工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

Apple 2012 WWDC から見えること

「MacBook Pro Retina」「Mountain Lion」「iOS 6」ティムCEO(WWDCから)

日本時間今朝未明、Apple恒例の〈WWDC〉(Worldwide Developer Conference)が始まった。
“怒濤の新機種リリース”といった感じの内容だったようだが、「MacBook Pro Retina」などハードウェアへの関心はともかくも、OSの更新にいくつもの興味を惹くものがあった。

(基調講演、キーノートはこっちだよ)

Mac OS は「Mountain Lion」に更新されるが、iOS更新の方に、より興味が湧く。

何故って、Apple社がもっとも注力する部門だからでしょ。
数年前からMac OSは iOSの機能を後追いするかのような開発姿勢を見せているじゃ無い。
今度のも、Siriのように音声入力を搭載したり、リマインダー、SNSなどの搭載などが目立ち、要するに「OS XとiOSの融合」がより進んできた、ということ。

もっと言えば、iOSは社会的影響は絶大なるものがあるわけよ。(5%のシエアしか無いMacユーザーなんてたかが知れているけれど)
電車や街中ではiPhoneユーザーばっかでしょ(Androidの方が多いか?)
これは携帯電話所有者だけに留まらず、アプリを介し、多くの店舗や、施設、団体など私的公的事業体との繋がり、ネットワークが拡がっているわけで、それらへの影響は無視できないものがあるわけね。

以下、この新しい iOS 6について、ちょっとだけ詳しく見ていくけれど‥‥。

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市民を敵に回す宰相の記者会見

「国民の生活を守るための原発再稼働」って ??

この国は何も変わってはいない。
ヒロシマ・ナガサキをはるかに超えるまでの放射線に浴びせられている、この過酷な現実を前にしてもなお、この国は何も変えようとしていない。
ただひたすら財界の要請に応え、原発に固執し、多くの市民らが、あるいはそこに加えて進取の精神を持つ多くの企業が、原発の無い経済活動、真の豊かな生活を選択しようという価値転換の芽生えをその汚い手で摘み取ろうとしている。

これが金曜日、8日夕刻の野田首相による関西電力大飯原発再稼働に向けた記者会見を受けての正直な感想。
多くの市民が、恐らくは過半を占める人々の共通する思いでは無いだろうか。

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キャリア職人の余裕と落とし穴

ボクがこの世界に入ったのは青年と呼ぶには薹(トウ)が立つほどの年齢だったということもあるが、修行の頃は当然としても、独立起業もなお、必死の形相で木工に取り組んでいた。
寝ても覚めてもただひたすら、生きる全てが木工漬け、といったような生活だった。

仕事を終え、夕食後、残された全ての時間も翌日取り組む仕口などについて考えを巡らすなどに費やし、それは床についてもなお、うなされるほどのものだった。

当時は身体もきつかった。
松民(松本民藝家具)に一時世話になっていた時期、まずはじめに木取りのセクションに配属されたのだが、比重0.7ほどの重いミズメ樺の厚板を振り回す日々は、若く体力はあったとは言え、ペンと箸しか持たなかったそれまでの軟弱な体は悲鳴を上げるほどまでに過酷な日々だった。

しかしそうした心身改造を経て、少しは頑強になっていたはずだったが、まだまだふやけた身体を木工向けのそれに鍛え上げるには少し時間が必要だったのだろう。
床に付けば上腕の痺れで苛まされる日々が続き、まさに心身ともに原始的蓄積の段階(経済原論から?)であったと言えるだろう。

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梅雨間近の失態

お天気が芳しく無い。
ここ暫く、突然の降雨とスカッ晴れが交互に現れ、専ら自転車で移動する妻はボヤク。

南九州まで梅雨入りしたということだが、日本列島いよいよ梅雨の季節到来といったところ。
庭のアジサイもそれを知らせている。
Top画像のガクアジサイは表の庭に10年ほど前に鉢植えで買い求めたものを直植えしたもの。
繁殖力がすさまじく、花期追えた後はバッサリと切り込むものの、翌年また大きくなって現れる。今年もまた数日前に数輪の花を付けた

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iPad Debut !

New iPad

昨日は良い天気に浮かれ、JRで6つ先の静岡にある小さな映画館の暗闇に座った。
ケン・ローチの新作だが、なかなか-見応えがあり、その最後の結末には不意を突かれたが、監督としても脚本家とともに構想の段階でその落としどころについては相当悩んだのではと思い巡らせた。

観終わったばかりの重い頭を引きずりながら街に出れば、強い日射しの下の休日の華やかさと喧噪に巻き込まれ眩暈がするほどだ。

そんな非日常の世界に幻惑されたのか、近くにあったSoftbank拠点店舗(プレミアム店とかいうの?)に足を踏み入れ、iPadの操作感を試し、そのままカウンターに座ってしまった。

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新カテゴリー〈my Favorite thing〉

KOMELON

このBlogもRenewalして1年と6ヶ月が経つのだが、久々に新しいカテゴリーを設けてみようと思う。
カテゴリーってほどのたいしたものではないので恥ずかしいのだけれど、
〈my Favorite thing〉とした。
要するにお気に入りのもの、ってこと。

ボクは人に紹介するにふさわしいものなど持ってはいないし、高価なものにもさほど興味があるわけでも無い。
身につかないブランドモノを持つほどの酔狂でも無いしね。

というわけで今日は第1弾。
2つのモノを紹介しよう。
コンベックスとライト(何じゃそれっ、て言わなかった、今‥‥)
まぁ、いいでしょ。コンベックス、つまりメジャーとZライトである。

コンベックス・KOMELON

Top画像のものだけれど、〈KOMELON〉というブランド名。
お米とメロンの掛け合わせ、なんてのじゃない、
ちゃんとした国際的なブランドなんだ。

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100歳の流儀(新藤兼人さんを悼む)


旬日を経ずして、またもや戦後日本の知性を代表する、今度は映画人の訃報である。

吉田秀和氏 没98歳に対し、新藤兼人氏の場合、100歳である。

古木が朽ち果てるるように‥‥、という表現が似つかわしい超高齢での死去のように思われるが、ボクの思いは、それとは少しニュアンスが違っている。

80代以降、これが最後の映画作品だと自分に言い聞かせるように語っていたものだが、誰も信じちゃいやしなかった。
晩年になっても、その創作意欲は衰えを知らず、制作本数も、若い頃と較べても何ら遜色ないほどのペースで新作を世に問い、それぞれがまた感銘を与え、興業的にも成功を収めていたことを見れば、この後も永遠に撮り続けるマエストロなのか、とも思えたものだった。

同時にまた、作品の通奏低音の如くに流れている人間の業、あるいはなまめかしさ、奔放な性愛などの表現を最後まで失うこと無く貫いたその姿は、“枯れる”とはほど遠い、人の生身の世界を描く若々しい映画人だったように思う。(殿山泰治という個性派役者がキャスティングに欠かせなかったのもここにあるか)
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5月の工芸

2nd HomeTownとタイトルした記事を上げたのは1月だったが、半年も経ずして松本を再訪することになろうとはその時は考えなかった。

数名の知人を訪ね、再び〈松風庵〉でお茶して、合間にクラフトフェアを観覧する。

まずクラフトフェアについて。
久々の観覧だった。
この松本クラフトフェアが始まったのは、ボクが松本で木工修行をスタートさせた時期と重なる1980年代半ばのこと。

つまり四半世紀を重ねることになるが、年々拡大し、評判も高まっているというのに、このところ出掛けることはとんと少なくなってきていた。

以前は同世代の知人も多く出展していたこともあり頻繁に出掛けていたのだが、世代交代もありやや疎遠になっていた感がある。
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さよならを心からの感謝とともに(吉田秀和さん死去)追記あり

吉田秀和さんが亡くなった。
100歳近い高齢であることは知っていたが、あまりの突然の訃報に驚いた。
そして、時間経過とともに哀しみは深まっていく。

「突然の訃報」としたのは、24日(木曜)NHK FM〈名曲のたのしみ〉で、ここ数年のしゃがれながらもしっかりとしたいつもの口調に触れていたからだ。
昨晩の訃報だったが、22日に亡くなっていたというので、この番組は録音だったということ(この番組の収録はもう数回残っているとのこと)。
いつの録音であるかは、未確認ではあるものの、そんなには時間を遡るものではないだろうから、やはり「突然の訃報」であり、また長きにわたる療養生活を経てというのではなく、第一線で活躍途上、ついに天に召された(よく知られているように、吉田さんは敬虔なクリスチャンだった)と言ってよいだろう。

木曜日の放送中、うちの若い修行徒に、少し吉田秀和氏について話していたのだが、訃報の直前になってしまったとはいえ、ただ訃報をスルーするだけでなく、何らかの印象を持って受け止めてくれるきっかけになったとすれば、それはそれで良かったと思う。
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〈肥後の守〉

過日、大型連休にあたる休日、妻の弟家族が住む播州三木市を訪ねた時のこと、普段は観光地を訪ねても土産らしきモノにはほとんど食指が動かないのだが、めずらしく市内の道の駅の観光物産展で買い求めたものがある。

刃物産地で知られた三木市のことであり、想像は付くと思う。
ノミ、鉋、etc、いやいや、そうではなく、ナイフだ。
これはどこまで知られているかは判らない〈肥後の守〉(higonokami)のことだね。

1950年代生まれまでの男の子であれば誰しもがフトコロに忍ばせていた、あの、少年必携、御用達のナイフである。

往時は何軒もの刃物製作所がこの〈肥後の守〉を製造していたのだろうが、今では1軒の鍛治屋がその火を絶やさぬよう守り続け、かろうじて今に伝えているのだという。

普及版の安物の刃物とは言え、一時代を画したものであれば、この〈肥後の守〉はまさに“文化”であり、ぜひ今後もフイゴの火を落とさぬよう、作り続けていってもらいたいと切に思う。

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