工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

横浜クラシック家具「ダニエル」(その3)

ダニエルの家具と言った場合、どのようなものを思い浮かべるだろうか。
豪華なカップボード、キュリオケースのような箱物、寝室に1台置きたいライティングビューロー、華麗な台輪を持つチェスト類、上質なファブリックを纏ったソファ、そして多様な様式デザインの椅子類、etc
いずれも松本民藝家具とは全くその醸す雰囲気を異にするラインナップだ。
使用される材料も同じであれば、その製作技法においても共通するところの方が多いと思う(ボクは両方を知りうる立場にあったということを根拠にする)。
しかし異なるのがデザインであり、そして仕上げにおける塗装システムの違い、殊に着色の違いが与えるイメージの差は大きい。
デザインの差異が明らかなジャンルは椅子だ。
松本民藝家具の椅子は言うまでもなくウィンザー様式を基本としている。コロニアル様式と言い換える場合もあろうが、確かにそのルーツを英国に求めるか、フィラデルフィアなどに残るコロニアル様式に求めるかによって違いが出てくるのだろうが、ルーツを辿ればウィンザー様式になるだろう。
対し、ダニエルの椅子の様式は、どう言えばよいのか。
アンピール様式、スパニッシュ様式、あるいはスティックリーあるいはミッション様式と様々なスタイルの椅子が混在している。
あるいはダニエルに言わせれば、横浜クラッシック様式だ、となるのかも知れない。
確かに横浜にやってきた米国人を初めとするクライアントからの制作依頼、製作指導に、日本在住の大工あたりが日本の刃物を使い、西洋の家具、らしきものに写し取って行ったというのがその始まりであるとするならば、まさに日本の職人が、日本の在来の道具を用いて換骨奪胎したものを作り続け、あるいはその後時代とともに独自に変容し、時には市場の要求に応えてきた結果、現在の姿に継承されてきた、ということになるのかもしれない。
そうした歴史的経緯を特徴づければ、まさに横浜クラッシック様式ということになる。
ところで松本民藝家具の椅子の多くは板座、あるいはラッシ編み、と言ったシンプルなものが基本だが、ダニエルのそれはほとんど全て張り、ということになる。


実はボクはこの春にソファを制作したのだが、張りには苦労させられた。
ボクの経験不足もあって張り屋に的確に思いを伝えられなかったこともあり、また打ち合わせ通りにしてくれなかったりと、なかなか思うような張りにたどり着くのが大変だった。
椅子もソファも張りはとても重要。椅子の基本的な仕様である、座り心地を決定づけるものだ。
無論張り地のグレードによって椅子全体の品質も決定づけられるが、何よりも張りの内部の構成、素材の品質によって座り心地が決まってしまう。
化成素材が登場する以前には、スプリングコイルはもちろん、馬毛、シュロ、あるいはわらなどの自然素材を用いて目的のクッション性を確保していたが、今では主流としてはそのほとんどがウレタン素材に切り替わってきている。
とりあえずそこらに転がっているスポンジでもクッション性を確保できるだろうが、一定の反発係数がありスプリング感のある、上質な座り心地を産み出すウレタン素材は実は感単に入手できるものではないだろうし、また堅さの異なるウレタン素材を何層にも重ね、最後に綿わたを被せるなど、その方法は多様であり、目的とするクッション性を産み出すには相応の経験、技はもちろん素材入手への努力も欠かせないものとなる。
昨今では低反発ウレタンをはじめ、様々な新素材も開発されてきているようなので、これらの導入などで化成素材ではあってもより上質な張りを求めることも可能となってきているだろうから、そうした技術革新に合わせた適応力も求められるだろう。
あるいは自然素材とは異なり、化成素材の性質からして経年使用でクッションが劣化してしまうことは避けられない運命にあるが、安価なものでは耐用年数も当然少なくなってくる。
このような椅子張りを巡る現在の環境にあって、求められる様々な要求にどのように応えていくのかということはダニエルとして老舗メーカーならではのこだわりと誇りもあるだろうと思う。
椅子張り見学会という外部の者への情報提供であれば自ずから制約もあるだろうと思うが、今回のダニエルの見学会は、そうしたことを感じさせないオープンなものだったように思う。
さて椅子張り工房では数人の職人が様々なタイプの張り作業を行っていたが、大きな動力機械が回っているわけでもないので静かな中に緊張感が漂うという感じであった。
音と言えば断続的にミシンが動く音の他、エアタッカーのプシュンプシュンという音、そして張り地の皮を座板に固定する釘を打つ槌の音ぐらいだ。
どやどやと見学者が立ち入るのが憚れる雰囲気だった。
でも案内人の咲寿さんの解説に合わせ、的確に張りの芯素材を運び出し見せてくれるなど、簡潔にして必要な対応力を示してくれた。
ボクは椅子張りには専門的な知識はなくただ説明を受けるぐらいでどの程度のグレードの素材を用いているかは不明であったが、見た限りでは4層の良質な素材を用いているようだったし、古いソファ、椅子の修理を請けているのでコイルスプリング、シュロなどのストックもあり、これらにもしっかり対応していることが確認できた。
続いて同施設に併設されている「家具の病院」を見学。
字義通り、破損した家具の修理、座の張り替えなどを請ける部門。
老舗のメーカーであればそうしたユーザーからの修理依頼に応えるのは当然と言えば当然の顧客対応の在り方であるが、ユニークなのは自社の商品ではなくとも請けるという姿勢だ。
経営側としては定年を迎えた熟練職人の労働意欲を発揮する場としての位置づけもあるようで、高齢者労働力の雇用面からも良い経営戦略と言えるだろう。
老舗メーカーとしての社会性というものを感じさせてくれる試みだ。
見学会は最後に島崎信さんが語るダニエルのプロモーションビデオを視るなどして、総括し、散会した。
希望者は元町のショールームへと移動したようだが、ボクは所用があり、横浜駅へと向かった。
こうして久々に家具製作工場の見学をさせていただき、短時間での盛りだくさんな巡回コースとなりやや物足りなさがなかった訳ではないが、いくつかの示唆を受けることもあり有益であった。
今回の参加者の多くは設計事務所などの建築関係者などで、家具制作に従事する人はボクだけ。受け入れ側もそうしたことを前提にしてのプログラムであっただろうから、ボクのような同業の職人風情の存在には違和感があっただろう。
企画したOZONEのスタッフ、そしてとても良い案内をしていただいた咲寿さんにはご迷惑であったと思う。あらためて感謝したい。
OZONEのOさん、同様の企画がありましたらまた出掛けますので、どうか嫌わずによろしくおねがいします(笑)
▼《横浜クラシック家具「ダニエル」》
▼《横浜クラシック家具「ダニエル」(その2)》
株式会社リビング・デザインセンター「OZONE」
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《関連すると思われる記事》

                   
    
  • 今回のartisanさんの「ダニエル」3部作は非常に
    興味深く拝見しました。
    いつも勉強になることばかりです。
    私は今回ダニエルのホームページを見ていて
    「家具の学校」に興味を持ちました。
    一般向けで土曜日開講とのことで参加したいというのが
    本音ですが、千葉から横浜はちょっと遠いかな。
    来期(4月?)の開講まで悩んでみようと思います。
    それとプロ向けOZONE会員にならなければいけません。
    artisanさんにお会いする機会もあるかもしれないですし。

  • acanthogobiusさん、冗長で読みにくい文章にお付き合いいただ恐縮であります。
    「家具の学校」については具体的な説明を受けたわけではありませんが、「家具の病院」に併設されていると考えて良いと思います。
    つまり家具修理の技術、および椅子張りの技術を習得する、ということが基本のようです。(張りの工房には、ここの修了生が一人いました)
    もちろん「家具の病院」には最低限度の木工機械もありましたが、家具制作全般の技能修得としてどのようなカリキュラムがあるのかは確認が必要と思われます。

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