職業訓練指導のひ弱さ
木工の基礎的な技能を身につける教育機関として「職業訓練校」(=技術専門校、あるいは地域によりその呼称は様々)というものがあり,その概要についても以前少し詳しく記述したことがあったが、(参照)これは日本の木工加工技能の基礎的教育機関としてより良い選択肢となるだろう、といったような紹介をした。
しかし恥ずかしながら今になってこれはいささか誇張であったかな、という自省に駆られている
今日は少しこれについて考えてみたい。
最近うちで働きたいという若い木工家志願の人がやってきた(こんなおんぼろ工房をめざす奇特な人もいる)。毎年年末頃からこのようなアクセスがあるのだが、募集しているわけでもないので基本的にはお断りすることが多い。
しかしずいぶん熱心にアピールするので1度面接と実技を見せて貰った。
この人はSという訓練校を卒業した後、造作のような家具製作をする会社で従事している若者だからまずまず相応の実技を見せてくれていた。
冒頭の話に関連するのは「訓練校では丸鋸盤でのリッピング(幅割き工程)はさせてもらえなかった。指導員が生徒に替わってやっていた」ということを聞いたことに関わる。
これにはさすがに驚ろかされた。
このSという訓練校は全国的にも最も整備された環境で教育水準も高いと見られていたところだから、この話はいささか衝撃的ではあった。
しかしよく考えてみれば、以前にも同じようなことを言っていた訓練校の若者がいたことを思い出した。この訓練校はHという地域のものだったが、卒業したばかりであったが、丸鋸盤を前にしてリッピング作業をやらせようとしても臆して全くできないのだ。
これはなんじゃ?。
リッピングなどというのは木工加工機械の最も使用頻度の高い汎用機械、丸鋸盤での最も基本的な作業なのだが、これが出来ない。やったことがない。教えて貰えない、というのだ。 ??? (疑問符を数十個付けてもまだ足りない 笑)
この2つの事例からは、最近の訓練校でのカリキュラムは一体どうなっているのか、という大きな疑念を持つに至り、冒頭のような自省を迫られたのだ。
何故にこのような基本的加工技術のキホンのキを教えないのか?
まず間違いないと思われるが、安全管理上の問題なのだろうと考えられる。
確かに木工機械の中でも使用頻度が高いということもあるが、高速回転する鋸が丸出しで、この近接したところを被加工材を手で押してカットさせる、という工程が危険な作業であることは認めよう。
しかしこの基本作業ができなくては木工など始まらない、という宿命にあることも真実。
趣味で木工をやろうという人には、そうした危険作業を回避して別の手法を選択するということも考えられなくはない。
しかしプロの現場では必須の加工工程であり、他の機械にこれを代替させるということはおよそ考えられない。(帯ノコで代替させる、ということはあり得なくはないが、その精度、生産性からとても実用的ではない)
丸鋸盤は、一定の安全策と、少しの経験があれば決して怪我などすることはない生産性の高い汎用機械なのだから。
いちいち丸鋸盤で怪我していては木工産業は成立しない。
丸鋸盤だけではなく、ルーターマシーンでも同様なことがあるようだ。恐らく訓練校にはこのルーターマシーンという機械は設置してあるはずだ。しかし多くの訓練校では危険だからと言って使わせないと言う。
このルーターマシーンも丸鋸盤に次ぐぐらいに汎用性の高い有能な機械なのだが。
この機械の使い方によっては加工システムが大きく向上し、多様なデザイン的自由さを与えてくれるものなのに、だ。
訓練校というところは木工関連の産業界が求める技能職を育成するところであることは言うまでもないだろうが、丸鋸盤を扱うことの出来ない新人を迎えて、工場長は慨嘆するしかないのだろうか。
訓練校と同様に「はいはい、ここは工場長がしましょうね…」、と優しく手をさしのべろ、と言うのだろうかね。
教育機関というところは、基本的加工技術がどのようなものであるのか、制約された時間の範囲で指導するというところに難しさがあるのだろうが、木工という技能体系をわずか1年たらずで教えることの困難さはボクたち経験者であれば誰しも理解できる。
しかしその中でも基本的加工技術だけは習得してきて貰わないと、何のために訓練校出の若者を選択しなければならないのか困惑してしまうだけだ。
いろいろ各地域の訓練校のカリキュラム、授業内容を見聞きすると、相応の水準でまともなところもあれば、ただの木工遊びの場でしかないというところもあるようだ。(丸鋸盤を使わせない、習作も生徒の好きなものを<自己責任、とかいうやつで>好きなように作らせる、というような)レジャーランドというわけだね。
ボクたちの頃はそのような甘いカリキュラムではなかったし、全てが上述のようであるとは考えたくはない。しかし冒頭に上げた2つの事例は決して特異なものではないのだろう。そうであるとすればこの「安全管理上、丸鋸盤では作業させない」という指導指針がどこでどのような経緯で決定されてきたのか知りたいものだ。
きっこの日記、1日8万件には遠く及ばないものの、毎日多くの訪問者があるこのBlogなので関係者もいるかもしれない。ぜひその指導指針の正当性を教えて頂きたいと思う。
木工機械を扱うことに必然的に伴う危険性を如何に回避させるのかという手法、その考え方というものを教えるのが指導機関の役目であり、アブナイからその機械を使わせないという誤ったメッセージを与えるというのは全く指導という概念に反する思考であり、言い換えればもはや指導の放棄というものではないのだろうか。
少し厳しいことを言わせていただければ、往々にして指導者という職能も、生徒が怪我をしてその安全管理を問われることを最も嫌い、そのためには必須のカリキュラムであっても危険を伴う作業はさせないことで、自身の教員としてのポジションの安寧を求める、という思考に走るのかも知れない。
しかし一方考えてみれば、かわいそうなのは生徒。教えて貰えなかった基本的作業でも現場に立たされると絶対的に要請される技術であることをあらためて知ることで、訓練校での教育内容がいったい何だったのかはじめて気づかされるということになる。
訓練校で怪我されるのは困るし、生徒がかわいそう?しかしかわいそうなのは丸鋸盤もまともに使えないような指導内容で送り出され、そうした甘さが許されない現場で逡巡し、あげく怪我をしてしまう状況を生みだしていることをどのように説明してくれるのだろうか。
この悲しい現実をぜひ関係者にはよく考えて貰いたいと願うばかりだ。
またこの4月から多くの木工志願の若い有望な生徒たちが入学してくるだろう。
ぜひ、送り込む工場からはさすがに○○訓練校で指導された生徒だと感心させ、生徒には誇りを持たせてやれるような技能を修得させてやって欲しい。
Ikuru
2006-3-17(金) 02:39
こんにちは。Hという訓練校が同じ場所かは分かりませんが、常勤の訓練指導員2人とも木工の現場で働いた事がないと聞き、驚いた事を思い出しました。
大事な職業訓練を施す場のはずなのに、就職後の苦労を増やしてどうするのかと思いますね。中途半端な者を出せばさらに訓練校としての評判も下がるばかりですし。
artisan
2006-3-17(金) 07:22
ikuruさん さっそくのコメント感謝します。
コメント頂いたエントリーを補強するような話はいくらでも出てくるかも知れません。しかし相手が公的機関だし、問題を指摘したがらない日本的風土では表に出にくいことかも知れませんね。
たいへん残念なことですが指導者側が事なかれ主義であるとするならば、本来厳しいものであるべきはずのプロの卵養成機関としては社会的使命の放棄でしかないでしょう。
ikuruさんの滞在国での指導内容とは多くの事柄で差異があると思います。木工文化の歴史的遺産と現在のそれ、あるいは教育文化そのものの土壌の差異など。
しかし最後は結局指導者と被指導者との高いレベルでの真剣な関係性を作る意欲の差となって現れてくるのでしょう。
C/M校がんばってください。
tysan
2006-4-5(水) 01:28
夜分に失礼します。卒業生から、ここのホームページの書き込みを教えてもらった者です。
私は某県の木工指導員で20年ほど指導している者で
すが、木工機械を触らせない訓練校があるというの
を聞いてビックリしました。
わが校では、ほぼ、全ての機械を訓練生が使ってい
ます。(さすがにテーブルルーターは触らせていませ
んが。)
縫うような怪我は、数年に一度ぐらいですが、発生
します。
その都度、私どもは始末書は書かされますが、降格
やクビになることはありません。
ここに書かれている通り、そんな訓練校を卒業して
も、使い物になるような人材にはなれませんよね。
かえって、訓練生の将来を悪くするようなもので
す。
あと、木工仕事についたことのない指導員がいると
いう件ですが、これは各都道府県の人事課の職員配
置について専門性を理解していない担当者がいる所
の場合だと思います。
それよりも、残念なのは、在校中に、口すっぱくして教えた基本的な作業動作や方法を、卒業して、しばらくたつと我流になっている方がいます。
ちょっと前にもテレビに出ていた卒業生の作業風景が映し出されていたのですが、鉋の持ち方を間違っているのがあって、即、電話して注意しました。
くれぐれも正しい作業方法で木工をしてもらいたいものです。深夜に失礼いたしました。おやすみなさい。
artisan
2006-4-5(水) 07:29
tysanさま 木工指導員の方からのコメントですね。感謝いたします。
木工加工工程の主要な機械の基本的操作の指導を放棄しているという問題への指摘でしたが、これに対する現場の指導員からの貴重な報告です。
御校の名称を明かして頂いて応募者を誘引してもらいたいぐらいです。(笑)
実は丁度今「訓練校」に関わるネット上の記述を集約、Linkさせることで、応募者への情報提供をしようかと考えていたところです。
数日中にもupしたいと考えていますのでご覧いただき、あらためてコメントいただければ幸いです。
kogiyan
2008-2-12(火) 14:19
はじめまして、森林たくみ塾のスタッフです。
私塾故に、誤解と偏見の多い当塾ですが、現場での実践教育では、どの学校にも負けないと思っています。社会に出て現場にすぐに立てるか、あるいは再教育が必要かの違いは大きなものがあると思います。木工の加工技術のみならず、仕事に向かう姿勢は、言葉だけで伝えるべきものではありません。私たち森林たくみ塾では、自ら気づいて学んでいく姿勢を重視しています。徹底した現場での実践教育を柱にしているため、安易なカリキュラムなどというものに頼りません。必要なときに必要なことを伝えていく。そして経験の積み重ねこそが大事だと考えています。
理解する人は理解してくれるとばかりに、今まで殆ど情報を発信してきませんでした。しかし、このご時世、情報発信も大事なこととブログも始めました。http://takumijuku.blog103.fc2.com/
この16年間で卒塾生を170名輩出しました。木工を志す若者が実力を身に付け、一人でも多く社会に役立つ人材となればと思います。
artisan
2008-2-12(火) 22:37
kogiyanさん、先日もコメント頂きましたね。ありがとうございます。
しかし何ですね。ご挨拶のコメントのようでありますが、またもや過度に低姿勢と申しますか、冒頭の物言いには不可解さを感じてしまいます。
何を指してそのようなことを仰っているのか、一度教えていただければ“誤解”も“偏見”も氷解するのでは?
広く多くの方々に高い評価を受けていらっしゃるものと考えています。
貴塾を出られてご活躍されている方、数人を見知っていますだけに、このコメントにおけるかなり強いバイアスの掛かった押し出し方が印象的です。
庄司さんにどうぞよろしくお伝え下さい。