タピオ・ヴィルカラ 展 (すべての素材には不文律がある)


日々、鉋屑にまみれ、木工家具を基軸としたモノ作りに勤しむ私でも、柄にも無く、時にはふと立ち止まり鉋掛けの手を休め、自戒の時を送ることもあります。
木材工芸のスピリッツ(≒ Fine Woodworking)を失ってしまうようであれば、木工する意味を見出せなくなってしまうのでは無いのか、などと…😓
先月は豊田市美術館での大規模な『生誕120年 人間国宝 黒田辰秋 木と漆と螺鈿の旅』を拝観し、木工を志す初発の意志の再確認となったのでしたが…、
木を削り、繋ぎ、組み…、何らかの形にすれば、ただそれだけで一定の小っちゃな充足感を得ることもできてしまうという、モノ作りという生業に避けがたいある種の(勘違いな)魔力に囚われてしまいかねない日々への自戒を迫るものでもあったのです。
またこれまでも幾度か書き記してきたことですが、
工芸とは、と問われた時…、生を受けて以降、野山で遊び惚けた子供時代、手や身体に体得されてきた感性、あるいは学業や読書、そして音楽やアートに触れる中から育まれた教養などから創出される作り手の美意識というものを、自然界の素材を借り、体現させるものという自分なりの定義付けがあります。
もちろん、その手法、方法論、用いる道具などは当然にもその素材によって異なってきますし、完成度の高さを求めるのであれば、その分野の専門的な教育訓練や日々の熟練が要求されます。
したがって、こうした工芸に携わる者にとり、素材横断的にこれを為すというのは決して容易では無いばかりか、火傷をしてしまう怖れさえあり、安易にすべきことでは無いという思いは強いものがあります。

しかし、タピオ・ヴィルカラの作品群を前にし、このような私の工芸における概念を大きく踏み越えた素材横断的で多彩なジャンルの総合芸術的な業績を観た時、工芸の何たるかをあらためて教えられるものがあるのでした。
私も好んで日常使いしたり(アアルト夫妻のBase、グラスとか…)、近しい人へのギフトに用いる IittalaやARABIA のガラス器や陶器ですが、タピオ・ヴィルカラの名声が確立していくきっかけになったのが、46年、イッタラ社のガラスデザインコンペに優勝し、51年、ミラノトリエンナーレでフィンランド会場の展示デザインを手がけグランプリを受賞したことなどからというので、
嗚呼、なんだ!、意外と身近にいたんだとの思いの一方、
会場を巡れば、素材横断的であると同時に、Iittalaの商品とは明らかに異なる Fine Art の作品を目にし、モダンデザインから Fine Art への域へと内面を鍛え上げていく勇気ある人だったのだと思い知ることになるのでした。
そしてまた、そこからあらためてもう1度、さらに洗練されたモダンデザインへと戻っていく。
時には活動の拠点があるヘルシンキから、通信手段が絶たれるようなラップランドの峻烈な大自然の中に身を移し、厳しさの中にある自然の律動を感じ取り、モノ作りの初源の意志を蘇らせる。
もちろん、ビジネスとして大成功を収めたのはガラスによる器群であることは言うまでも無いでしょうし、このジャンルこそ広く一般に知られ、ガラス工芸作家として名声を得たのは間違い無いのでしょう。
しかしこれまで日本で紹介されることが無かったものの、磁器のテーブルウェア、シルバーやステンレスのカトラリー、機内用食器や照明器具、あるいはアクセサリーから、果ては紙幣にいたるまで、様々な素材を手掛け、多彩ななデザインを生み出す人だったようです。
その中でも、木工に勤しむ私ですので、強く関心を惹いたのは、木材の単板を幾層にも重ねた積層合板から削り出し成型された〈リズミック・ブライウッド〉と呼称される作品群。

画像上は〈リーフ・ディッシュ〉と名付けられた作品。
一般的には木質素材として様々な厚みを持つ1つの平面を工業的に製造する積層合板ですが、家具製造で用いれば、リニアなラインしかもたらさない積層断面も、ヴィルカラの手に依れば、3次元的に削り出し彫刻することで、意図した造形美を生み出し、さらにその本質をもより豊かに表現する素材に化けるのです。
もちろん、今では日本国内にも、こうした積層合板による器などの商品もあり(例えば『ブナコ』)、
決して珍しい手法では無いでしょうが、Fine Art としての美しさで評価されるこの〈リーフ・ディッシュ〉は第二次世界大戦後間もない1951年に発表されたものだそうで、またたくまに北欧デザインを象徴させるものとして国際的に注目されていったようです。
元々航空機用に開発された白樺の木材を幾層にも接着して重ねてできる積層合板に彫刻を施し、意匠的に表現させているのですが、たぶん、これは既製の積層合板を使うのでは無く、製造する工程段階から目的とする造形を頭に描き、どのような積層断面を挽き出すのか、そうした意図をあらかじめ設計し、これを挽き出すために、必要とされる層を錬り付けていくのでしょう。
この〈リズミック・ブライウッド〉の1つの完成形と考えられるようなものがあります。
高さ4m、幅9mの Ultima Thule(ウルティマ ツーレ)と称されるレリーフですが、これには驚かされます。

1967年のモントリオール万博で発表されたものだそうで、
大きさもさることながら、ディテールを観れば〈リズミック・ブライウッド〉による、線の流れが生み出すリズミカルな軽快さと、モダンなイメージが豊かですし、抽象彫刻のようでもあり、ヴィルカラの遊び心さえ感じます。

このUltima Thule の版権を有するEMMAのインスタがこちら
これらの〈リズミック・ブライウッド〉を用いた作品は腕利きの木工家具職人の助力を得たものだということですが、この制作プロセスの詳細を知りたいものです。
Ultima Thuleとはラテン語で「最も遠い」と言った含意があるそうで、本展覧会のタイトルにある〈世界の果て〉もここから取られたと思われ、ヴィルカラの創作の源でもあるフィンランド最北の地・ラップランド地方で体験した生命の神秘や自然の躍動からインスピレーションを得たものとのことです。

他、注目した他の素材の作品の一部を紹介します。

上は〈カンタレッリ〉というガラスのオブジェ。
1946年、イッタラのコンペ出品作。
手吹きガラスの下地にラインカットの装飾が施され、細い脚から上に向かってラッパ状に拡がる有機的なフォルムですが、あるキノコの形状から着想を得たものという。
製造工程の問題からやや簡素化されているいるようですが、今もイッタラの商品として製造されてるようです。(欲しいな 😓)

ヴィルカラの作品としては異色の色彩豊かな作品ですが、夫婦共にイタリア滞在中、ヴェネチアのムラーノ島のガラス工房ヴェニーニの職人らと協働制作をおこなった時のもの、
「ボッレ」とはイタリア語で「泡」の意味とのこと。
これは写真では分かりずらいですが、実物を間近で見ると、色の異なる部分がそれぞれ別個に成型され、これを特殊なガラス工芸技術で結合されたものということが分かります。
(そもそも、ガラス工芸の工法上、複数の色ガラスを境界を隔てて連続的に成型することはできません)
たぶん、型があるわけでも無い手吹きガラスで、ここまで高精度に成型されるというのにも驚かされる。
色のバランスはいかにも地中海から注ぎ込む光を感じさせますが、極北の地からやってきたヴィルカラによるこの色彩感覚と前述の結合技術というものはヴェネチアに留まり、その地のガラス職人との交流から生まれたものであるようです。

タピオ・ヴィルカラの単独の展覧会は国内では初めてのことだそうで、工芸に関心のある方にはぜひこの機会を逃すこと無くご覧いただきたいものです。
東京駅を経由する移動の機会があれば、立ち寄ってご覧ください。
JR東京駅 丸の内北口ホールがこのギャラリーのファサードになっています。


最後に、タピオ・ヴィルカラのデザイン哲学とも言うべきメッセージを置きましょう。
すべての素材には独自の不文律があります……
作業している素材に決して暴力を振るってはなりません。
デザイナーは、自分が選んだ素材と調和することを目指すべきです。
“All materials have their own, unwritten laws…….
One should never be violent with a material one is working on and the designer should aim at being in harmony with the material he chooses.”
手で作業することは、私にとってほとんど治療的な経験です。
私が自然の素材を彫刻し、モデル化するとき、彼らは私にインスピレーションを与え、実験するように誘います。
彫刻の世界では、目を閉じても、指先の目は途切れない形の流れを感じることができます
“Working with my hands is almost a therapeutic experience for me. When I sculpt and model nature’s materials, they inspire and entice me to experiment. In the world of sculpture, even when you close your eyes – the eyes in your fingertips can sense the unbroken flow of form.”
会場:東京ステーションギャラリー
会期:2025年04月05日~2025年06月15日
公式サイト:https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202504_tapio.html
Tapio Wirkkala 公式サイト:https://www.wirkkala.fi/e_wirkkala/tw_2.html
イッタラ公式サイトの対象ページ:https://www.iittala.jp/contents/designer/tapio-wirkkala
この《タピオ・ヴィルカラ 世界の果て》展覧会ですが、この後、以下の会場を巡回するとのこと。
■ 市立伊丹ミュージアム 2025年8月1日〜10月13日
■ 岐阜県現代陶芸美術館 2025年10月25日〜2026年1月12日
