工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

ブラックチェリーの李朝棚

李朝棚スタイルの飾り棚です。

2017年、新年の賀状に用いた新作です。

こうした飾り棚ですが、過去、様々なスタイルで作り続けてきたジャンルであり、私にとっては欠かせないものです。

ショールームに鎮座していた同種のものが買い求められ、それに代わるものとして制作しました。
ただこのブラックチェリー材では初めてのことで、どのような表情を見せてくれるのか、私としても気掛かりでもあったのですが、この材の淡く柔らかな赤身が映え、良い仕上がりになったと安堵したところです。

起業当時、既に私はマカバ、ウダイカンバを相当量確保していて、その頃ははもっぱら樺材を使っていたのですが、それらは今では良質なものを入手するのはとても難しく、それに代わり、このブラックチェリーを使うことが多くなってきました。

両者は色調、表情において類似点が認められますが、しかし明らかに物理的特性も異なれば、加工性も違い、ブラックチェリーは比較的軽軟であり作業者にとっては、とても加工のしやすい材といえるでしょう。

樺材への加工を自らのものにしておけば、他の材など怖れるに足らずであり、ましてやこのブラックチェリー材の何と加工のしやすさかと思わざるを得ないほどです。

こうしてポジティヴな評価だけであればありがたいのですが、八方美人というわけには参りません。
この材にはガムポケット(ピスフレック)と言われる樹脂の塊が筋状に形成され、板面に表れてしまうところが特徴で、木取りでは頭を悩ましてしまうのです。

造形的に

このキャビネットの造形的特徴は大きく3点あります。
そのうち2つは柱の意匠に関わる点です。

1つは、4本の柱、通常の配置とは異なり、いずれも45°捻っているところです。
これにより四方、平板になりがちなキャビネットの面形状にユニークな凹凸ができ、立体感、深みが出る効果があります。

2つめは、上下二層の結界部分を境に、太さを変えているところです。
これも45°捻ることと同様、意匠に退屈さが排され、面白みがでるわけです。

この世界に詳しい方には既にお分かりの方も多いと思いますが、この2つの意匠は実はジェイムス・クレノフ氏のキャビネットに視ることができます。
もちろん、李朝棚ではなく、モダンなスタイルの棚なのですが、私はあえて李朝棚という伝統的な様式を破り、取り込んでみた、というわけです。

造形的特徴の3つめは扉の意匠ですが、これは別項で後述します

加工工程の困難と面白み

この2つの設計、および加工ですが、大層面倒くさいです。
あまりお薦めできるものではありません。
労多くして功少なし、と言えるかも知れません。

木取りから始まり、枘穴を穿つ位置を水平に維持することの困難な形状からして、墨付けの段階からとてもやっかいですし、そこに枘穴を穿つのも複数のジグを作って臨むことになり、決して容易ではありません。

次に、途中から細くするという加工もなかなか大変であり、また機械加工においては危険を伴うプロセスを強いられます。

なお当然ですが、これらに伴い、この4本の柱を繋ぐ棚口、横桟、後桟なども、同様に厚みを途中から変えねばなりません。

また、組み立ての過程でもそのままでのクランピングではエッジがまともに当たるため、その形状に合わせた当て木を介さねばなりません。

こうして、通常のハコモノであればルーチンでできる様々な加工工程も、1つ1つが緊張を強いられます。
私のように、木工を真に楽しむという姿勢が無いと、こんなやっかいなことはやってられないかもしれません。

それだけにまた、首尾良く組み上がり、完成したときの感慨は一入ということになるわけです。

框組の構成と甲板の関係

このキャビネットは框組です。
45度に捻った柱に、棚口、後桟、そして帆立側の横桟が枘で接合されます。

ここに地板を含め3枚の板が納まる構成。

この場合、これらの甲板、地板は伸張、収縮を逃がす構造でなければなりません。
なぜなら、框組の構造は奥行き方向への寸法変化は無く固定しているのに対し、無垢材の甲板、地板は季節変動、経年変化などで伸縮するので、この矛盾は正しく解決されねばなりません。

具体的には、棚口側には接着剤を塗布し、堅固に接続しますが、後桟、および横桟の奥行き、2/3ほどには接着剤は塗布せず、これら甲板のメチボソ(6×6mm)が小穴に差し込まれた状態に捨て置きます。

框組の方は全く動きませんので、甲板の伸張、収縮を小穴で内部で逃げ、かつ、両者の結合と平滑性を確保しているわけです。

なお、帆立側の鏡板(羽目板)も、甲板も、すべて矧ぎの無い一枚板です。
こうした飾り棚のような特異なものは、最善の考えで臨むべきですからね。
奥行き、450mmほどですので、この一枚板で、という要請は決して困難なものでは無いわけですしね。
(ただ、市場で流通している製品としての乾燥材では無理かも知れません。原木を求めて、という前置きが必要かも)

扉について

まず抽斗の意匠の方ですが、ご覧の通り紐を巻いています。わずかに2.5mm厚ほどのもの。
中央に仕切りの束があるわけですが、これは見付側に出さず、隠れています。

前板、一枚の板を二枚に割り付け、配しているわけですが、紐を巻くことで、柱の意匠同様、少し立体感が出るというわけです。

ただ、木口側の伸縮は殺してしまうことになりますので、よく乾燥した材で無いとやがては破綻しかねませんね。

さて、扉の方ですが、ご覧のように柾目材を3枚並べ、1つの扉として構成するという意匠です。

今回はこの扉の意匠をどうするのか、かなり悩みました。
一枚板で納めるのは、それはそれで立派ですので1つの選択肢になるわけですが、反張などのリスクを考えますと、框組で羽目板に一枚板を、ということで対応するのが最善になります。

しかし今回はこの框組を避けたいと言う条件で考えた結果、このような意匠、構成を選択したという経緯です。

鉋イラスト

少し詳しく書きましょう。

この扉はラミネート、ランバーコア合板の構造になります。

表面、見付側にブラックチェリー材、柾目部位を錬り付け、裏側には板目、一枚板のブラックチェリーを錬り付けています。
芯は18mm厚のランバーコア材を使っています。
表裏のフェイスは2mm厚。合わせて総厚さは22mm

なお、木端、木口には適宜の厚さ(中央、召し合わせ部位、および上下木口側の丁番が来るところは厚く・・・)

こうした構成であれば、反張、伸張の問題は回避できます。

無論、これは完全に・・・、ということにはならないでしょう。
経年使用で多少は収縮していくでしょうし、多少の反りも避けがたいでしょう。
いずれも置かれる環境の条件によって、その影響は大きく異なるものがあります。

しかし、框組みであっても、完全に経年変化を避けられるというものではなく、今回のようにすっきりと板だけで構成させる、ということでは、このランバーコアでの構成は最善の方法であるだろうと思います。

鉋イラスト

重要な事は、材をしっかり乾燥させ(フェイス、および芯材共に)、多少の隙には対応できるような召し合わせの構成、といった配慮を行う、ということです。

また、表裏は同じ条件で練り合わせるということなども大切です。
表だけ錬り付け、裏はランバー材だけで済まそう、なぁんてのはNGです。

ところで、この表の3枚の柾目構成ですが、抽斗同様、召し合わせ部位も含む両端に紐を巻いていますが、3枚の境界部にも紐を嵌め込んでみました。
矧ぎ合わせ部をあえて強調したわけです。

柾目と言っても、辺材、心材では色調が異なり、接ぎ目は意外と明瞭になり、であればということで、あえて強調したわけですね。
無論、両端の紐と協調してのものであることは言うまでも無いでしょう。

これらの意匠、構造的考えに対する評価はどうであるかはともかく、作者としては良い結果をもたらしたと自負しています。

扉を無垢板で構成するという難問

私たちのように木工房スタイルでの家具制作の場合、その素材は無垢材を主材とするというところに大きな特徴がありますので、扉も同様でありたいわけですね。

また顧客も同様にこのような大切な部位に合板ということは受け入れがたいと考えるのも事実でしょう。

欧米の家具文化では、良質家具の条件として無垢材が基本であるということは相対的なものであり、必ずしも絶対的な要件では無いというのが私の認識ですが、これはたぶん間違ってはいないと思います。

ただ無垢材では無く、合板を用いるとは言っても、その合板の品質が違います。
日本の合板の場合、極限的なまでに薄くスライスし、これを天然杢として南洋材などの軟材を芯材とした合板に錬り付けるというのがほとんど全てです。

私の場合、良質のフリッチ材を突き板製作所に持ち込み、その工場の能力の最大の厚みにスライスしてもらい、0.7mmの杢板を確保し、これを24mmのランバーコア材、あるいは6mmの合板に錬り付けてもらうというようなことをしてきましたが、一般に流通しているものは、わずかに0.15mmほどの厚みしかありません。
0.7mmあれば、塗装しても無垢材と代わらぬ品質がありますし、木端錬りしましても、メチ払いさえ可能です(0.15mmであれば鉋の刃が当たってしまえば芯が見えてしまいますが、0.7mmあれば十分鉋で削れます)。

欧米の高級家具の合板とはそうしたものが比較的一般に用いられています。

対し、日本では0.15mmなどという生産性の極限的な追求のみで事足れりとされる合板であるために、安物家具の誹りを受けてしまうわけです。

そうした彼我の状況の下、2mm〜のフェイスを有するランバーコア材で構成するというのは、実に理に適い、高品質なものであることを理解したいと思います。

鉋イラスト

しかし残念ながら、それでもしょせん合板だろうという指摘からは免れず、何が何でも無垢材で、ということであれば、他の手法を取らざるを得ません。

そうした条件下でもっとも理に適った手法は框組とし、ここに立派な無垢材、一枚板の羽目板を納めるのが最善ということになります。
しかし、この框組を避け、シンプルな一枚の板で見せたい、という場合には次のような方法を取ることになります。

  • 吸付桟方式
  • ハシバミ方式

若い頃は私も安易に吸付桟方式を採用したこともあります。(右図)
ただ、やはり、この意匠では気品に掛けるという思いは強くなり、その後は、今回のようなランバーコアに無垢材のラミネートという方式を取ることが多くなりました。

その上で、なおかつ絶対無垢材でという顧客には、反張、伸縮、膨張は経年変化で避けられないという問題を理解して頂くということを条件にハシバミ方式を取るようにしています。

このハシバミ方式については前々回の記事に詳細に記述していますので、ご覧ください(こちら

また、ハシバミ方式と吸付桟方式を併用し、構成したケースもあります

(右 写真:〈Room Divider〉)。
これは木曽天然檜の柾目材を並べ、上下の鴨居、敷居に納まる部分(裏側に取り付けてあります)をハシバミ機能を持たせるという構造のものです。

加え、見付側正面のクラロウォールナットの帯状の部材は、吸付桟として埋けられているものです。
めちゃ懲りに凝った構成ですね。
この家具は納品されたのが2000年でしたので、既に16年が経過しますが、現在のところ、機能的な問題は全く起きていません。

〈扉を無垢板で構成するという難問〉ですが、ここで紹介したものは、有為な事例ではありますが、まだまだ考えられる手法はあるだろうと思います。
それほどに可能性の拓かれた世界が、日本の木工芸だろうと思います。

読者の方にも、これらの手法の他に新たな画期的な手法があるようであれば、ぜひご紹介ください。

hr

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