工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

春の芸術祭と社会講座と映画と

昨日はめずらしく業務から離れ、朝から終日外でを過ごす。
1つめは雨も上がったばかりでやや肌寒い小高い丘陵地にある県が運営する舞台芸術公園へ。
一帯の摘み取られたばかりの茶畑と、まばゆいばかりの木々の新緑、そして何の新芽が放つのか、強い湿った芳香が漂う中を縫って静大の学生らと思しき若い男女らとともに会場へと歩む。
たどり着いたのは舞台芸術公園の楕円堂という施設。
磯崎新による建築物だが、なかなか趣のある建築空間。
バブル期のいわゆる箱物行政とも指摘されたりするものであるが、舞台芸術の企画運営を主体とするところにユニークさがあり、比較的有為に活用されているようだ。
現在は宮城聰氏という演劇人に替わっているが、開館時よりこの芸術総監督を務めたのは「早稲田小劇場」を率いたかの鈴木忠志氏であるが、これをもって舞台芸術におけるその志向も伺えるだろう。(静岡県は全国でも有数の保守王国ながら、太っ腹な人選だ)
毎年この時期に開催される「Shizuoka春の芸術祭2008」という催し。
このプログラムの中には演劇、舞踏などとともに芸術、哲学、社会学などをテーマに、碩学、学究の方々を招き「社会講座」というものが企画される。
週末の開催なのでその気になれば参加できるのだが、今期は舞台とあわせ3本だけ予約申し込み。

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親方工房への訪問

ロールトップ部材
資材調達などの所用で静岡の街に出掛け、途中元親方の工房に出向く。
過日訪問された時に依頼された(というより、申し出た)ロールトップ(鎧戸)デスクの内部、宮部のデザインに関わる資料の提供のためである。
既に木取りが進んでいて1台の机用とも思えぬ分量の部材がきざまれつつあった。
ホンジョラスマホガニーを主材としつつ、ロールトップに当てる材料は、様々な色調の材種が積み上げられている。
象嵌のためのものだからだ。
ロールトップの仕様には様々な手法があるようだが、彼が以前制作したものは、琴糸でテンションを掛けるというものであった。
今回はさらに伸縮性が少ない、別のものを選択したという。
化学繊維の高度化は年々進んでいるようなので、そうした視点での選択なのだろう。
仕口などの話しで盛り上がっているところへ、TV局スタッフが訪れて取材の打ち合わせが始まったので、これを潮に帰路に就いた。
オンエアはは8月になってからだが、また詳細が判ったらお知らせし、ご覧いただきたいと思う。
全国各地域、様々な民放系列局の1局が放映する。(発見・人間力

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木工芸の背景に潜むもの

美術、あるいは音楽でも良いが、芸術を鑑賞するということは、その作品の背景にある作家性というものが見えてくることは多い。直裁にその作家性を解読することができるものから、一枚一枚と着飾った装飾を剥ぎ取らねばたどり着けないものまでと様々ではあるが、習作であったり贋作作家などは別としても、素直に作品に向かうのであれば、否応なくその作家性というものが作品とともにそこに立ち現れるものだろう。
ただ工芸というジャンルは少し様相が異なる。
工芸とは、様々な素材を通した表現行為であり、作家性というものも、素材の力を借りて初めて訴えることができるという制約、あるいは特性というものがあることは否定できない。
しかしそうした特性、あるいは制約の下にあっても、なおその制作者が何ものなのかということが立ち現れることは経験するところだ。
つまり素材というものをどのように理解し、これを培ってきた技法で編集し(調理し)、どのように造形させるかということは、やはり優れてその制作者の美意識、あるいは教養というものが対象化されるものだと言うことにおいては、大きくファインアートと異なるというものではないように思う。
こうした工芸の特質というものは、むしろ美的表現における1つの可能性として見ることさえできるのではないか。

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〈Leopard〉導入、その後

メインマシンPowerMac G5は空きのベイに500GB,HDDを増強。
これにMac OS X 10.5.2(Leopard)をインストールし、新たなOS環境下で運用しているがその後の経過を簡単に‥‥。
既に「Mac増強作業に関わる懸念は杞憂だった」で述べたように、それまでのユーザーアカウント、カスタマライズなどの環境を移行したことで、基本的には違和感なく使い続けることができている。
(全くクリーンな状態から1つ1つ構築すべきかな、と考えもしたが、膨大な作業量になることは必至なので、止めた)
前回も書いたように、新たなOSにはいくつかのソフトが対応していないので、それらのバージョンアップを強いられ資金投下も必要とされたが、ATOK、Photoshop CS などは当面あきらめ、MS Office2008ら必須とされるものに止めるなど取捨選択しながら、新規インストールしつつあるというところ。
アプリによって必要であれば、もう1台のHDDにそのまま置いてあるそれまでのOS Tigerで起動し、それを使えば良い。

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六日の菖蒲

ハナショウブ

5月は皐月(さつき)と呼ぶが、「菖蒲月(あやめづき)」の別名もあるらしい。
ところでタイトルの「六日の菖蒲」(むいかのあやめ)。
画像は庭の花菖蒲(ハナショウブ)だが、今日上げた理由は、この「六日の菖蒲」にあることはお分かりいただけただろうか。
5日の端午の節句に使うべきところ、今日六日に用意しては遅い、が転じて、時期を逸して役立たずの例え。
以前この時期、頻繁に都内で展示会をしていた時には、必ずこのアヤメ、菖蒲を飾ったもの。花器は水盤が良いね。
特段の理由があるわけでもないが、何故か好きな花。凛として、あでやかなところが好ましい
役立たずなど、とんでもない言いぐさ。
これから暫くは楽しませてくれるはず。
(Mac OS Leopard環境の人であれば、「スクリーンセーバー」を「Word of the Day」に設定して見れば、この言葉が流れてくるよ[今日6日だけかどうかは不明ながら])
〈閑話休題〉

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5月5日は・・

ミカンの花
今日5月5日は…、
立夏。二十四節気の1つだが、立秋の前日までが夏ということになる。
旧暦では4月1日。
これは「四月朔日」とも言われるように、月齢は「朔」でもある。つまり闇夜の新月(正しくは朔の後に初めて見える月を指すのだが)だね。
このBlogの右メニュー下部に置いてあるMoon Phasesを見ても判る。
また「国民の祝日」の「こどもの日」でもあるが、いわゆる古来から「端午の節句」と言われてきた男子の健やかな成長を祝う風習。
BS1の世界のニュースを見ていたら、韓国でも「こどもの日」が祝われているらしく、少し調べたところ起源はかなり遡るようで漢字文化圏一帯で広く祝われているようだ。
話題が拡散してしまったが、Top画像は庭の夏蜜柑の花。まだ咲き揃ってはいないが、数日もすれば一帯、甘い香りを放ってくれるだろう。
昨日エントリへのIkuruさんからの指摘に応じ、EF50/1.8での撮影。
雨交じりの曇天の中、ISO100、AV開放でなかなかよいボケ味。(クリック拡大)
そうは言ってもやはり白の諧調が平板だ。
(なお、このBlogサービス、1枚の画像データ、アップロードの制約100Kbまで)
薪ストーブ画像下のように今日は薪ストーブの片付けを始め、工房の夏へ向けての整備といったところ。
サクラの散る頃からは薪ストーブに火が入ることはほとんどないのだが、片付けはいつもこの時期になる。
11月初旬から、丸々半年間世話になったものを、綺麗にしてやり、工房2Fへと片付ける。
ここは以前鉄工所だったところで、ホイストも設備されているのでありがたい。
ストーブ仕舞い込みに替え、大型の扇風機を出す。
これからは木工職人にとっては疎ましい湿潤な大気との格闘の時季へと入っていく。

良いカメラが欲しい

侘助
画像は庭の侘助(別名:籔椿)
植え込んで10年近く経つが、昨年あたりからやっと良い花を咲かすようになってきた。
たいした手入れもしていないので咲いてくれただけでうれしい。
どのような色になるかも判らなかったが、思いのほか色の浅い薄紅色のものだった。
これはこれでとても美しいと思った。
撮影日をプロパティーから確認すると4月9日だが、咲いていたのは数日だった。
ツバキ類の花は、ボトッと落ちるのが特徴だが、これも気付かぬうちに落としていた。

侘助や 障子の内の 話し声

高浜虚子

ところでタイトルのカメラのことだが、現在所有しているデジカメではこの画像のような写真しか撮れない。
全く諧調が浅い。いっけんパシッとキレイに撮れているようでも、銀塩のような深い諧調が出せない。
もっと深みのある画像が欲しい。
17-85という高倍率のズームということでの画像品質の限界があるのだろうが、そもそもレンズ、カメラ本体(撮像素子、画像エンジン)いずれも限界なのだろう。
レタッチも下手くそなのかな(レベル補正+アンシャープのみ)。
これでは
ごめんなさい、侘助さん、ってな感じ。

freud丸鋸にみる丁寧な説明

仕口工房内は初夏の陽気。寒暖計の針は25℃を越えるところを指している。
朝まで残った雨も上がり、少し湿潤な大気。
画像はフロアスタンドの加工工程。
柱と脚部の接合部は70mmほどの幅、縦挽きの丸鋸への負荷はかなりなものになり、ぶれのリスクもあるので厚めの胴のものを用いる。
サイズは10″(=254mm)で十分だろう。
というわけで普段あまり使わないfreudのものを使う。
大きな負荷にもかかわらず快適に切削できる。材種もウォールナットという良材であることもこれを助けているだろう。
と、ここでふと何気なく丸鋸を見ると‥‥、
この丸鋸の胴には日本の丸鋸とは大きく異なるものがあることに気付いた。
テフロン加工がしてあるので濃い紅色をしているのは見ての通りだが、多くのテキストがプリントされている。
ここにこの丸鋸のスペックと並んで、用途の情報があるのだ。
freud丸鋸1
そう、先にエントリした丸鋸の選択についての記述を補強するような情報が表記されている。
まず上の画像は左が80枚チップの横切り(クロスカット)用。右は24枚チップの縦挽き(リッピング)用。違いは一目で分かる。(右の縦挽きはちょっと見慣れない逆向きの出っ張りがあるね。これはキックバック対策としてのもの)
しかもご丁寧に各切削内容についての適性が棒グラフとして表記されている。
下は80枚チップの方の拡大部分だが、(クリック拡大)
Rip Wood → Not Recommended
Crosscut Wood → 最も適するとして長い棒になっている.
freud丸鋸2因みにもう1枚の方は、Rip Wood だけが長く表記。他はぐんと下がっている。
説明も不要だと思うが、横挽き鋸で縦挽きしちゃぁイカン。と、強く警告していて、一方縦挽き鋸で横挽きは適しませんよ、と忠告しているものだ。
こんなことは職人世界ではイロハのイであるのだが、イタリアの工業製品における安全基準(あるいはEUにおけるそれ)がそうした表記を義務づけているのかもしれない。
確かに未熟練の工員もいることだろうし、こうしたことは悪いことではない。
日本でも丸鋸の使い方についての理解に到達しない未熟な人もいるかもしれず、キックバック対策のみならず、そうした用途表記を義務づけた方が良いのかも知れないね。
しかしこのfreudのテフロン、どうしてこんなにも赤くしなきゃいけなかったのかな。ハレーション起こしそう。ブルーでも良いと思うけど。
イタリアの工場労働者はまだまだ左翼が強いから?(そんなワケないか :爆)

現代短歌への接近

馬場あき子
先に上げた「人生はまだこれから」に掲載した馬場あき子の短歌に関わり「江戸の風に吹かれて」さんから幾たびものコメントを頂いている。
ありがとうございます。
コメント欄でこれに返すのもその制約上無理が多く、あらためて現代短歌について少しこの欄で考えてみたい。
コメントにも記したようにボクは残念だが短歌は詠まない。(詠めない)
でも好んで短歌集を開くことがある。
その対象は、物故者のものも含め戦後に活躍した歌人および現在活躍している歌人、つまり現代短歌が中心。
さらに言えば青年期、この世界に最初に興味を持たされたのが寺山修司のそれであったように、前衛歌人と言われる人のものが中心となっている。
例えば

海底に夜ごとしづかに溶けゐつつあらむ。航空母艦も火夫も

塚本邦雄(『水葬物語』1951)

歌のほかの何を遂げたる 割くまでは一塊のかなしみの柘榴

塚本邦雄(『豹変』1984)

日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係も

塚本邦雄(『日本人霊歌』1958)

木地師らのかよひし木の間木隠れの嘘かがよひて秋の水湧く

前 登志夫(『霊異記』1972)

サキサキとセロリ噛みいてあどけなき汝を愛する理由はいらず

君は信じるぎんぎんぎらぎら人間の原点はかがやくという嘘を

俺を去らばやがてゆくべしぬばたまの黒髪いたくかわく夜更けに

以上、佐々木幸綱

そら豆の殻一せいに鳴る夕母につながるわれのソネット

煙草くさき国語教師が言うときに明日という語は最もかなし

ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

寺山修司(『空には本』1958)

大工町寺町米町仏町老母買ふ町あらずやつばめよ

村境の春や錆びたる捨て車輪ふるさとまとめて花いちもんめ

寺山修司(『田園に死す』1965)

人生はただ一問の質問にすぎぬと書けば二月のかもめ

寺山修司(『テーブルの上の荒野』1971)

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山形から世界へ(奥山清行氏の挑戦)

「イタリア人以外で初めてフェラーリをデザインした男」・プロダクトデザイナー奥山清行氏による「山形工房」展開、その頂点とも言えるスポーツカーをともに制作した「モディー社」のジュネーブ・モーターショーへの出品までを追う。
今日(5月1日)のNHK「クローズアップ現代」だ。
奥山氏はカーデザイナーとして、その世界的評価を高らしめたニンファリーナ社を辞めた後、イタリア・トリノ、ロサンジェルス、東京、山形にオフィスを構える。
山形は故郷でもあるが、苦闘する地場産業に乗りこみ、歴史的に培われてきた世界に誇る職人技術を再生活用し、新たにデザインし、これを首都圏に売り込む、のではなく、一気にパリ、ミラノへと出展、評価を受けていくという戦略。
自動車、鋳物、染織、家具など、山形に古くからある様々な地場産業の職人技術を活性化させ、これを優れた世界的デザインで製品化し、世界へと売り込む。
いわばデザイナーとしての本来の職能、使命を全面的に展開している頼もしい男。
恐らくは国内展開では、その評価を受けるまでには様々なプレゼンテーションや、コネクション、人脈をたどりつつの、かったるい時間と経費を要して、しかしそうした代償の割りには受ける評価は必ずしも正当なものとはならない。
そこでいきなりパリ、ミラノへ出展し、魅力あるものを正当に、かつ「Modern Vintage of Japan」という味付けをキラー戦略として売り込むことで、ストレートな評価を勝ちとることができる。

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