工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

北欧モダン ─デザイン&クラフト─ 展

会場ファサード
昨日東京オペラシティー・アートギャラリーでの「北欧モダン ─デザイン&クラフト展」を観覧。
あらためて1950-60年代の北欧デザインを総覧させてもらい、その多様性はもちろんであるが、モダニズムという概念が喚起させる機能主義的無機質性への強い抗いというものを感じさせるとともに、プロダクトとしてのデザイン追求による優れたデザイン性というものが独自のモダニズムを造り上げてきたことを教えてくれるものだった。
ノルディックと言われる欧州の辺境の地にこうした希有なデザインが続々と生まれ出た背景も様々に語ることができるだろう。
過酷な気象条件を強いられる環境というものは、一方では急激な近代化を妨げる要素になっただろうし、長い冬と夜を過ごすことになる室内インテリアをはじめ、生活全般にわたって高品質なものを求めるという社会的要請もあっただろう。
また産業経済的にも必ずしも恵まれた条件にないところから、むしろその制約性というものをバネとして、限られた自然素材を活かすことで、過剰なものがそぎ落とされた清潔で美しい洗練されたデザインが産まれ出されたということもできるだろう。
デザインではとかく欲望が前に出たがるものだが、抑制の効いた、しかし個々のデザイナーの個性というものが生きているものたちだ。
この北欧デザインは当然にも、米国から英国へ、そして日本へと多大な影響を及ぼしていったのだが、例えば手作りのぬくもり、であるとか、アーティスティックなクラフツとして受け入れられ、それらの国のデザイナーも同様のアプローチで試みてきたに違いない。
しかしあらためて観覧させてもらった今に思えば、それらはどこか表層的で、あるいはファッションとしてのものでしか無かったのではとの思いは強くなる。
北欧デザイン図録

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“Happy Holiday”

虹
昨24日夜から世界各地で“Merry Christmas !”と愛と平和の言葉が交わされたものと思う。
キリスト生誕の地と伝えられるベツレヘムの生誕教会でもおごそかなミサが執り行われる。(「パレスチナ自治区ベツレヘム、クリスマスに向け準備着々」 / AFP
昨日、身内の法事で関西へと日帰りの旅をしてきた。
帰路、時間調整で駅前広場を望む岡山駅構内のカフェで1時間ほど過ごしたが、そこから眺めるメインストリートのイルミネーションはとても控えめのもの。
妻に言わせれば、いつも利用している地元の小さな駅前のものよりも侘びしいとの評価。
県庁所在地とはいえ、景気上昇気運の恩恵がまだ及んでこない地方都市であればこれぐらいで十分だろうと思ったね。
(時々、異教徒の)ボクにはおよそクリスマスというその信徒にとってはとても大切な宗教行事を日本のように商業主義一色に染め上げるクリスマスイベントなど、ローマ法王ならずとも(「ローマ法王、クリスマスの商業化を非難」/AFP)いささか嫌悪してしまうほどのものでしかないが、一方、年一回の「愛と平和」を惜しみなく語る日があるのは悪くないと思う。
最近のアメリカなどでは“Merry Christmas”に替えて“Happy Holiday”という表記、挨拶が一般的になってきている。
これは言うまでもなく、固有の宗教的な意味合いを薄め、宗教、人種、民族を越えて共に祝おう、という“politically correct”としての立場を示すもので、良い試みと評価したいと思う。
現代社会を荒んだ混乱した時代に陥し入れているのが、1つの価値観を他の共同体へと押しつける“暴力的”な権力行使であることを考えるとき、やはり世界の多様性をいかに認め合うかということがとても重要なことになってきているので、こうした一大宗教行事でのこの新たな捉え方は好ましい。
昨日、西へ向かう新幹線の車窓からは大きな虹が架かっていた。
別のところでも、と2回も観測できちゃった。
諸兄姉には心おだやかで、健やかな年末をお過ごし下さい。

2007最後の納品

ウォールナット、キャビネット
2007年も残すところ1週間と迫ってきた。
昨日は本年最後の納品および打ち合わせで雨の中終日動く。
最後の納品としては例年に較べむしろ早い方かもしれない。
しかしこの後、法事など欠かせない私事もあるのでまだまだ落ち着けるわけでもない。
そうか、まだ年賀状の準備さえ怠っている。
今年も晦日ぎりぎりま慌ただしいのだろう。
画像は納品した家具の1つ。数次にわたって制作させていただいている顧客への搬入設置。
ウォールナットのキャビネット。5×5尺ほどのもの。
外連味のないシンプルな造形と構成だが、丁寧でしっかりとした造りを心掛けた。
帆立は角面を蛇口でまとめ、4分板を嵌め込む。上下は1枚の通し。帆立左右はシンメトリー、左右扉羽目板(鏡板)も同様、シンメトリー。
天板は駆体側(下)に几帳面を廻すだけのシンプルな面取り。
台輪は蹴込み台輪(あまり仰々しいのは好きではない)
こうしたシンプルな造形のものはやはり木取りの丁寧さが重要となる。
柱(縦框)は柾目を持ってくるとか、シンメトリーの構成の場合、鏡板はブックマッチにするなどの。
またあまり俗受けするような加飾は好まない。
住宅の気品に合わせた調度品の品質が要求されると思うから。
ところでこのフローリング、最初はどんな樹種なのかとよく見れば、何とバンブー、竹の集成材だ。
素足で踏まれる床板としては硬すぎるのではと心配になるが、なかなか良い感じではあった。
Top画像だが、雨とあって太陽光線が望めないなか、ストロボを天井にバウンズさせて撮ったもの。やはり正面側の光量が足りず、良い結果を産まなかった。
室内でのキャビネット撮影の場合、ストロボ1灯では難しいね。
ホワイトバランスはまずまず。歪みだけ修整。

今年の風邪は?(明日は冬至)

枯葉
今日は2月に1度の呼吸器疾患(気管支喘息)の検診日。
とはいっても、胸部に聴音器を当て、薬の処方箋をもらうだけ。
後はドクターと数分間世間話。
隣の市立病院が保険医療適用外になってしまった顛末などに話しも及ぶが、深入りを避け辞去する
これじゃまるで高齢者の医者通いみたいじゃん。
でも今日はうっかり‥‥。
マスクを忘れてしまった。
待合室には多くの患者が一人で、あるいは付き添いと共に腰掛けていたが、そのほとんどの顔にはマスク。花粉症で爆発的に流行ったあの立体型よりも、じゃばら様のタイプのものが多いかな。
いやいやそんなことはどうでも良い。
そう、マスク着用が多いと言うことは風邪が流行ってきていて、呼吸器科に集まる患者は当然にもリスクが高いからだろう。
よく見れば忙しく立ち働く看護士の顔にも皆、無粋なマスク。こちらは自己防衛からのものだろう。
無防備のボクはいささか怯んでしまったね。
人の少ないところを探し、名前を呼ばれるのを待つことにした。
病院に来て風邪をもらったのでは笑い話にもなりゃしない。
普段、工房での仕事と、隣接した自宅での生活であるので、外部との接触は限りなく少ない。いわば無菌状態の環境下での生活であり、風邪も掛かりにくい。
しかしこの限られた行動半径での生活では抵抗力が着かないため外部へと出ればたちまち悪性の菌に晒されてしまう。
いや本当だよ。ボクが風邪を引くことはめったにないが、この禁を破るのはほとんどが東京などで雑踏を歩く、込み入った電車に乗車する、といった時に限ってだもの。
何を怖れているんだい、と言われるかも知れないが、喘息を抱えているとただの風邪というのもほっとけないのだね。
木工に携わる人はこんなひ弱な身体にならないように、作業中はしっかりとマスクを着用すべし。
下画像は病院敷地内に冬至を明日に控えるというのにまだけなげに残っていた紅葉。(ほとんどの紅葉は散ってしまっているのに、何故か1本だけ散り遅れている)
Top画像はこの木が散らした落ち葉。
紅葉

ウォールナット人乾材への憂い

ブラックウォールナット
Top画像はブラックウォールナット材をオイルフィニッシュしたもの
なかなか良い色調だね(ストロボでの撮影)
これは国内の材木会社より仕入れた人工乾燥材。
過去何度か記述してきたが、うちではブラックウォールナットについては基本的には原木丸太を求め、これを任意な厚みに製材し、乾燥管理して使っている。
一方、これだけでは十分に需要に応えられないので、製材品を求めることもある。
画像のものは5/4″板だが、1バンドル購入した中でも30cmを越える比較的品質の良いところ。
普通はこれで十分に満足すべきところだが、残念ながら色調においていささか納得がいかない。
既に気付いた方もいると思うが、辺材が心材よりダークな色調になっている。
この辺材は白太部分のはず。
今年1年を象徴する漢字に“偽”という字が充てられたというので話題になっていたが、ボクが勝手に調色したわけじゃぁ無い。
人乾工程のプロセスで、“調色”された結果である。
このバンドルのものは比較的高品質なものとし評価し求めたの。
無論この品質評価にはブラックウォールナットである以上、色の要素が大きかった。
人乾材としてはかなりのグレードとして評価して求めたものだ。
しかしこの人乾工程のプロセスでの“調色”は何とも憂鬱になってしまうよ。
白いよりも良いじゃないか、と言われれば返す言葉もないが、しかし本来の色調ではないのだよ。
白太は黒くなってありがたいものの、一方心材の本来の魅力的なウォールナット特有のあの複雑で多様な色調はあきらかに損なわれている。
でも何か、これまで経験したものとも少し色調が異なるように感じている。
人乾工程プロセスでの“調色”がヨリ上手になっていると表現したら良いのか。
なかなかナチュラルな感じではある。
ウォールナットはやはりすばらしいよね。
下げたり上げたり、と‥‥。
しかし日本国内で流通している乾燥材のほとんどすべては、この類(たぐい)。
米国市場でもほぼ同様なのだろうと思うよ。

こっそりTips(丸棒ホゾ)

あまり推奨できる方法ではないのだが、丸棒にほぞを付ける簡便な手法。
職人さんは誰でもやっている方法だろうとも思うので、かな〜り、控えめにこっそりと紹介。
たまたま残っていた丸棒2本の両端にほぞと、一部に欠き取りを施す必要が出てきた。
以前もプラグカッターで丸ホゾを付けるという記事を上げたが、意外と真芯にやるのはこのプラグカッターを使った方法では難しいもの。
しかし一方わざわざ滅多に使わない旋盤を引っ張り出してやるのも面倒くさい、という不埒な考えから、昇降盤を使っての超簡単なやりかたでやってしまう。
(旋盤が設備されている人は、こんな真似はしないように。正攻法でやるべし。)
丸ホゾ【丸ホゾ成形方法】

  • ほぞの長さ+αの幅のカッターをセットする
  • 外径とホゾ径の差の1/2だけ刃を出す
  • フェンスはホゾの長さに合わせる
  • 被加工材(丸棒)を三日月定規(Miter Gauge)とともにゆっくりとセンターまで押し進めたところで止める
  • 後はその位置でゆっくりと両手で回転させてやれば、 OK !

たったこれだけ。
回転刃の中心位置にぴったりと止め、丸棒の回転をゆっくりさせるほどにほぞの円周精度はより高まる。もちろん胴付き部位の精度も高い。
昇降盤の用途はとても広く、アイディア次第で様々に活用できる。
ボクの頭も加齢とともにそろそろ硬直化してきているかもしれず、機械活用の新しいアイディアがどれだけ産まれ出るかで職人生命も読めるのかな。
いやいや、一回りも上のボクの親方の場合、今も訪ねる度に新たな技法の発見に喜々としている。
人間の大脳の一部は進化し続けるんんだね。

DOMINO活用(脚部延伸)

Domino加工ちょっとした脚物の制作途上。
材種はまたウォールナットだが、脚の最下部は異なる材色のメイプルをくっ付けた。
こうした部位の接合はいろんな手法が考えられるが、今回はDominoでダボ接合とした。
3尺ほどの長さの脚なので、角のみでホゾを穿つわけにはいかない。
したがってダボの使用が一般的だろう。
今回のように40角ほどであれば、10φほどのダボを2本も入れれば良いかも知れない。
ただダボ専用機があるわけでもないので、位置決めは少し苦労する。
したがって、このようなケースではDominoの活用というのはベストな選択となる。

  • 位置決め(左右、および上下)がイージー、かつ高精度
  • ダボが一定のボリュームと幅寸法を持っているので、緊結度への信頼性が高い
  • Dominoダボ穴と、ダボ(Domino)の密着度がとても高いので、設計通りの位置関係の確保と、緊結度が高い

なかなか業務も忙しいので、Dominoの活用法をそれ独自にテストしている暇もない。したがってこのように必要に応じてトライしつつ、その機能の確認と、その結果をもって、さらなる活用法の発展へと繋げていければよいだろう。

今回は単純な使用法であったが、しかしこうした長手方向での接合こそDominoの独壇場と言えるかも知れないな。
組み立てでもこの脚、白色を着地部分に持ってきたのは如何かな?
逆なら引き締まって良い効果を産むんだけれど、膨張色が下だと、ちょっとね。
冬至を前にまだまだ慌ただしい師走の日々が続く。
*画像(上から)
1、2:Dominoでダボ穴を開ける。「Trim Stop」というアタッチメントを装填し、被加工材をDomino中心部に固定
3:Dominoダボ打ち込み
4:圧締不要なほどに緊結される。
下:組み立て途上
*参照
■ Domino ドイツ本国サイト
Dominoアニメ
Domino Video
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家具金物、供給源の先細り

キャビネットのデザインにおいて、最後に悩むのが引き手などの金具。
うちでも木製で自作して用いることも少なくないが、やはり本来のハードウェアでいきたい。
しかし現実には、アーツ&クラフツ、かつモダンティストと言った、少しわがままなデザインに合うものを探すのは至難。
国内で探そうとしても、あまりピッタリとくるものが無いというのが実状。
そうした状況下、救いになってきたのが「HÄFELE社」の金具群だった。
この“だった”というのは語尾の間違いではなく、明らかに過去形としてのものだから。
HAFELE引き手
「HÄFELE」という会社の製品は自社制作のものも多いだろうが、その膨大な商品群の多くは他の零細製造会社のものなのだろう。
その中にはとても良いデザインでかつ良く作り込まれた引き手が多かった。
長く家具の世界で生きてきた人の多くは既にボクの言わんとするところは分かってくれているだろうと思う。
クラシカルなデザインをソースに、これをモダンなデザインに昇華させたようなものがいくつものシリーズでカタログに納められていた。
そのいくつかについてこれまで使用してきたが、いつの頃からか、そうした商品群はカタログから削除され、廃番となり、それに替わりミニマルデザインというのか、あまり使いたいとも思われないようなものばかりがカタログを占拠している。
暫くは余分に買い込んでいたものが在庫されているので対応できるが、大事に使っていかなければならないとともに、新たな供給源を探さねばならない。
あるいは金型はあるのだろうから、ユーザー側の大量の注文であれば再制作してくれるかも知れず、状況によってはそれも射程に入れるべきか。
ここ静岡は家具金具制作メーカーも多く、シンプルなものでまとまった数であれば制作してもらえ、以前も天板などを駆体に止めるためのクランク型のコマ金具を作成したことがあった。
ただこのところの家具産業の衰退という状況下、こうした周辺産業の事業撤退も相次ぎ、これまでのようにはいかなくなってくるだろう。
過日、依頼された古材の箪笥に用いる引き手のプレゼンテーションをしたのが画像上。下はカタログ(部分)
*参照
HÄFELE
HAFELEカタログ

バチッと静電気の季節(師走の日曜日はあわただしく‥)

普段の日曜はできるだけ工場を閉め、デスクワーク、休養ということにしているけれど、今日は普段以上の作業量。
若い頃の激しい労働の日々を思い出し、一人ほくそ笑んだね。
むしろこのような労働も充足感というか、身体も喜ぶみたいだ。
程よい疲れが、アルコールとともに身に染み渡る感じ。
ここ両日雲1つ無い天気が続き、乾燥も進んでいるようだ。
集塵機のホースにダストが逆立って張り付いているのが良く分かる。
触るとバチッだものね。
先日NHKの「ためしてガッテン」でも、この静電気対策というテーマが取り上げられ、しばし注目させられた。(こちらで番組内容紹介)
静電気対策としてはこれまで濡れたハンケチなどを介して触ればよいとか、車ドアキーの場合、キーで放電させてから触ればよいとか、いろいろと語られてきたが、実はとても簡単でより良い対策法があった。
木(Wood)を介せば、徐々に放電してくれるので、人体への影響はごく小さなものに減じて、感度の高い人にもとても良い方法なのだという。
具体的にはキーホルダーに小さな木のタブレットなどをぶら下げておき、これを介して触れば大丈夫。
この番組、ちょうど食事中ということもあり、良く視聴させていただいている(不作法でスミマセン)。
医学、栄養学、などの分野では最新の研究データに基づいた番組構成が組まれたり、番組の取材を通して、共同研究の結果、新発見の成果を産んだりと、何かと有益な内容もあったりするから楽しく付き合える。
1民間研究所も、番組制作費用を持つNHKの助力を得てより高度な研究を進められるという経済的な背景もあるのだろうか。
インフルエンザも蔓延しつつあるようなので、諸兄も忙しい日々体調には気をつけていただきたい。

“手作り家具”と機械設備(その2)

機械設備の考え方

機械を使わない木工家

木工家具を制作するための機械設備はどのように考えたら良いのだろうか。
今日は導入編として、機械を全くと言って使わないある木工家の話から始めてみようかと思う。

以前友人に伴われ、ある木工家のところへと表敬訪問したことがある。これはボクが独立起業して間もない頃の話しだから17、18年ほど前のことになろうか。
この木工家は美大を出て、間もなく文化庁の計らいで国内留学で木工芸を学ぶ機会を与えられ、専門誌に作品を発表するなど将来を嘱望される優秀な人であったようだ。
聞いてはいたのだが、訪問してやはり驚かされた。
彼が持っていた木材加工機械は‥、何もないのだった。
せいぜい電動の丸鋸、ボール盤ぐらい。

ボクはただ目を丸くして、その木工家の静かな語り口に耳を傾けるだけだった。
そのほとんどの加工工程は手工具、道具でやってしまうのだという。
言うなれば修行僧のように木工という世界と向き合っている人だった。
わずかに20年という時間を遡るだけのものでしかないのだが、そうしたストイックな作家活動というのも存在し得た時代であったのかも知れない。
無論これは過去形で語るしかない。

その後、風の便りでは木工家としての生き方を捨て、その腕を買われて別の業界へと転職していったとのことだった。
この木工家を取り巻く生活経済事情などで、転職の背景を語らすこともできるかもしれないが、そんなことはボクにも、恐らくは彼自身にもあまり本質的意味のあることではないように思う。

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