工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

新入りの若者に与ふ

勇躍この4月から木工家具の世界へと挑んでこられた方々へ、心からエールを贈りたい。
様々な夢と希望を胸いっぱいに膨らませ、入ってこられたものと思う。
その初発の意志の確かさこそ、待ちかまえているだろう多くの困難を打ち破り、夢を叶える最大のエネルギーの源(みなもと)だ。
木工家具制作という職に関わるということはどういうことか。
この自然界から与えられた天然素材である木材というものを主たる素材としたモノヅクリに従事することのすばらしさというものについては、あえてここで語らなくとも十分に自覚して入ってきたのだろうと思う。
これはIT社会に代表されるような科学技術万能の時代にあって、一見後景に退きつつある価値概念のように思われるかも知れないが、決してそんなことはない。
いやむしろこうした科学技術が席巻している時代であればこそ、人が人として生きていくための本能的な原点回帰を求める志向が強まっていることを知った方がよい。
かつて科学技術の先端的な成果であったプラスティックの椅子でIT業務で疲れた身体を支えることに、どれだけ耐えられるというのだろう。
先端的な仕事に従事するエグゼプティヴな人の住まいに、張りぼての調度品というものが如何にバランスを欠いたものか考えてもみたまえ。
あるいは高齢化の一途を辿る日本社会において、個々の体質、障害を支える支持具がどれだけ求められているのか想像してみたまえ。
今の日本は真の豊かさを享受できる環境にないというのが偽らざる実態だ。
広く深く、真の豊かさを享受する権利が全ての人にあると考えるべきだろう。
そうであれば、ボクたち木工家具制作に従事する者の責任は明らかであり、また強い動機付けもそこに求めることができる。


日本にはモノヅクリの伝統的な文化があり、これらの多くは世界に誇るべきものだ。
わけても木工の技術体系はもとより、生活環境にもっとも近いところにあった木材というものを様々な道具、調度品、あるいは美術工芸品として使い、また愛玩してきたのが日本である。
確かにここ数十年の間に、こうした様々なものが生活周囲から消えゆき、薄っぺらなプラスティックに代替されていってしまったかもしれない。
しかしこうした状況は他の様々な事象と同様に、大きく再検証され、問い直されてきているというのが、現在の社会状況なのだ。
いよいよ、自然素材を用いたモノヅクリの再評価というものがトレンドであり、ボクたち木工家具制作関係者の社会的責任も大きくなっていることを自覚したい。
米国のサブプライムローンの破綻に発する経済危機は、一気に世界金融市場を疲弊させ、全世界をどん底に陥れている。
ごく一部の無自覚な強欲資本主義者どもの暴走とはいえ、その衝撃はあまねく全ての人の頭上に降り注いでいる。
確かにこうした状況下、経済活動は困難を強いられる。
新たにスタートする方々にはお気の毒としか言いようがないようにも思う。
しかしこの危機というものは、世界史的な文脈で考えたとき、新しいスカッとしたパラダイム(概念や思考の枠組み)を引き寄せるための、全ての人に与えられた試練なのだ。
腐りきった経済環境、人が人として当たり前に生きることの困難な社会、こうした様々な悪弊を捨て去り、新しい枠組みを積み上げていくことでしか乗り越えることのできない困難であることを知って欲しい。
数年後には経済は回復、などといった根拠のない戯言に踊らされるのは愚かなこと。
こうした時代だからこそ、自己を偽ることのない誇るべき職に就くことで、先んじて近未来を引き寄せる勇気を持って立ち向かっていって欲しい。
ただこの道は決して安易な道ではないことは隠さずに言っておかねばならない。
自然素材の木を用いた仕事だからといって、ア・プリオリ(先験的)に評価されるなどと勘違いしてはならない。
木は暖かいですね、手作りですね、などということで評価される時代は過去のもの、あるいは一部の勘違いでしかない。
近代社会を経てきた人々に供するには、それにふさわしいデザインと、倫理観、すなわちモノヅクリにおける誠実さと人への信頼感を与えるためのモノの品格というものがなくてはならないだろう。
これらは一朝一夕に獲得できるというものではない。
とりわけ木工というカテゴリーはより困難であることを自覚した方がよいだろう。
他の工藝、モノヅクリと較べても、より構築的であり、また技能という領域がものを言う世界だ。
当然にもそれを獲得するには相応の堅忍さと、また優れた能力も求められるだろう。
しかしそれにも増して要求されるのは冒頭に掲げた熱意と勇気である。
そうしたものに支えられ、多くの先輩、協力者に支えられ、勇気を持って、また新しい人にふさわしい謙虚さを持って臨むならば、あなた方の未来はきっと切り拓かれるだろう。
まずは鉋の刃を研ぎ、台を仕込み、そして精神を研ぎ澄ませ、頭脳をクリーンにさせ、若々しく溌剌とした気分で踏みだそう。

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • 大変すばらしいメッセージです。若者に対する言葉として書かれていますが、私のような初老の木工家とっても、大切な物を呼び起こし、また励ましとなりました。

  • マルタケさんからそのように言われるのは“こっぱずかしい”です。
    Blog読者にどれだけの対象者(新人)がいるのか分かりませんが、少しでも伝われば良いのですが‥‥。
    この4月、我々もリフレッシュしていきたいものです。
    コメントありがとうございました。

  • 先日、このブログで紹介いただいたJames Krenovの
    和訳本、mixiの方で、このブログと共に紹介しました。
    木工家具関係の3つのコミュに投稿しましたが残念ながら
    コメントを寄せた方は一人だけでした。
    どれだけの方が私の投稿を読んだかは分かりませんが
    日本では、まだまだマイナーなのでしょうか。
    マルタケさんの本と合わせて
    新人さんにも是非読んでいただきたい本だと思うのですが。

  • acanthogobiusさん、恐れ入ります。
    ボクはmixiなどにはアクセスできませんので、紹介の労を執っていただけるのはありがたいですね。
    このBlogへのコメントの少なさというのもアクセス数との多寡とは全く無関係なお寂しい状態を晒しているところですが、それもまたコミュニティーの諸相を表しているとも言え、なかなか興味深いテーマではあります。
    反省多としなければならないのは管理者自身にあるのですがね。

  • 追伸 !! acanthogobiusさん。
    あらためてアクセス解析を見ますと、04/01は普段の4割り増しほどの高いアクセス数を示していましたよ。詳細な解析をしているわけではありませんが、この数値はあなたの誘導の成果でしょう。

You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed.