工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

ブラックチェリーのエグゼクティヴなデスク(その2)

ワゴン

チェリーのデスク・ワゴン

今回のブラックチェリーでのデスク制作は、以前の栗のビッグなデスクを参照したもので、デスク下、左右に配置するワゴンなどの構成も同様でした。

抽斗の割り付け等は異なるものの、天秤差しの仕口を含め、その構造、機構等は栗のデスクとほぼ同じです。

構成

これらの部材、奥行き500mmという抽斗のワゴンとしては比較的深いものになりましたが、矧ぎによらずすべて1枚板で穫りました。
これはかなり贅沢です。

市場からこのような幅の広いのものを探すとなれば銘木扱いになりますが、手持ちの在庫の板で幅広のものがあり、可能となりました。

残念ながらうちの手押し鉋盤の能力は300mmしか無く、この幅を超える板の場合、基準面を出すのは容易じゃ無いですが、こうした制作過程の困難さを越え、木工家具としての堅牢性であったり、美しさから視れば、矧ぎより1枚板の方が断然に価値は高くなります。

簡単にその構成を示すと、

  • 天板、左右の帆立は1枚板の板差しの構造。接合の仕口は天秤差し
  • 背板はホンザネによる数枚構成での羽目板。(取り外し可)
  • 内部、中央位置近くに、1枚の仕切り板
  • 抽斗、大小3杯。スライドレール(セルフクローズ)。前板:小中、2杯は1枚の板から木取り。大1杯はファイリングシステム

背板

羽目板を取り外し可能としたのは、背部からのアプローチによるスライドレールの固定、位置調整のため。
数枚のうちの端の1枚分を倹飩(ケンドン)として納め、繋いでいく方式です。

仕切り板

内部の1枚の仕切り板ですが、これはここに納まる抽斗のスムースな摺動を確保させるための必須の部材。
左右の帆立は木部であり、経年変化や季節変動による反りなどの変形は避けがたく、そのままでは抽斗の摺動に支障をきたすリスクがあります。これを抑えるための板です。

帆立にアリ桟を穿ち、ここに板を差し込み、変形を抑えることで内寸の安定性は大きく高まります(無垢材の木口側は外部環境の変化、あるいは経年変化で変形するリスクは極めて低く安定しており、この物理的特性を利用するのです)。
ワゴンは上下600mmほどの高さですが、この仕切り板は中央に1枚あれば十分でしょう。

私はこうした箱物の場合、一般に框組を多用しますが、この構造の場合にはこうした配慮は、キホン無視できます。
しかし、板差しの場合は、こうした変形を回避させるための措置は必須。
またその方法は板材をアリ䙁で納めるのが最も容易で効果的です。

この種の制作現場での判断という領域の事柄などは、木工専門のテキストなどにはあまり言及されていないかもしれませんが、私自身がそうであったように、失敗を重ねつつ、これを克服するために学んだ職人世界のエッセンスとも言うべき物かもしれません。

意匠

板差しのシンプルな構成ですので、取り立てて意匠云々が反映されるものでもありませんが、正面、見付部分(板の木端にあたる部位)に大きくなだらかなR面を施しました。

板差しのワゴン・留め部分
板差しのワゴン・留め部分

昨今、箱物とここに納まる抽斗の位置関係などではフラットに設計するのがモダン様式の了解事項になっているように見受けられますが、この駆体の見付と、ここに接する抽斗前板の面取りの部位をあえてフラットにせず、奥行き感を見せています。

単に私が流行に抗っていると言ったことではありませんが、美意識などというのは元々自由なものであり、モダン様式を強く意識しながらも、過去の様式を参照しつつ、作者はこれらを独自に解釈し、造形していくという思考プロセスであったり、どこまで削り込んでいけば求める美が現れてくるのか、そうした意識と鉋のフィーリングや、面取りの刃物の設定を様々に試みる中から、自身の独自のスタイルが産みだされていくのだろうと考えています。

なお、抽斗前板側の面取りですが、ご覧のように、3杯の抽斗全体を1つのものと構成し、その外側に片銀杏を施しています。上下、重なり合う箇所は糸面。
駆体見付側の内に向かいなだらかな曲面の終わるところと、抽斗前板への片銀杏面の始まるところが接する形です。

ワゴンの天秤差し

画像は気ままに撮影したまでで、必ずしも体系的に収録する考えによるものではなく、大変拙いものですが、加工への向き合い方や、エッセンスは理解に資するものと思います。
つまり、これらの画像を視れば、その加工プロセス、技法等はお分かり頂けるでしょう。

言ってしまえば、とことん、マシン加工に依存しつつ、必要に応じ手工具を駆使する、といったところがお分かり頂けるかと。

マシン加工とは言っても、ほとんど全てが専用機械ではなく、汎用機のそれです。
したがって、どんな木工現場でも、どなたでもこの程度のものは再現できます。

天秤差し
天秤差し、エレメント解説

以下、簡単にそのプロセスを

1.準備

左右の帆立、天板は同一の厚み、同一の幅に整えます。

2.墨付け

前述のように、ほとんどのプロセスは機械加工なので、白書きや毛引きでの墨付けはキホン無用ですが、天秤差しの底部分と、見付の留め部分は手ノミでカットしていきますので白書きでしっかりと物理的溝を付けておきます。他は4Hほどの固さの鉛筆で付けていきますが、これは機械加工におけるいわば目安的な意味合いのスミです。

因みに、墨付けについてですが、白書きや毛引きなどの刃物で描いていくという考えはキホンではありますが、機械加工にあってはこれは常に有為な手法というものでは無いでしょう。

手ノミや手鋸での切削のためのスミであれば、木部に切れ込みが入ることで、ガイドの機能を持たせ、容易に、あるいは高精度な加工に寄与することになりますが、機械刃物による加工では、この種の有為な効用はほとんどありません。
したがってこうした機械加工の場合は堅めの鉛筆でのスミで問題ありません。
むしろ徹底してノギスなどでの計測確認から加工精度を追求する意識の方がより大切です。

因みに天秤差しの墨付けに好都合なジグも海外の木工関連ジグなどに良く見掛けることがありますが、こうしたものを用いるのは良いでしょうね。

天秤差し、墨付けのツール
天秤差し、墨付けのツール

上の画像の説明

  • 左の3つ:大小の自由定規。この中のVERITASはロック機構が優れ、実に使い勝手が良いです
  • 黒の樹脂の奴 〓 1:5,1:6,1:8,1:10 と4つの勾配に対応する墨付けツール
  • 真鍮の長い奴 〓 1:8=7.125° のDovetail マーカー
  • 真鍮の短い奴 〓 1:6=9.46°のDovetail マーカー

3.帆立への丸鋸によるカット

ここはやはり軸傾斜丸鋸盤が必須となります。テーブル傾斜では作業工程時の安定性に欠けます。

天秤差し加工
天秤差し加工、帆立側、丸ノコでのカット。溝は仕切り板の蟻桟
天秤差し加工、帆立側、丸ノコでのカット(イメージ)

この傾斜角ですが、決まったものはありません。私の場合は9°〜11°ほどの範囲内が多いでしょうか。(あまり鈍角にしますと美しくありませんし、あまり鋭角過ぎると結合力が弱いのではとの危惧を持たれるかも知れませんが、天秤差しや、蟻の機能からすれば、そうした懸念はは無いと言えるでしょう。
その上であえて言えば、鈍角の方が加工誤差の許容度が低くなることは知っておきたいところです。
また、針葉樹はやや鈍角に、堅木は鋭角に、という考え方は有用です。

何につけそうですが、緊結力を確保するうえで大事なのはオスメスの嵌め合いにおける加工精度の方です。
ここが杜撰ですと、結合力が著しく弱まったり、またオスメスが少しでもズレてしまうと、割裂がおきます。慎重に、丁寧に、大胆にいきましょう。

以下、私が多用する天秤差しの傾斜角。

1:6 = 9.4623°
1:5 = 11.3099°
1:4 = 14.0362°

この中でもよく用いる、1:5(≒11.3°)、という勾配は〈2寸勾配〉でもあるのですね。
修業時代、世話になった親方は専らこの尺貫法による呼称が一般的で、私もそれに倣ってきたというわけです。

因みに、ピンのソケット先端部位の幅ですが、機械加工とは言え、できるだけ細くしたいので、アサリの厚みが1.8mmの丸鋸を使っています(通常の木工用丸ノコは一般には 2.4~3.2mmほど)。
対し、ピンの先端は2.0mmで加工します。

1.8mmの丸ノコでは脆弱ですし、切削力に欠けますが、わずかに1寸ほどの切削高さであれば、堅木であってもまったく問題ありません。(丸鋸の胴の硬度、粘りなどの基本的な性能に依るでしょうが)

これは天秤差しの仕上がりの美しさにも関わってくるところですが、加工精度を高め、さらには作業合理性のためにも、前後の天秤の配置は同一で設計します。
ご覧のように、前後は同一のピッチで配されますが、中央の1つが大きくなっているのは、あえて全て同一ピッチである必要性を回避し、作業性の良さ、加工精度の確保のため、こうした設計にしているというわけです。仕上がりはむしろこれはこれで美しいのではと自負する始末 苦笑。

画像は加工プロセス半ばのところですが、この後、丸鋸に対するフェンスの位置を逆にし、同じ加工を繰り返し、ひとまずこの工程を終えます。

4.天板の天秤差し、丸鋸によるカット

天秤の傾斜角に三日月定規を設定し、ピン先が2mmになるよう、墨付け通りに鋸目を入れていきます。

天秤差し加工、天板側
天秤差し加工、天板側の丸ノコによるピン成型

多くのテキストではまず最初にこのピン(オス)を加工し、その後、このピンを帆立側の所定の位置に置き、これに倣って墨付けをするといった工程を紹介しているのを見掛けますが、私はそうした曖昧でアバウトな手法はとりません。ノギスと直定規を用い、徹底して高精度の寸法設定によるプロダクト的な思考で攻めます。

5.見付部位の留め加工

天秤差し加工、留めカット
天秤差し加工、留めカット

画像の通り、留め定規を用い、軽快にカットしていきます。
天板側のこの部位は機械カットは困難であり、蟻傾斜角の治具を用い、手鋸(胴付き縦挽き)でカットしていきます。

天秤差し加工 PinSocket調整
天秤差し加工、見付側の留めカット

6.天秤のBaseline(胴付き)をカット

オスメスともに、底を攫っていかねばなりませんが、まずは手ノミで落とす前、プレ段階としてピンルーターで胴付きをしっかりと切り出していきます。
この手法は他でも無く、胴付きの加工精度(板面に対し垂直に、かつ平滑に)を高めるためのものですが、同時に加工性が高まることは言うまでもありません。

天秤差し加工、Tail側のBaseline加工
天秤差し加工、Tail側のBaseLine生成(底を攫う)

ピンソケットの底はわずかに5mmほどでルータービットの径も、4mm以下、3mm程で無いといけませんが、それでもルーターの切削性能と精度は、手ノミでの仕上げ切削を大いに助けてくれるプレ加工となります。

天秤差し加工、PonSocket、Baseline加工
天秤差し加工、ピン側Baselineを3mmのルータービットで生成(底を攫う)

なお、これをハンドルーターで行うのは難しいかもしれません。お薦めできません。
肉眼で確認しながらの加工が必須条件で、ピンルーターならではということになります。

その後、良く研ぎ上げた鎬ノミを用い、天秤のBasealine、底を整えていきます。

天秤差し加工、仕上げの調整
天秤差し加工、Pin側 仕上げの調整
天秤差し加工、pinSocket調整
天秤差し加工、pinSocket調整

7.最後の準備

最後、組み立て工程を木部の破綻をもたらすことなくスムースに進めるため、天秤の内側の面取りを行っておきます。

その後、仕上げ削りを行い、生地調製のサンディングというプロセスにになりますが、この場合、サンディングは見付部分だけに留めます。
天板、帆立は、組み上がった後、削り合わせねばならず、サンディングはその後です。

スライドレール施工
所定の墨に合わせ、木ねじで固定させていきます。

8.組み立て

接触面に必要にして十分なボンドを塗布します。
この種の仕口はこの接触面が数多いので、素早い作業が求められます。
私は大小の筆で行います。

次ぎに圧締ですが、うちには大型のプレスマシンがありますので、天秤差しに合わせた当て木を介し、圧締しつつ、接合していきます。

クランプで締める場合でも、同様に適切な当て木を2枚作り、できるだけ均等な圧力で締めることになりますが、やはり天秤差しのような接合部位が多いものでは、この均等に圧締するのは簡単ではありません。

ただ、この天秤差しの組み立てでは、天板の方は本体内側に寄せられる力学が働きますので、キホン、片側だけの圧締で済むことになります。
なお見付の留め部分はシンプルな留めの接合面になりますので、片側だけの圧締の力を受け、開きたがるところを抑えるためのクランピングが必須です。

またこれら一連の組み立て作業においては、当然ですが、前後左右、カネを確認しながらの工程になります。

天秤差し加工 組み上げ
天秤差し加工、組み上げ

組み上がり、仕上げ削り途上の画像も置きましたが、寸分の隙も無い無い事がお判りかと。
実は、全て天秤をこのようにジャストフィットさせるのは至難です。
私はキホン、仮組みを行うことは希で、大きな間違いは無いか、あらかじめ接合箇所をあてがい、軽く嵌め合わせを視る程度です。
逆に、しっかりと仮組みなどしようものなら、外す際に破綻を招きかねませんからね。

天秤差し加工 組み上げ前の確認
天秤差し加工、組み上げ前の確認

このように、天秤差しの工程固有の問題もある事から、相互の嵌め合いはややきつめに加工するところがコツと言えばコツかも知れません。(ただこの考え方は、プレス圧締だからこそ言えるのであって、クランプ手締めでは無理でしょう)

なお、胴付きまでの長さですが、あらかじめ1mm弱ほど長く取ることが多いです。
他でも無く、組み上がった後の仕上げ削り(メチ払い)を容易にするためです。
無駄に板面を削ること無く、それぞれ木口を軽く“ヒト鉋”掛ける程度で仕上げるためです。

ボンドは水溶性のものを用いるのは必須かも知れません。
組み上げの過程で、必ずや、ボンドは外にはみ出してしまうものだからです。
少しはみ出す程度にならなければ、それはむしろボンド塗布は少なすぎるだろ、ということになりますので仕方ありません。

組み上がった後、直ぐさま、しっかりと温湯ではみ出たボンド洗い流します。

その後、一晩置き、メチ払いを行い、サンディングという工程です。

このメチ払いですが、見付の留め部分、補正が必要となることは屡々ですので、突きノミやシェイパーなどで留めが綺麗に連続するよう補正していきます。

デスクのワゴン、天秤差し
デスクのワゴン、天秤差し
鉋イラスト

閑話休題

私がこうした天秤差しという技法を最初にトライしたのは、訓練校でのこと。
画像がそれですが、欧州などで近代以降に良く見掛けるデスクの1つの様式です。
脚部の上にデスク本体が乗る形のもので、本体の手前には開閉型の収納部分があり、奥には左右と上にいくつもの小抽斗が付くという構成。

栗のデスク 訓練校時代の習作
栗のデスク 訓練校時代の習作

この時の仕口は天秤差しではなく、ダブテールといった方が適切ですね。
この側面と背面、および手前の抽斗部の前板との接合がダブテール方式。

私が世話になった信州の訓練校では、全て指導教官が設計したものを生徒が指導を受けながら制作するというカリキュラムの構成でした。
訓練校によっては生徒の好きなものを作らせるという受講スタイルもあると聞きますが、カルチャースクールじゃあるまいに、これでは木工技能の修得のカリキュラムとして合目的なものとは思えませんね。

このデスク制作ですが、3月の卒業を間近に控えた2月頃の底冷えのする時期であったかと記憶します。
北欧家具をかなり深く研究されていた指導教官から「もういくつも作れないだろうから、最後にこれをやってみろ」と言って渡されたものでした。

ただ、材種が比較的軽軟な栗材ということで、ダブテール加工は苦労したはず。
この時のダブテール部位の加工はは全て手鋸と手ノミでした。

軽軟であることで、このダブテール部位の加工が、数カ所、小さな破綻が起きてしまったように記憶しています(木理が複雑な部位があり、こうしたところで端が欠けてしまいがちなのですが、経験が圧倒的に少ない未熟さによるものだったのでしょう)。

それでも、何とかモノにすることができ、3月の展示即売会の際、もう1つのライテングビューローとともに、栄えある受賞(県知事賞だったかな)をもたらすなど、訓練校での厳しくも楽しい1年間の最後にオマケまで付くというものでした。

あれから30年を越える月日を数えますが、はて、その後どれだけ進化したのか、と問われれば、恥じ入る部分が無いワケでは無いですね。
他者からの評価の前に、己に問いかけることにしましょう。

鉋イラスト

このワゴンに納まる抽斗の加工ですが、その天秤差しは鬢太ということもあり、次回に回します。

hr

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