ブラックチェリーのエグゼクティヴなデスク
はじめに
ブラックチェリー材は10数年前、集中的に原木を探し、製材、乾燥管理し、これまで相当量使ってきたものの、まだ多少残っています。
幅:50〜60cmほど、長さ:4m。厚みは1.1分〜3寸5分まで、様々。
いずれも無節の優良材が獲れ、これまで大事に使ってきました。
個人の家具工房が、原木から探し出し、材料を管理するというのは、私にとってはごくフツーのスタイルですが、市場には家具材は様々なサイズの乾燥材が製品として流通していますので、これらを受注内容にあわせて調達すると言ったスタイルが一般的であるようです。
ただ、1つの家具に、産地や植生も異なるところから産出される材木を手当てして製作していくという一般的なスタイルでは、例え同一材種であっても、統一した色調、木理を前提とした高品質な家具を制作していくことは、やや困難かもしれません。
今回、ブラックチェリーでデスクを作りたいという依頼があり、制作事例として紹介させていただきます。
前述のようにこの材は多少のストックがありましたので、お話を進めることになったのですが、実はその前提としてこのクライアントが、大きなデスク用の天板を所有しているというのです。
聞けば、2寸板にも近い厚みの2mを越える重厚な1枚板で、高周波による乾燥材であるとのこと。
これらを前提に幾度にもわたるやり取りを経、詳細な設計プランを打ち立て、契約に至り、制作することに。
その後、搬送されてきたブラックチェリー、その幅は70cmを越える中杢で、追柾から柾の部位には縮み杢が乗り、美麗さは格別のものがありました。
杢が乗ってくるというのは、やはり高樹齢というのは必須条件で、高樹齢のものには何某かの杢が乗ってくるというのが、私の経験上の知見ではあります。
2寸板に近い厚みでしたので、まず問題になってくるのは、これをささえる脚部のボリュームと構造です。
物理的な耐荷重の問題ですが、これは意匠を含む、視覚的な安定感からも、相応の構造的堅牢性とこれを確保する部材のボリュームが必要となってきます。
在庫のブラックチェリーには80mm板もあり、これで主要な部材を木取ることで、これらの求めに応ずることに。
甲板より薄い材では、視覚的にもバランスに欠けますし、かといってデスクに3寸を越える厚みによる脚部の構成ではあまりに野暮ったい。
80mmから木取り、70mm近くに仕上がればベストバランス。
家具という構造体でバランスを考えるというのは必須の要件。
日本の伝統的な指物などから、部材の厚みの考え方、空間のバランスなど、学ぶべきところは多いものです。
以前もBlogで書いたことがありますが、1つの家具を構成する様々な複数の部材はそれぞれ求められる厚み(構造上、意匠上から)がありますが、しかし過度に厚みを変えて揃えるというのは、制作過程の複雑さを無駄に強いることにもなり、製作合理性に欠けることに繫がりますし、時には、その仕上がりは統一感に欠け、美しくは無くなるものです。
この辺りのバランス感覚も必要です。
優良で美しい家具は、こうしたところにも見どころがあり、参照すべきものがあります。
冒頭に述べた、原木製材から材木を管理するという優位性もこうした求められるバランスに応えるためのものということができます。
制作者自身の家具の構成から演繹される部材の厚みをあらかじめ認識し、それに基づいた任意の厚みの製材が可能となりますからね。
対し、市場に流通している材木の厚みには自ずから制約があります。
求められる厚みより薄すぎたり、あまりに厚く、所定の厚みまで削り込むのはあまりに無駄ということになります。
手頃な価格帯で良い家具を作るためには、あらかじめ優良材を条件として、複数の厚みの乾燥材を確保し、在庫管理することが必要と言うことになります。
前置きが長くなりましたが、以下、このデスクの制作上のポイントとなるところを中心に紹介します。
意匠と構成
クライアントはこれまでも無垢材家具の制作依頼で数カ所の木工家との交流があったようですが、今回は制作の品質とともに、意匠からも、ぜひ工房 悠にとのことであったようです。
デスクですので、収納の割り付けからはじまり、その機能性など、様々な希望が出されることになりましたが、これらを設計プランに落とし込むのは意外とスムースでした。
というのも、私自身が忘れてしまっているような過去の作品事例を示されるなど、工房 悠の作風を熟知しての要望であったことで、その多くは技法上、難易度のとても高いもので、大変苦労させられたのが実態ではありましたが、それらを含め全ては上手く運びました。汗;
このBlogや、公式webサイトにしっかりと画像とともにテキストを残してきたことも、こうして新たな制作へと繫がっていることを考えれば、無駄ではなかったというわけです。
今回は、数年前に制作した栗材によるエグゼクティヴデスクの制作事例があり、クライアントはこの意匠を指示してくれました。
したがって、これに準じつつ、そこに個々の要望を反映させた設計となりました。
(なお、ワゴン、および抽斗については、次回、詳述の予定です)
構成上、栗のエグゼクティヴデスクと異なるところなどは以下の通り。
- 背板の構成:栗では、1枚板を横に配しましたが、今回は柾目板を縦にホンザネで繫げる方式に
- 抽斗等は本体では無くワゴンに納める方式は同じですが、天板直下に薄い抽斗を設けます。
この薄い抽斗ですが、吊り桟を施した仕切り板を天板に寄せ蟻で嵌め込み、これに吊す形 - IT機器の収納棚を背中央の柱に付設
ディテール
クライアントの方はディテールにも強い拘りのある方で、細かな要望も多かったのですが、その主たるものの1つは細部の面取り。
いわゆる〈大面〉と言われる、切り面の1種を施すことに。
切り面は一般には45°の面を指しますが、ここでは20°というなだらかな面の指示。いわゆる〈大面〉です。
これを上部天板の寄せ蟻での桟と、後部柱、そして下部の畳ズリ、この3つの部位を〈サスリ〉(同一面で繫がる接合面のことを指します)で接合しつつ、そこにぐるりと大面を施します。
接合部位の仕口は、したがって〈面腰〉になります(上画像参照)。
この面腰ですが、上下、および柱も含め傾斜角を持つところから、多少やっかいな加工になりますが、こういった難行も、いわば工房家具ならではの見せ所でもありますので、丁寧に、美しく、慎重に行います。
クライアントの拘りに対し、見事に答えていくのでなければいけません。
柾目の板を何枚も横に並べた背板ですが、ご覧のように、端正に並べました。
こうした同一の木理を相当量に獲得するのは意外と難しいもの。
今回は9寸幅で80mmのフリッチのような分厚い柾目板を4分板に上がるように割いていきます。
14mmほどでリッピングしていけば5枚が取れますので、2本ほど用意することで、このように木目の表情がが均一な木取りが可能となります。
これも、厚板を在庫管理していることによるものです。
下部、中央の棚板
これは私の方から提案した部分でしたが、今ではデスクでコンピューターを設置するのが前提ですので、モデム、HDD、Wi-Fi機器のストレージは必須。
このようなデスクの場合、両袖などに貫を渡し、ここに棚板を保持させれば良いところですが、今回は本体と一体となった固定ではなく、ワゴンであり、これをデスク下に納めるレイアウトという制約上、この方式では叶いません。
どうしたかと言えば、背板の中央に柱を設け、これに3枚の持送りを出し、ここに棚板を載せるという構造。
ただ、この持送りですが、棚板も不用になる場合もあるだろうからと、この2つはノックダウン方式。
持送りは柱に寄せ蟻で緊結。
棚板は、これら3枚の持送りの上部に付けたダボに嵌め込み、固定すると言う手法。
完璧ですね。
完璧とは申しても、寄せ蟻の加工はなかなか大変。
画像のような、ハンドルーターのベースを安定させるため、角度処理用のちょっと複雑なジグを作らねばなりません。
ノックダウンと全体の構造
さて、この2m近い長さの、100kgを優に超えるデスク、マンションの2階にあるお部屋にどう搬入させるか、ここが大きな問題でした。
どう考えてもノックダウンにするしかありません。
本体だけでも以下のようなエレメンツ
- 天板
- 左右の脚部
- 背板の後桟(下)+中央柱
- 後桟(上部)
- 背板、羽目板
これを現場で接合させるわけですが、キホンは栗のデスクの時と似たような手法ですが、
全ては寄せ蟻を駆使することです。
左右の脚部に背板の下部の貫を寄せ蟻で固め、そこに羽目板を落とし込み、
別の貫を上から蟻で脚部と、羽目板をめがけて落とし込み、固定。
これを天板に寄せ蟻で緊結。
寄せ蟻という手法が無ければ、金具を使ったりせざるを得ませんが、耐久性を考えれば、金具での緊結は寄せ蟻に完全に劣ります。蟻であれば数100年は持つでしょう。
搬入、設置の際、この寄せ蟻による組み上げ作業については、クライアント主導で行ってもらいました。
今後 必要となった場合、自力で解体、再接合などの作業を行ってもらわねばなりませんからね。
ただ大小のウレタンショックレスハンマーで叩くだけですので難しいことはありません。
やや冗長になりましたので、今回はこのへんで、次回はワゴンと抽斗の天秤加工などを少し詳しく。