工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

マグダレーナ・コジェナー(メゾソプラノ)

J.S. Bach: Arias「Archiv」(アルヒーフ)というレーベルで最初のレコードを買ったのは、あれは16の頃だったろうか。
ヘルムート・バルヒャのバッハ・オルガン曲集だった。
ドイツグラモフォンの系列レコード会社だったが、ミニマルなデザインのシルバーのラベルは硬質な感じがとても格好良かった。
今では当時のコレクションは手元になく、「Archiv」レーベルであるのはどこにでもあるようなありふれたデザインのCD化されたもの。
しかしレコードというメディアからCDに切り替わったことで、新たな楽しみを得ることもできる。
この「Archiv」によるマグダレーナ・コジェナー(Magdalena Kožená’)のアルバムは10年近く昔に買い求めた(確か吉田秀和氏による紹介だったと思う)
Macに取り込んでいなかったものであらためて聴きながらクリップしている。
チェコスロバキア出身のメゾソプラノ歌手で、このバッハのアリア集は20代半ばの頃の録音。
実質的な世界的デビューアルバム。
このアルバムリリースで一夜にしてスターの座を獲得した。
今ではバロック界のメゾソプラノ歌手として押しも押されぬ第一人者。
収録曲、いずれも若々しい歌声ながら揺るがぬ歌唱力と深い音楽世界はバッハをボクらに引き寄せてくれるものとなっている。
なかでもマタイ受難曲 BWV244は秀逸。
YouTubeには彼女の歌唱によるこの曲はないので、別のもので失敬。(BWV179 カンタータ)

ある日のカフェ(BERGでの一杯)

BERG
普段田舎に住んでいて事欠くことはいくつもあるのだが、その1つが気の利いたカフェが皆無だということ。
これは仕方がないことで、求める方が間違いと言うことなど人に言われる前に自覚してはいる。
まだ若かった頃の一時期、首都近郊に生息していた頃の生活習慣、生活スタイルというものが身に纒はり付いてしまい、自身の快楽基準というものがそうした都市生活者ならではのスタイルから形成されてしまったということがあるのだろう。
かつてスターバックスコーヒーが地方都市に次々と進出していた頃の話しだが、長野県松本の信州大学の学生達がスターバックスコーヒーの出店を請う運動を展開しているというニュースに触れたことがあった。
なるほど、あの手のカフェの存否が都市化の1つのメルクマールであるということを強く印象づけた話しだった。
「オマエさんのとこにはスタバもないのかい?」と蔑んだ目で見られるのは辛かったのだろう。
ボクがカフェで頂くのはもっぱらエスプレッソ。
多くの男女に人気の泡立つ何とかかんとか、というのはゴメンだ。
30mlにも満たない暗褐色のドロッとした液体に魔性を感じ取ることを覚えたのもカフェであった。
最近はカフェの多くがイタリアから本格的エスプレッソマシーンを導入しているためか、どこもそれなりに本格的で美味しいものを供してくれるので安心して楽しめる。
カフェのあまり出来の良くない椅子に腰掛けて過ごす時間は、こうしたMacのタイプか、読書。
物書きの少なくない方々が喫茶店などで筆を走らせる、という話しを聞いたことがあるが理解できる話しだ。
日常が支配している生活基盤、自宅ではなかなか集中できない、ということもあるだろう。
あるいは単純に日本の住環境のプアさから、書斎などと言うものを与えられない悲哀からのエスケープかもしれない。
家人の掃除機を回す音だったり、TVからの嬌声などに心かき乱されることなどは、強権発動で抑えることは可能だろうが、しかしそこはあくまでも日常が支配する環境。
無論多くの人はそうした環境を受け入れ、私的作業に専念することができるものだろうが、むしろそれを忌避し、あえて雑音もあり、種々な客で賑わうカフェの方が私的世界に没入できるという人種もいるというのがおもしろいところだ。
物書きといいうものもデジタル環境になってからというもの、鉛筆、万年筆などの筆記用具から、ワープロ、PCなどにその記述スタイルを換えた人も多いと思われるが、初期の頃はとても外部に持ち出すほど簡便なものではなかったものが、今では1Kgほどに軽量化され、どこでも書斎が持てるという時代だ。
事実、今タイプしているこのカフェでもPC、Macを叩いている姿を見つけることができる。
ビジネスマンだったり、学生だったり、そしてこのヘンなオヤジだったり。

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《木工家ウィーク 2009・NAGOYA》のご案内

この5月中旬、愛知県名古屋市・市街地複数個所で木工家具の展示会、および様々な企画が包括された「フォーラム」で構成される《木工家ウィーク 2009・NAGOYA》が開かれます。
昨年の〈木工家ウィーク 2008〉を継承発展させたものですが、今年も盛りだくさんな企画内容となっています。
私たち木工家という生業(なりわい)は、日々の暮らしの中に木工家具を取り込むことで、より快適に、また美しく住まうということを提案し、また日々木屑にまみれて精励しているわけですが、主材である木材資源の供給不安、海外からの破壊的な価格での家具の流入、あるいは急峻な経済収縮という社会・経済状況の中で、その存在意義、持続可能性といったいくつかの困難な課題が立ちはだかっています。
こうした中で、あらためて木工家具というモノヅクリの現状というものを皆で共有し、また広く一般に問いかけ、その有り様を検証しようという企画でもあります。
先のBlog記事「新入りの若者に与ふ」でも書きましたが、木工家具制作という生業が意味する社会的意味、現在的意義は決して低下しているものでもなく、むしろこれからより広く深く評価され、求められるものであろうという確信はあるものの、様々な諸条件に阻まれ、必ずしも正当に評価されないということもあるでしょう。
それは消費財市場に貫かれる価値形態から弾き出されてしまう、という市場原理枠組みとの親和性からの逸脱ということもあるでしょうし、あるいは木工家側における消費者(使い手)への歩み寄りの欠如、独善性(独りよがり)、稚拙な制作手法と品質の問題といったネガティヴな問題もあるかもしれません。
一方では大衆消費社会に適合させることの困難から、私たちが手がける木工家具の魅力とその特徴というものが残念ながら社会的に十分に認識されてはいないという問題もあるでしょう。
それらの問題を共有し、また問題解決の方途を探り当て、もって良質な木工家具の制作に寄与させ、社会的評価を確かなものにしていければと考えるものです。
ぜひ広く皆さんのご高覧を得て、手厳しい評価を仰ぎ、ご指導ご鞭撻をいただければ嬉しいですね。
なお「フォーラム」の一部は有料での人数制限もありますので、お早めにエントリーしてください。
ボクは個人的には「木工家」という呼称を過度に宣明することは趣味ではありませんし、あまり閉鎖的な職業意識の宣揚も如何なものかという思いもあります。
ぜひ等身大での木工家具づくりの「今」をご覧いただき、また「フォーラム」にご参加いただくことで木工家具の魅力とその特徴についての理解を深める好機としていただきたいですね。
【企画概要】
1.フォーラム
  日時 2009年5月16日(土)13時 〜
  会場 愛知県勤労会館(つるまいプラザ)小ホール
 ■ 講演会  (有料)
  「中村好文・私のデザイン手法 − 建築と椅子 −」
      with 3 人の木工家( 村上富朗・高橋三太郎・谷進一郎) 
 ■ シンポジウム(無料)
  ・「暮らしの中の木工家具 ── 作り手と使い手を結ぶもの」
  ・各地木工家グループ代表によるシンポジウム
 
2、展覧会
  日時 2009年5月12日〜17日
  会場 名古屋市内各所
 ■『家具+展』 (ノリタケの森ギャラリー)
 ■『ひとつだけの家具展』 (東桜会館)
 ■『木工家が作る木のカトラリー展』(ラシック6階)
 ■『ポケットの中の木の名刺入れ・展』(BEWOOD SHOP)
 ■『ちいさな木の椅子100脚展』(セントラルパーク パークスクエア)
    (『ちいさな木の・・」のみ17、18日)
・主 催:木工家ウィーク 2009・NAGOYA 実行委員会
・後 援:愛知県、名古屋市
 *詳細はWebサイトでご確認下さい。
(当Blog管理者、杉山の作品出品はありません、実行委員として企画にご協力させていただきます)

プレス機の効用

座卓・脚たまには業務関連の記事を。
画像は座卓の脚部を組んでいる、の図。
畳摺り、吸い付き桟を成形した2枚の脚に接合するため、プレス機に掛けている。
画角からは外れているが、左側には同じ脚部が対置されていて、この2対の脚部に均等に圧力が掛かる。ギシギシッときしむ音を立てながら沈み込んでいき、締め付け終わると自動的に停止する。
先月初旬に撮影したものだが、拭漆仕上げのため、未だ塗師屋の工房に預けられたままの状態。
完成、納入した暁には作品写真としてエントリしてみたい。
とはいっても、既に同じものが「工房 悠」サイトにある奴だがね。(こちら
このプレス機は起業5年後にかなりの資金を投じて購入したものだったが、通常はただの物置と化しているかわいそうな奴。
でも、このような3寸角の厚みいっぱいにホゾを打ち込むにはこのプレス機が必須。
ハタガネ、クランプなどで接合、締め付けをしようとすれば、ある程度ホゾの嵌め合いを配慮した加工で叶えられるかも知れない。
しかし厚板通しの嵌め合いというものは、通常の嵌め合いのタイトさで加工、接合させるのは、かなりのリスクを覚悟しなければならない。

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新入りの若者に与ふ

勇躍この4月から木工家具の世界へと挑んでこられた方々へ、心からエールを贈りたい。
様々な夢と希望を胸いっぱいに膨らませ、入ってこられたものと思う。
その初発の意志の確かさこそ、待ちかまえているだろう多くの困難を打ち破り、夢を叶える最大のエネルギーの源(みなもと)だ。
木工家具制作という職に関わるということはどういうことか。
この自然界から与えられた天然素材である木材というものを主たる素材としたモノヅクリに従事することのすばらしさというものについては、あえてここで語らなくとも十分に自覚して入ってきたのだろうと思う。
これはIT社会に代表されるような科学技術万能の時代にあって、一見後景に退きつつある価値概念のように思われるかも知れないが、決してそんなことはない。
いやむしろこうした科学技術が席巻している時代であればこそ、人が人として生きていくための本能的な原点回帰を求める志向が強まっていることを知った方がよい。
かつて科学技術の先端的な成果であったプラスティックの椅子でIT業務で疲れた身体を支えることに、どれだけ耐えられるというのだろう。
先端的な仕事に従事するエグゼプティヴな人の住まいに、張りぼての調度品というものが如何にバランスを欠いたものか考えてもみたまえ。
あるいは高齢化の一途を辿る日本社会において、個々の体質、障害を支える支持具がどれだけ求められているのか想像してみたまえ。
今の日本は真の豊かさを享受できる環境にないというのが偽らざる実態だ。
広く深く、真の豊かさを享受する権利が全ての人にあると考えるべきだろう。
そうであれば、ボクたち木工家具制作に従事する者の責任は明らかであり、また強い動機付けもそこに求めることができる。

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《朝鮮王朝の絵画と日本》

朝鮮王朝の絵画「朝鮮王朝の絵画と日本」(静岡県立美術館)、会期最終日に観覧。
朝鮮王朝の絵画とは、と問われてもイメージできるものは少ない。
よく知られる「民画」(李朝民画)は近世に入って(世界史的文脈としてのそれ)以降のものであろうから、これによって代表されるというものではない。
かろうじて朝鮮通信使により持ち込まれた文物、あるいは彼らによって伝えられた絵画技法などによって見知ることができるくらいだ。
そんな浅学の身にとって、今回の企画は寝ぼけ眼を覚醒させるものとして良いテーマだった。
このようなボクだからこのジャンルはほとんど知識はないものの、しかし恐らくはこれほどの規模でのこの種の展覧会は国内では初めてのものではないのだろうか。
展示企画、展示レイアウトは14C末に建国された李朝の歴史的流れに沿って展開されていたが、随所に狩野派に代表される日本の絵画を対置させ、同時代の息吹を感じさせる相互交通による絵画技法、あるいは画風への影響などを解読させるようなものとなっていた。
それらの多くは山水画に見られるように本科を中国大陸に求めることができるという意味では日本における美術史と同様の類似性を確認できることは当然としても、半島という地政的、地理的条件や、民族性による咀嚼の違い、土着の美的感性からの影響など、独自の発展形態を見ることができた。
会場では俵屋宗達・伊藤若冲などへの影響をクローズアップしていたが、「紙織」という技法(紙を細く切り、これを織っていくことで立体感を出す手法)の伊藤若冲のモザイク画風への影響は、確かに説得性のあるものだった。(白象群獣図など)
また朝鮮通信使の一行と共にやってきた絵師とのコラボレーションによる絵画も数点あり、両氏の落款から当時の文化的交通の豊かさを興味深く感じ取ることができた。

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〈ノクターン〉 平原綾香

ノクターン
いきなりの五線譜。
ショパンのノクターン20番 嬰ハ短調(頭の部分)
映画『戦場のピアニスト』に通奏低音のように使われていたことでも話題になったショパンの名曲の1つだが、最近では平原綾香の「カンパニュラの恋」あるいは「ノクターン」としてポップスとして唄われているというので買ってみた。
ボクはTVドラマは全くと言って視ないし、また紅白歌合戦も視ていなかった。
この曲は本人が役者としても登場したフジTVのドラマ内で使われ、また紅白歌合戦にも唄われていたというので、よく知られるようになっていたようだ。
知らぬはオイラだけ?
平原綾香と言えばジュピター。デビューアルバム『ODYSSEY』(04/02)だった。
ホルストの組曲「惑星」からのものだが、あの時もびっくり。まさかあの壮大な曲を年端もゆかない女性がポップスで唄っちゃうなんて……、と。
Path of Independenceその後も数枚のアルバムを編んでいるが、この「ノクターン」が収められた『Path Of Independence』(08/12リリース)は6枚目のアルバムになるものの、クラシックの名曲からリメイクされたのはジュピター以来とか。
ボクはわずかに3枚のアルバムしか手元にないので良くは分からないのだが、今回のアルバムはいずれも水準以上の出来栄えのように受け取った。
以前のものは、話題曲を除けば楽曲の問題もあるのだろうが、出来不出来の差異が大きかったように思うが、この「Path of Independence」では本格的ポップス歌手としての力を備えてきているように思えた。
まさにPath of Independence、自律したミュージシャンとしての歩を踏み出したという感じがする。
ショパン・ノクターン。このエモーショナルで叙情性豊かな名曲をあえて選んだ潔さというか、大胆さというか、その意気込みは買いたいと思う。
しかし本人にはその積もりはないかも知れないが、いっそのことショパンの他の名曲にも歌詞を付けて唄っちゃうのもありかもしれないな。
確かにクラシックの名曲に日本語の詞を付けて唄うという事のきわどさ、キッチュに陥る危険性をどう評価するのか。このリスクを伴うことをどう回避するのか。
恐らくは彼女自身にも迷いもあるに違いないが、ここはしかし唄いきるしかないのだろうね。
その独特の張りのある低音、ピュア・ヴォイスとか言われているようだが、キャピキャピの若い女性の歌声とは全く異質な安定した声質は、大歌手の素地を備えているのかも知れないと思わされるほどのものだからね。
祖父から続く音楽一家に育ち、天性の音楽的感性を持つ。
まだうら若い女性歌手がきらびやかな音楽業界で自己の地位を確立していくのはさぞ大変だろうが、雑音をはねのけてさらに声を鍛え、歌唱力を付け、様々なジャンルの音楽に触れ、多様性の中から彼女自身の唄世界をじっくりと造り上げていってもらいたいね。
アルバム『Path Of Independence』がその字義通りに、今後の彼女の歌い手人生の橋頭堡として位置づけられるような気もするので、大いに活躍してもらいたい。
*参照
■ インタビュー「ひと インタビュー」(朝日新聞、どらく
平原綾香 公式Webサイト
■ フレデリック・ショパン、夜想曲第20番 嬰ハ短調 Lento con gran espressione
 楽譜のダウンロード、および演奏はこちらからどうぞ
最後におまけにYouTubeからどうぞ

一仕事を終えて

横摺り

一仕事終えた後は皆さん、どうするのかな。
タバコを吹かす、コーヒーを煎れる、Macを叩く、一杯飲る‥‥
作業台周りを整理する、ま、さまざまだ。
画像はワークベンチのトップを横摺りしている、の図だが‥‥、
あるまとまった仕事を終えた段階で、こうした横摺りを行うことがある。
理由は簡単。
作業台というものは、様々な加工、仕上げのプロセスにおいて頻繁にに使われるものであり、家具制作環境において重要な位置を占めることは言うまでもない。
(途中だが「必須のもの」、と記述しようとして、止めた。作業台が置かれていなく、何と家具を機械の上で組んでいる工場があることを思い出したので‥‥)
それだけにかなり過酷な環境におかれているとも言える。
うちでも重厚な家具を制作することも多く、組み上げる時には大型のショックレスハンマーなどを用いるのだが、それだけに局所的に凹ましたりすることもある。
あるいは組み上げの際にカネ(矩)の修正で、ある部分をワークベンチ・トップに叩きつけることも屡々だ。

框組の場合のカネなどは、ハタガネなどの掛け方により修正することは可能だが、この一定時間の継続的な圧締よりも、むしろ衝撃力を加えての瞬間的な圧力でホゾの納まりを修正する方が合理的。
框組みの左右を両手に持ち圧力を加える側をワークベンチトップにバシッと叩き付ける。
(あまり使わない奥の方でやることが多いのだが、そこは凸凹しちゃっている)
序でに言ってしまうが、框組を組む際にその平面性が損なわれていた場合どうするか。
この段階でいい加減に組んでしまうと駆体にした場合のネジレがそのまま残り、歪んだ駆体になってしまう。
この修正はワークベンチの端に框を対角線上に置き、圧力を加える。
要するに両手で強くネジレ修正方向に圧力を加える。
この段階で修正できれば、そのまま正しくハタガネなどで圧締しておけば間違いない。

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3月に思う

しかし寒い。
1週間前に開花宣言した当地であるが、工房には久々に薪ストーブに火が入る。
所用で電話した盛岡では北帰行で飛び去ったと思われた白鳥が戻ってきたそうな。(藍ブログ
今週後半は一段と寒さが増し、太平洋岸でも降雪があるかも、との予報も。
08年度末、弥生3月も残すところ数日となり慌ただしく過ぎていく。
今日は2つの銀行を周ったのだが、いずれも長蛇の列で想定外の時間を費やす。
今月に入ってからというもの、本業以外のところで翻弄されたことがいくつも重なり、それらの影響もあってか、ほとんど休業無しに突っ走ってきたが、結果いくつかの予定していたことができなくなっていた。
・「生活と芸術 ─ アーツ&クラフツ展」ウィリアム・モリスから民芸まで(東京都美術館)
・「朝鮮王朝の絵画と日本」(静岡県立美術館)
などを観ることだが、チケットは手元にあるものの、どうもいずれもダメかも知れないな。
「 アーツ&クラフツ展」は手を替え品を替え、様々な切り口で過去何度も企画実施された人気のテーマだ。
ボクも10数年前にかなり大規模の展覧会に接してきたし、関連する個別のテーマへも積極的に足を運ぶようにしてきた。
ただ今回はサブタイトルにある「・・・民芸まで」という視座に興味があるので、ぜひ観なければと考えていたものだ。
柳宗悦らの民藝運動に、モリスらの「アーツ&クラフツ運動」がどのように影響を受けてきたのか、あるいは個別日本的特殊性を語るとき、この欧州全域における美術・工芸運動との関係性の中にどのように整序されるのか、その示唆を受けられるかもしれないと思うからだ。
文献狩猟とは異なり、それらの美術工芸に実際に触れることで見えてくることは多いものだ。
忙しいのは悪いことではない。人生、現役で働いていれば忙しいのは当たり前で、これを中心に動いていくことで培われるものが基本だからね。
しかし過度な繁忙はちょっと‥‥。
こうして3月も終わる。
TV受像機からは、政界、強面(コワモテ)で鳴らす政党代表者が落涙し、WBC日本チーム監督の「ウ〜ッ、アーッ」スピーチも見慣れれば愛らしく、天才肌で鳴らす1番打者の端正な顔に滲む苦悩の姿は共感を呼ぶ。
当地静岡の5期目出馬の意向を示していた傲岸不遜の県知事も任期切れを間近に控えた今日、辞任記者会見。やっと自覚できたか‥やれやれ‥‥。
4月にはリセットされ、希望に満ちた新しい年度がスタートする。
新しくいこう。

高速道・1,000円走り放題って

行楽の季節が訪れようとしているが、これに先んじてこの週末にも長距離ドライブを楽しむ人が高速道路に殺到しそうな雰囲気だね。
既にこの先週末、東京湾アクアラインと本州四国連絡高速道路で通行料金「上限1,000円」が先行スタートしたことで話題沸騰。
首都高、大阪圏などを通過する場合は実施が遅れるようだが、全国の高速道路が休日1,000円で乗り放題(ETC割引制度)が28日から本格実施とのこと。
ボクは恐らくは暫くは利用することはないだろうと思う。
混雑渋滞するところを走るのはやだからね。
いや混雑よりも何よりも、こうした道路行政、あるいはこの時期の施行ということに様々な思いが交錯する。
「高速道路有効活用・機能強化に関する計画(案)」(独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構と、高速道路6社により08/01/16発表)を受け、2010年度までの2年間に「生活対策」の目玉として行うとした割引制度だが、08年第2次補正予算に盛り込まれ、「1,000円走り放題」が実現するというもの。
その財源は2兆円規模の定額給付金と同じく「埋蔵金」とやらからとも言われているが、要するに道路特定財源(来年度に一般財源化)からのものであろう。

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