工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

桐たんすの相徳さん

桐たんすの相徳さんのBlogをLinkしました。相互リンクですね。
ここの代表、井上さんとの交流は意外と長い。
IFFT(東京国際家具見本市)の1996年に、工房家具として出展した折りの仲間。
仲間という表現はちょっと、いやかなりおこがましい。
井上さんは老舗の桐たんす屋のダンナ。こちらはどこの馬の骨とも分からぬ駆け出しの職人だった。
でもそうした垣根も無くフレンドリーにお話しいただき、その後もお付き合いさせていただいている。
ボクがWebサイトを独自に構築、公開したのは2002年1月だが、実はこれを4年ほど遡る1997年にWebサイトを構築、公開したことがあった。
これはYさんという元業界誌の編集人が世話人として「工房家具」のメンバーを募り、ITに詳しいアマチュア木工家の力を借りて共同のWebサイトを作ろうと言うことになって、参加者がそれぞれデータを持ち寄り、ほとんどボランティアに近い形でサイト構築をしていただくという企画だった。
残念ながら、この頃はまだネット社会としては揺籃期でもあり、アクセス数も少なく、運営管理の困難さ(参加者の意識の問題などもあり)から数年で破綻してしまったのだった。
ボクが独自にWebサイトを独習しながら構築しつつあった頃、実に颯爽と構築、公開してきたのが相徳/井上さんだった。
今ではボクのようにSEO無視のサイトではなく、営業にバリバリ活用しているようで、桐たんすという超アナログの世界のダンナがIT先進を行く、という感じ。
一方、東京を中心とする伝統工芸の世話人のようなことも積極的に担っているようで、マルチな活躍の人。
メディアへも積極的に呼応しているようであるが、そんな時にはボクにも声を掛けてくれ !(笑)
あれ、もしや、と朝日新聞をめくっている人もあるはず。
そうです。相徳さんは昔から朝日新聞の特等席に目立つ広告を出している有名企業でもある。
隙間で良いから、モダンな家具は「工房悠へ」というコピーを入れてくれ !(笑)
桐たんすは日本固有の家具だ。ぜひこれからも伝統工芸としての桐たんすの普及に努められたい。
■ Webサイト:「桐たんすの相徳」
■ Blog:「桐たんす・伝統工芸・桐箪笥事例集」

横浜クラシック家具「ダニエル」(その3)

ダニエルの家具と言った場合、どのようなものを思い浮かべるだろうか。
豪華なカップボード、キュリオケースのような箱物、寝室に1台置きたいライティングビューロー、華麗な台輪を持つチェスト類、上質なファブリックを纏ったソファ、そして多様な様式デザインの椅子類、etc
いずれも松本民藝家具とは全くその醸す雰囲気を異にするラインナップだ。
使用される材料も同じであれば、その製作技法においても共通するところの方が多いと思う(ボクは両方を知りうる立場にあったということを根拠にする)。
しかし異なるのがデザインであり、そして仕上げにおける塗装システムの違い、殊に着色の違いが与えるイメージの差は大きい。
デザインの差異が明らかなジャンルは椅子だ。
松本民藝家具の椅子は言うまでもなくウィンザー様式を基本としている。コロニアル様式と言い換える場合もあろうが、確かにそのルーツを英国に求めるか、フィラデルフィアなどに残るコロニアル様式に求めるかによって違いが出てくるのだろうが、ルーツを辿ればウィンザー様式になるだろう。
対し、ダニエルの椅子の様式は、どう言えばよいのか。
アンピール様式、スパニッシュ様式、あるいはスティックリーあるいはミッション様式と様々なスタイルの椅子が混在している。
あるいはダニエルに言わせれば、横浜クラッシック様式だ、となるのかも知れない。
確かに横浜にやってきた米国人を初めとするクライアントからの制作依頼、製作指導に、日本在住の大工あたりが日本の刃物を使い、西洋の家具、らしきものに写し取って行ったというのがその始まりであるとするならば、まさに日本の職人が、日本の在来の道具を用いて換骨奪胎したものを作り続け、あるいはその後時代とともに独自に変容し、時には市場の要求に応えてきた結果、現在の姿に継承されてきた、ということになるのかもしれない。
そうした歴史的経緯を特徴づければ、まさに横浜クラッシック様式ということになる。
ところで松本民藝家具の椅子の多くは板座、あるいはラッシ編み、と言ったシンプルなものが基本だが、ダニエルのそれはほとんど全て張り、ということになる。

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横浜クラシック家具「ダニエル」(その2)

スティックレーOZONEの工場見学にダニエルが対象となったことには、いくつかの理由があると思うが、1つにはOZONEの一角にダニエルの大きなショールームがあるということは当たり前に過ぎるかも知れないが間違いないところだろう。
ボクはOZONEにダニエルが展開する以前から、それこそ家具制作に興味を抱き始めた当初より、晴海の「ジャパンインテリアセンター」であるとか、百貨店などでそのラインナップを深く見てきたから、OZONEでの展開を見てもあえてその様式的なデザイン、あるいはその製作の品質に目新しい物を感じたわけではなかった。
しかしただ1つ、実はとても新鮮なオドロキを感じさせてくれるものがあった。
それはスティックレー社の家具だった。
スティックレーの家具と言っても、家具のデザイン史に興味のない日本人にはなじみのない名称かも知れないし、実はボクもこのダニエルのショールでスティックレーの家具に出会うまでは、現在も継続生産されているものとは知らなかった。
あくまでも家具のデザイン史に遺るものとしか認識していなかったのだから。
それがダニエルのショールームの一角を占めていることに軽い衝撃を受けた。
ここではスティックレーの様式、デザインについて詳細に記述する場ではないので控えたいが、一言で言えば英国のジョン・ラスキン、ウィリアム・モリスらが提唱したアーツ&クラフツ運動に大きく影響され、自然素材としての木質感を活かし、過飾を避けたシンプルなデザインで格調高い良質な家具を製作し米国の中産階級に広く受け入れられ、一時代を築いてきた家具だ。
その制作面での特徴は、材種はオークの柾目、無垢での框組、貫ホゾ、ピン止め、棚口のホゾはダボテール、抽斗レールでのセンターガイド、などか。
ボクは隠す必要もないのだがF・ロイド・ライトの建築デザインが好きだし、アーツ&クラフツ様式、運動に少なからぬ関心を抱くところからスティックレーの家具への関心は強いものがあった。
まさかダニエルのショールームでこのスティックレーの家具に出会うとは思いも寄らなかった。
ダニエルがこのスティックレー社との提携を経営戦略にどのように位置づけているのかは分からない(それまでのイーセンアレンとの提携が切れたことも理由の一つかも知れない)が資料に寄ればそのスタートは1996年とあるからOZONEへの展開後、間もない頃のようだ。
ダニエルが日本における洋家具製造の黎明期からその中軸として経営展開してきたのに対し、一方スティックリー社も19c後期のアーツ&クラフツ運動黎明期からいくつかの変遷を経つつも、現在にその息吹を伝えている、という相似形を評価したことは間違いないところだろう。
スティックレーに関する話の最後に参考までに米国Stickley社の紹介ビデオがあるので、Linkしておこう(こちらから)
300px(256K)ほどの画面だが、かなり詳細にわたる紹介ビデオになっている。
意外にも製作工程の紹介も豊富。技術的側面からも良い学習対象となるかもしれない。
その中の1つを取り上げればキャビネットの抽斗レールに見られるセンターガイドはボクも多用しているが、日本ではあまり一般的ではないだろうから参考になるだろう。

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横浜クラシック家具「ダニエル」

ダニエル伊勢原工場
かつて修業時代、あるいは独立後の数年、機会を見つけては家具工場の見学にいそいそと出掛けたものだった。
今回久々にその頃のような新鮮な探求心を思い起こし、ある工場見学へと同行した。
工場は伊勢原にある「ダニエル」。言わずと知れた日本における洋家具の発祥の地、横浜でも老舗のメーカー。
この見学会はOZONE会員向けの企画。
OZONE企画の催しものには過去、研修会などには参加してきたが、工場見学は初めてのこと。OZONEとしてもこうした企画の展開はまだ日も浅いようだ。
見学会の内容はとても盛りだくさんなものだった。
まず午前中はダニエルの本社工場のほぼ全域を、同社の責任者からの解説を受けながら巡回見学し、その後少し離れたところに最近開設したという「ハウススタジオ」へと案内いただき、同社の主要な商品のラインアップを観賞させていただく。
午後は横浜の事業部へと会場を移し、椅子張りの現場を見学させていただき、さらには同所に併設されている「ダニエル」のユニークな活動である「家具の病院」を見学。
ボクは松本民藝家具の関連木工所で修行をスタートさせたのだが、実はその後1年間、「横浜クラッシック家具」と言われる関連会社で長く働いていた親方の下で修行させていただく機会があった。
また、ここで「横浜クラッシック家具」系統のある家具メーカーからの受注のものを親方の指導の下、制作することも多かった。
つまり松本民藝家具制作手法の基礎の上に、横浜洋家具のテイストを涵養するという環境から家具つくりの基本が形成されてきたと言っても良いかも知れない。
したがってまたこの度の「ダニエル」の工場見学はそうした自身のルーツの1つを確認するためのものでもあったし、一方日本の家具産業が斜陽化しつつある中、老舗の洋家具メーカーの奮迅ぶりをその現場で見学せていただくことで、将来への揺るぎない展望を確認させていただくものでもあった。
見学会という性格上、全貌を見た、などというものではなくわずかに1日での急ぎ足での見学会でありその一端を垣間見ただけ。
したがって「ダニエル」というメーカーの全体像を適切に紹介することはできないが、まずは特徴的なところだけでもピックアップして老舗メーカーというものの、企業理念をさぐって見ることは出来るかも知れない。

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ワーキングスツール

スツール2
大きな家具制作の合間を縫って、ちょっとした「ワーキングスツール」を作ってみた。
注文によるものだが、合間を縫ってというビミョウな間合いが完成を見るのを遅らせていた。
ある顧客の紹介で訪ねてこられた複数のご家族の中の一人の夫人からの注文によるもの。
この時の他の方々からの注文品、「水屋」・「チェスト」・「アームチェア」などは既に納めてしまっていたのだが、一番簡単なはずのこれだけが延び延びになっていた。
家事で使うちょっとした小ぶりの椅子が欲しい、とのことであったが、この「ちょっとした‥‥」という形容をどのような機能と意匠にまとめればよいのかは意外と簡単なことではなかった。
いわゆるあえてジャンル分けをするならば「キッチンチェア」、「カウンターチェア」という類のものだ。
何度かFaxをやりとりして承認を受け制作に掛かったのだったが、納めてみるまではこの夫人の意向を形に出来たかどうかは分からない。
さきの「超硬刃のプラグカッター」という記事は、このスツールの足掛け部分のほぞを成形するためのものだった。
今回はクルミでの制作で、という依頼であったが、今後のデザイン研究のためもあって、予備にブラックウォールナットのものも1つ制作しておく。
スツール1さてこのような簡単なものであるので、見せ所があるわけではない。
あえて上げれば座と脚部のバランス、脚部のふんばり角度。
背は小さなものだが、しかしこの有無は安定した座りに大きく影響するところだ。
この背は、座に天秤差し(やや傾斜させつつ)にて堅牢に接合。
反省点は、背の手掛けの透かし部は少し大きすぎたかなと、思う。
小ぶりな楕円形にした方がすっきりしたかもしれない。
しかし座り心地は悪くないし、プロポーションも綺麗。
確かデンマークの椅子に「シュー メーカー チェア」(だったかな)というものがあったと思うが、同じようなコンセプトというわけだね。
無論、こちらの方が品質は高い、と思うよ。(自画自賛 !)
でも困るのは年々このクルミ(鬼ぐるみ = 本クルミ)の入手が難しくなっていることだね。乾燥材として市場に流通しているもので国産のものを見つけるのは至難。
一方のブラックウォールナットの方も、このような色の良い(普通のありふれたものだが)ウォールナットも市場からは入手困難。
しかしこれらの一般的流通市場にだけ囚われていたのではダメ。
まだまだいずれも原木丸太を探すことはさほど難しくない。
少しだけ時間を掛け、材木屋との交渉力を付け、アンテナを高くし、あるいはまた入手後の製材、天然乾燥などのやや煩雑な運営管理を厭わなければ、まだまだ良い材料で仕事は出来ることを感謝した方が良いだろう。
結局手間暇かけなければ、当たり前のものを手に入れることも難しくなっているということだね。
ただ所与の条件だけに囚われていたのではダメで、すべからく意欲的に働きかけなければ仕事の基礎的要件である材料すらも手に入らないということ。
画像は塗装途上、工房の一角で撮影されたもの。

中秋の名月

中秋の名月
今日は朝から不安定な天気ながらも、日中になると晴れ間が拡がり、相変わらずの厳しい残暑。
しかし月が中天にかかる時間帯には、さすがに空気も澄み、涼しい風が肌に心地よい。
今日の「中秋の名月」は、画像からもお判りのように、満月では無い。(左下が少し欠けている)
右メニューバーの最下段の「MOON PHASES」でも確認できる。
実は十三夜。
どういうことかというと、「中秋」は旧暦の8月15日を指す。
この旧暦の8月15日が新暦で今日9月25日ということ。
十三夜も日本では古来から名月として観月の対象とされてきた。
「十三夜」を歌ったお気に入りの名曲がある。

中島みゆき
【帰れない者たちへ】作詞・作曲:中島きゆきアルバム《転生》より(2004/07)

♪帰れない者たちが 月を見る十三夜
「帰る気もないのね」と 手紙読む十三夜
冷たい肌です 涙が侵みて
冷たい人です 恩知らずで
帰れない者たちが 月に泣く十三夜
‥‥

この曲は2004年の「夜会VOL.13」で歌われた曲。翌年アルバム《転生》に収録。
せっかくだから明後日の満月も見上げてやろう。
焼き栗でもかじりながら、これまでのビールから日本酒に切り替え楽しめば良いだろう。
ところで満月は男を狼に変身させる魔力があるという伝えは欧州キリスト教文化圏のもの。
これはちょっと幼い狼だが、中島みゆきの初期のアルバム《親愛なる者へ》の【狼になりたい】(1979/03)も深夜の繁華街のうらびれた裏手にある吉野家の店内を描いて秀逸。外には煌々とした満月が‥‥。

♪夜明け間際の吉野屋では 化粧のはげかけたシティ・ガールと ベイビィ・フェイスの狼たち 肘をついて眠る
‥‥‥
狼になりたい 狼になりたい ただ一度
‥‥‥

若さ故の欲望も、近代に生きる社会構成員であることから抑制してしまう、狼になれないオトコども。
現在は「吉野屋」という表記になっているが元はもちろん「吉野家」
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お彼岸

曼珠沙華
彼岸の中日を前に昨年亡くなった兄が眠る寺へと墓参。
既に遺族の誰かが先に来ていたのか墓は綺麗に整えられていた。
花を手向け、線香を焚き、手を合わせる。
帰路に就こうとしたところ住職の奥さまから声を掛けられ、暫しお話しさせていただく。
死後の世界のありがたい話などというものではなく、ただ真夏のような暑い日射しを忌むことや、庭の草花の話やらで、兄の一周忌を来月に控え、時と場所による再びの悲しみというものを癒してくれる心遣いがありがたい。
その後、位牌を守ってくれている遺族宅へと車を向かわせる道すがら、川の土手で彼岸花を撮影。
ここはお花見で賑わう桜の名所でもある。
まだ咲き始めて数日のような装いの曼珠沙華。眼にも鮮やかな真紅の花畑よりも、これくらいの清楚な方が良いのかも。
昨年同時季、このBlogでは山口百恵の「曼珠沙華」を取り上げたのだが、今年は静かに‥‥。
移動中の車のiPodからは「はだ絵・中山ラビ」の濡れたような声を静かに流してみた。
遺族宅で一周忌の打ち合わせをして帰宅。その後はスツールの塗装をした程度で早めに仕事を終える。

工房訪問者の興味はワークベンチ

昨夕電話があり、工房見学したいとの話。
基本的にはあまり断らないようにしているが、この訪問者のお連れの青年が「以前断られてしまったことがあります‥グシュ」との話しをしてくれたので、そう言うこともあったようだ。
今回は世話になった職業訓練校の同じ指導教官の教え子、つまり後輩にあたる人のようであったし、また土曜日という気楽さもあり、来ていただきお話しさせていただいた。
3人とも家具制作に関わる人。うち一人は現在訓練校の生徒。
話は木工技法の地域的特徴、海外と日本の技法の差異と共通するところ、使われる木工の道具(刃物類)の差異、うちの機械のラインナップの特徴と訪問者が勤める家具製作所との差異、あるいは作家志向の作り手の生業としての困難さと、その問題性、などなど、初対面ではあっても「同じ釜のメシ」的懇意さも手伝い、長々と話し込んでしまった。
家具制作とはいっても、制作される対象のジャンルの差異、依って立つ木工技法の差異による機械選択、道具選択の違い、その職人の木工への志向水準における(取り組む姿勢)アプローチの差異、などでその方法は千差万別。
しかし重要なことは、現代のようにあからさまな資本の影響下から免れることの出来ないマーケットを対象にせざるを得ない以上、基本的な木工技法の体系を十分に修得し、そして近代化のなかで進化している機械化、新たな工具、道具の開発などを積極的に研究、導入するなど、その姿勢には進取の精神、網羅的、あるいはゼネラルな考え方も必要となってくるだろう。
俗に言う抽斗を多く持つ、ということも高品質な仕事を適切なコストで市場に問うには必須の要件と言えるだろう。
こうしたことは良い指導者の下で積極的に学び、さらには可能な範囲で良い木工家、職人を訪ね、教えを請うこと。
書籍、あるいはネットでも情報は氾濫しているが、ジャンクな情報に右往左往することなく、フェイス・ツー・フェイスで、先輩職人の手の動きから学ぶことの重要性を忘れないこと。
ところで、このなかのひとりが関心を持ったのは工房にでんと鎮座している「ワークベンチ」。
知ってはいたようだが、本格的に見るのは初めてだったのかな。
いわゆるスカンジナビアンタイプのワークベンチであるが、これから本格的に木工を始める人にはぜひとも良い作業台=ワークベンチを構えることを絶対的な要件として進言したいと思う。
好みもあるだろうが、多くのスタイルがある中でスカンジナビアンタイプは最良の選択と言って間違い無いだろう。
もし独立経営を準備されている方は、まずは樺材(真樺、ウダイカンバなど)を確保し、乾燥管理しておこう。材木は年々その需給状況は悪化していく。親からでも親戚からでもコイビトからでも良いから、カネを無心し、樺を買いに走ろう。
・3寸板、あるいは角材にして:約10m、(脚部、ベンチトップ部)
・2寸板:少々(ベンチトップ部、他)。
・1.1寸板:少々(ツールトレイ枠他)。
その先にこそ、木工家の未来が開かれている !?
あまり先にならない時期に、あらためてワークベンチについての詳細な紹介をしてみたいと思う。

超硬刃のプラグカッター

プラグカッター
新たに制作している小ぶりのスツールを構成する1つの部品へ施す丸ほぞを削り出すためのカッターが必要となった。

旋盤加工でも出来なくは無いのだが、シンメトリックな形状ではないのでカッターで削り出すことに。

しかし、保有するプラグカッターではサイズ、能力からして芳しくないと判明し、あわてて「オフ・コーポレーション」に世話になることになった。

この通信販売会社についてはこのBlog訪問者のほとんどは知っているだろうから紹介の必要も無いと思われるが、うちの所在地も同社と同じ地域ということもあり、この会社の創業当時から何かと世話になってきた。

その頃は自身でも個人輸入を活発に行っていたということもあったり、また今ではほとんど設備も充実してきているので、スポット的に購入するくらいであまり良い客では無い。ましてや無理難題ばかり言うものだから鼻つまみものかも。
さてさっそくカタログを拡げて対象の箇所を探せば、何とその種類の豊富なことよ。

今回必要とするプラグカッターの性能、機能を満たしてくれそうなものだけでも数種類。
結局機種選択の判断に苦しみ、メールと電話で問い合わせ、的確なアドバイスを頂き、1つのタイプを選択。

「カーバイドチップ プラグカッター」というものにした。
要するに超硬のチップが1つロウ付けされている奴だ。

以前、恐らくは炭素工具鋼であろうと思われる同種のカッターを米国から個人輸入したことがあり(画像左から3つめ)、程よく使ってきたが、今回は1サイズ大きなものが必要となり、1/2″、3/4″の2本を購入。(画像左からカーバイドチップ・3/4″、1/2″、炭素工具鋼・3/8″、そしていわゆる一般的なプラグカッター各種サイズ)

しかしこのプラグカッターというものにカーバイドチップのものがあるとは数日前まで知らなかったな。(画像矢印の先にあるのがカーバイドチップ・切れ刃のところ)
一般に切れ味は炭素工具鋼、ハイスに較べ、カーバイドチップ(=超硬刃)のものは良くないということになろうが、針葉樹ではなく堅木が対象であれば、耐摩耗性(耐熱性)、長切れ、という特徴を持つ、カーバイドチップの選択に迷いはない。

事実、なかなかその切れ味、切削肌は良いものだった(今回はブラックウォールナット、および本クルミ)。最初なので当たり前と言えばそれまでだが(苦笑)、今後気乾比重1に近い堅木への切削能力などで確認すべきところだね。

70921c写真右はある部品の木口に丸ホゾを切削しているところ。

ボール盤の定盤を垂直に倒すのもやっかい(他にも以下に示すような理由がある)なので、ドリススタンドに13φチャックのハンドドリルを装着することで目的を叶える。(これらのカッターは1/2 “シャンクが多いので10φのドリルでは装着できない)
因みにこのドリルスタンドはBOSCHのものだが、穿孔の深さ確認用に寸法が刻まれていたりストッパーがあったりと何かと使い勝手は良い(他機種との比較はしたことがないのだが)。

また、部品を垂直に立てるという要求には、このスカンジナビアンタイプのワークベンチのテールバイス部が見事に応えてくれるのでありがたい。
4寸の厚みのバイス咥え部(平面的には直角が確保)が垂直で構成され、ここに任意の厚み、幅の被加工材を垂直固定で咥え締め付けることができる。

つまりボール盤の定盤に軍艦の如くに多くのクランプを使わざるを得ない被加工材固定方法よりも、こちらの方がはるかにスマートで作業性が良い、ということだね。


■ 追記 07/09/22
Webサイト「木工家具の工房 悠」ワークベンチ紹介ページ(こちらから)
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東北地方大雨被害と尾州檜と

日本列島、今年は台風の当たり年だ。
台風の発生数と日本への影響を及ぼす数の比率が例年比でかなり高いようだ。
直接的には台風によるものではないが東北地方広域での大雨による被害もすさまじい。秋田、岩手の河川が氾濫し、交通網が寸断しちゃってる。
藍クラフトさん、大丈夫でしょうか。
さてこの影響で今週、北海道からやってくるはずの材木が来ない。
陸路も海路も寸断。
早くとも来週、週半ば以降になるとの見通し。
その代わり、という訳でもないのだが、清水の材木屋で今日は「尾州檜」の良いものが見つかった。ありがたい。
1.5尺幅、5寸厚、15尺長。
15年前に製材され、管理されてきたもので、完全な乾燥材。
これを早速その場で2枚+αに割った。無節、割れも無い。柾目が通り、木表はいわゆる中杢。
手に入れようとしても恐らく断念せざるを得ないような銘木の1つだ。
かつて1mを越えるクラロウォールナットの原木を入手し、製材、乾燥管理してきたものを1枚、1枚と食卓などに仕上げ、手元からお客様のところへと搬送されていく時は一抹の寂しさに襲われたものだったが、またこの尾州檜の良材も同じような道を辿ることになるのだろう。
木工とは、こうした個々の希有な材木との出会いと別れという、実に人間臭いというか、情緒的な感情を揺さぶる何ものか、と言う要素があることも魅力の1つであり、またそのために過剰な欲望がもたげ、使う当てもなく大枚はたいて買い求めてしまう麻薬のようなところがあるのも偽らざるところだ。