工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

木工家具制作におけるサンディング (終)

サンディングバナー
終えるにあたって
サンディング工程は家具制作において欠かせないプロセスであるが、必ずしもその重要性が正当に位置づけられていないのでは、というのが本稿執筆の動機であったが、不十分のそしりを受けるものでしか無かったとは思うものの、少しはその意図するところは伝わったかも知れない。
いわゆる工房というスタイルを旨とする制作現場において適切にサンディングを施すことの難しさにはいくつか理由があるだろう。

  • 高精度の機械設備の設置が困難であること。
  • 高品質な素地調整というものへの認識が浅いということもあるかもしれない。
  • 塗装システムがオイルフィニッシュというということでの、素地調整への要求度の低さがあるかもしれない。
  • 単品生産というスタイルであるために生産性追求へのインセンティヴが低い。

これらは一方の長い歴史をもつ家具製造メーカーの塗装システムにおける1プロセスとしてのサンディング工程と較べれば歴然とする。


家具という商品の品質を規定づける最後のプロセスとしての塗装工程は彼らにとっては最重要工程の1つである。
したがってそのプレ段階としての素地調整としてのサンディングは徹底した品質追求と、合理的手法の確立へ向けて技法を蓄積してきている。
中でも無垢の木材を素材とする製造現場では、必ずしも良質な木材ばかりを使えるわけではないという条件下、これを補い、より商品価値を高めるための塗装工程というものが重要となってくる、ということであろう。
工房スタイルではオイルフィニッシュという一見簡便な塗装(本来オイルフィニッシュは決して簡便なものではないのだが_後述)が主流となっていることなどもあり、サンディング工程というものは必ずしも重視されていないという傾向があるとすれば残念なことだ。
あるいはまた、工房というスタイルでの制作における優位性でもある手鉋で適切に仕上げを行うことができるならば素地調整としてのサンディングはさほどやっかいなものではない。その後スマートにささっと掛ければ済むものだ。
しかしこの鉋掛けも不十分な状態ではサンディング工程の方に素地調整の主要部分を依存させざるを得ないにもかかわらず、ポータブルサンディングマシーンなどで簡便に事済ますような現状もあるのではないだろうか。
確かに製造メーカーでは鉋を使うことなどは忌避されているだろうが、しかしそれに替わるサンディングシステムではワイドベルトサンダーなどの高度なものが設備され、厳しい品質管理の下ですばらしい塗装工程を経て、高品質な商品が廉価なプライスカードが付されて店頭に並ぶ。
工房スタイルで良質な家具を制作するということはとてもすばらしい営為だろうと思う。
ではあらためて品質において客観的な評価をしようとしたとき、果たしてそれにふさわしい品質を持っているのかといえば実はそれは別の次元の問題であり、最後の塗装とその品質を規定づけるサンディング工程は、良質な無垢の木材を使いながらも残念ながら本来の表情を引きだしているとは言い難い現状もある。
今回のシリーズの冒頭で語った、サンディングに関わる機械システムへの誤解もこうした現状を改善させるために大きな障害になってはいないだろうか。
こうした問題意識が少しでも伝われば多忙な日常の中にあってこうしたシリーズを続けた労も報われる。
電動工具の世界では様々な機能を付加させ改善されたポータブルサンダーというものが出回っている。
しかし如何に立派なものが開発されても数10年前の製造年の銘板が付いた中古品のサンディングマシーンに較べても、その素地調整としての基本的性能には残念ながら勝てないという現実から目を背けてはならないだろう。
機械仕上げ=量産工場向けのアバウトな仕上げ精度、といった根拠の無い誤解は解かれねばならない。
こうした事例も含め、ボクたちはもっと家具製造工場のシステムに学ぶべき事は多い。
“手作り○△”という接頭語を付けた呼称というものが、真に機械生産で失われてしまった丁寧で優れた作りであることの正しい形容であることを自他共に認識し合い、誇りとするのであらば、まだまだボクたちにやるべき事は少なくないのかも知れない。
ところで少し余談めくが、ここで伝統工芸における塗装(拭漆)について少し触れてみる。
黒田辰秋先生の門下の一人であるMさんの木工は個人的にも大変好きで、少し交流もさせていただいている。
彼の個展会場に親しい家具デザイナーと表敬訪問した時のこと。
あるすばらしい卓を前にして、そのデザイン、精緻な造り、などについて作家本人を横にしていろいろと語っていた中で、件のデザイナーはその加工工程の労を褒め称えていたのだったが、それに対しボクは、いやいや加工もすばらしいが、やはりこの拭漆の美しさを出すことの方がより難しいのでは?、と作家の方へと答えを促したのだったが、曰く、そうなんだよね。時間にしても何にしても、塗りの方が大変かな?と、微笑むのだった。
彼の拭漆はまさに黒田先生の系譜を継ぐものとしての自覚に裏付けられたものなのか、京指物の正道を行くものとして、素材の持ち味を十二分に引き出すすばらしい輝きを放つもので、伝統工芸展では何度も受賞するほどにその評価は高い。
無論、こうした伝統工芸の漆の世界と、木工家具の分野では塗装における要求度の差異も少なからずあることを承知の上で、しかしあえてそうした事例を挙げたのは、品質を決定づける大きな要素として、塗装工程およびその前段階の素地調整というものがあるのだということを少しでも理解していただければ、と思うからだ。
なお、サンディングにおける重要な要素である、研磨材については今回触れてこなかった。
この分野についての詳しい解説はネット上でも「鯛工房」(葛城さん)のサイトに良い解説があったと思うので、そちらに譲りたいと思う。
またこれはこれまで述べてきた空研ぎの分野ではなく、いわゆる水研ぎ(湿式研磨)においても重要な項目となってくる。
昨今のオイルフィニッシュという塗装手法は、ドイツのOSMOなどの普及でかなり簡便に行うことが一般的になってきていると思われるが、実はオイルフィニッシュという塗装は工程数も多く、とても大変な作業であった。
いわゆるチークオイルや、ワトコオイルなどでは、良いテクスチャーを出すのはなかなか大変で、油研ぎという工程が必須だった。
そうした塗膜研磨作業については、今回対象としなかったので不満に思われる方々も多いだろうが、いずれ機会があれば触れていみたい。
なお告白すると、静岡という産地で仕事をしていると、優れた塗装屋さんがいて、そうした方に塗装工程を預けてしまうと言うことが一般的になってしまう。
したがって塗装工程についてはテキストとして理解できても、なかなか実践がともなわないことで経験の蓄積を阻んでいるというのが実態。
そんなワケですのでおゆるしいただきたい。
木工家具制作における品質の向上に少しでも寄与できればという思いでこれまで10回にわたり記述してきたが、あらためてご意見、感想、質問などあれば寄せていただければ嬉しく思う。
これまで難渋な記述にもかかわらず、読了していただいたことに感謝したい。
なお、本編の過去記事は右のCATEGORIESの項目「木工家具制作におけるサンディング」をクリックしていただくと逆時系列で抽出されるので、ご利用いただきたい。     了。

Yuh

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • 一連のサンディングのシリーズたいへん参考になりました。
    私には揃えられない機械が色々出てきましたがartisanさんが個人工房での機械をどのように位置づけているのかポリシーが少し解ったような気がします。
    それと、サンディングもさることながら、その前工程である鉋かけやカッターの選択など認識を新たにするものがありました。機械のナイフマークをサンディングで落とすようなことは避けなければいけませんね。

You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed.