調を失っている上、さらに経年変化で著しく褪色してしまうようです。

ブラックウォールナットのカップボード
無着色でのオイルフィニッシュ仕上げ(制作:1998年、撮影:2024.05)

上の画像は25年ほど前に制作したブラックウォールナットのカップボードです。
Macでこの原稿をタイプしているショールーム兼、事務練に鎮座しているものですが、その色調は制作時の魅力がほとんど損なわれていないとても美しい状態です。

日々、それなりの日射を浴び続けているのに、です。

この色褪せないブラックウォールナット材は市場に流通している材を用い、作られたものではなく、原木丸太から挽き出し、天然乾燥させた材を使っているからなのです。

これは卑近な事例の1つでしかありませんが、市場から求める材というのは、よほど注意しないと、こうした詐欺的なモノを掴まされるということでもあるということは、自覚的でなければなりません。

ゆめゆめ、ネットなどに、ブラックウォールナットは材色が褪せる、このブラックウォールナットは色が悪い、などと謂われなき悪罵を記すのは止めていただきたものです。

本件、ブラックウォールナット材の色調に関しては、このBlogにかなり詳しく記述した記事がありますので、関心おある方は参照してください。
Google検索でも上位に見つけ出せるはずです。

ブラックウォールナット材は日本でも大変好まれ、良く知られた材だと思うのですが、日本語の記述として、この退色の問題を追及した記事が皆無に近い状態というのは大変残念なことです。

今回のジュエリーチェストに用いた材はカーリーメイプルですので、直接、このブラックウォールナット材の市場流通での問題と直接的に関わってくるものではありません。
あくまでも、ブラックウォールナット固有の忌むべき問題です。

しかし、材木の市場流通では、この種の人為的、詐術的な加工が加えられていないとも限らないという視点で接する必要はあるでしょう。
Fine Woodworkなど、市場からすれば異端でしか無く、だとすれば、自身で原木から管理していかねばならないのも、ある種、必然的な要請なのかもしれませんね。

天然素材を主材とする木工家具、などと自己規定する家具工房経営を自負するのであれば、それに恥じない材木選びをしたいものです。
現在の木材市場から、こうした意志を貫くのは決して容易では無いかも知れませんが、しかしこうしたことに自覚的であるか、そうでないかの違いは、作られるものの品質として結果することも間違いの無いことなのです。

鉋イラスト

さて、カーリーメイプルです。
これが広葉樹の市場でどの程度流通しているのかは詳しくは分かりません。

私が求めたのは、地元の突板業者の土場にたくさんのメイプル材が山積みされ、この中に数本、カーリーのものがあり、これを突き板にする前に、抜き取らせていただき、入手したのです。

今はどうか知りませんが、当時はバーズアイメイプルとともに、カーリーメイプルが市場でもたいへん人気であったようで、この突き板業者は頻繁に米国へと足を運び、買い付けていたのです。

購入したこの丸太を製材所に運び入れ、私自身の立ち会いの下、適宜、家具用材として挽き出しました。
良質な木工家具の制作は、やはり材木との出遭いから始まるというのは至言です。

資金力も乏しい、お若い木工屋が原木丸太を購入するというのは相当に敷居が高いかも知れません。
このような場合であっても、他の入手法があります。
突き板業者と仲良くなり、突き尻を求めるとか、短コロを求めるのは悪くありません。

▼ 突き尻:突き板マシンで極限まで突いていくわけですが、最後、突き切れない部分が残ります。
この残ったものを〈突き尻〉と呼称し、これを製材、乾燥させれば、高級な杢が乗った材が獲得できます。

▼ 短コロ:突き板マシンはチャックの長さがあり、それを越える丸太を大型のチェンソーで玉切りせねばなりません。その切り取った残りの短い丸太が〈短コロ〉です。

突き尻(短コロ)
突き尻・短コロから製材された板

ただ、突き尻の場合、長時間水中に置かれることが多く、本来の天然材とは物理的性質、色調などが異なってしまっていることもあり、そこは限定的に視るしか無いでしょうね。

原木市に通い、良い材を見いだし、適宜、自身のイメージ通りに製材し、これを乾燥管理する。
市場に流通する材木を、必要に応じ買い求めるという入手方では無く、原木丸太を良く知り、稀少なる素材として愛情を降り注いで乾燥管理し、工房へと運び入れる。
こうした古来からやっていた木工屋の在り方をもう一度見直し、そうした手法に良質な木工を支える要諦の1つががあると考えるのは決して時代おくれでもなんでもなく、クールなスタイルではあると思うのですが、如何でしょう。

今回はブラックウォールナット材に関し、冗長な解説になってしまいましたが、市場に流通する材がどのようなものであるのか、どのような流通ルートで自分の工房までやってくるのか、乾燥システムはどのようなものなのか、自然の摂理に反した加工が施されたものでは無いのか…、そうした基礎的なデータを自覚的に押さえることは、無垢材を主材として使う、私たちの職業的倫理であり、使命でもあるのだろうと思います。

hr

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