工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

木工をめざす若者たちへ(職業訓練校とは)

木工を志向する人にとって、その技術体系の基礎を学ぶことは必須の要件だ。

過去何度かこれに関わることなどを記述してきたように思うが、本日未明、小諸、天池の谷 進一郎さんから寄せられたコメント内でのお奨めもあり、また訓練校(現在は地域によって「技術専門校」などと称されるようだが)の来年度の〆切が直前に迫っていると言うこともあるので、緊急のエントリーになってしまった。

工芸一般、全てがそうだとは言わないが、こと木工というカテゴリーにとってはその技法を学ぶということは重要なことになる。

その理由はいくつかあるが、まず最初に理解していただきたいことは木工というカテゴリーの工芸は木を切って、削って、穴を開けて、ホゾを付けて、嵌め合わせて、等といった多くの工程の集積であるということで、これを制御し、精緻な組み合わせを完遂させる様々な技法というものが、あらゆる要素の前提になってくるということになる。

何よりも木というものへの古来からの人間のアプローチというものは、他には代替できない固有の有機物としての有用性と、また独特の美術的価値としての魅力を備えていたからに他ならなかった。
これはハイパーなまでに近代化された現代にあってもその本質において変わるものではない。

この木への加工のアプローチというものは、したがって有機素材を扱うという困難性をどのように克服するのか、ということからはボクたちは逃れられないとうことは現代にあっても変わるものではない。

過日、納品された椅子が破損したということで戻ってきたことがあった。これは置かれた環境により木が乾燥して痩せてしまったことに起因するものだった。
このようなことは決してめずらしいことではないのだが、しかし痩せるという有機素材ならではの困難を十分に克服するだけの配慮が足りなかったことを意味するのであって、未熟さを知らされたということになる。

あるいはまたかつて木を素材とする専門的なデザイナーからの依頼で椅子を製作させてもらったことがあったが、この時、木工家では決して採用しないであろうと思われるような仕口(複数のパーツで接続構成させるための技法)を要求されるということがあった。
例え デザインでは優れていたとしても、木を素材として製作するためのデザインとしては重要な要件を満たしていないと言うことで問題を残すものだった。

このようなことはいくらでも起きうることだろう。
さて、こうした木という素材への加工へのアプローチはそんなに大変なことなんだろうか。
いや決してそうではない。木工加工技法などというものは、古来から数千年の歴史を有している。
ありがたいことにこの日本という国には他国にはないような独特で、世界に冠たる技術体系を擁していると言っても良い。

ただ現在のように飛躍的に発展した産業界にあっては、こうした古来からの伝統的技法というものは廃れつつあるというのがその実態の1面でもある。

確かに家具の需要層では無垢の木を用いて、手加工されたような高価なものは忌避されてしまうことは事実かもしれない。
こうした廉価、量販なものと対極にある本来の伝統的技法で製作するには高度な技法が駆使され、また優れた美意識を投下せねば創り上げることは困難だということは自明であるが、しかしここで若い木工志向の方々に理解してもらいたいことがある。

例え、量産の木工所で木工に従事するものであっても、実は木工の基礎的な技術体系を修得すること無しには、優れた廉価な量産品もできないだろうという真理についてである。

あるいはまたデザインを志向するにも、木を素材とするならば、基本的な木という素材を自家薬籠中のものとすることはデザインの練度を高め、デザインの幅を拡げるためにも重要なことである。
上述したデザイナーの轍を踏まないためにも、基礎的な木工技法を学ぶことは決して回り道ではない。

さて、現在、日本においてこうした木工を学ぶためにはどのようなコースがあるのだろう。
先に触れたように1つは美術系の大学。第2に訓練校、他に第3に木工教室。第4に私塾。第5に木工作家への弟子入り、第6に木工制作会社。と言ったところだろうか。

それぞれ簡単にその特徴を記す。

  1. 美術大学も様々だろうが、残念ながらいくつかの研究室を除けば優れた指導教官を擁した学校はあまり無いというのが実態のようだ。

    一定程度、木という素材を他の素材同様に体験させるということなどは履修するのだろうが、本格的な木工の現場で適応するような技法を修得できる場ではない。

    あえてボクが限定的に知っている優れた指導教授を擁している学校をあげると…

    などか。

  2. 木工教室はあまり詳細は分からない。各地域にたくさんあると思われる。
    名古屋の宮本さんは北欧の木工技法を積極的に導入していて、またしっかりしたカリキュラムを持っているので相談するのが良い。
  3. 私塾ではオークビレッジが経営している「森林たくみ塾」などが有名だが、コメントできるほどの情報は無い。他にもいくつかの私塾があると思われる。
    私塾の場合、その経営システムをしっかり把握して臨むべきだろう。(学費、カリキュラム内容など)
  4. 木工作家への弟子入り。これは恐らくはいきなり基礎のない初心者を迎え入れるということは出来ない相談だろうと思う。
    最低でも訓練校で履修して来ないとダメなのでは。
  5. 家具制作会社。ここも様々だろう。技術などじゃまくさい、というところもあるかもしれないが、これは当然にも伝統技法を学ぶところではないと言うことになる。

さて訓練校

まずその制度から。

【制度】

経営母体は国、県などの自治体にある職業安定を管轄する部門が経営している。
従って雇用保険の運用の一環ということになり、それまでに職に就いて雇用保険を払っていた人は訓練期間中、一定の雇用保険を給付されながら訓練に臨むことが可能となる制度だ。
例えこの対象にならなかったとしても入所することは可能なはずで、訓練期間の生活費は他から充当することが必要となる。あらためて申すまでもなく訓練に掛かる経費は基本的には無料。

【訓練内容】

これは地域差が大きいようだ。かつて数カ所にわたる卒業生を受け入れたことがあるのである程度情報を持っているが、そのカリキュラム内容、指導の質は様々だ。
恐らくはそのほとんどは量産工場向けに職人を供給させるための内容ではないだろうか。(これは地域の木工業への供給源として設立されている事を考えれば至極当然のこと)

無垢を対象とした技法をベースに指導するところを、ボクが知っているという限定的な情報として上げれば…

東京都立品川技術専門校

東京都立足立技術専門校

岐阜県立木工芸術スクール

京都府立福知山高等技術専門校

長野県立上松技術専門校

長野県立伊那技術専門校

と言ったところだろうか。

個人的な感想を挟むことを許していただければ…
東京都品川技術専門校は、多くの優れたカリキュラムを持ち、それぞれ第1戦の職人などを指導教官として採用しているように見受けられるが、ただ残念ながら1年という限定的な期間ではあまりにも間口が広すぎて咀嚼しきれ無いという問題があるように思う。

さて谷さんからのお話しの伊那の訓練校について知っていることを記してみたい(ボクは現在では既に学科が無くなっている松本技術専門校出身なので、紹介できる素地はあると見てもらいたい)。

カリキュラムの内容は基本的にはそのほとんどを無垢の家具を製作するための学科、実技に当てられている。

具体的にはどのようなものかと言えば、入校後、学科、実技を並行して学んでいくが、1月もすれば、基本的な家具構造を理解すべく、皆、同じように小さなチェストを製作する。
ここで家具の基本構造、およびこれを製作するための技法を学び、その後様々な和家具、洋家具を製作していく。
数ヶ月は学科もみっちり学習するが、その後は実技を重点的に履修することになる。

なお、他校では生徒の自主性(聞こえの良い)を重んじ、各自好きなものを製作させる傾向が強いということのようだが、そうしたことはやらせない。

「松本民藝家具」様式を含めた様々な様式家具、モダンデザインで秀逸なもの、などを個々の資質に合わせ、指導教官が設計図面を提示し、製作指導していく、というスタイルを取る。

またボクを指導した教官は生徒と共に木ぼこりにまみれ、苦楽をともにする。
言い換えれば木工所の熟練した親方と、弟子の関係をそこに投影させる、と言えばより分かりやすいかも知れない。

生徒は教官の手元をみながら、机上の論ではない道具の実践的使用法を体得し、他の何ものでもない手業の極意の一端に触れながら木工の本質に迫ることができる、というスタイルを取っている。

1年間という木工を修得するにはあまりにも短期間の履修期間にどれだけの実務経験を与えてやれるのかが、木工現場に送り込む教育機関の使命なのだが、「生徒の自主性」などという甘言は貴重な空間と時間をレジャーランドのそれに化すことにしかならないという実態は卒業生を受け入れる企業担当者を一様に慨嘆させることになる。

さらにまた特徴としては、家具製作の技法が「松本民藝家具」のそれを基本としているということになろう。

ボクは経験20年ほどの家具職人だが、この「松本民藝家具」の構造、技法というものは日本に於ける木工技法の1つのスタンダードとして評価して良いと考えている。

基本をこの「松本民藝家具」においているということは特筆して良いことだろう。

したがってそこで要求される技術レベルはプロが用いる手法となるので決して半端なものではない。
ここでしっかり履修するということは、卒業後ある程度プロが要求するレベルに応えるだけの資質を備えると言うことになるだろう(あくまでも資質を備える、ということで決してそのまま通用するというものではない)。

その証左を1つ上げてみよう。卒業前の製作家具の卒業展示即売会、というのがあるのだが、地域住民はもとより、この訓練校の技術レベルを良く知る人たちが大挙押し寄せる。
無論価格は材料代ほどという廉価にその目的もあるだろうが、しっかりと実用に耐え、量産品を求めるよりもはるかに賢い選択ということなのだ。(下記画像参照)

もう1点。工房の近くには家具産地が控えているが、和家具を生産して有名なM木工という会社があるが、毎年のようにこの訓練校から生徒を受け入れていて、その生徒への評価は高い。

さらにもう1点、ボクは卒業までに2桁の数の家具を製作した。そのほとんどは高級家具屋に陳列されても遜色ない一応のレベルのものと(信じていましたが…)思う。

それだけ精力的に臨め、これに応えてくれるだけの指導-被指導の環境があった。過去形であるのは現在は週休2日制とやら(余裕ある教育の名の下での制度改変だが、果たしてその効果は、?)で学習単位が少なくなっていてかつてのような環境は望めないかも知れない。

しかし先生曰く、お前なんかよりももっと良質で沢山の家具を作った○○という生徒がいたぞ、と。
ただ全ての生徒がこうしたレベルについていけないということもあるだろう。これはどこでも同じ事。
求めるものが高ければ、それ以上のものを与えてくれるだろうし、そうでなければ落後し、安穏と1年を送るだけだろう(レジャーランドの如き1年間かも知れない生徒たちもいることだろう)。

具体的な個人名が出た先生だが、確かにボクは世話になりました。おっそろしく怖い、いえ、とても優しい先生です。(一体どっちなんだい、と聞かれても、どっちも、という回答が適切。ただ優しい指導なんて、へ、みたいなもの)

ボクが世話になって20年も経つので、その指導内容は進化しただろうし、昔の生徒であれば名前を聞くだけで震え上がる人もいるかも知れないが、それも無くなっているかもしれず、また管理的な職務にも就いているだろうから、どこまで現場で指導できるのかも不明だ。

学校の指導内容、そのレベルを推し量るには、そこの卒業生がどのような活躍をしているのか、ということで判る。
ボクは劣等生だったから参考にはならないが、彼が指導した生徒は知っている限りでも第1線で活躍している優れた木工家が多いことは事実だろう。

なお、同じ県下の上松技術専門校も同様のカリキュラムを持って、優秀な先生が指導していることは忘れずに書き留めて置かねばならない。(A先生、校長になっちゃったって聞きましたが、たまには現場で汗をかきましょう。M先生、ご無沙汰しちゃってます。大雪にめげずにがんばってください)

確かに人間至る所青山あり、は真実だろうが、木工というローテクでやっかいな代物はやはりその基礎技法の修得のスタートはしっかり吟味して臨むべきだろう。

またどういうところででスタートするにしてもその人の資質、受容力、そして努力に傾ける熱意と勇気にかかっているということは全ての前提になる。

現代という高度な消費社会にあって、このような伝統的技法を学ぶことの困難さは社会に負担させねばならないことなのだが、私塾の経営の困難さに較べれば、訓練校という制度による受益は行使すべきだ。
しかもそこに優れたカリキュラムと、優れた指導教員がいるとなれば、もはや選択に置いての迷いは無いだろう。

木工界は有能で熱意のある人材を求めている。
IT社会へと職を求めていくことも良いだろう。拝金主義の世界へとチャレンジするのも咎め立ては出来るはずもない。
しかし木工という使い古されたかのような技能の世界にも、まだまだチャレンジして夢を叶えるだけの価値と広い世界が待ち受けていることも隠された事実。

ボクも含めて多くの先輩はその道筋を指し示すだけの器量を持ちたいと思う。

このエントリー、本日未明の谷さんからの意向を受けての緊急のもの(募集〆切が明後日に迫っている)。「訓練校という制度と内容、木工技法教育システム etc」最低限必要と思われる内容を網羅的に記述したもので、とりとめのない記述になった嫌いがあることを詫びます。(半分は谷さんに責任取ってもらいましょう。←うそです。全ての記述内容に関わる責任は筆者のartisanです)

↓画像はアテ台を前にしての訓練スナップ
「松本技術専門校」(朝日百科「日本の歴史」Vol.38より)

実はこの中に当時のボクもいます(入校して2か月後の頃だったかな)。いちばん様になってる生徒です(??)

松本訓練校

下の画像は本邦初公開(笑)卒業制作展示会のスナップ。
どのような訓練内容なのか、その一端を具体的に示すものとしては少しは有効だろうと思い、恥をさらす。

最後の2枚を除きartisanの習作ということになります。
でもしかし当時からあまり上達していないんじゃ無いの?、と陰口叩かれそう(苦笑)。

松本訓練校1

松本訓練校2

松本訓練校3

松本訓練校4

松本訓練校5

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • 少し留守にしていて、帰ってきて見てみると、私がいったことで「技術専門校について」しっかり書いていただいたようで、恐れ入ります。
    木工志望の人がこれを読めば、進路選択に大いに役立つことでしょう。
    ちなみに、私の工房のスタッフも技術専門校卒業程度は最低限の資格です。
    今年4月からの新しいスタッフの選考を昨年末に行いましたが、伊那技術専門校の他、上松技術専門校、高山の岐阜県立木工芸術スクール、品川技術専門校の在校生と森林たくみ塾の卒業生の5名が受験しました。
    私の工房の選考は、板の鉋掛けだけでなく、デッサン、デザイン、小論文、に面接のフルコースで行いましたので、受験される方も我々も大変でしたが、やっただけのことはあったと思っています。
    これまで工房のスタッフは延べ10名程おりましたが、出身内訳は森林たくみ塾が3名、上松技術専門校が2名、品川技術専門校が1名、飛騨国際工芸学園が1名、その他も技術専門校などで基礎を身につけてから来てもらいました。
    どこの個人工房でも、まったく経験のない人に、木工のイロハから教える余裕はないものと思いますが、名前の上がった学校では、同じ様な内容の部分とかなり違う部分があるようですので、良く調べてから決めた方が良いようです。
    実際、私の工房の選考でも、教わった先生によって、こうも違うものかと思わせられました。
    それから美術大学の中では、武蔵野美術大学のクラフトコースの中に木工のクラスがあり、十時啓悦さんたちが教えています。
    東京芸術大学では大学院に木工のクラスがあって、指物の須田賢司さんが講師になっているようです。
    大学、大学院となると、簡単には入れそうもないですが、より幅広く、深く木工教育を受ける機会にもなるでしょう。
    国立高岡工芸短期大学は昨年、大学の再編、統合で国立富山大学高岡短期大学部となりましたが、丸谷芳正さんや小松研治さんたちの木材工芸コースは変わらないようです。
    北海道東海大学、名古屋造形芸術大学などでも木工が学べるようです。
    昔は千葉大学に木工の短大があって、多くの木工関係者が輩出した名門でしたけれど、今はなくなってしまいました。
    海外ではスウェーデンのストックホルムのカール・マルムステン工芸学校が有名ですが、現在在籍している須藤生さんのikuru.netに詳しく紹介されています。
    アメリカではジュームス・クレノフが教えていたCollege of the Redwoods,(カルフォルニア)も有名です。
    木工の基礎が身についたら、こうしたところで勉強するのも選択肢のひとつでしょう。
    それから、私が留守にしていたというのは、高山の飛騨国際工芸学園で「私の家具作り」について3時間程の講義に行ってきたのです。
    少し作品や資料を持参して、ビデオも見てもらいました。
    工芸学園では2年ぶり3回目の講義でしたが、先週は松本の前田純一さんも講義されたようです。
    工芸学園は生徒数も増えて、活気がありました。
    その後、同じ高山市内の森林たくみ塾によって、庄司修さんたちと少しお話してきましたが、こちらの設備も充実して、15年間に確実に発展してきました。
    高山も今冬は20年ぶりの大雪で、厳しい寒さの中、若者たちが頑張っていました。
    こうした木工の教育機関の充実で、日本の木工の将来が楽しみです。

  • 谷さん 詳細にわたる補足的な情報提供、感謝いたします。
    日本においては木工という工藝が必ずしも正当な社会的評価を受けていないという実態もありますが、これは1つにはアカデミックな機関(特に大学制度の中での)における位置づけの脆弱さの反映でもあるのではと考えています。
    ご紹介のあったいくつかのところでの実績と活況がそうした懸念を払ってくれることを期待したいですね。
    もっと敷衍させれば、ボク達木工家一人一人の社会的責任が問われている、ということになりましょうか。

  • トラックバック&リンク、ありがとうございました!
    この「木工を目指す若者たちへ」を読んで、
    そう・・・随分前になってしまいましたが
    初めて工房悠におジャマした時の事を思い出しました。
    私はまだ学生で、職業訓練校への進学を迷っていましたが
    工房で美味しいコーヒーとチョコレートを頂きながらお話を聞いて
    訓練校への見学に踏み切る事が出来たのです。
    その当時の事を思いながら書いたので
    トラックバックして頂けて嬉しい限りです。
     

  • >サワノさん
    そうであったか。
    チョコと珈琲の威力がそれ程までに口説きの武器になるだなんて、もう少し早く教えてもらいたかった。
    Blogのコミュニティーツールとしての威力を早くも感じ取っているようですが、持ち前のガッツで持続させていこう。

  • 木工家を目指し日々鍛錬されている方へ、木工房をご用意致しました。
    一度下記サイトをご覧下さい。
    http://www.h6.dion.ne.jp/~reinbou/index.html

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