工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

ジョージ ナカシマ記念館への訪問

記念館
ジョージ ナカシマ氏とお会いしたのは氏の最後の来日となった1987年の小田急ハルクでの《第6回「ジョージ・ナカシマ」展》だった。
開館1周年を間近に控えた牟礼の「ジョージ ナカシマ記念館」へは、あれから22年を経ての訪問となった。
お会いしたとは言え、大勢のファンが押し寄せる来日展のことでもあり、作務衣に身を包んだ小柄のその巨匠の空き時間を見出し、ブロークンな挨拶と『木のこころ』(鹿島SD選書)の後付へのサインを乞うものでしかなかったのだったが。
‥‥ 駆け出しの木工職人には、コノイドチェアを買い求める資金を用立てる力などありはしなかった。
少なくない数の客が我も我もとばかりに会場で買い求めた椅子をひっくり返しては、巨匠にサインを求めている光景には微笑するしかなかった。
あらためてこの時のサインを確認すれば1987年5月22日と記してくれているので、ちょうど現在の工房を起ちあげる頃のことだったようで、この時が最後の来日となってしまった(その3年後の1990年没)ことを考えれば、本人立ち会いでの展示会に出向くという判断は間違っていなかったと言うべきか。
そしてこの度、氏によるデザインでライセンス生産をしている桜製作所に併設された「ジョージ ナカシマ記念館」を訪問させていただくこととなった。

ノミ

琴電志度線〈塩屋〉駅で降り、線路と並行して伸びている国道11号を高松方面へと数100mの距離を戻ると「桜製作所」の敷地だ。
「ジョージ ナカシマ記念館」はこの国道に面した大きな看板で迎えてくれる。(Top画像)
木造2階建の飾り気のない端正でシンプルな展示棟の建物だが、そのファサード正面には、『木のこころ』にいただいた見覚えのあるサインがあしらわれただけの清々さである。
受付カウンターで入館料を支払ったりクロークを借りたりしていると、奥から「杉山さんですね」と、胸に名札をぶらさげた中年の男性が声を掛けてきた。


おや、と頭を巡らせば、数日前にメール、および電話で訪問を請うたことでの対応かと思わされた。
2時間近くお邪魔したのだったが、結局その間他の誰も訪れる者もなかったことを思えば、覚えていてくれていたのは当然でもあったか。
結局こちらから求めたわけではなかったのだが、大変恐縮ながらこの記念館の会場責任者と思しきこの人に、全ての展示作品についての案内を頂くと言うことになってしまった。
無論、訪問を請う際に自身の氏素性を明かしていたので、そのガイドの内容も適切であり、当方も相応の識見は持っているので、かなりディープな話しを聴くことができた。
主展示場は2階全フロアを使ったものとなっていて、ここにはいくつもの懐かしいキャビネット、テーブル、椅子が整然と並べられていた。
懐かしいというのは、来日展、小田急ハルクの常設コーナー、さらには回顧展などでの観覧したことを指すものだが、聞けば、小田急ハルクでの第1回の来日展の出展作も数点展示されていたし、また回顧展の出展作品のいくつかもニューホープのアトリエに持ち帰らずに展示されているようだった。

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個別に上げれば、写真からはその質量を想像することの難しい大きな「バフー」(戸棚、あるいは鎧櫃)、樺に拭漆の「コノイドチェア」(座の粗いはつりが特徴的な)も人気のようで展示されていたし、いくつかのスタイルのミラチェア、あるいは最も初期のプリミティヴな「教会の椅子」なども展示されている。
つまり新旧のジョージ・ナカシマのデザインが混在していて、まさに記念館ならではの展示企画というところなのだろう。
それまで所蔵していなかった旧いものはオークションで探し求めたりと、入手にはなかなかご苦労があったようだが、ファンとしては嬉しい展示内容となっている。
しかし旧くてもさすがと言うべきか、ホゾの緩み、機能障害は感じさせないものとなっていたが、ご存じの通り、彼の木取りはサバ杢であったり、節を積極的に取り込むことから、キャビネットの扉などには、幾分反張が見られた。
これは木という素材から避けがたいものであるが、むしろ使い込まれた味わい、経年変化による価値増大という観点から評価すれば良いだろう。
東西の展示室の中央には解説パネルがかなりの枚数で置かれ、かつて書籍などからチェックしてきた資料には無かったジョージ・ナカシマ氏のご両親の数葉の写真、幼少時から学生時代、そしてマリオンさんとのご結婚当時のモボ・モガスタイルでの銀ブラ(というよりも闊歩していた)であったり、ミラ、ケビンさんらとの家族の肖像、あるいはアントニン・レイモンド設計事務所の所員の頃の集合写真、戦時中の収容所内で木工の手ほどきを受けた大工の青年の写真などと、豊富に展示され、家族を愛し、友人を愛し、そして木とともにその人生があったことを教えてくれるものとなっている。
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1階は喫茶コーナー、ホールとなっていて、ここでは家具も調度品として客が使えるものとなっている。
この喫茶コーナーカウンターの天井からは1本の梁がブラ下がっていて、この桜製作所を訪れた著名人のサインがビッシリと書き込まれていた。イサム・ノグチのものも、もちろんある。
可能であれば工場へも案内を請おうとも考えたが、総責任者である永見会長も高齢と言うこともあり、挨拶含め遠慮させていただく。
永見眞一氏とは研修会、展示会などの場で過去2回ほどお会いしているが、念願叶ってこの記念館を設立、オープンできたことはジョージ・ナカシマ氏への恩返しとしてさぞやり遂げたとの思いを深くしているのかも知れない。
ジョージ・ナカシマ氏の家具は、氏亡き後もこうして桜製作所と、ニューホープのアトリエで継続制作されているわけだが、館を後にして近くの店で讃岐うどんを啜り、その後琴電にコトコト揺られながら思ったものだ。
一人の木工家として、ここまで成功した人はいないのではないか。
無垢の木工家具制作における極北の1つであることは確かであるだろう。
日本の伝統的な技法を積極的に取り入れ、独自の造形美を生み出してきたことはもちろんだが、特徴的なことはやはり木という素材ならではの造形と意匠に心を砕いたというところだろうか。
あのナチュラルエッジ(皮付きのままを生かした処理)に象徴される木という自然素材への敬虔な関わりこそ「木からはじめる」という氏の思想を表したものだろう。
まさに工芸というものが、素材を通した芸術活動であるという本質を見事に見せてくれた人であった。
例えそうした手法は家具においての歴史と伝統の欧州では受け入れがたいものであったかもしれないが、日本と米国では強く支持されてきたことは間違いないところだ。
そして木工家具制作のスタイルとしての独自の世界を確立し、それを大きな物語へと結実させていった人であった。
つまり吉村順三氏のロックフェラー邸建築において、そこで用いる家具のほとんどすべてを制作するという大プロジェクトを成し遂げ、それを大きなバネとして、建築界、デザイン界に強烈な足跡を記し、そしてその後『The Soul of Tree – A Woodworker’s Reflections』(『木のこころ』)を執筆することで、その業績をより確かなものとしていった。
まさに全てに於いて秀でた活動を残したが故の“巨匠”であるだろう。
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前回の記事のイサム・ノグチ氏は“宿命の越境者”であったが、ジョージ・ナカシマ氏は日系アメリカ人2世としての出自を持ち、若い頃より日米の国境を渡り、建築家としてのキャリアを積むものの、戦時中日系人強制収容という過酷な人生を体験し、それから戦後「木の仕事に人生を賭ける」とばかりに本格的に家具制作に挑んでいったのだったが、この二人に共通する出自の複雑さは、それぞれに人生の苦難を強いるものであったろうことを容易に想像させるが、また一方それを発条として強烈な自我を蓄え、そしてアメリカ社会でのし上がっていく力へと変えていくものでもあっただろう。
あえて誤解を覚悟で言えばアメリカ社会が産んだ英雄譚の1つと言えるのかも知れない。
この辺りは9月に亡くなったJ・クレノフ氏との共通項(ロシア貴族に出自を持つ[と言われる]ユダヤ系アメリカ人)と、一方での大きな差異を認めることができると言えるのかも知れない
なお、付け加えておけば、1993年(没3年後)の小田急美術館を皮切りに全国4会場を巡回した「木のこころ-ジョージ・ナカシマ展」は、それに先立つ1989年の「ジョージ・ナカシマ:フル・サークル回顧展」(全米を巡回)の展示作品を多く含むものであったと記憶しているが、そのレアもののいくつかが、この記念館に展示されている。
この「フル・サークル展」(George Nakashima: Full Circle)については豪華本として出版されているので参照していただくことをお薦めするが、93年の小田急展ではこれらが広い会場を埋め尽くすように展示されていたことを思い起こす。(下の画像)
この今はない小田急美術館での回顧展、懐かしく記憶が蘇る。
March24,1993、open初日の口開けに入場したということもあり、喪を表したと言うことでは無かろうが、黒づくめのドレスに身を包んだ美しいミラさんとお会いすることができ、ここでも二言三言言葉を交わし、図録へとサインをいただいたものだった。
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さて今回、この「ジョージ ナカシマ記念館」、そして「イサム・ノグチ庭園美術館」と、牟礼の旅を果たしたのだが、20cを代表する芸術家、木工家の足跡を残す“聖地”牟礼は、それぞれの芸術と工芸を通した夢と希望に満ちた熱い思いが今に遺されたところであったが、一方それぞれの複雑な人生の歩みの途上での悲哀というものも感じ取らねば本当ではないのだろうな、とひとりごちてみた。
根っからの日本人で、戦後ののんきな世代として生を受け、凡庸な人生を歩んでいる者とは、生きる力も、覚悟の在り方も、そしてモノを見る力も、次元を異にするほどに違うのだろうことも確認させられるしかなかったのだった。
ガイドの労を執っていただいた記念館の豊田さんには、あらためて感謝申し上げたい。
*参照
ジョージ ナカシマ記念館
George Nakashima 公式サイト
『The Soul of a Tree』: A Woodworker¥’s Reflections
『木のこころ―木匠回想記』 (SD選書 (178))
full cirkle
George Nakashima: Full Circle
Derek E. Ostergard,Derek E. Ostegard

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • 先日紹介しました只見の木工仲間が所有して
    いた「ジョージナカシマ展図録」がほしくて
    古書店をいくつか当たったり、小田急ハルクで
    たずねたりしてみましたが、結局見つかりませんでした。
    単なる図録ですので古書店には出ないのかも
    しれません。
    先日は福島、今回は四国と遠出されている
    ようですが、取材旅行、骨休め、次の制作
    に向けて英気を養う、と言ったところ
    でしょうか?
    創作活動は結局のところ「気力」に行き着く
    と思いますので。

  • 早速、上記の本、オーダーしました。
    表紙のものが、気になってしまって。
    アメリカから送ってくれるようです。

  • acanthogobiusさんが探されたほどに、確かに充実した図録ですね。
    『木のこころ─ジョージ・ナカシマ展』(The Soul of a Tree─George Nakashima)と題された東京、富山、旭川、大阪、4会場を巡回した回顧展の図録ですが、富山県立近代美術館の編集によるものです。
    私もあらためて関係各個所(主催新聞社・開催美術館等)をあたりましたが、在庫はないようでした。
    こうした図録というものも、古書店で扱われているはずです。
    店名は失念しましたが神保町に美術専門古書店がありましたね。
    あるいはネットでは ↓
    http://www.kosho.or.jp/list/354/04401948.html
    …… この間の旅も人生途上、ということで
    kentさん、《Full Circle》の方ですね。1989年(没、前年)に全米を巡回した回顧展に合わせて出版されたものです。
    私は確か「東光堂」で買い求めたと記憶していますが、鉛筆書きの価格表期によると12,000円したようですね。
    この表紙の作品は〈MINGUREN I TABLE〉(early version)と称されるもののようです。
    Design:1965   、size:18×33"
    甲板は English oak burl
    こうした材の入手ルートはありますので、興味があれば、別途メールでも。

  • お気遣いいただきありがとうございます。
    図録が手に入りそうにないので上記の(Full Circle)を購入したりしました。
    amazon経由の古本だったと思いますが高価だったのを覚えています。
    2003年には(Nature Form & Spirit)を購入しました。これも豪華な
    本ですが図録には全て作品のサイズが記載されていて充実していたと
    思っています。

  • 《Full Circle》です、はい。
    アメリカから発送だそうで、月末に届くようです。
    わくわく、楽しみにしています。
    オーク(楢)のバール材ですね!!
    すごいですねぇ、さすがです>入手ルート
    ぜひ、聞きたいので、やはり、伺いますよ。
    来週は、ご都合いかがでしょうか?
    (やっと、義父の手術も終わり安定してきたので動けます)

  • お陰様で、ネットで「木のこころージョージ・ナカシマ展」
    を見つけることができ、今日届きました。
    古本ですが状態も良いです。
    一生懸命探した時はネットにも引っ掛からなかったので長年の
    希望がかなった思いです。
    今見ても写真の多さもさることながら作品の詳細が日本語で読めるのは
    うれしいです。
    ありがとうございました。

  • acanthogobiusさん、執念の探索ですね。
    130頁にわたるもので、作品写真、図版も豊富ですし、年譜、解説も充実していますね。
    関係各所に在庫がないのも肯ける人気図録のようです。

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