工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

敗戦から80年、日本社会の光景に想う 2

はじめに

敗戦後80年」ということで、新聞、TVなどでは、例年に無く様々な特集が組まれていたようですが、読者、視聴者からどれだけ関心が寄せられていたのでしょうか。

地下鉄運行停止で大阪万博の帰宅困難者が出たとか、伊東市長の百条委員会での不誠実な対応へのパッシングや、羅臼のヒグマにフォーカスされ、特集番組を制作したスタッフは番組の視聴率の低さに頭を抱え、今頃、始末書書かされているところかも知れませんね(知らんけど)。

8月ともなれば、6日広島8日長崎。そして15日に武道館での〈全国戦没者追悼式〉と恒例行事のように毎年、ルーチンで開催されるイメージ。
今年はキリの良い80周年ということで、例年とは気合いの入れようも違ったのだろうと思われますが、市民レヴェルでどうであったのかはお寒い総括がなされてしまいそう。

2025年という今年は、敗戦後80年ということだけでは無く。隣国、韓国との国交正常化をを果たす〈日韓請求権協定(『日韓基本条約』)〉からちょうど60周年にあたる年でもあるのですね。(明日24日、韓国のイ・ジェミョン(李在明)大統領を迎え、日韓首脳会談が開かれます)

あるいはまた、一部では〈昭和100年〉とも言われ、昭和元年は1926年12月25日から、同月31日までの6日間しか無いのですが、ともかくも〈昭和100周年〉は来年、2026年のはずで、なんだかサバ読んでません?。

さて、前回は戦争がもたらした悲劇、そして戦争トラウマが決して過去のものでは無く、今に課題を照射している状況というものを少し視てきましたが、今回は〈敗戦後80年の光景〉ということで、いくつか気になるところから概観してみたいと思います。

「石破おろし」を巡る奇異な状況

先月の2025参院選では与党自民党の大敗という結果に終わり、一月経過するものの、未だ大敗した自民党の選挙総括も終えていないようで、当面する政権の構造も見通せない異常事態に陥っています。

昨年秋の衆院選、今年6月の都知事選、そして7月の参院選、これら全の選挙において自民党は議席を減らし敗北しています。
衆参両院での少数与党という異常事態は日本の政治状況の潮目が変わってきていることを指し示す、重要な指標ではあるのでしょう。

これを受け、与党自民党内では(当然ながら?)「石破おろし」の政局になっていますし、他の野党もそれぞれに退陣を迫る論陣を張っているようです。
しかし、連携すれば自民の議席を超える多数を形成できる野党ですが、今のところそうした協調した政治意志は観られず、勢いや高揚感も感じられません。
そんな中、何やら維新が自民に擦り寄る状況があるようで、他の野党もこれに吊られ浮き足立つといった風。

野党第一党の立憲ですが、野党比較第1党のポジションにはあれ、参院選では大きく得票数を減らし、連合からは「党存続の危機」などとキツイお叱りを受けると言った体たらくで(朝日0821)、

維新も同様に議席を大きく減らし、前々回の衆院選では関西を地盤とする地域政党から全国へと躍進したものの、今般の参院選では議席を大きく減らし、また地域政党に戻ってしまったかのよう。
対し、国民民主党、および参政党は前述立憲、維新の票を大きく喰ったようで躍進(これについては後述…)。
ともかくも2025参院選がもたらした〈地殻変動〉的な政界地図の塗り替えは有権者の一人として小さからぬ緊張を強いるものがあり、目が離せません。


朝日世論調査 2025.08.20

ところで「石破おろし」ですが、これには奇異な感を持ちます。
なぜなら、昨年来の自民党議員の裏金問題に発する「政治とカネ」問題と、地べたでの物価高低賃金というどうしようもない鬱屈というものは、ここ10数年、安倍〜菅〜岸田と続く政権によりもたらされたものであることは明らかで、その結果としての今般の自民大敗であり、石破一人に責任を負わせるというのはいささか筋悪な話し。

朝日世論調査 2025.08.20

巷の人々の見立てもそこにあることが新聞各社の世論調査から共通して視られ、与党の一角を占める公明党代表からも「石破降ろし」に牽制掛けるように「石破支持」を表明するありさま。(朝日「首相辞任「必要ない」54%に増 内閣支持上昇36% 朝日新聞社世論調査」)

私なりにこの状況を一言で評すれば…、
石破政権の存立理由を定義づけるとすれば、「腐敗、腐朽する自民党政治に対し、身中から弔鐘を鳴らすために歴史的使命を帯びた政権として登場した」のでは無かったか、と言うことです。


首都の議会、国政選挙の結果、時代潮流としての自民党敗北があり、そうした状況へと道を掃き清めた石破首相ですが、今はそうした歴史的な使命をやり遂げつつある政権ですので、ここに至ってはもはや存在理由の半分は無くなっているという事になります。

さりとて、これに代わるシャッポに就く政治家がいるのかと言えば、残念ながら見出し得ていない…(後継候補の筆頭に小泉進次郎氏の名が躍っていますが、マジっすか 😱)、そうしたどん詰まり状況での政局の見通りの悪さ、ということなのでしょう。

「石破やめるな」デモ

ところで…、1つ、ここに面白い状況がありますので紹介させてください。
この自民党敗北の責任を巡り、石破首相の辞任を求める自民党内右派が沸き立っているとに対し、首相官邸前では「石破やめるな」のデモが連日繰り広げられていたというので、興味深く感じ入ったものです。

朝日新聞

既にお分かりかも知れませんが、このデモに起ったのは自民党支持者もいたようですが、むしろ立憲社民党共産党など、反自民の政治志向を持つ人々が主体だったようなのです。(朝日に参加者にインタビューを試みた興味深い詳しい関連記事があります)

この自民党内からの「石破おろし」は、多くの候補者が落選の憂き目に遭った裏金問題の震源地・旧清和会(安倍派)の若手らによるものです。

この「石破やめるな」のデモは、「石破おろし」を成就させ、党内力学で彼らが再浮上するとなれば、参院選で問われ、その結果としての自民党への批判の嵐の原因と責任の所在が、またもや うやむやになることへの非自民 有権者からの危機意識からのものと言って良いのでしょう。

曰く、

「政治信条を支持しているわけではありません」
「近年の自民党には稀な『言葉が通じる』政治家です」
「国会論戦で野党とまともに議論ができる」などと。(朝日記事より)

この珍妙なデモの記事に付けられた〈コメントプラス〉ですが、これもまたとても興味深いものがあるのでした。
(朝日『「石破やめるな」、首相官邸前でデモ 自民党内から退陣要求出る中で

先行して寄稿された、辻田真佐憲木下ちがや中北浩爾 ら男性の識者、政治評論を飯の種にしいている3氏が、「自民党に投票してもいないのに、今さら何を言うか」と口を揃えてこのデモを腐すのに対し、
その後投稿された女性5名は、逆にデモに起った人達の意を汲み、中には明らかに先行した男性諸氏の一知半解、ズレまくりを批判するのでした。
富永京子金暻和太田啓子阿部藹市原麻衣子、各氏です。

この見事なまでの男女の評価の対立は実に香ばしく、SNSでもかなり話題を呼んでいたようです。
テーマは何も男女の性差に帰因するものじゃなく、政治の一断章にしか過ぎない話しですよ。
にもかかわらず、この見事なまでの男女の対比はなかなか興味深く、嗤えてもくるのでした、

私はと言えば、後者5名の女性たちの論陣の方がはるかに説得力があり、自民党敗北とその後の「石破おろし」政治状況を的確に表し、より有益なものと感じ入ってしまったものです。

大衆の原像」(吉本隆明)への想像力

男ども政治評論家というのは、地べたの有権者の思い、精神の地層などへの理解は希薄で、既成政党の幹部連への取材を基に、エアコンの効いた部屋で机上の論を組み立てているだけで、リアルでダイナミックな政治の動きを見逃しがちなのかも知れず、その信頼度に疑念無しとしません。
首相官邸前に出向き、デモに起った人々に取材を試みての見解とも思えないのです。

生起している事象が政治評論家らの自己認識の枠外にあることで、これを「筋違い」と、切って捨てるという狭隘さというのか、彼らの精神の頽廃をこそ問いたいと言えば、少し言い過ぎだろうか ٩( ᐛ )و

いずれにしても、(吉本隆明 言うところの)「大衆の原像」というものへの視座がまったく欠けているのでは無いでしょうか。

比し、女性識者の場合は(抑圧された性であることを背景として)、政治思想の言論の場では傍流に扱われてしまいがちなところから、手垢に汚れた既存の思潮からは自由でいられるためか、より「大衆の原像」に近いところへのシンパシーから、キャッチ能力に優れ、「石破やめるな」デモへのポジティヴな評価も可能になっていたのではと思います。

後者の方から1つだけ紹介しておきましょう。

多くの読者の方から「男女の識者で立場が明確に分かれている」という指摘も見られましたが、実はこれは珍しいことではありません。1990年代までのアメリカの社会運動論でも、事実上、男性研究者が多く社会運動の戦略的・政治的側面に着目してきたのに対して、女性研究者が社会運動における文化的・感情的側面の重要性を指摘し、男性中心の「国家・政治中心的」社会運動論は限られた形でしか社会運動を見てこなかったと批判しました。(富永京子、立命館准教授)


さて、参院選結果がもたらす注目点は、やはり何と言っても、自民党敗北と対になる形でもたらされた、参政党の大躍進です。

得票数など詳細はメディアのデータに依るとして、自民党の得票率の減少分が、丸々参政党に流れてしまった感さえあります。
ただ注意せねばならないのは、出口調査などによれば、参政党の支持者の多くは、それまで投票してこなかった、いわば「政治の無関心層」であるらしいということです。
「無党派層」ではなく「無関心層」です。

つまり、これまで投票の権利を行使してこなかったような有権者の少なくない数の一部が参政党に投票しているようなのです。
中には自民党へと長年投票してきた有権者も、自民党の裏金などから、信頼を失墜させた結果、国民民主党や、維新、れいわなどとともに、参政党の魅力に投じたと言うこともあるでしょう。
いえむしろ、さらに詳しく統計的なデータから視ていけば、維新、れいわなどの支持者の票が参政党に流れたというデータがあるようです。

岩盤的な支持層ではない。少数野党のふわっとしたこれらの支持層は、政治状況、社会状況如何で、票は無定見に動くものですので、物珍しさも手伝い、誕生して間もない新党へと流れても不思議では無いのかも知れません。

次回に続きます

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