工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

鉋掛けという工程について(その2)

切削工程の合理的な思考として手鉋を考える

家具制作工程において、手鉋を掛けて仕上げると言うことを、何かストイックなニュアンスで考え勝ちになるのは、現代社会における産業技術水準からすれば、あまりにも感性的なアプローチに過ぎるのではと思われるかも知れませんが、その謂は半分正しく、残り半分は間違ってるとまで言わずとも、ぜひ思いを理解してもらいたいものです。

けだし、この感性的なアプローチというのは、現代社会において、木工などと言う酔狂な仕事にうつつを抜かしている私たちに取り、欠かせぬ思考スタイルであるのも確かなのですから・・・。

しかし、木工職人のストイックな精神に支えられた鉋掛け工程という考え方は、前回の記述で述べてきたように、事柄の半分を言い当てているに過ぎません。

木材加工工程における鉋掛けというのは、もっと本質的な意味を持ちます。

あくまでも私見ですが、機械万能の時代にあり、手鉋による仕上げ加工の手法の特徴を、仮に以下のように定義づけてみたいと思います。

  1. 切削工程における有能な道具としての評価
  2. 被加工物としての木材(有機素材ならではの物理的、美的な素材)を活かす切削の道具
  3. 木材加工における精度のファジーさ(有機素材ならではの特徴)に機敏に対応する切削の道具

以下、少し詳しく解説を試みます(数回にわたるかもしれません)。
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鉋掛けという工程について

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日本建築と手鉋

日本の寺社仏閣に代表される、伝統的な建築様式で建造された建築物は、恐らくは世界の中にあってある種の傑出した美の世界を誇っていると言って良いだろうと考えています。

これは建築様式、意匠をはじめ、様々な要素が折り重なって産み出される美であるわけですが、主材であるヒノキの絹目肌が放つ光沢も、美質を構成する上で欠かせぬ要素の1つであることは肯けることだろうと思います。

この〈ヒノキの絹目肌が放つ光沢〉は、ヒノキという樹種が固有に持つ物理的な特性によるものであることは言うまでもありませんが、これに加え、やはり何よりも手鉋で削り上げた肌目の美しさにより醸しだされたものであることは、ご存じの通りでしょう。
ヒノキが有する本来の木肌の美しさは鉋で見事に削り上げるからこそ、引き出すことができるのです。

この鉋という道具は当然にも世界各国にそれぞれ独自のものがあるようですが、身びいきを差し引いてもなお、日本の鉋はたぶん世界ひろしと言えども、最高の切れ味を誇る優れた道具と言って間違い無いでしょう。

この鉋、いわゆる台鉋と言われる道具は、鍛造された炭素鋼の刃物を木製の台にすげられただけという、とてもシンプルな構造ではあるのですが、今の形になるまで、様々な改良が施されてきたと考えられますが、上述したようにヒノキの肌をそのまま外部に晒すという仕上げ方法、その美意識を特徴とする、日本建築様式の独自の発展の過程で、その要請に応える形で進化、洗練されてきたのでは無いかと、私自身は考えています。

江戸の昔にあっては、たぶん、この鉋は、他の大工道具とともに、その時代の最先端をいく、先進的な道具であったでしょうし、これを自家薬籠中の如くに使いこなす職人はさぞ誉れ高い職業人であったに違いありません(現代の木工職人の社会的地位のおぞましさを知れば、彼らの嘆きはいかばかりでありましょうか)
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神奈川県立近代美術館 鎌倉館の閉館を前に

神奈川県立近代美術館 鎌倉館 最後の企画展

神奈川県立近代美術館 鎌倉館 最後の企画展


暖冬とは言え、まだ観梅には少し早い先頃、鎌倉を訪ねた。

「神奈川県立近代美術館 鎌倉館」が主目的。
私はこれで3度目の来館。
前回は確か、この美術館を設計した坂倉準三をテーマにした企画だった(『建築家 坂倉準三 モダニズムを生きる|人間、都市、空間』2009年)。

神奈川県立近代美術館だが、この鎌倉館には徒歩数分の場所に「別館」があり、また少し離れた海辺には「葉山館」という白亜の美術館がある。
私はここには過去1度、ジャコメッティー展があるというので、何をおいてもこれだけは逃してはならじとばかり、駆けつけたことがある。

もちろん、哲学者然とした佇まいを見せるあの極限まで肉体を削ぎ落としたフォルムの立像をはじめとする期待以上の内実は圧巻だったが、夏の強い日射しを受け、海にせり出すように建っている白亜の美術館は強い印象を残したものだった。
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デスクを作る

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2016年、開けました。
当地、穏やかな正月でしたが、私は友人や親族との交流も盛んに、楽しい日々でした。
皆さんは如何でしたでしょうか。

内外、様々に問題を抱えての年越しになりましたが、弛まず、へこたれず、前を向いて歩いていきたいものです。

さて今日は、昨年末に制作した表題につき、覚え書きとして、少し制作プロセスを書いておきたいと思います。

このデスクという分野、工房 悠のwebサイトにも数種のデスクが納められています。(こちら

今回は、この中の「クルミの学習机」。定番的な位置づけのものですね。

学習机と言われる家具は、秋口頃から年末に掛け需要期になるのだろうと思いますが、ご多分に漏れず、うちにも複数台の注文があり、せめて年内にと、いつになく奮闘して制作し、納品に漕ぎ着けたところです。

特段、宣伝しているわけでもありませんので、これまでの顧客の方々からの受注です。
(宣伝すれば多くの受注に繋がるだろうと自負できる品質、価格ですが、あまり忙しいのは好みませんので宣伝はしません。天の邪鬼ですし〜)
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「晩年」の仕事と身体

このところ体調は良く、仕事にもストレス無く勤しむことができている。
忘年会などでの同世代の話題には、胃を切ったとか、肺は片方しか無いとか、医者から酒を止められているとか、そんな話が飛び交い、老人会でもあるまいにと大笑いする。

私も住まい兼工房の建築、転居という一大事業に専念する過程で、身体への酷使があったためか、あちこちに怪我やら歪みやらで、弱っていたことも確か。
それまでであれば、休息したり、温泉に浸かったりと、安易な対応で事足れりとするところだが、あることを切っ掛けとして、そうしたパッシブな方法から脱却し、体調を整えるべく、日々、トレーニングに精を出すことにした。

トレーニングとは言っても何も大げさなことではなく、ジョギングしたり、筋トレしたりと、自力で簡単にできるものでしかない。

それでも、1kmほどで脚に痛みを感じ、体力の減退に嘆くところからスタートし、これが3kmに伸び、5kmに伸び、と、少しずつトレーニングの効果も認められるようで、一人ほくそ笑んでいる。
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世界の過酷さ、哀しさ、美しさ、そして地球の原初への賛歌《セバスチャン・サルガドー 地球へのラブレター 》映画

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セバスチャン・サルガド(Sebastião Salgado, 1944年2月8日 – )については、このBlogでも過去何度か取り上げてきたこともあり、数冊の写真集とともに、それなりの印象を持っていたはずの積もりだった。

例えば、故郷を飢餓のために追われ、荒涼とした砂漠にボロを纏い立ち竦む一人の少年。肋骨の浮き出た犬を伴い、数個の食器を携え、視線も定まらぬままに、希望無き明日へ向かおうとしているかのような1枚の写真がある。

行き倒れになる旅路であるのかも知れないが、しかし留まっていることもできない。
あるかないかも分からない希望だけれど、留まっていれば死を迎えることだけは少年にも分かるのだろう。
明日を信じるのが、若い生命に与えられた特権だからだ。

この人間存在への限りない尊厳と希望。

状況も環境も、とことん悲惨なものだけれど、しかし明日を掴みにすっくと立ち、勇気を振り絞り、歩き出そうとする少年に仮託された希望をこそ、サルガドは切り取って見せてくれる。

こうした想像力を喚起させてくれる数々の写真に、他のフォトジャーナリストにはない、希有の才能と豊かな感性、そして常に内省的な視座を失わない人間性をそこに見出すことができる。

またそれが見事なまでのアングルと背景とのバランス、そして被写界深度、あるいは光量とコントラストはもちろんのこと、まるでスタジオ撮影であるかの如くに、完璧な写真として撮影処理されているのである。
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別れは突然に(クラロウォールナットの卓)

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Top画像はクラロウォールナットによるセンターテーブルで、現在、工房 悠のショールームに展示してあるものです。

ここを訪ね来るほとんどの方が、この魅力、あるいは魔力的なものに魅入られる雅味豊かな逸品です。

近々、これに別れを告げる日が来ます。
所詮、人の手に渡り、その人の住まいを彩り、使われ、楽しんでもらうものであれば、失う日が来るのもの当然で、またそうでなければ制作活動の持続性もあり得ないわけですので、常なるものとはいえ、辛い別れを惜しみつつ、それを使い手の喜びに換えるべく、送り出しの準備をしているところです。

別れをする前に、あらためて隅々までチェックし、再塗装をし終えたところで撮影したのですが、せめてこうしてデジタルデータというはかないものではあるものの、その姿を保存しておくことで、こうした木との出逢いの数奇さに思いを馳せることができようというものです。


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ミズナラのテーブル

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このデザインは、工房 悠の、ある種、定番的なものです。
自分の中では未だ古びず、お気に入りです。

なにゆえ、と聴かれても返答に窮してしまいますが、
無駄を省き、テーブルとしての機能を満たしつつ、
端正な造形の美しさが出ているといったところでしょうか。。
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新工房 建具について(4)

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住まい、ショールームにあらたに設えられた建具2種、3枚の紹介です。

  1. 玄関ホール ━ リビング を間仕切る引き違い戸
  2. ショールーム ━ トイレ廊下を間仕切る一本引き戸

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《Delta 18-900L 》が最優秀に選定(FWW Tool Test)

fww#249 tool test

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これまでこのBlogでは、新たに市場にリリースされた電動工具の中、木工作業に関わりの深いジャンルにあって、革新的なものなどを中心に、いち早く紹介してきましたが、ここ数ヶ月ではでは〈Delta 18-900L 〉の紹介記事に、かなりの数のアクセスがあるようです。

先日発刊された『Fine Woodworking』(以下、FWWと略)誌 #249 の〔Tool Test〕にフロア型のドリルプレス(=ボール盤)が取り上げられ、このDelta 18-900Lが最優秀に輝いていました。

今回はこの記事を参照しつつ、あらためてこのマシンの優位点を中心とした特徴を再確認していきたいと思います。

ところでこのマシンに関心を抱いたのは4年ほど昔に遡りますが、先の記事でも書きましたように、このような木材加工に特化されたドリルプレスが存在し、同類のものが多様に展開されていると言うこを知ったのは、ガラパゴス日本の木工屋には驚かされるに十分な衝撃を受けたものです。

さらにその中にあって狙い定めたこの《Delta 18-900L》は、要求される仕様水準において、群を抜くものであったことで、工房移転を機に、購入手続きへと踏み切ったわけですが、そのマシンがFWW誌で最優秀に選定されるということは、ユーザーとしてはもちろんのこと、紹介の労を執らせてもらったBlog執筆者として、深い安堵を覚えるものがあったわけです。

もし、逆にバッドな評価であれば、穴にも入りたい気分で恥じ入るしか無かったでしょうけれど・・・
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