工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

木工屋の日曜日は

裏押し
しかし梅雨真っ只中、強い雨が終日降り続いた。
こうした過度な湿潤環境では木工の業務も制約を強いられてしまう。
ところで木工屋の週末は皆さんどのように過ごされているのだろう。
ボクは完全OFFとはいかず、デザイン・設計、経理、顧客対策など業務上のデスクワークで追われるのが通常のこと。
そこに加えて、幸か不幸か住まいと工房が隣接しているので、工房に籠もってしまうこともある。
何をするかというと、機械のメンテナンス、次に取りかかる家具制作の準備、例えばジグを作ることなど。
そして道具の整備、主には刃物の仕立てなど。
昨日は地域の老婦人が亡くなられ、その葬儀の裏方としてほぼ半日にわたって費やされたので、日曜日の今日は工房に半日籠もって刃物のメンテナンスに精を出す。

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違い胴付き(ある仕口の場合)

違い胴付き1
「違い胴付き」という仕口はどれほど一般的であるかは知らないが、ある種の納まりにおいてスマートであり、活用する場は少なくない。
今回はソファの座部分の枠に用いる。
ここは座のクッション部が載せられるところであり、クッション性を高めるためのテンションベルトが張られる。
したがって、このテンションベルトの厚み×幅分だけ欠き取らねばならない。
今回は3×25mm.
この「違い胴付き」という仕口を使わねば、枠を組んだ後に、ルーターなどで欠き取ることも可能ではあるが、「納まり」という考え方からすると、あまりそれはスマートではない。
部材の段階でこの欠き取り仕口を施すことで、組めば完成、ということになり隅までピシッと段欠きが施される。
画像のように、今回は本来の「違い胴付き」ではなく、ややイレギュラー。
欠き取りがわずかに3mmということで、本来の「違い胴付き」は無理であるためだ。
本来は下の画像のようなものになる。

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なだらかな曲面の場合(鉋掛け技法)

曲面切削1
Top画像は3Pソファの正面の幕板の加工段階。(140W 2,050L)
この成形作業の途上。
シンプルな8,000Rの円弧
8mのビームコンパスを作り、工房の床にセンターポイントを打ち込み、加工材の方は道路にまではみ出させ、やっとのことで墨をする。
後は帯ノコでプレカット。
次に仕上げは手鉋。
うちではこうしたところは型板を作り、縦軸面取り盤(Shaper)あるいはルーターマシーンで倣い切削するのが一般的だが、今回は1枚だけなのでいきなり墨付け、切削という工程になる。
さてところで、この円弧の手鉋での切削成形はどんな鉋を使うのが良いのか。
うちには反り台鉋が大小様々、いくつも用意しているので、8,000Rということであればこの中で最もなだらかな下端(したば)を持つものが良いだろう。
、というのは間違い。

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死後の世界とは(宮迫さんの通夜に参列して)

数100m東には相模灘が広がる伊豆半島東岸に立地する葬儀施設の大ホールには、告知時刻の10分前に到着したが、既に200ほど用意された席はほぼ埋め尽くされようとしていた。
宮迫千鶴さんの通夜の会場。
まさかこんな形で宮迫さんに再会しようとは思いもしなかっただけに、会場までの伊豆山中行はとても辛い行程だった。
3時間の行程、カーステレオに繋いだiPodから選んだソースは、モーツアルトのレクイエム、マーラー「巨人」の第3楽章、そしてベートーベン第7番、第3楽章。
午前中の仕事から通夜会場へのスイッチのためのものだったが、後述のような理由から余りふさわしくない選曲だったかも知れない。
喪主、谷川さん以外に知った顔はほんの数名だけであったが、贈られた花輪の札には出版社、新聞社、放送局などの大手メディアをはじめとして、著名な画家、アーティスト、あるいは各地域のギャラリーなどの名前が見える。
故人の生前の幅広い活躍と、交流の深さを物語るものだ。
あるいはこの地で爽やかな5月をアートで埋め尽くす「伊豆高原アートフェスティバル」の発案者、企画運営者として伊豆のこの地に移住した頃から、地元密着型で、かつ多くの美術愛好家を首都圏から招き寄せる仕掛人だったことから、多くの地元の方々の参列者も多かったのだろう。
故人の遺影は萌葱色のドレスに身を包み、おだやかな笑みを浮かべる美しい姿だった。
そして喪主、谷川さんはご長男とともに参列者のお悔やみにひとつひとつに丁寧に返礼されていたが、意外にも沈み込んだ姿というよりも、気丈に、よく皆さん来てくれたね、と言ったようなむしろ明るく接遇してくれていたのが印象的で、ただそれだけで会葬者にとっては救われる思いがした。
この意外さというものは通夜式辞の最後の喪主の謝辞によって明かされた。
宮迫さんの伊豆移住後というものは、徐々にスピリチュアルな世界を探求し、その方面への思考を深めていったことはよく知られているが、谷川さんからは彼女の死後の世界への関心と、これを確信するに至るまでの精神的な遍歴に触れ、宮迫さんは最後には「死は怖いものではない」「これを受け入れることができる」とまで語っていたことが明かされた。
どちらが先に亡くなろうとも、決して落ち込まず、またどこかで逢えるぐらいの気持ちで受け止めよう、という死生観で結ばれていたのだという。
これを聞かされるまでは、到底谷川さんのしっかりとした会葬者への振る舞いと、謝辞に込められた、宮迫さんの強いメッセージは理解が困難だったかもしれない。
しかしやはりそうは言うものの、喪失感はあまりにも大きい。あまりにも早く訪れた死期。
ボクなど俗物には、とても死を前にしてじたばたせすに受容しようなどという達観した地平に起つことなどはできるはずもないが、しかし宮迫さんの死生観の背景にある、生というものへの慈しみ、ものごとへの探求心、精神世界の豊かさ、他者への想像力といったものを今一度接近することで、その思いを継いでいくことができれば良いと考えてはいるのだが、
心からのご冥福をお祈りします。宮迫千鶴さん、ありがとう。
伊豆高原アートフェスティバル 公式サイト

iPhone 3Gとは何者?

「今、あなたは3番目のメジャーコンピュータプラットフォームの誕生を目撃しようとしている:Windows、Mac OS XそしてiPhone」
これはNew York Times紙記者、デビッド・ポーグ氏によるiPhoneの定義だ(WWDCで紹介された)。
〓SoftBankモバイルのiPhone発売に関しては、主要各メディアが相次いで詳細情報、あるいはiPhone国内市場への影響などの分析に大きな紙面を割いてきている。
かつて1端末の発売というものがこれほどに話題になったことがあるのだろうか。
対象にできるとすれば、やはり同じApple社のiPod新発売時の喧噪ぐらいかもしれない。
各メディアのWebサイトから収集すると、〓SoftBank社のプレスリリースでは判らなかったことがいくつか判明してくる。
販売は〓SoftBankショップ以外、Apple社でも家電量販店でも取り扱う。
8GB機種の端末代は69,120円、16GBが80,640円。
〓SoftBankではこれを割賦販売。月々の支払いを1,920円ずつ下げる特別割引を適用し、頭金ゼロの960円の分割払いとして、×24ヶ月=23,040円というわけだ。
これは他のキャリアに言わせれば、とても脅威なのだという。いわゆるスマートフォンのカテゴリーでは通常この倍額以上はするのだそうだ。
iPhoneの日本国内への上陸を幕末の黒船になぞらえたメディア記事も散見されるが、確かに日本においてはこれまでの携帯通信事業は、世界的に見てとても特殊な構造にあったようだ。

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悩ましい「パケット定額フル」(iPhone 3G契約条件)

〓SoftBank社より「iPhone 3G」販売にあたっての端末価格、および料金プランが発表された。
端末の価格はWWDCにおけるApple社による「iPhone 3G」発表時にすでに$199(8GB)と公表されているので、「新スーパーボーナス」とやらを適用させ実質2万3040円から(8GB)というのは妥当なところなのだろうが、月額5985円のデータ定額プラン「パケット定額フル」というのは、ボクにとってはいささか予想外のもの。
月額というのは、ホワイトプラン(基本使用料)980円、パケット定額フル 定額料5,985円、S!ベーシックパック315円、これらを合わせて7,280円という計算だ。
現在のケータイ契約キャリアはauなので〓SoftBankモバイルの契約システムは良く理解できないということもあるのだが、ホワイトプランというのは同じキャリア同士の送受信は1時〜21時までは無料、この時間帯外の通話、およびキャリアを越えての通話は21円@30秒とのこと。(これは国内キャリアでは相場?)
日本の移動通信のコストは欧米諸国のそれと較べても最も高価格なものであることはよく知られたところ。
ここにデータ通信プランの7,280円が加算されるというのは、ボクの現状のケータイのコストを大幅に上回ると言うことになる。
実は数年前までは展示会への出展などの環境ではau端末をiBookにUSB接続し、データ通信を頻繁にしていたことがある。
この場合キャリアとの契約は定額ではなかったので、確かにパケット通信料が異常に高く翌月届く請求書の額には驚かされたものだった。
そうした経験からも使い放題というのは「iPhone 3G」という機種の性格を考えれば必須のものとも思われるのだが‥‥、

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雨中の納品行

梅雨前線がもたらす雨は各地に大きな被害を与え続けているようだ。
この梅雨前線が日本列島を縦断しているど真ん中、今日は早朝から片道200Kmほどの横浜方面へ納品行。
工房を立つときは昨夜から止んでいた雨も再び降り始めていた。
しょぼしょぼした雨脚かと思えば、いきなりシャワーのような豪雨といったように定まらぬ勢い。
横浜での荷降ろし時間帯には障害になるほどの降雨は無いだろうとの昨夜来の判断も少し揺らぎ始めたものの、構わず東名を東へ。
以前より納品スケジュールを顧客と調整してきた結果、この日が良いだろうとのことで進めていた。
幸いにして駿河湾沖に眺望できる伊豆の山々は明るく照らし出されていて、胸を撫で下ろしつつもフルスロットルでトラックを走らせた。
途中、海老名SSで無線LANフリースポットを活用しMacをネット接続し、リアルタイムレーダーで確認すれば、伊豆半島にまで次の厚い雲が追いかけてきている。
求めたコーヒーも紙コップのラインが半分ほど口にしただけで、あわただしく再び運転席へ。
結果、横浜の顧客宅でのワードローブを含むいくつかの家具を降ろし、設置が終わった頃合いに雨が落ちてきた。
100Kgほどにもなる大型のワードローブは、ただそれだけで搬入は困難を強いられる。ましてや雨ともなると絶望的だろう。
顧客宅の床の間を飾る、古伊万里、掛け軸、木工藝の品々を愛で、オーナーとの暫しの歓談と昼食をご馳走になり、雨の中へと辞する。
普段の行いは決して良いものとは思えないのになと、妙な自覚をしているものの、家具屋の願いを聞き入れてくれたお天道様には感謝しよう。
帰路がどしゃ降りの大雨の中の走行であったとしても赦してやろう。
帰路、顧客宅の近隣に進出してきていたIKEAに立ち寄って見た。
視察というか、一度は訪ねておかねばならないところだろうからね。
聞きしに勝る大規模店舗であり、日曜という条件でもあったので、わずかに1時間ちょっとの視察であったがとても疲れた。
子連れの20〜30代のファミリーが多く、この渋滞をかきわけ歩くのが疲れてしまったということと、やはり見るべき対象の商品は残念なことにほとんど無かったということに尽きる。
しかしこれは木工家具としての品質という1つの座標軸から見た評価ではあっても、マーケティング、プレゼンテーション、販売システム、そして何よりも徹底した価格訴求へのあくなき追求という側面からは口あんぐりのもので、とても強い印象を与えてくれた。

宮迫千鶴さんのあまりの早い死去を悼む

今朝の朝刊で宮迫千鶴さんの訃報に接する。
ボクとは1つ違いの同年代の女性。
画家、社会評論家、エッセイスト、様々な肩書きを持つすてきな女性だった。
宮迫さんの生前の横顔、画業などはいずれ各紙論評が出揃うと思われるので、それを待ちたいと思うが、一時期親しく接してきた者のひとりとして感じたところを少しだけ触れてみる。
彼女の存在を知ったのは80年代半ばに話題になった『超少女へ』というエッセー集だったと記憶している。
したがって画家・宮迫、というよりも女性論などの領域の団塊世代の女性言論者という認識であったが、その後、パートナーの画家・谷川晃一さんと1週交替で、朝日新聞社から発刊されていた週刊誌『朝日ジャーナル』の表紙の絵を担当していたことがあり(数年間だったか、1年間だったか忘れた)、人と動物のアイコンのような谷川さんの絵とは異なる世界だったが、その底抜けに明るい画風のポップで現代的なハピーな世界が描かれていて、発行日が楽しみであった。
その後、仕事の関係から一時期親しく接遇させていただくこともあった。(下の画像はその頃のもの)
おふたりはいつもにこやかに寄り添いボクたちの前に現れた。谷川さんはキリッとしたジャケット姿、宮迫さんは渋めの色のロングスカートにシンプルなブラウスに色鮮やかで複雑な柄のショールを羽織り、大柄な身体を包んで、決して華美ではないがいつも美しく装っていた。
お二人のそのウィットに富んだ会話は周りの者たちを楽しげにさせてくれたし、突然ボクの手を握ってはOリングテストなどと言って、体調を気遣ってもくれる世話好きな人でもあった。
そして何よりも批評精神が豊で、様々な領域における問題への辛辣な批評はボクの心情とも共鳴するところも多く、楽しく歓談できたことが良い思い出として今も鮮明に頭をよぎる。
以前、このBlogにおいて触れたことのある陶芸家・小川幸彦さんと谷川晃一さんは同世代のアーティストとして交流も深く、小川さんの天恵窯において谷川さんがテラコッタを焼くということもあったり、また伊豆高原の林に囲まれたアトリエに訪ね際の迎えに出ていただいたおだやかな笑顔は、お二人の暮らしぶりの安寧と充実を見せてくれているようだった。
こうしたアーティストとの交流の傍にいさせていただいたことも美質への感性を養うに何某かの意味もあったのだろうと今になって思う。
よく知られるように「伊豆高原アートフェスティバル」の企画は、実質的にはご両人によるものだが、これは1アーティストとしての領域を越えて、一地域の社会的成員としての使命に促されてのものであっただろうし、若い頃からの芸術批評、社会批評の活動に培われた実践者としての横顔を見ることができる。
これは誰かに代替させて成しうるようなものではなく、やはり谷川+宮迫コンビならではの企画力と実践力であればこそだったろう。
しかしあまりにも早い死去。これからの画業、社会批評などの活躍が望まれていただけに、とても残念でならない。
心からの哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り申し上げます。
遺された谷川さんもさぞお力落としのことだろうと察して余りある。どんな言葉を掛ければよいのかも判らない。
合掌。
*画像
打ち込まれた日付を見ると16年もの月日が経つようなのだが、中伊豆の陶芸家宅で催された花見の会でのスナップ。
左から谷川さん、一人置いてartisan(なぜかスーツなど着ていたんだな)、宮迫さん。
よく呑み、良く話し、春の宴はいつ果てるでもなく続いた。
スナップ

鉋掛けの技量とは(追補)

Workbench2
昨夜記事を上げてしまってから、たいへんな内容の記事を上げてしまったな、と我ながら腰が引けてしまっていた。怖れを知らぬ未熟者め ! というワケだ。
木工においてその世界観の重要な位置を占める鉋掛けに関わる話しを、一片の短い文章で論じようという神をも恐れぬ暴挙と知らしめられたからだ。
さらに加えて今朝受信したメールトレイには、若い木工家から異論を含む感想が届けられていた。
これもとても示唆に富む内容の長文のものであり、ボクの足らずを補って余りあるものでもあった。
Blogコメントに投稿いただくことで公開されるのが良いと思われる内容のものだが、しかしBlogというある種の特有のメディアが持つバイアスを嫌い、筆者に直接届けるという方法を取るというのは、理解できないわけではない。
この「工房通信 悠悠」は、開かれた自由な空間として設置している積もりではあっても、長く運営してくる中で、やはりある種の傾向を帯びたものとして認識されてしまうということから免れない。
アクセスログの数に比し、コメント投稿の少なさがこれを物語っている。
現在の日本社会のある種の閉塞感、批評精神の低落傾向、すべからず軽薄なノリでの射程の短い言説の方を持ち上げるという傾向の反映というものもあるのかもしれない。
しかしいずれにしろこうしたことも含め自戒としたい。
さて、届けてくれた鉋掛けに関わる話しに直接的に応えるものにはならないかも知れないが、昨日の記事のある部分をもう少し丁寧に、かつ補強するべく、論考を続けてみたい。

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鉋掛けの技量とは

Workbench
10数年前に制作したテーブルを一旦引き上げ、あらためて少しデザインを替えて再生している。
脚部などは全く新たに制作するものの、天板だけは削り直して再生させる。
今日はこの天板の鉋掛けに纏わる話し。
うちのアシスタント(見習い)は、かなり鉋掛けには自信があるようで、このプロセスを任せてみたのだが、ある程度は削れるもののやはり途中で音を上げた。
まぁ、当然ではある。経年変化で少し反りが出ている。
ブラックウォールナット2枚矧ぎで90cmほどの幅のもの。
いかにウォールナットという材種が安定した反りの出にくいもので、しかも1枚が450mm幅のものともなれば良質で最高の条件ではあるのだが、しかしそのまま平滑にするのは決して容易い作業とはいかない。
全く新たな材料でさえ、なかなかやっかいな仕事だろうからね。
ここに反りが加わり、かつ細胞がうねっている杢がかったところなどはやや過度なサンディングもされているだろうし、より困難なものとなる。
そこで親方が代わり、この板に向かえば小1時間ほどできれいに削り上げた。
これは何を意味しているのだろうか。
未熟な職人とはいっても、小さな板であればほぼ必要とされる水準で削り上げる技量は持っている。それが彼の自信となっているのは理解してやらねばならない。
しかしある程度のボリュームを持つ板で、さらにここに反りが加わっていることでたちまちにしてこの技量の底の浅さが暴露される。

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