工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

Bamboo Bikes って?

今日は冬の日射しが降り注ぐ好天だった。
眺望できる富士の山にも数日前までとはうって変わり、5合目あたりまですっかり雪化粧。
空気が乾燥していることにも助けられ、青空にとても美しく映える。
そんな陽気にも促され、久々にバイク(自転車)をメンテナンスする。
まずは車体全体をウォッシュアップ。細かなところも使い古しの歯ブラシでゴシゴシ。
その後ギヤ、チェーンなどは灯油を使いダスト混じりの黒ずんだ旧いグリスを取り去り、磨き上げ、新しいグリスをくれてやる。
ボクのは TREKというアメリカのメーカーのクロスバイク。
決して高価な物ではなく普及品だが、ここ6年ほど伴走してくれている愛車だ。
(愛用しているといえばそれなりの意味があるが、ま、買い換えていない、というだけなのだが)
チューブは2回、タイヤは1回交換したものの、ディレーラー、ブレーキなど快調そのものだしね。
寒くなってきたのでグローブも買い換えたが、[Thinsulate]、[DINTEX]を用いた透湿防水防寒仕様のものが、¥980という怖ろしい価格で入手。デザインもまずまず。
ところで、こんなバイクがあるっていうことには驚ろかされた。
bamboo

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Alan Peters、その2

Alan Petersという英国の木工家については、評伝を記すほどの理解も無ければ、著書刊行後の作品についての情報も持ち合わせていなかったことは前回触れた通りだ。
そこであらためて手持ちの洋書やら、ネット上で探したのだが、良いYouTubeの投稿映像があったので置いておこうと思う。

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アラン・ピータース氏 亡くなっていた

スキャンして貼り付けたこの『CABINETMAKING : the professional approach』は、ボクが持つ唯一のアラン・ピータース氏による貴重な書だ。
アラン・ピータース購入した書籍のデータを残すほどには几帳面でもなかったので記憶に頼るしかないが、まだ訓練校に在籍していた頃に「東光堂」にて探し当てたものの1つだったはず。
今夕、別の調べ物でネット上を徘徊していて、アラン氏の訃報に触れた。
高齢であることは承知していたので、大きなオドロキをもたらすというのではなかったが(自身のアラン・ピータース氏への意識の在りようの反映であるわけだが‥‥)、国内では没後5週を経たにも関わらずこの訃報に触れたサイト、Blogは見あたらず、こちらの方は意外感が強かった。
Alan Peters, furniture-maker、1933生、本年10月11日死す。享年76歳。

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OLPCという“たくらみ”(ウルグアイ全小学生に配布完了)

OLPCバナー
ちょっと旧聞になってしまったが、先月OLPCがウルグアイの全小学生に配布完了、というニュースが来ていた。(BBC
決して順調にこのプロジェクトが進行しているというわけでもないと思うが、成果を上げつつあることの1つの指標とも言えるニュースであり、喜びたい。
以前からこうしたことに関心のある人はスルーしていただくとして、簡単に基本的なところを説明すると‥‥、
まずこの《OLPC》というプロジェクトだが、「One Laptop per Child」の頭文字。
発展途上国の全ての子どもに1台のノートパソコンを ! というNPOのプロジェクト。
最初は“100ドルパソコン”などとセンセーショナルな話題として提供されたもので、IT一般に興味のある人は覚えているだろう。
MITのニコラス・ネグロポンテ氏が起こしたNPOだ。

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CLARO センターテーブル

claroテーブル1
断続的な家具の紹介になっているが、暫くはテーブルのジャンルで進めていこうと考えている。
これはいわゆるセンターテーブルと一般に呼称される、リビングルームに置かれる低い卓である。
住宅のリビングルームにも様々なスタイル、形態があるだろうが、家人の憩いの場であり、また客人を招いたときに接客する場でもあるだろう。
また昨今の住宅の部屋割りの考え方を見れば、畳敷きのいわゆる和室というものが消えつつあるなか、このセンターテーブルへの依存を強めているということもあるだろう。
普及クラスのマンションなどはほとんどそうしたものであるらしい。
そうであればなおのこと、このセンターテーブルというものは客をもてなす場での主役級の家具という位置づけがされてくるだろう。
つまり家主のデザインの趣味・嗜好、品格、といったことを明示的に指し示すものとなってくるということだね。
さて、この《CLARO センターテーブル》、冠に“CLARO”と記されているように、甲板の材種、形状にその特性が大きく表されている。
この“CLARO”(クラロウォールナット)という樹種に関しては、工房 悠のWebサイトにも詳しく解説してあり、ここで繰り返すことはしないが、かつて4本ほどの原木を入手し、様々に使ってきたが、このテーブルの甲板に用いた原木は、その長さが短かった(約1.7m)ものの、太さは優に1.4mを超えるという特異な形状をしていたということと、やはりクラロウォールナットならではの杢が良く醸され、恐らくはこの材種の特性、優位性というものを十全に保有したものであったという点で、とても素晴らしいものであった。
Googlle検索(Blog内情報英語

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20年という月日が経過して‥‥(ベルリンの壁崩壊から)

ベルリンの壁とはいったい何だったのだろう。

今朝のNHK BSの欧州各国TV局ニュースはブランデンブルグ門前特設会場でのベルリンの壁崩壊20年の記念式典で埋め尽くされていた。

ベルリンの壁の跡に沿って1.5キロにわたり設置された約1000枚の巨大ドミノの倒壊は見るからに圧巻だったが、冷たい霧雨が降る中、記念式典には10万人を超える市民とともに各国首脳が参列し、この世界史的な出来事を祝っていた。

またその会場ではダニエル・バレンボイムが率いるベルリン国立歌劇場管弦楽団によるベートーベン交響曲第7番の第4楽章が演奏され、大群衆の喝采を浴びていた。

バレンボイムにとってはこのベートーベン第7番は、20年前のこの時、たまたまベルリンに滞在していて壁崩壊の3日後の11月12日に東ドイツ市民を西ベルリン地区のコンサートホール「フィルハーモニー」に招き記念の演奏会を開いて以来の再演だったとのことで、マエストロにとって万感胸に迫るものがあったようだ。

記念式典の挨拶に立った独メルケル首相は満面の笑顔で「危険を冒し、街に出て自由を求めた多くの人々の勇気をたたえる」、
「わたしたちはともに『鉄のカーテン』を倒し、それが21世紀に向かう力を与えてくれた」と語っていたが、彼女は20年前東独に暮らす35歳の物理学者だった。

「でもその日(89/11/09)は木曜でした。木曜はサウナに行く日と決めていたので、いつものように高層ビル内のサウナへ行きました」と語り、さらに

サウナの後、友人とバーへビールを飲みに行ったが、その店を出たところで西ベルリンになだれ込む大群衆に押し流され、自分たちも西ベルリンに足を踏み入れたという。

その後は西ベルリン市民と祝杯のビールを飲み交わして帰宅。翌日は妹と一緒に西ベルリンの有名百貨店カーデーベー(KaDeWe)に出かけた。西ヨーロッパの消費社会の象徴ともいうべきその百貨店には、共産主義社会だった当時の東ドイツにはないものが何でもそろっていた

と続ける。

一方当時の西独コール元首相は当然にもこの式典への招待を受けていたものの、車いす生活を余儀なくされ、話すのも困難な状態ということで欠席。

また式典には当時ペレストロイカという名の民主化の先鞭を付けた元ソ連大統領、ゴルバチョフも参列していたが、現在の実質的指導者、ロシア・プーチン首相は当時東ドイツのドレスデンにKGBの情報員として駐在し、東独の秘密警察の管理指導を行っていて「勤務していた建物に市民が押し寄せ大荒れの状態だった」と振り返っている(今回のKGB時代の本人の告白は初めてのことだと言われる)。

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シャンソン マヌーシュ Karpatt

先週、ビデオで《エディット・ピアフ 〜愛の讃歌〜》を楽しんだ。
その後インターネットラジオで聞くジャンルにはシャンソンが幅を利かせてきちゃった。
そこで気になったのが、このKarpatt というユニット。
フランスということもあり詳しくは分からない。
いわゆる「ジャズ マヌーシュ」(ジプシージャズなんて言うようだが)というカテゴリーになるというのだが、しかしこのYouTubeのものは明らかにシャンソンだね。
Karpattの他の曲はロック調のものも多いようだが、これはムスタキの唄の世界に近いバラードなシャンソンで気に入った。
Karpatt ─ Le fil

タレ目のパリジェンヌがかわいい。歌の内容は相聞歌のようなものか。
パリの現代音楽事情はよく知らないので、少し調べてみたくなった。
Karpattで検索すると、その編成は様々なようだが、リーダー格のGets(スキンヘッドのボーカル&ギタリスト)、ベースのFred、ギターのHervéのトリオが基本のようだ。
つまりいわゆるマヌーシュであるので、路上のパフォーマンスが基本で、固定したものではないということかな。
(Julie Levigneという、この女性歌手については良く分からない)
この映像はTV、France 5からのものだね。スタジオライブといったところか。
良いCDを探して楽しみたい。

ジョージ ナカシマ記念館への訪問

記念館
ジョージ ナカシマ氏とお会いしたのは氏の最後の来日となった1987年の小田急ハルクでの《第6回「ジョージ・ナカシマ」展》だった。
開館1周年を間近に控えた牟礼の「ジョージ ナカシマ記念館」へは、あれから22年を経ての訪問となった。
お会いしたとは言え、大勢のファンが押し寄せる来日展のことでもあり、作務衣に身を包んだ小柄のその巨匠の空き時間を見出し、ブロークンな挨拶と『木のこころ』(鹿島SD選書)の後付へのサインを乞うものでしかなかったのだったが。
‥‥ 駆け出しの木工職人には、コノイドチェアを買い求める資金を用立てる力などありはしなかった。
少なくない数の客が我も我もとばかりに会場で買い求めた椅子をひっくり返しては、巨匠にサインを求めている光景には微笑するしかなかった。
あらためてこの時のサインを確認すれば1987年5月22日と記してくれているので、ちょうど現在の工房を起ちあげる頃のことだったようで、この時が最後の来日となってしまった(その3年後の1990年没)ことを考えれば、本人立ち会いでの展示会に出向くという判断は間違っていなかったと言うべきか。
そしてこの度、氏によるデザインでライセンス生産をしている桜製作所に併設された「ジョージ ナカシマ記念館」を訪問させていただくこととなった。

ノミ

琴電志度線〈塩屋〉駅で降り、線路と並行して伸びている国道11号を高松方面へと数100mの距離を戻ると「桜製作所」の敷地だ。
「ジョージ ナカシマ記念館」はこの国道に面した大きな看板で迎えてくれる。(Top画像)
木造2階建の飾り気のない端正でシンプルな展示棟の建物だが、そのファサード正面には、『木のこころ』にいただいた見覚えのあるサインがあしらわれただけの清々さである。
受付カウンターで入館料を支払ったりクロークを借りたりしていると、奥から「杉山さんですね」と、胸に名札をぶらさげた中年の男性が声を掛けてきた。

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イサム・ノグチ庭園美術館に立ち

イサム・ノグチ庭園美術館イサム・ノグチとは一体何者だったのだろうか。

ブランクーシに学んだ21世紀を代表する抽象彫刻の大家、という定義も間違ってはいないだろうが、岐阜提灯から発想した「灯り」シリーズは彼の名前を知らずとも照らされたことの無い人がいないほどに普及しているデザインであり、またTVスタジオなどで良く用いられるオムスビ型のガラスのテーブル(ジョージ・ネルソンの依頼による「ノグチ・テーブル」)なども余技と言うには水準を超えたものだ。

あるいは公園に置かれたキューブの遊具から始まり、人生最期の大プロジェクト、モエレ沼公園のランドスケープに至っては、建築設計の分野にまで侵犯しているかのようで、「地球を彫刻した男」と別称されるほどに、その対象は捉えどころがなく定まらない。

イサム・ノグチ―宿命の越境者『イサム・ノグチ ─ 宿命の越境者』(ドウス昌代 著)は優れた評伝だったが、この「越境」とは、生まれながらにして日米の国境を超え出たことを指すことはもちろんだが、世界を舞台として神出鬼没の活躍をした芸術家でもあり、またその活動の領域も多岐にわたったことをも意味する。
しかしこの度、イサム・ノグチ庭園美術館を観覧することで、少しその落ち着き処を確認できたように感じたものだ。

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イサム・ノグチが鬼籍に入って20年と10ヶ月だそうだ。
そしてこの11月、イサム・ノグチ庭園美術館は開館10周年を記念していくつかのイベントも開催されるそうで、あらためて広く耳目を集めることになるだろう(Top画像の下がそのチラシ)。

今回はこの記念イベントが間近に控えていた時期の観覧ではあったがが、事前予約制ということもあったためかレギュラーシーズン通り、10名に満たない人数での静かでゆったりとした環境で楽しむことができた。

‥‥ 会場内、ビジネスマン風で女性同伴の見学者による数度のケータイ着信通話で邪魔されたのはいただけなかったが ‥‥。
彫刻に興味のある人であれば、このいわば聖地のような牟礼には1度ぐらいは足を運んでいることだろう。

高松から東に約10Km、西隣りに屋島という大きな山と、北東に岩肌粗い五剣山に挟まれた、いくつもの石材店が軒を連ねる長閑な田舎町の一角に立地する。
ここがイサム・ノグチ晩年20年間の活動拠点であった場所であり、没後庭園美術館として整備公開されている。

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拭漆楢食卓

楢拭漆食卓
これまでキャビネットのジャンルで2つを紹介してきたが、変わって数回テーブルのジャンルで取り上げてみたい。
最初は《拭漆楢食卓》にしよう。
ご覧のように小ぶりの食卓だが、このデザインも工房 悠デザインの固有のイメージを特徴付けるものと言って良いだろう。
これまでもずいぶんと同様のデザインのテーブルを制作してきた。
さらには座卓などにも同様のデザインを援用したものもあるほどだ(最下部画像)。
一枚板の甲板(無論、矧いでも良いのだが‥‥)に、板差しの脚部が左右に結合され、これを貫で繋ぐ、という簡明な構造。
したがって、これらの部位はバラバラになり、ノックダウンでの構成である。
こういうデザインは、いかに木材の素材感を美しく全体としていかに端正に見せるか、ということに尽きるのではと考えている。
加飾を避け、材の美しさと、造形の簡素な美しさで見せるということだね。
したがって仕上げもミズナラの美しさをより特徴的に引きだしてくれる拭漆とした。
技法的にはさほど難易度が高いというほどのものではないが、それでもいくつかの仕口において特徴をあげることができる。
以下、少し詳しく見ていく。
まずデザイン、およびこれと不可分の構造について。
上述したように甲板、板脚2枚、貫、というシンプルな構成だがそれぞれ個別にみていく。

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