工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

Randy Crawford 健在

昨夜、このBlog原稿を叩きながらMacのデスクトップでNHK BS2で放送されていた《東京JAZZ2007》を流していた時のこと。
小曽根真が率いるビックバンドも十分に楽しめたのだが、ある映像にあわてふためき、家人が見ている居間のTVのチャンネルをやや強引にBS2に切り替えた。
ランディ・クロフォード(Randy Crawford)がステージに現れたのだ。
久々に見るその豊満な姿。
その声の伸び、ツヤはさすがに往年の頃に較べると加齢を感じさせない訳がなかったが、しかしそのしゃがれた声質、バイブレーション、コブシなどブラックならではの天性の歌の力というものは、全く衰えるところがなかった。
放送で取り上げられた曲は「Almaz」(日本では「スウィート・ラヴ」かな)
この曲はリリース後、どうも日本のTVドラマのテーマソングとして使われたようなのだが、ボクはその当時全くTVなど視ていなかったので、恥ずかしながら最初に聴いたのは15年ほど昔のモントルーJAZZフェスティバルのステージ映像のものだった。(それまではその存在すら知らなかった)
Jazzバンドを従え、ステージ中央の椅子に腰掛けしっとりとしかし力強く歌いあげていたのだったが、その音楽空間にまるごと心臓を掴まえられてしまったようで身動きもできず、しかも不覚にも何やら訳もなく落涙すらしてしまうという体たらくぶりだった。
その後CDを数枚求め楽しんで来たのだったが、こうしてあらためて2007年のステージをモニターを介してであるが楽しめることができるというのはありがたい。

映像は何やらゲームのものなのだろうか。
YouTubeで「Almaz」を探すといくつかヒットするが、いわゆる盗み撮りらしきものばかりで、あまり音質が良くない。取り上げたものは音質だけはYouTube制約ではあるがましだろ。
Randyで最も人気のあるナンバーは「Street Life」だろうか。
こちらはスタジオ収録風景の良い映像があったので楽しめたらうれしい。
バンドは「Joe Sampleトリオ」

このような歌手にこそディーヴァいう敬称を捧げたいと思う。
■ Almaz
Randy Crawford - Every Kind of Mood - Almaz

柿の実と“平安”な街の賑わい


画像は説明など必要のない柿の実。竹ざるには様々な品種の柿が並んでいる
どこで撮影したかというと、2月に1度の頻度で世話になっている呼吸器科がある総合病院の受付。
事務員が飾ったのか、患者さんが持ってきてくれたものなのか。
こうして様々な柿が並ぶと、あらためて日本の自然の豊かさというものを感じさせてくれ嬉しくなる。
受診を終え、お昼のチャイムを背中に聞きながら帰路に就かずに街へと車を走らせる。
刃物の研磨屋、金具屋、道具屋、などいくつかの業者を巡る。
金具屋では漆仕上げの襖の抽手のカタログなどを見せてもらうが、価格はまさに時価だという。
値札のない寿司の値段ではないが、高級金物だけではなく、ここ数ヶ月あらゆる金具が高騰しているという。
地域では最も老舗のホテルNが経営するチャイニーズレストランで遅い食事。
めったに来るところではないが、食後Macでの作業があったので、少しゆったりした場所が欲しかったから。
高級レストランとはいえランチタイムなので価格帯も1,000円〜3,000円というところ。
サラダバー、スープなどはセルフ。それらを摘んでいると注文の品が運ばれてくる。味は申し分ないし、ゆっくりと食事を楽しむ。
デザートは10種ほどあるケーキ、プリン、杏仁豆腐などの中から好きなものを2品。珈琲とともに楽しむ。
何でこんなくそリアリズムで書くかと言えば、あらためて考えさせられたその客層について記述したかったから。
Macで作業を始めたのはよいのだが、高級レストランでの客とは思えぬ嬌声まじりのペチャクチャ、ぺちゃくちゃがうるさく集中できない。
ほとんどが中年のおばちゃま達。ざっと確認すれば8割ほどが女性。
チャイニーズレストランということでラウンドテーブルも置かれており、これが彼女らのおしゃべりには都合がよいのだろうか。
おとうさん達はしけたラーメン屋で慌ただしく済ます一方、お母さん達はゆったりとした高級レストランで世間話に花を咲かせる。
ま、おとうさんにはこの話は内緒だが、健康的で、平和な街の姿であることにはほくそ笑んでおくのが良いのだろう。
画像の一番小さな柿は「猿泣かせ」というのだそうだ。
猿も泣きたくなるほどにシブイという意。
生花などにあしらうとおもしろいのかな
断っておくが、何もこの「猿泣かせ」を話が弾むテーブルにデザートとして届けたい、などと考えた訳じゃない。

実りの秋2題 + α

柘榴
柘榴のあの独特の食感と酸味の中から感ずる甘みというものを味わうという機会は年に1度あるかどうかといったところだが、今年は逃さず食べたい。
と思わされたのは郵便局への所用で自転車で走ったコースにある住宅の庭先からこぼれ落ちそうに実った柘榴の実を撮影したことから。
まだ先っぽが弾けるまで1週間ほど必要だろうか。
栽培ものではなく数少ないからここの家主に請うても無理というものだろう。
柘榴は無骨な外観とこの濃い橙色が独特だし、また中のプチプチした小さな実も色鮮やかで、良く絵画の題材にも使われる素材ではないだろうか。
下は「ムラサキシキブ」。
これは栽培種で、正しくは「コムラサキ」と言うのだそうだ。
「ムラサキシキブ」の方は山野に自生し、実も小さいようだ。
四季おりおりに自然がもたらす、時に華やかに、あるいは渋く輝く花、果実はとても美しく、人間の営みに潤いを与えてくれる。
植物にとっては種の保存、DNAの継承のためのせいいっぱいの自己主張であるわけだが、これらは自然界の様々なものが与えてくれる豊穣さのその大きな部分を占めてくれている。
ムラサキシキブ
センス・オブ・ワンダー今年は『沈黙の春 (新潮文庫)』の著者レイチェル・カーソン生誕100周年にあたり、様々な催しが開かれているようだ。
アル・ゴア氏の『不都合な真実』も説得性のある警告の書だが、遡ること45年も昔に公刊された『沈黙の春』無くしては、この書もノーベル賞受賞も語ることができないのではないだろうか。
彼女の遺作(彼女の友人たちによって出版された)とも言える『センス・オブ・ワンダー』の方はとても小さな本だが「神秘さや不思議さに目を見はる感性」を海岸と森を散策しながら姪の息子に伝える美しいエッセーとなっている。
日本版には美しい写真も添えられ、装丁も行き届いているので、小さな子を持つ若い母親、あるいは中高生などへのプレゼントにも良いだろう。
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古材から水屋への変身

水屋水屋とはいっても、いわゆる水屋風の食器棚といったところ。
梁、桁から再製材されたアカマツ古材の再生によるもの。
帆立、扉の鏡板(羽目板)は天井板を削ったもの。天井板とはいっても6〜7分の厚いもの。上の階では、そのまま床板として使われていたものであろう。
もう少し重厚なイメージにしたかったが、古材への虫害はこれを許さなかった。互平(ごひら)* に木取った柱の見付もやや控え目な寸法。
柱も、扉框も、可能な限りに柾目で木取った。
古材はいわばフリッチ材のようなボリュームがあり、その分柾目木取りも可能となる。
主としては、アカマツらしい年輪豊かな表情(例えば支輪、台輪にみられる様な)を期待したかもしれないが、耐久性、構造的堅牢度など考えれば、柾目での木取りは間違っていない。
また見せ方としても、板目取りで、アカマツ年輪ギラギラではさすがにうるさい。
むしろアカマツの個性を少しく押さえて端正に見せ、支輪、台輪、羽目板などいくつかのポイントにアカマツらしい板目をあしらい、バランスを取る。
抽斗前板は追柾にした。
支輪日常普段に使われるものであるので、あまり過剰な木目は避けた方が良い。
与えられた諸条件のなかにあって、如何に気品高い良い家具を作るかは、木取りによってほぼ決定づけられてしまう。
これは有限な天然資材を素材とする木工というものづくりの宿命であるし、またおもしろさでもある。
*注:互平(ごひら)という漢字表記について
碁平、五平、などと、どうも“ごひら”という呼称の漢字表記は様々で確定的なものが無いようだ。
どなたか、その用語のルーツなど詳細を知っている人に教示を仰ぎたい。

大黒柱からの華麗な変身

ヒノキ座卓
古材での仕事は、断続的にまだまだ継続されている。
この座卓はこの“事業”の道半ばでの段階で納品させていただいたもの。
然るべきところに置かれることで、古材から再生されたものとは思えぬ良い納まりと存在感を与えてくれ安堵。
新築された顧客の神殿の間に安置され、主にも喜んでいただく。
元は8寸近くのヒノキの大黒柱。
これを4枚に開き、天板その他、脚部に用いる。
天板に散らばっている節を見て「こんなにも節があったのかな」と意外感を吐露されるので、柱は芯持ちであるため、節がたくさん出てきてしまったこと。柱の状態での表面は枝打ちをしたたために節は表れていないものでも、これを割くことで、どうしても芯からの節が現れてしまうことなどを説明し、納得していただく。
制作者としても苦労させられたところだ。生節についてはそのまま残し、割れなどには着色した上でエポキシを充填。死節についてはほぼ同様なイメージ、サイズの節を他の材から取り出し、埋め込む。一般に日本では伝統的に扇であったり、へちまといった文様の象嵌をすることで、諧謔的な意匠を施すことも多いが、ここは置かれる場所柄、そうしたことは避ける。
何よりも先代から住まわれた住宅構造材を新築された部屋の調度品として生き返ることの価値を見出してくれている。
現在の日本の建築に使われる材木では、残念ながらこうした願いは叶えられるものではないだろう。
座卓のデザインだが、神殿の間で使われるということであるので、「多足几」のイメージを提案させていただき、設計・制作されたもの。
悩んだのが多足の本数だったが、正倉院の資料を参照しても奇数、偶数、様々であったので、エイとばかりに九本とした。
多足几のイメージとはいえ、妻手側をなだらかな円弧状とした。
合わせて吸い付き桟、畳ズリ、および多足の配列も、同じRを付けた。
無論イレギュラーであることを承知の上で、あえて柔らかさを出すためにそのようにしたのだが、どうだろう。
面はいずれも角面を回す(厚み1.5寸の天板に1.5分)ことで。端正な仕上げとした。
閑話休題。
外へ出て見よう。乾いた夜の大気の向こう側に十三夜の月が神々しく輝いて美しいぞ。
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アーツアンドクラフツはいまだ人気が高い?

昨日同様FWW誌の同じアーツアンドクラフツ関連情報ページに家具様式の人気投票の結果が出ていた。
図はそのままいただくのは著作権問題もありそうなので、つたない自作による。
好みの家具スタイル投票結果
確認していなかったが、FWW誌によるアンケート調査のようだ。
投票総数もわずか794という数であり、編集でも「The poll is an unscientific」とその不十分さを自認しつつ「but, we hope, entertaining」と茶化してもいる。
投票された方々は恐らくはFWWサイトの読者、つまり木工に関わる人々とみなして良いだろうから、当然市場における人気とは異なるものとみなければならない。
ま、しかし一定の指標にはなるのだろうと考えたい。
*米語、不如意のため、間違った解釈があったらゴメンナサイ。

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黄金比

FWW誌は20年ほど購読してきたが、Webからの会員登録は今年になってからのこと。
登録後はHTMLメールが頻繁に届く。
FWW情報のみならず、HomebuildingCookingGardeningなどTaunton社の他のジャンルの媒体に関わる情報も含めてのもので、これらも楽しく見させていただいている。
さてFWW誌のWebサイトだが、英字であることでの困難さは仕方ないにしても、とても豊富なデータで有益なものが多いと感じている。
忙しい業務を縫っての覚束ないサイトチェックだが、それでも興味深い情報に接することができる。
またテキストだけではなく、画像はもちろん、ビデオでの提供も多く、FWW誌の再掲はPDFで提供されている。
PDFであれば、再利用での環境は申し分ない。
今日目にとまったのは、アーツアンドクラフツ関連の情報から「Quintessential Arts and Crafts」(#162)に紹介されている、キャビネットの寸法比率についてのもの。
03年の雑誌に掲載されたものだが、かすかだが記憶のかなたにある。
「DESIGNING USING THE GOLDEN RECTANGLE」とタイトルされた記事だ。
つまりa : b = b : (a + b)が成立するように分割されたときの比 a : bのことだね。
近似値では1:1.618
これをあてはめれば、とても安定したバランスを得られるということになる。
日本では黄金比と言われているね。
古代ギリシャの建造物から、美術品、また自然界にも見られると言われる。
レオナルド・ダ・ヴィンチの草稿にも知られていたことが記されているようだ。
キャビネットにあてはめれば 例えば横幅90cmだと高さは146cmということになるが、さらに上下を2分するとすれば、上の縦横比も同じく1:1.618(横幅を1.618に対し、縦を1とする)
つまり残る下は1:1、真四角ということ。
これがつまり「黄金四角形」(1:1.618という黄金比を持つ長方形は無限個の正方形で埋め尽くされる)ということだ。
ボクはこれを基準としたキャビネットを作った事はないが、興味深いものがあるのは確かなこと。
経験からも伝統的様式の飾り棚などを設計するときは、その全体のバランス、板厚などはとても気を遣うところだ。
こうしたことを意識化しつつ、しかしこれを微妙に、あるいは大胆に外すところから、新たな美しい比率を産み出すこともできるのか、いやいやそうではないのか。
さらにまた『ユークリッド原論』を紐解くことで、少しはキャビネット設計の水準も上がるのであろうか。

時には外へ出てみよう

昨日の“芸術の秋”話題の続き。
いくつかの展覧会をリストし、その中から〈バーナード・リーチ:松下電工汐留ミュージアム〉をピックアップしたが、他のものへも一言づつコメントをいれてみよう。
エドヴァルト・ムンク
ムンク美術館に所蔵されていた《叫び》が2004年に盗まれ、2006年にオスロ市内で発見されたことは記憶に新しいが、これに先立つ94年にもこの《叫び》が盗難にあうなど、事件がらみでも有名な画家だ。
後期印象派の影響を受けつつも、世紀末から新世紀にかけて独自の表現主義と言われる画風を確立してきた。近代の人間存在の〈孤独〉〈不安〉というものを表象させてきた画家として、近代美術界を代表する画家として人気がある。
公式サイトでは

今回の展覧会は、ムンクの作品における「装飾」という問題に光を当てる世界でも初めての試みで、オスロ市立ムンク美術館などからの代表作108点を一堂に展観します。

とのことだが、公的建築への壁画構想などもあるというので、新たな発見も多いことだろう。
岡倉天心
東京芸大の前身、東京美術学校の創設者の一人であり、校長も務めている。
数年前、芸大キャンパス内の美術館で、芸大ゆかりの近代工芸の先駆者たちの展示があった際に観覧させてもらったが、― 芸術教育の歩み ―というサブタイトルにあるように近代日本の芸術の黎明期がどのようなバックボーンから産み出されてきたのかを知る良い機会になるかもしれない。
また個人的な関心領域としては岡倉天心は『茶の本』(=『THE BOOK OF TEA』)だが、これに纏わる展示があるのか、どうか。
また竹内好から、タゴールとともに「美の使徒」として高く評価されたアジア的伝統としての価値観からみた日本の芸術文化というものを感じ取るきっかけになるかもしれない。(関連するシンポジウムもあるそうだ)
モイーズ・キスリング
この2月の国立新美術館、観覧の折の「異邦人(エトランジェ)たちのパリ 1900ー2005 ポンピドー・センター所蔵作品展」でも数点展示してあったが、エコール・ド・パリに集ったボヘミアンとして成功したユダヤ人画家だ。
少女像に人気があるが、陶器の肌のようだと言われる透明感のある裸婦がいい。
第一次世界大戦では志願して外人部隊に従軍し、負傷。第二次世界大戦ではナチスから逃れ米国に亡命。
時代に翻弄されながらも、大戦間の平和でおだやかで、そして華やかなパリで奔放に活躍した幸せな画家だった。
この府中市美術館は2度ほど訪ねたことがある。一度はアーツアンドクラフツに焦点が当てられた展示で楽しめた。
展示内容とともに思い出すのが、この美術館の駐車場に入ろうとして、通行人から呼び止められたことだ。
身なりは田舎のじいさん。どうされましたか?、・・・うつむき加減に「府中刑務所はどうやっていきゃ良いんかの?
重そうな荷物を持って、収監されている親族でも訪ねてきたのだろう。
地図を取り出して、親切に教えたのだったが、その後観覧しながら後悔したものだった。刑務所の玄関まで送るべきだったよな、と。恐らくはとぼとぼと歩いていったんだろう。
南方熊楠
粘菌の研究で知られる学者、ということになるのだろうが、それは彼のほんの一面でしかない。
博物学、フィールドワークを良くした民俗学者でもあった。
中央から距離を置き熊野の山中で粘菌の研究、著述に勤しんだ野の研究家だが、民俗学柳田国男との交流はよく知られている。神社合祀反対運動を起こしたことでも有名だね。(日本近代成立史上でも隠れたエポック)
ボクがこのクマグスに近づいたのは先年亡くなった鶴見和子氏による『南方熊楠:地球志向の比較学』(講談社学術文庫)からだったが、日本にもこんな知の巨人がいたんだ、という強い印象を受けたものだった。
私事ながら餓鬼の頃、奈良県の南端の陸の孤島と言われた山中に暮らしていたことがあったが、そうしたヤマトの裏庭としての熊野への憧憬もあったのかもしれない。
展覧会はクマグスに関わる様々な講演会、企画ものがあるようなので、良くチェックして出掛けてみたい。

秋たけなわ

コスモス
秋たけなわ10月も半ばを過ぎ、来週23日は二十四節季で「霜降」となるのだそうだ。
数日前からお天気も良く、工房の湿度計の針は40〜50%あたりを指すことが多い。
何をやるにも心地よい。無論木工も快適。
朝夕はさすがに冷え込むものの、日中鉋を持てばTシャツ1枚でちょうど良い。
ただ日が短くなってきたので、夕刻になると鉋掛けも木目の視認が難しくなってくるのは否めない。(老眼のせいだろうって ?!)
このような快適な時季はあっという間に過ぎ去るもので、信州などではそろそろ薪ストーブの設置も始まっているのではないだろうか。
北アルプスの山々の峰にも初雪が降りてきているだろう。
このところ業務が忙しく、残念ながら芸術の秋を堪能するどころではない。
いくつかの展覧会をぜひにとチェックしていたものの、そのほとんどはいけずじまい。
ムンク:国立西洋美術館
岡倉天心―芸術教育の歩み:東京芸術大学大学美術館
キスリング:府中市美術館
バーナード・リーチ:松下電工汐留ミュージアム
クマグスの森展:ワタリウム美術館
   etc.etc
因みに松下電工汐留ミュージアムで開催されている「バーナード・リーチ――生活をつくる眼と手」はまだ11月25日までの日程なのでチャンスはあるだろう。
民藝に興味もある方には見逃せない展示と思われる。
50年代末期の東京高島屋でのモデルルーム展示などもあるようだ。
リーチというと陶芸の巨匠というイメージが強いが、池田三四郎氏との交流の中で松本民藝への家具制作指導も行っていたことはよく知られこと。
このミュージアム、ルオーのコレクションが充実していたり、先の重森三玲の回顧展の展示もなかなか見応えがあった。
画像は所用で隣町に出た途上で休耕田1枚に咲き誇ったコスモス(秋桜)。
最近、キバナコスモスの栽培が多く見られるが、どうもあれはいただけない。
爽やかな秋の花というイメージにほど遠い(単なる個人的好みの問題にすぎないのは分かっているが‥‥)。

Mighty Mouseの不調と、Mac OS X Leopard リリース

昨16日、Apple.IncはMac OS X Leopard を10月26日に発売開始するとアナウンスしている。
ここでも以前触れたところだが、予想通りの展開のようだ。
Appleサイト,トップではデカデカと広報しているが、目立つのが発売までのカウントダウンのデジタル時計。Appleらしからぬいささか派手な演出じゃない?
300もの新機能が搭載とのことで大いに期待したいと思うが、その多くは既に6月のWWDCにおいて紹介されている。
このBlogでも新しいOS に搭載される新機能についていくつか紹介してきたが、加えて「日本語環境での新機能」というものが搭載されるとの発表もあり興味深い。
詳しくはAppleサイトに譲るが、美しいヒラギノ明朝の書体で季節折々の言葉がスクリーンセーバーで流れるように表示されるというのもウリになっているようだ。
“Word of the Day”というものらしい。
都市生活者でもないのに、歳時記などはとんと苦手な者としてはありがたいサービスになるかもしれない。
この“Word of the Day”、開発国の米国では果たしてどのようなものになるのだろうか?むしろそっちの方が興味があるな。
他に4種の辞書機能もデフォルトで搭載され、wiki の検索結果も同時に表示されるとある。
ただどうなのだろうか。ボクのMacは多くのユーザーがそうであるように日本語変換ソフトはATOKを使用している。したがって日本語環境の進化とはいっても、「ことえり」環境で無いとその進化に浴することはできないのかもしれないね。
他にもMacならではのコンピューター操作における快楽と、新鮮なオドロキを存分に楽しませてもらえるだろう。
私事ながら20年以上前のマイコン時代からコンピューターに深入りしてきた薬剤メーカーに勤務するWin使いの弟が、最近プライベートではMacを使ってみようかと言い出している。
ボクは全く薦めた訳でもないのだが、ショップでの操作感、フォントの美しさ、デスクトップの分かりやすさ、OSのシンプルさ、などに魅入られてきているようなのだ。
しかし恐らくある程度使いこなしが出来るようにならないと本当の魅力は分かってもらえないだろうから、Winとの些末な違いなどにストレスを覚えるのではなく、楽しくフレンドリーに使ってもらえば良いだろう。
さてところで、Mighty Mouseがうちにやってききて(こちらの記事)、早くも5ヶ月経過したが、最近スクロールボタンの機能が突如反応しなくなるということがあった。
聞いてはいたことなので、オドロキはしなかったが、やっぱきちゃったか、と言った程度の落胆。
あわてることなく、Appleサイトのサポートページからメンテナンスの情報を検索し、その通り清掃してみたら、ちゃんと再生してくれたよ。
ただやはり、1Weekに一度くらいの頻度で再発するようで困ったものではある。
仕事柄指先は綺麗ではないので、Macに触るときは手洗い励行を旨としている。
しかしそれでも起きるものは起きる。
この小さなボールで360°自由にスクロールさせるという精密部品であれば、この程度の不具合は許容するしかないものと、諦めた方が良いのかも知れないね。
どうも26日のOS X Leopardリリースと同時に何らかの発表があると言われるその対象が、MacBookの全く新たな更新、ということではないような雲行きのようで、半ばあきらめている。
08年1月15日と言われる年次のMacworld Expoまで待たされるのだろうか。
*参考記事
あなたのMacが、新しく生まれ変わる
Mac OS Xが好きになる理由