工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

《木工家ウィーク2009・NAGOYA》を終え(その1)

ボクは百貨店などでの大きな催事への出展も若い頃は頻繁に重ねていたが、講演会、シンポジウムなどといった自主的な企画立案に従事するというようなことは、この「木工家ウィーク」の端緒となった一昨年の催し「木工家の集う会」以降であるが、普段工房に籠もって木に向かう静かで個人的な営みとは大きく異なる事業への関わりであり、それだけに難しくもあり、また楽しくもあるというところか。
企画は複数の合同展示会と、スケジュール後半に設定した「フォーラム」という大きく分けて2つの構成であったが、実現に向けての内部的な調整と、開催に欠かせない予算調達の困難さなどで、開催も危ぶまれる時もあったほどだが、事務局の献身的な努力と、外部関係者の積極的な関与、支援によって、まずは盛況に開催することができ、本当にありがたく思う。
ここに事務局、実行委員の方々、そして展示会に参加された各地域の木工家の方々、さらには大勢のファンを引き連れてきてくれた講演のメインスピーカー・中村好文氏、そしてシンポジウムのパネリストとして積極的に応えてくれた木工芸の数寄者、川井さま、あるいはメディア・編集者の内田さん、また本番会場においてスタッフの手となり足となり助力いただいた、お若い木工関係者、学生さんにも、心よりの感謝を申し述べさせていただく。
無論、早朝からの雨にもかかわらず、駆けつけてくれた参加者があってのフォーラムでもあり、それらの人々にとって、果たして期待したものが得られたのかはともかくも、長時間にわたる講演会、シンポジウムに参加していただけましたことをとてもありがたく思う。
いずれ近く事務局からの総括的なメッセージも出されると思われるが、ここでは極私的な感想めいたものを少し記しておきたい。

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名古屋で思った

名古屋という街、それはトヨタに代表される企業城下町という捉え方というのは、実はものごとの半分を指しているに過ぎないということを教えられた。
今日は残念ながらメディアリーダーを持ち込まなかったことから、画像は張り込めないのだが、実は街中のそこかしこに古刹、名刹が軒を連ねる、まさに秀吉公以来のトラッドな空気を纏った街であることをあらためて教えられた。
山アジサイが小さな可憐な花を付け、サツキもちらほら、よく整えられた庭に佇めば、メガタウンの喧噪を忘れさせる異空間に心休まる。
いくつかの展示会会場を巡り、力作を愛で、若い木工の方々と語る。
夜はいつ果てるとも分からない宴が続いた。
翌日の講演会、シンポジウムの打ち合わせと称する集まりであったが、ただの宴に終始する。
しかし確かなことは確認できた。
旧世代(ボクも含めての)木工家とその周囲の人たちというのは、実はとても飲んべいで、しかも見果てぬ夢に興じる人たち、ということで暦が変わるまで呑みつづけ、談論風発、大いに盛り上がり、かつ、如何にこの思いを次世代に繋げるのか、ということを共有できた夜であった。
ま、いいだろう。
メディアのヒト曰く、若い世代は、あんた達とは違って、もっと軽やかに木工、インテリアの世界を闊歩している、ということなのだそうだ。
変わるもの、しかし変わらないもの、そこに世代を超えたなにものかが連綿として繋がれば、生きてきた証というものが確認でき、それ以上、何を求めることがあろう、という結語で、名古屋・栄の夜は更けていった。

Keynoteのスタイリッシュさと、困惑と

やっと仕事を終えることができた。
決して辛い仕事というのではかったし、むしろもぎ取ろうとしているその成果に期待があるだけに、快い疲れというところか。
Powerpointでのプレゼンテーション経験は数回あるものの、まともにKeynoteを使ったのは初めてのこと。
プレゼンテーションのソフトウェアといえば、Powerpointがそのシェアをほぼ抑えてしまっているだろうから、Keynoteが現場でどれだけ使われているのかははなはだ心許ない。
Mac OS X ユーザーであればこのKeynoteという名称ぐらい知っているはず。
スティーブ・ジョブズの基調講演で使われる、あのクールでスタイリッシュな美しい表現力を持つ奴のことと言ったら判ってくれるだろうか。
残念なことにMacユーザーであっても、使用頻度は恐らくはPowerpointのMac版が多いと思われる。
でもやはりスティーブ・ジョブズばり、とはいかずとも、Keynoteが使いたいじゃない。
というワケで、このソフトで作成してみた。
明後日、16日に名古屋で開催される「木工家ウィーク2009・NAGOYA」における「フォーラム」のある企画に使うものなのだが‥‥。

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オジギソウを漢字て書けば・・・ 

オジギソウと言えば、被子植物、マメ科のかわいい花を付ける草花だが、葉に触れると先端から少しづつ閉じ、最後は垂れ下がる。
この時間にすればあっという間の動きが、植物とも思えず驚かされる。
このオジギソウ、漢字では「含羞草」と書くということはどれだけ知られているのだろう。
他にも「お辞儀草」と宛てる場合もあるようなので、必ずしも「含羞草」というのは一般的ではないのかも知れない。
ところが少し調べると、英字でも「a sensitive plant」という表記の仕方もあるようで、東西において共通するものがあり、おもしろく思った。
ボク自身の事を語るのは苦手だし、年齢相応の品格を備えているとは全く思えないのだが、こうした公開されているBlogを運営していれば、当然この「含羞」ということを自覚しなければいけないな、と柄にもなく思ったりすることがある。

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友達甲斐のない我

9 soku
友人との久々の食事処に向かったのは祭りの最終日に当たる雨の午後。
雨の中を法被と兵児帯で決めた若い男女がうつむき加減に歩く傍を走り抜けていく。
車1台がやっと通れるという入り組んだ住宅地の奥まったところにあるようだが、目的地を指し示すカーナビでも迷いに迷って、やっと辿り着いたのだったが、その空間だけは傾斜地を巧みに使った思いの外開放的なエリアだった。
何やら不思議な店構えの「パヤカ」というアジアンレストラン&ショップ。
アジアンテイスト、あるいはバリの風物に彩られた異空間。
既に友人は来ていたが、誘われるままに食事の前に隣接している古道具屋の「9 soku antiques」にお邪魔する。
画像でご覧のように、何か映画のセットのような空間。
白磁、花器、ライト、什器、弦が切れたウッドベース、家具など。
主の趣味なのか、小さな小さな器を中心としたコレクションであったが、その白磁がとても良かった。
オーナーは30代の白い清楚なTシャツの男性。古道具屋の主人と言えば、気難しそうなオヤジという通り相場のイメージとはかけ離れ、「これまけなさいよ‥‥」と言えば「いくらなら良いでしょうかね‥」と気弱に応えそうなやさしく、おっとりしたお兄さん。
福祉の仕事をしながらの2足のわらじという。
こんな判りにくい場所での店舗運営だと経営もさぞ大変だろうと思わされるが、ディスプレー、道具収集にセンスを感じさせる店なので成功するだろう。
店舗の片隅に置かれた小さなデスクにiMacがあったので、しばしMac談義。Webサイト構築、クラウドコンピューティングの現状やら、iTunes管理の裏技 etc.
孫とジジみたいな年の差の客からMac指南をされるのは気分の良いはずもないが、素直に聞き入れてくれる。
Webサイト構築などでは、今や技術的な領域のハードルはめちゃくちゃ低くなっているので、むしろ重要なのはコンテンツとデザイン。
この若者にはあふれんばかりのものがあるだろうからITテクノロジーの差異など問題ではない。
iTunes プレイリストを拝見すれば、Glenn Gould などのピアノ曲を中心としたクラシックがほとんど。
ボクなどより、よほど純粋なんだろう。(かつてはボクにもそのような頃があった、かな)
店内でBGを流すなら、ちょっとくだけて、高橋アキのサティーあたりが似合うようなお店だ。

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手押し鉋盤が美しく

手押し鉋盤
もうずいぶんと時間経過しているが、手押し鉋盤のテーブル(定盤)研磨を済ませ、戻ってきていた。
鉄特有の黒く変色した味わいも捨てがたいが、こうして研磨されたばかりの鉄も美しいと思う。頬ずりしたいほどだ。
聞けばその研磨量は0.5mmにも満たないものであったようだが、対角線上、隅の角に研磨されなかったところがにわずかに残っているところからすれば、この加工屋さんの技量の高さが伺える。
さて、その後刃を取り付けテスト切削をした後に、本稼働していたのだったが、どうも良くないのだ。
手前と、奥とでは削りのフィーリングが明らかに異なる。

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郵便受けから嬉しさを

手紙
心ときめかす手紙が夕刊などとともに玄関の郵便受けに入っていた。
封筒は(イノシシくんなのかな、これって、)イラストが付いたポップで楽しげなもの。
青年期を除けばこういう手紙はあまりいただいたこともないので、それだけで心動かされるものだったが、宛名を見ると未知の人からのもの。
あれま、どこかですれ違って一目惚れされちゃった?
んなワケないか。
手紙は「突然のお便りで失礼します」との挨拶で始まり、およそ以下のように記されていた。
昨年の自宅新築でダイニングテーブルのセットを探し、○▽でテーブルを作ってもらった。
今度はカウンタースツールが欲しくなり、あちこち、ネットも含めて探したが良いのが見つからなかった。
そうした頃、立ち寄った店に置いてあった「暮らしの中の木の椅子展」チラシのスツール(ちょこっとハイスツール)写真ににひとめぼれ。
さっそく「小海町高原美術館」の展覧会会場に出向き、拝見、実際座ってみて更に一層惚れ込んじゃった。 ワォ !

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北欧家具の魅力とは(Danish Interiors)

denissyuinnteriasu
北欧家具の魅力を的確に表現するには、さて、どのような言葉を宛てたら良いのか。
書店のインテリアコーナーにはあふれんばかりの北欧のインテリア、生活スタイル関連本があり、人気であるに違いないのであるが‥‥。
そんな曖昧さへの答えを見つけるには、どっぷりとそれらの家具空間に身を沈めるのが良い、というわけで今日は浜松にある北欧家具専門店〈デニッシュインテリアス〉に表敬訪問。
ちょっとした事情でこのショップの運営者とは既知の仲だったが、お訪ねするのは初めてのこと。
少し緊張もしたが、大きな開放的な空間に所狭しとセンス良く並べられた様々なテイストの家具たちに囲まれ、心地よい時間を過ごさせていただいた。

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NHKもなかなかやるじゃない・「プロジェクトJAPAN」

大型連休ド真ん中の今日5月3日、昨夜から続く高速道各地域では予測を超える渋滞が発生とのこと。当県と隣の愛知県境の宇利トンネルでは50数Kmの渋滞とのこと。
いやいやご苦労様ではあるね。事故の無いように願いたい。
祝休日の高速道1,000円走り放題の効果ということになるのだろうが、渋滞によるCO2増加、石油燃料の過度な消費、等々、現下の世界的規模での石油消費削減、環境保護への取り組みとどういう相関関係があるのか、などと言う話しはせっかくの5月の爽やかさとは対極なものになるものであれば、興ざめなので止めよう。
先ほどラジオのニュースでこうした行楽客へのインタビューがあった。
Q:今日5月3日は何の日かご存じですか?
A:え〜っ、何だったかな、5日は子どもの日でしょ。3日は〜と、‥‥‥ゴメンナサイ、判りませ〜ん
なるほど、これも平和な日本の光景と見なせば良いのかな。
でもボクは、ここに“ふぬけた”という形容詞を献じて差し上げよう。
憲法記念日ということも忘れて行楽に出掛けるのも、確かに平和な社会の一断面であるだろう。
でもしかし、こうした平和の一断面というものを謳歌できるのも、この憲法という基本法があるからという言い方もできるかもね。
もう少し深く立ち入れば、第二次世界大戦、20年にわたる対中戦争という凄惨な戦争体験、塗炭の苦しみを経て勝ちとった平和憲法であることに思い至れば、あらためてその意味というものを考えてみることも必要となるかも知れない。

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「政治家を演じる」(平田オリザ)を読んで

平田オリザ
数日前の早朝、新聞紙面ににやつきながら何度かポンッと膝を打ちたくなるような段落が現れ、朝の気分を良くしてくれる記事が来ていた。
劇作家・演出家、平田オリザさんの寄稿「政治家を演じる」である。(朝日新聞09/04/29、オピニオン欄)
次のようにサブタイトルされている。
〈試される「演技力」議員の仮面つけ 役割楽しめばいい〉
〈地方のボス追放 生活者の輪番で ましな民主主義を〉
(このサブタイトルは寄稿者本人によるものか、編集者によるものかは不明)
かつて木鐸などと言われた信頼性において墜ちたメディアとはいえ、恐らくはまだまだ大きな影響力を有する朝日のオピニオン欄での人気の演劇人の寄稿ともなれば、既にBlogなどネット上でも様々に取り上げらているものと思われるので、ここでは極私的な感想めいたものを少し残しておきたいと思う。
なぜボクが彼の論考に刮目させられたかとひと言で言うならば、世上、共有概念(既成概念)として定着しているかのような事柄の多くが実は事の本質を捉えていない。
何となく‥‥(どこかの首相が良く用いる冠詞のようでいやだな)曖昧なままにイメージとして定着しちゃっているために、隘路から抜け出せず、問題解決へと踏み出せないことが多いのではないか。
彼の論考にはその辺りを突き破って晴れやかな5月の空のようにすっきりと見せてくれる語り口の鮮やかさ、論理性と、確かな視座、そして何よりも演劇人としての歴史観、洞察力を見ることができる。
彼が冒頭で取り上げるのが「劇場型政治」、例の「小泉劇場」とか良く使われる言葉に対してのものだが、
〈‥ 劇場は、人生をふり返り、世界に思いをはせる場所だ。思考停止の阿呆を増産する機関ではない。〉いきなりの平手打ち、という感じで爽快。

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