普遍性を獲得する、ということ
前回、モノ作りにおける美意識と批評性ということについて少し考えて見たのだが、もう少し続けてみようと思う。
最近、優れた木工家具を作る気鋭の若い木工家と数回にわたってメール交換でのダイアローグを交わすということがあった。
このBlog記事への感想から始まるものではあったのだが、コメント欄に押し込められる分量でもなかったのでメールでのやり取りになったという経緯。
最初は家具のデザイン、造形、仕口などに関わる話しでしかなかったのだが、結局はモノ作りに従事する立場性と言ったような普遍的なものにも及ぶものになっていった。
このダイアローグではいくつかの事柄において微妙な認識の差異も認められたものの、貫かれている基本的な立場、認識においては共有できることが多く、若い世代にこうした木工家がいることに強い印象を受け、また安堵と言おうか、嬉しくもあった。
なにゆえに、今の社会にあってモノ作りをしていこうとするのか。
ただ木工が好きで、家具らしきものが作れたよ、という喜びはそれ自体確かに尊いものであるし、微笑ましいものだ。
木工という世界は、他の工芸同様、ピンからキリまで多様であり、その次元も様々。
日曜大工からはじまり美術工芸品にいたるまで、その間の距離は怖ろしいまでに絶望的で隔絶したものがある。
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岡山の家具作家、というよりもファニチャー・クラフトマンと呼んだ方が似つかわしい守屋晴海さんが企画から運営まで手がけられている椅子の展覧会「2010蔵の中の椅子展」が間もなく、この週末から開催されようとしている。

木工家具のデザイナー & 職人のartisanです。
