補論(Festool DOMINO の有用性、あるいはモノの価値ついて)
はじめに
前回の小卓の記事中、傾斜した板脚の木口への吸い付き寄せ蟻のブロックのための枘穴を穿つ工程にあって、大いなる威力を発揮するドイツFestool社のDOMINO について触れましたが、今回は補論として、このDOMINOに関し、その後の新たな専用コネクターの開発の動向を交え、少し考えを巡らそうと思います。
Festool社のDOMINO(DF500Q)はリリースから15年ほど経過します。
Blogでこの画期的なマシンを紹介したのは2007年2月23日のことですので、もう15年も経つのですね。
当時、 日本国内ではこれに触れる記事は皆無でしたので(Googleサーチから)、たぶん、このBlog投稿は日本で初めてのDOMINO紹介の記事だったようです。
基調としては、木工の電動工具としては全く新たな機構を有する画期的なものと、ポジティヴに高く評価する内容の記事でした。
この記事投稿には多くのコメントを頂いた記憶がありますが、中にはかなりネガティヴな評価を下される方もおられました。
「日本の木工には枘という仕口加工の文化があり、DOMINOはこれを代替させるものと考えられるものの、精度などを考えれば疑わしく、結論的には無駄なもの」、といった内容のものでした。
しかし、この〈DF500Q〉の世界的な反響に気を良くしたのか、Festool社は、これを建築現場でも使えるほどにスケールアップしたものを製造、リリースし、今に至ります(DOMINO XL)。
こうした進化発展の実態を観れば、市場からの高い評価があればこその新たな開発投資への経営判断があっただろうことは疑いないところです。
前述の私のBlogへの、加工精度が怪しいと言ったような故無き評価を蹴散らし、使えば使うほどにその評価は高まる一方であるようです。
前回の板脚木口への傾斜した枘穴加工の記事で紹介した通り、NCマシンであればいざ知らず、通常の木工汎用マシンではとても困難なアプローチも、このDOMINOに依れば、いとも簡便に枘穴を穿つことを可能とする特異な事例をはじめ、多様な使用法が考えられる高機能、高性能なマシンです。
こうして、一般的な枘加工における電動工具としての威力は、大型木工機械を設備しないアマチュアの木工愛好家への大いなる朗報であったでしょうし、私のようなキャリアの木工職人にとっても、特異な機能、性能を有するマシンとして高い評価をもって受け入れられてきているところです。
DOMINOの進化(Lamello Zeta との競合を見据え)
DOMINOは、大型化の一方、より機能性を高める専用のドミノチップ、コネクションシステム金具を開発、リリースしています。(Festool USA 公式サイト)
私は導入していませんので、使い勝手等を紹介できませんが、魅力的なシステムだと思います。
今、私はかなり大きく重厚なエグゼクティヴなデスクを制作しているのですが、マンションの一室への搬入の困難さをどう克服するのか、このことが制作依頼されたクライアントとの間で問題となり、協議した結果、天板と、左右の脚部をノックダウン構造で制作し、これを個別梱包で搬入し、設置場所で組み立てるという方法しか無いだろうとの結論に。
このノックダウンを寄せ蟻の貫による結合で行うことにしたのです。
ただやはり、寄せ蟻の加工そのものも、相応の難易度があります。
こうした大型家具の搬入困難なケースにおける蟻接合による問題解決といったところに、このドミノチップ、コネクションシステムを用いると言うのは、有用で賢明な解決方法と言えるかも知れませんね。
お気づきかも知れませんが、同ジャンルのジョイントシステムとしては、Lamello社から、ビスケットジョイナーの発展形として、〈Lamello Zeta〉という機種が開発されています。
これはジョイントシステムとしての進化を見せてくれるものでしたが、スイスと国境を接するドイツのそれぞれの木工電動工具の老舗メーカーとして、同一ジャンルにおけるジョイントシステム分野において、鎬を削る開発競争を行っているかのように思えてなりません。
世界の木工家にとり、この開発競争はユーザーにとっては大変ありがたいことで、大いにおやりなさい、って感じです。
〓 関連記事 ①:ラメロの進化・〈Lamello Zeta〉
〓 関連記事 ②:園児ロッカー
特許保護期間は〜5年後まで
当然にもこれらは画期的であるがゆえに、多くのパテント登録がなされているでしょうから、他社が追随するには特許出願の日から20年が必要とされます。
果たして世界の、あるいは日本の国内メーカーはその特許開放時期(数年後?)に、どう経営判断するかは興味深いものがあります。
Lamello のビスケットジョイナーの場合、これは特許保護機関が終わり、一斉に他社が追随し、日本でもマキタなどが同様機能のものを製造販売するという経緯がありました。
果たして、このDOMINOはこれと同様に他社メーカーによる追随があるのでしょうか。
私は簡単では無いと思っています。
それは、高速回転する動力に振り子運動を加え、高精度な深い穴を開孔させるという斬新な機構を機軸として、より汎用性を高めるための様々な付属機構を備えさせ、トータルとして活用性の高い、高度に練り上げられたものとして製品化されているマシンです。
例えこれらのコピーを特許保護期間の解除により法的に可能とするデータが公開されたとしても、これほどまでに作り込まれた洗練度の高いマシンを製造、販売するのは容易では無いように思われますが如何でしょうか。
また消費市場の需要の大きさからして(日本国内での木工市場の狭隘化も加え)、製造販売する旨味というものがあるのかどうか、経営判断としては大変難しいものがあるのでは無いでしょうか。
工具選択における基準とは
私はビスケットジョイナーの場合、追随他社メーカーのものではなく、Lamelloのものを使っていますが、これはこの画期的な電動工具を開発した技術者と、そうした企業理念を持つ製造会社へのリスペクトからの高い評価を、購入におけるインセンティヴをおきたいからです。
昨今、耳にする用語として「フリーライド」という言葉があります。「ただ乗り」という意味合いを持つ、やや侮蔑的なニュアンスを持つものです。
特許対象の場合、特許保護期間の解除後は、誰もがよーいドン!で、オリジナルの機種と同機能のものを作っても構わないというものですので、決して「フリーライド」にはあたらず、むしろ産業政策としては画期的な機構を有する産業技術を広く普及させ、産業構造の改革に寄与させるということであり、ポジティヴに捉えるべきものです。
ただやはり、使用者の一人である私としては、最初に設計製造したメーカーのオリジナルのモノへのリスペクトを重視する観点から選択基準を定めたいと思うのです。
仕事に用いる道具というモノは、安ければよいというものではありません。
職人の現場を良く知り、ここに恩恵をもたらすマシンを開発しようという、技術者、経営者の意欲と、我々、職人への深いリスペクトがあればこその開発投資への経営判断であるわけです。
ただ、市場で人気だからと、柳の下のどぜうを狙おうとするメーカーより、リスクを冒してでも、木工界へ向け新たに良いマシンを開発したいという企業理念の方を高く評価したいと考える方が、より健全であることは言うまでもありません。
FESTOOL ルーター【OF 1400EQ】
余談になりますが、Festoo社の電動工具に最初に惚れ込んだのはハンドルーター〈OF 1400EQ〉でした。
この機種が特異で利便性の高い機構を搭載しているところから、Festool社の機種開発への理念が覗えますので、少しそこから解読していきましょう。
詳しくは過去のBlog記事(「FESTOOL ルーター【OF 1400EQ】レビュー」)にありますが、
- 主軸ナットの締め付け、解放はシーソータイプのレバーと1本のスパナだけで、しかもラチェット機構があること
- ベースと本体を繋ぐ2本の摺動軸は一般には中央に配置されるものですが、ここではオフセットに配置され、本体、ベース間の空間が広く、ビットへのアプローチがとても容易であること(発売当時、他社のものには無かった)
- テンプレードイドの装着もツールフリーで2ヶ所の爪を嵌め込むだけ、解放はこの爪部分を片手で押し込むだけ
- 多くの専用のテンプレートガイド(Festoolでの商品名Copying ring )が用意され(8.5、13.8、17、24、27、30、40、)、またユニバーサルテンプレートガイドも利用できる。(公式サイト)
- 深さ規制の機構には0.1mm単位での昇降ノブが付属
- 集塵アタッチメントもツールフリーのワンタッチでその集塵効果はバツグン。
- 電源コードは本体部分に接合、解除の機構がある
これらは斬新な機構、性能のほんの一端を示すものでしか無く、モーター駆動の安定性などのキホン性能は最高度のものがあるなど、現在においても、世界に冠たる性能と機構をを有するものですが、私はただただこれらには圧倒されるばかりでした。
電動工具、ハンドルーターとはかくあるべし、と言い切っても構わないと思われるほどの完成度の高さがあるのでした。
うちでは大型木工機械のピンルーターがありますので、ハンドルータでの作業というのはルーター加工においては限定的なものです。
しかし、寄せ蟻を掘る加工などにおいてはは必須の電動工具であり、過去いくつかのハンドルーターを導入してきたところです。
マキタ、日立工機、リョウビ、BOSCH、Poter Cable 、等々。
しかし、このFestool社のものはそれらとは次元を異にする画期的なものであったのです。
もちろん、導入後16年を経過しますが、未だなお、このマシンがハンドルーターとしてはメインの位置を占めています
モノの選択というのは、単なる消費物資としてのものから、貴金属のような奢侈品まで、様々な対象がありますが、道具というものは、ある素材を用い、そこにあらたな価値を加え、生み出すための必須のもので、そうした尊い営みを支えるのが、道具の開発技術であり、開発会社なのだろうと思います。
そうであれば、この営みを深く熟知理解し、これに応える高い見識と惜しみない高度な技術の投下をするような企業のモノを選びたいものです。
怖ろしい円高基調の環境下で
さてところで、1$=150円にもなる現在の円安は、海外の木工ツールを積極的に導入している者には耐えがたいものがあります。
いや、海外のメーカーだけではなく、国内メーカーのものでも、急峻な円高差損ほどではなくとも、徐々に価格改定されていくでしょうから、同じように新規電動工具の導入は容易では無くなってくるでしょう。
あるいは、日本の伝統的な木工具も私の若い頃と較べれば、かなり高額なものになっています。
ただ、ここで確認しておきたいのですが、いずれも、PCのように数年すれば陳腐化するものと較べれば、はるかに耐用年数は長いことも確かなところなのです。
我が工房においても、ハンドドリル、電動カンナ、丸鋸などは35年前の起業当時に購入したものが、今もなお現役です。
無論、木工機械も同様。
確かに海外の同ジャンルのものでは、数値制御の機構を備えた高級な木工機械もありますが、一般的な汎用性の高い木工機械はよほど酷い管理下に置かれたもので無い限り、30年、50年と使い続けられるものです。
その点、私が数年に一度、Festool社の新製品を舌なめずりしながら、Webサイトの情報から比較検討し、清水の舞台から飛び降りるほどの覚悟で(ちょっとおおげさ)、海外通販サイトの商品購入ボタンをプチッすることなど可愛いものです。
若い頃は、木工作業で求められるツールの環境というものが、十分な理解が無かったこともあり、機器の購入に失態もありましたが、ここ20年ほどは、そうした拙劣な買い方はしなくなり、購入したものはいずれも有用で貴重なものとして稼働しています。
もちろん、ここには正確な情報が容易に入手可能なインターネット時代だからこそ、という点がある事は言うまでもありませんね。
こうして、目的とする家具制作の加工において、より高精度に、よりスピーディに、より快適に、より楽しく挑む環境整備のため、必要とあればキヨブタで飛翔すれば良いのです。
友人のT氏は、欧州の世界的メーカーのモノを機軸とした木工機械をラインナップしており、羨望の眼で見入るということになり、それは確かにスゲェ !!!と感嘆してしまうものですが、うちはそんな資力は無いので、ありきたりのマシンを愛用しそれなりに楽しく木工しており、それ以上、羨望の眼で見ることも無いです。
必要にして十分な加工機械が整備されていれば、それでOKです。
ある時、私の大先輩がメルセデスを繰り、あるワークショップにやって来られ、Wow! スゲェ、と思わされたのでしたが、曰く「東京との往復が多いし、安全に運転したいから・・・」などと、言い訳のような、エクスキューズのような物言いをするのですが、必要とし、その資力があれば、ベンツでもBMWでも乗れば良いのです。
もちろん、メルセデスを愛車にするにふさわしい、充実した仕事をされ、活躍されている人ですからね。
私などは大衆車を愛車とし、南は広島から北は盛岡まで走らせること屡々ですが、その条件に耐えられる車で、安全で楽しくドライビングできれば良いわけです。
モノの価値とは
話しが拡散していますが、モノ作りにおける加工手法というものも、結局はその時代の産業の高度化に規定されるのは必然的です。
木工分野ではストイックに、手鋸、手鉋でやっていこうとする伝統工芸の職人もおられるでしょうし、一方、伝統工藝の分野でもすばらしい木工をされている方の中には、先進的な工具を取り入れ、より高精度に、よりスピーディに、より楽しく木工に挑む人もいます。
この加工工程における対立する2者への評価ですが、結局は出来上がったもので評価されれば良いのであって、そのプロセス云々がモノの価値を一義的に決するものではありません。
最近、100年ほどの民家を解体したケヤキの大黒柱や、松の梁材で家具を作ってもらえないかとの依頼があったのですが、その解体材に観られる、手鋸の挽き痕には大変興味深いものがありました。
仕口も丁寧で、贅をこらした作りであったことが確認できたのですが、この事例に視られるように、道具の進化の一方、伝統的で真っ当な木工仕口が失われていくという偽らざる実態があることも事実で、ここは陥りがちな陥穽として自覚せねばいけないということだろうと思います。
つまり、工具の進化の影で、必要にして十分な仕口が捨象され、トータルな評価として、前時代のモノから劣化していくようではまずいわけです。
進化した新たな工具を導入するにあたり、そうした陥りがちな悪魔の囁きに耳を貸すことなく、手抜きを戒め、むしろより高度化した仕口の確保へと自覚的に挑むことが求められるということでしょうね。
DOMINOは日本の木工技法における世界に冠たる「枘」仕口というものを一部代替させる画期的な電動工具ですが、前回紹介したような、傾斜した木口への枘穴加工などと言った、通常の枘加工では困難な部位へのアプローチとしては実に合目的的な工具であり、その汎用性はとても高いものがあると考えています。
まだまだ私などはDOMINO活用力のほんの一部を用いているに過ぎませんが、今後の家具制作において、必要性に迫られれば、積極的に、このDOMINOの隠れされた力量を借りようと思います。
なお、余談ですが、私はFestool社の回し者でも何でもありません。ただの一介の木工職人。
このDominoに限らず、ルーターを含め、Festool社の電動工具については幾度も記事にしてきましたし、そのほとんどはポジティヴなものばかりですので、日本国内の販売にも多少は貢献しているのではと思いますよ。
ただ誤解無きよう言っておきますが、まったくFestool社からの金銭的な支援や褒賞などがあるわけではありません。
もとより、そうしたものを期待しての投稿ではありませんのでそれで構いません。
あくまでもユーザーのひとりとして、そのマシンの情報を集め必要とあれば購入し、そして公平なるジャッジをすべく、自身の使用感にしたがい多少は参考になりはしないかと思い、記事にしてきたところです。
そうそう、そう言えば過去に1度、Festool社の日本の代理店である、ドイツ ハーフェレ社の工具担当の人が、Festool社の様々な電動工具を携え、工房を訪ねてこられたことがあります。
うちに来ていただいても営業の効果はありませんけれどと、度重ね、丁重にお断りしたのですが、熱心な方でプレゼンに来られたというわけです。
ひとしきり いくつかのFestool社の電動工具の試運転を見せていただいたものです。
お帰りになる際、Festoolの電動鋸でも1台、このまま置いていけば?と話しを向けるも、苦笑いが返ってきただけでした。
それに替え?、Festool社のロゴ入りの木製折り尺をいただきました。
ま、これがFestool電動工具を広く、深く、リスペクト公開している私への、ハーフェレ Japanさんからの応答ということのようでした。汗;
今後、さらに木工関連の新奇性の高いマシンの公開があれば、積極的に取り上げていきたいと思います。