工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

映画 [グレン・グールド – 天才ピアニストの愛と孤独]

映画『グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独』原題【Genius Within: The Inner Life of Glenn Gould】
これを「‥‥ 天才ピアニストの愛と孤独」と邦題したのは、果たして賢明であったのかは口ごもってしまうが、興業上の戦略からなのだろう。
日本では何事も分かりやすく、過剰に説明しすぎる嫌いがある。

しかし、映画の構成、内容は、確かに邦題を裏切るものでは無かったように思う。

これまでグールドに関する伝記は数多く出版され、また映画化されてもいるが、このピーター・レイモント(Peter Raymont)とミッシェル・オゼ(Michèle Hozer)両監督は「これまで公の場でグールドについて語ったことのなかった人々へのインタビューと、未公開の映像や写真、プライベートなホーム・レコーディングや日記からの抜粋など」新たに発掘された素材を駆使し構成している。(公式サイトからの引用)

日本でもグールドファンは多いと思われるが、純粋にCDに向かい合うことで得られる音楽世界からの愉楽とは異なる、一人の苦悩する芸術家の魂の背景に接近することもできるだろう。

また、グールドの独特の楽曲解釈、あるいは彼が紡ぎ出す音楽の一粒一粒が際立って迫ってくる独特の奏法の謎にも接近できるはず。

出版物の伝記では得られない、映像表現の豊かさというものは、やはりボクのような凡夫には得がたい説得性をもって迫ってくるものがある。

下のYouTubeはカナダの公式サイトに置かれたTrailerだが、なぜこれを選んだかと言えば、彼のピアノに向かう大事な小道具が映像の中にあったから。
グールドファンであれば誰もが知っている、S.H:356mm(シートハイ = 椅子の座高)の椅子である。
ギッコギッコ、今にも壊れてしまいそうな、あの椅子である。
ボクが椅子を作り始めたのはグールド亡き後なので、今では叶わない願いとなってしまったのだが、グールド専用のカスタムチェアをぜひ作らせてもらいたかった。

演奏会場では、いつも親父と二人で脚を切っていたというので、呆れたピノニストだ。
その間、オーケストラには待ってもらったという逸話も残っている。

かつて、このBlogではフレデリック・バックについて数度触れていて[1] 、ここではバックの文明批評的視座というものが、国境を隔てたアメリカというものとの対峙から自覚的に作り上げられていったのではとの推測を掲げたのだったが、
その意味では、このグールドもまた、コンサート活動を全て止め、ニューヨークから離れ、自然豊かなトロント郊外の山荘で過ごし、録音と編集に一生を捧げ、アメリカを横目で見ながら、カナダという国土を愛し、またカナダ市民から愛されたグールドという音楽家の一生を考えると、なかなか感慨深いものがある。

ボクのiTunesの再生回数は、やはりグールドが飛び抜けて多い。
この映画を通してさらに強まった天才と孤独という属性、さらには、3人の女性を愛し、また狂おしく追い求める一人の孤独な人間像というものが、どのように聴覚に影響するかは知らないが、愛すべき、そして哀しい天才ピアニストとしてのボクのアイコンは色褪せていくどころか、いよいよ輝きを増して、ボクに迫ってくる。

不覚にもエンドロールの前は落涙寸前であった。


■ 公式サイト:http://glenngouldmovie.com/
■ 日本公式サイト http://www.uplink.co.jp/gould/

《関連すると思われる記事》


❖ 脚注
  1. フレデリック・バック第81回アカデミー賞から []
                   
    
  • 私も見に行きました。マーク・キングウェル「グレン・グールド」の訳を完成いたしまして、未知谷出版社へ引き渡しました。まだ、出版できるかどうかわかりません。
    さて、マイケル・クラークソン「グレン・グールド シークレット・ライフ」は、道出版から岩田佳代子さんの訳で出たものの、岩田さんの訳は,悪訳、おかしな約、誤訳、原書の読み落しをはじめ、おかしな人名・地名表記が続出ています。さらに「タフガイ」、「浮気」など、音楽書に相応しくない言葉、品格を問われるような訳が出てきたりで、大変ひどい内容で呆れています。今、新訳版を作成中で、著作権の問題で、時期を見ての出版になります。

    • 畑山さま このようなBlogへの投稿、感謝いたします。
      クラシック音楽を学問的な分野で研究活動されていらっしゃる方とお見受けします。

      「グレン・グールド シークレット・ライフ」の新訳版を準備中との由、
      期待して待とうと思います。

      この映画を通し、新たなファンの獲得もあったでしょうから、関係者によるさらなる研究も熱を帯びそうですね。

You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed.