工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

枠モノ内側への面処理

枠モノの内側の面処理については過去このBlogでも関連する記事を上げてきたところだが、一昨日のエントリへの質問もあったので、あらためてここで簡単に整理してみたい。
家具や木工芸における面処理はどのような目的を持って施されるのだろうか。
そこにはいくつかの目的があるだろう。
当然ながら家具、木工芸に限らず、ボク達の生活周りにあるあらゆる造形物には面処理が施されている。
ピン角(直角のカド)では触ると痛いし、時には怪我の元にすらなってしまう。
またピン角だとその部分が欠損しやすいということもある。
ピン角でなければならない具体的目的が無い限りにおいて何らかの面処理が施されるというのが一般的な了解だろうと思う。
質問者のコメントにもあるようにキャビネットなどの裏側には全くこうした面処理が施さないところもあるようだが、これはコスト意識の悪しき反映とみて良いだろうから、ボクたちは真似したくないね。
質問者があげたことでもあるが、以前どこかに書き記した件のキャビネット裏側のピン角は著名な木工家のものであったが、ボクが体験させていただいた家具メーカーでさえ、いかに価格競争が厳しいものとはいえ、そのような手抜きはしていなかった。
いやそうした“手抜き”など、職人としての神聖な仕事への冒涜として忌むべきものという共通の了解があったように思う。
例え工場長が、もうこうした“余分な”面取りなど止めよう、などと言い出すとしたら総スカンにあうような不届き千万な所業だ。


次に、デザイン的観点から見た面処理について
キャビネットにしろ、脚物にしろ、その造形物の全体的なフォルムにおけるデザインはその造形物のイメージを決定づける最も重要な要素であるが、ディテールにおけるいくつかの要素の中でも面の処理は比較的重要なポイントになってくる。
まず何よりも面の形状というものが決して些末なものではなく、その造形物のデザインの重要な要素の1つを占めるといっても良いものだろう。
また一方、キャビネットに限らず、木工における造形とは木と木を組み合わせるという構成をとることが基本であるため、この木と木の接合部分をどのように処理するのかという関連において、面の処理が重要となってくる。
そうした面処理におけるいくつかの側面からの要請は、木工加工においては仕口という技術体系によって適切に処理されることになる。
質問者が指摘されているように、面腰(めんごし)であったり、馬乗り(うまのり)=蛇口(じゃぐち)というのがそれに当たる。
これはほぞの接合部分において、直角に、あるいは特定の角度で接するところの面部分も、枠同士の関係における角度の1/2の角度でそれぞれ接合され、したがって枠の内側に巡らせた面はそのまま延長させることができる技法だ。
いわゆる留めと言われる45度にカットされた接合部においては何らこうしたことの配慮も技法も不要だが、框が縦横90度などで接する部位においては必須の技法となる。
これらの技法は洋の東西を問わず、共通する技法として古来より伝えられてきた木工技法の基本の1つと言えるだろう。
日本の建築物の中で建具の美しさは世界に誇るべきものと思うが、これはこうした技法の集成だからだろう。
面腰これらの特徴は既にお判りのように、部材の加工段階で、あらかじめ面処理をすることで、組んでしまえばそれで目的とする面が全体に適切に巡らせることができるということになる。
例えばそうした技法を使わずに、組んでしまった後に、トリマーなどでぐるりと面を取る方法があるかもしれないが、それでは接合部分には面を取ることが出来なくなる。卑近な例でいえばある展示会にもそのような“作品”を見ることが出来るのだが、トリマーが回らない接合部位には鑿などで無理やり取ったと考えられるような処理がされており、鼻白む思いがしたのは事実。
しかし苦労したであろうそうした手法は、決して綺麗な仕上がりになっているはずもなかった。
部材段階で適切に加工しサンディングまで終えておくことで、組んだ後の困難な環境で面処理、およびサンディングなどの仕上げ工程を踏むことなく、美しく快適に作業を終えることができる。
美的要素の追求というものが固有の技法の確立となって代々伝えられ成熟し、それがまたデザインにおける自由領域を拡げる発条となる。
人間社会の技術という世界が共通に持つ有益性は工芸の世界においては美的な処理を確かなものにしてくれるものだ。
さて、質問者の疑問のそうした技法を使わない場合はどうするのか、ということであるが、上述した裏側の坊主面などは、あらかじめ接合部分を残し、面処理して、あえて交点は面を施さない、あるいは組んでから鑿、サンディングペーパーで交点まで面を回す、ということになるだろう。
さらに帆立などでは、面チリという手法を取ることも多い。
面の大きさだけ、板面を散らす(つまり薄くする)、ということで、面処理を巧く逃がす手法だ。
安物の量産家具の扉などにはこうした処理がされていることが多い。
序でに良く見られる量産家具の面処理を見ておくと、
框の接合部分をあらかじめ双方に坊主面などを取っておき、目違いの処理などを不要にした手法も多く見られる。
これはあきれる手法だが、意外と”手作り▼◆”と自称する方々のものにも散見されるから困ったものだ。
技術レベル云々の問題よりも美意識を疑うべきところだろう。
また仕口の話に戻るが、実は面腰などという手法は、決してキャビネットだけではなく、あらゆる木工のジャンルに応用できる。
これを施すことで、面の処理はオールラウンドで、何でも来いであり、また対捻れ、などの面でも構造的に堅牢なものになることを高く評価すべきであろう。
良質な家具、木工品を制作しているメーカー、あるいは木工家の優れた家具を、そうしたディテールから見れば、また違う世界が見えてくるだろう。
意外なところにそうした手法が使われていると、そのデザイナー、職人の技に感じ入り嬉しいものだ。
ボクは李朝家具が好きだが、1つの理由としては正面の帆立の見付、棚口、束、などに複雑な面が施されることも多く、これが剣止め、面腰などの仕口を用いて綺麗に回っていることを上げることができる。
恐らくは機械など導入される以前の時代のものであろうが、ただ美しさを追求するために粗末な道具で必要な仕口を誇り高く刻んでいたに相違ない。
技術とは、仕口とは、デザインとは‥‥、それぞれが単独に成立するものではなく、相互に求め合い、引き合い、1つのものを成立させるために欠かせない必須の要素ということになるのだろう。
*画像は 「櫃」、部分

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • 私の質問に対してエントリー記事まで書いていただき
    ありがとうございます。
    感謝の気持ちと共に、その記事の内容の厳しさに自分が
    叱られているような気分ですね。(笑)
    私などのアマチュアが組立前に下手に面を施すと
    ホゾ組の胴付き部分まで面が廻ってしまって
    隙間が開いてしまう、などということが起こります。
    そんな状態ですので組み立ててからペーパーで、ある意味
    中途半端な交点に向かって消えてなくなるような面を施す
    ことになってしまいます。
    きれいに面の廻った家具は本当に美しいと思います。

  • acanthogobiusさん、むしろ問題提起していただいたことに感謝します。
    >内容の厳しさ
    これは職業的クラフトマンとアマチュアの、社会から求められるものの違いによるものですね。
    単に技術的水準というようなものではなく、ある種の“オーソライズされたものとしての期待と、そうではないものとの差異”と言い換えることができるかもしれません。
    無論オーソライズとは言っても多様であるわけですが、日本の木工芸の歴史の中で収斂されてきた一定の美的価値の概念というものは確かにあるわけです。
    >中途半端な交点に向かって消えてなくなるような面を施す
    むしろメリハリのある面処理が良いのではないかと思いますよ。

You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed.