工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

小椅子2題

小椅子2題
ボクは欲張り。
さして能力があるとも考えていないが木工家具であれば何でも作っていきたいと考えている“うつけもの”。
つまりあえて言えばキャビネットメーカーと自認しているが、椅子なども良いものを作っていきたいと考えている。
数日前椅子の勉強会があったのだが、そこでの話し。
静岡という家具産地が苦手としている脚物、つまり椅子というジャンルを取り入れていかないとクライアントには見向きもされなくなってしまうという話しがあった。
タンスなどキャビネット類だけの展開だけで安定経営していけた時代はとうに昔の話し。
そのメーカーのオリジナルなデザインと、高い品質を提供できる生産態勢とともに、室内空間をトータルに提案できる総合的な力が必要という認識が高まってきているというわけだね。
うちのような小さな工房が同じような志向を持たなくても良いとは思うが、欲張りだから仕方がない。
椅子にあってもこれが工房悠の椅子なんだよと判ってもらえるようなものを作っていきたいと考えているが、今回は新たな顧客から複数のタイプの椅子の制作依頼があり、これが最後の工程、椅子張りから戻ってくることでやっと仕上げることができた。
主体は大小のソファであるが、今回はそれ以外の2種の小椅子について。
いずれ顧客の許しがあればあらためて撮影したいと考えているが、張りをフィッティングさせたところでワークベンチトップでのスナップ。
1つは座椅子、もう1つはスツール。


座椅子というのは、大変難しいジャンルだと思う。
以前もこのBlogで記したことがあったが、長時間にわたるある会議でのこと。
その部屋にあった座椅子に身体を預けて参加したのだったが、翌日ひどい腰痛になってしまった。
つまりとんでもない座椅子についての実体験をさせられてしまったというわけだ。
和室ではよく使われている一般的なデザイン、機能のものであったが、あれは“座る”という姿勢を維持するには、たいへん困ったデザイン、機能のものだね。
背当たり部分は腰の位置が後ろに下がり、肩に近いかなり高い位置で支えられることによる腰への過度の負担が身体に思わぬダメージを与える。
したがって今回はこうしたポイントを強く意識した設計となった。
ただ基本的には既に数100という単位で制作してきた、うちの定番の「座布団椅子」の基本デザインを受け継ぐものとなっている。
普段は新しいデザインの椅子であっても、原寸図の段階で徹底的に検討を重ねるものの、あまり試作はせず1発勝負のことが多いのだが、さすがに今回は試作をして座り心地を確認しながらの作業だった。
あの腰痛だけはごめんだからね。
一般的な座椅子とは異なり、シートハイがかなり高い。150mmほどもあるかな。
したがって脚を投げ出せば、自然とあぐらをかくこともでき、楽な姿勢が取れる。
また第3腰椎のポイントで支えることを意識して、背あたりの張りをを設計した。
今回はアームレスを複数脚制作したが、いずれまたアーム付きも制作する予定。
スツール2スツールの方はご覧のようにシンプルでモダンなデザインのものだ。
まず特徴的なことは、ご覧のように座板が左右に向かって円弧状になだらかなカーヴを描いていることだね。3,500Rほど。
何気なくラフスケッチの段階で鉛筆を走らせていて、このようなカーブを描いたのだが、大変なスケッチを描いてしまったものだと反省多であった。
わずかそれだけのことで制作難易度がめちゃくちゃ高くなってしまった。
ま、その分楽しみながらやれたから由としよう。
脚部は左右の枠組み(内法はちゃんとちゃんと面腰で坊主面を回しているしね)をハの字型に傾斜させ、当然だが前後の幕板も座板に合わせて円弧状にした。
つまり円弧の座を支える脚部というものは、デザイン的整合性を考えれば必然的にこのようなハの字型になっちゃった、ということだね。
脚部ハの字の傾斜はそれぞれ4度で、これと座の接続個所の傾斜は1度。
こうしたデザインの造り込みというものも、それを可能ならしめる制作スキルが無いとできないよね。
円弧状の外枠組みは3枚組み手で、左右の貫はほぞであるが、3,500Rという円弧を確保するための加工手法はなかなか楽しい仕事ではあった。
また同じく円弧状の座を納める段欠き加工もビミョウな楽しさがあったね。
脚部を連結する下の幅広の貫も座とは逆の円弧状とした。
果たしてそうした困難な手法をとって、どれだけの効果が産まれたのかという、いわゆる費用対効果からこうした評価をするのは、ボクに言わせればそれは粋ではないね。
そうしたところから語られるというのは、モノヅクリというものの本質の大切なところを否定することになってしまうような気がする。
ねらった固有の美しさを出すためには、少し困難な加工であれ、逃げてはいけないと思う。
とても美しい家具を見た時、全体的なイメージで捉えただけでは、実はその本質を十分に捉えていない場合が多い。
ディテールに近接することによって、その全体的なプロポーションの美しさを醸す秘密を掴まえることができたりする。
一般の人であれば概念的な捉え方で十分だが、やはり職業人であれば、その美の本質を構成している事柄にまで深く立ち入って見ることができるし、またそうでありたいと思うね。
先日も100数十年前のアーツ&クラフツ様式の美しいキャビネットを見る機会があったが、全体的なプロポーションの美しさの背景にある、木工仕口の精緻さにあらためて感服させられるということがあった。
いやいや、こんな小椅子でアナロジーさせるにはちょっと場違いな話しだったかもしれないが
丁寧に、綺麗に、そして快適に、楽しく仕事をすることは大切なことなんだ。

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  • 椅子はなかなか商売にならない、と言われる方がいます。
    どこも直角、まっすぐな椅子は簡単ですが、手を掛けて
    作っても、それが売値に反映させにくい、ということだと
    思います。
    「いわゆる費用対効果からこうした評価をするのは、ボクに言わせればそれは粋ではないね。」
    という心境に至るのは中々難しいことだと思いますね。
    話は変わりますがワークベンチきれいですね。
    私も樺材を大分、集め始めました。
    制作を始めるのは秋ごろになりそうです。

  • acanthogobiusさん、さっそくのコメントありがとうございます。
    椅子の市場というのも様々ですからね。
    ボクらの制作スタイルであっても、価格も含め十分に評価に耐え得るものはできると考えた方が良いですよね。例えそれがメインストリームでなくとも。
    やっつけではない、丁寧な仕事でデザインの良い美しいものを制作することで市場評価を受けることは可能でしょう。
    無論、良くお話しさせていただく、無垢で手作り、という属性だけでは難しいでしょうけれど。
    いよいよワークベンチ制作ですか。楽しみですね。

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