工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

ちゃぶ台(卓袱台)

ちゃぶ台2
子供の頃、父親が荒れて卓袱台返しをしたことがかすかな記憶の中に封じ込まれている。
普段は家族に優しい父親だったが、子らの幼い世界では及びもよらない心の闇のようなものがあったのだろうか。
おっと、「卓袱台返し」なんて言葉は初耳、という人も多いかも知れない。
いわゆる4畳半ほどの狭い空間で家族が食事をする時に使われる小さな座式の飯台、“ちゃぶだい”をひっくり返すという、今では映画の中ぐらいでしか見ることのないなつかしい光景。
さて‥‥

このちゃぶ台、日本固有のスタイルの家具だと思われるが、果たしていつ頃からこのようなものが作られるようになったのだろうか。

と、先のBlogでは曖昧に表現したが、大正時代の頃からなのだそうだ。
日本における庶民の食卓になじみの深い食卓の1種だが、1960年代半ばの頃から、いわゆる文化住宅と言われるような洋風の生活が現れる頃を境にして、消えていったものだね。
ところでこの“卓袱”(しっぽく)というのは、元は中国における食卓のことだそうで、このちゃぶ台も大陸伝来のものであるのかも知れない。
っとっと、このままだと半端な文化人類学的な考察に拘泥しそうなので、軌道修正して家具としてのこの卓袱台の考察を。
ボクが最初にこの卓袱台の設計図を見たのは、工作社(雑誌『室内』の出版社)から発刊された『和家具の工作・仕上法』という著書からだった。
後付を見ればボクの生年から数年後というかなり旧い発刊のものだが、恐らくはこうした類書は少ないと思われるので、貴重な書になるのかも知れない。(Top画像、背景の杢は今回のちゃぶ台の天板)
最初に発見したのは家具職人をめざし模索中の頃に訪ねた国立国会図書館の奥深い閉架からであったが、その後現在の地に工房を構えて後に同じものを知遇を得た先輩からお借りすることができ、コピーもさせていただいたものだ。
後付の定価を見れば250円となっている。当時の貨幣価値でどの程度のものかは不明だが、200頁にわたる文献で、資料的価値は少なくないものがあるのではないか。
さて、さっそく関係するところから引いてみたい。

食卓子
設計
‥‥‥ 食卓子には、その構造上から見れば、2種類ある。すなわち、脚部を作り付けにしたものと、必要に応じて組み立てて使用し、平常は容積を小さくして、片づけるに便利にしたものである。
前者は、応接卓子とまったく同一のもので、後者は、ふつう東京地方で、ちゃぶだいといわれる折り畳み脚の食卓子である。
甲板は1枚板でできたものがもっともふつうで、その形状にはいろいろある。正方形、矩形、円形、楕円形、同張形などが市場に多く見られる形である。
‥‥脚は作りつけのものはべつとして、折り畳み式の機構にはいろいろ考案されている。従来利用されてきた、もっとも簡単で比較的丈夫なものは起し桟によって脚を支持するものである。また脚部のみならず、幕板および天板も小さく、折り畳みできるように考案されたものもある。
材料
けやき・たも・せん・きわだ・くりなどが使用されるが、市場品はほとんどせん材を使用するようである。

確かにネットで検索すれば、様々な手法による折り畳み方式を見ることができる。
そのほとんどは廉価品の座卓に見られる折り畳み専用の金具を用いたものであるようだ。
つまり大正から昭和の時代にもっとも使われたと見られる、「起こし桟」を用いる方式のものはほとんど見つけることができない。
これは現在においては金具が容易に入手できることで、あえて木工技法、加工精度が要求される「起こし桟」方式は選択しないという実に合理的な判断とみることができよう。
再生を依頼してきたご夫人からは「本来の手法でなくても良いので、お任せします」とあったが、しかしそれではこれを制作した建具職人には顔向けが出来ないだろう。
とはいっても トホホ、制作経験があるわけじゃなし。
しかし日本の木工職人がかつて一時期、精力的に制作に励んだであろう、このちゃぶ台といううものを自身のモノとするための好機でもある、ということで制作に挑んだ。
テキストはあった。先述の工作社の本にも、少しの解説があるし、ありがたいことにネットにも制作プロセスを紹介したサイトがあった(「手作り家具、ちゃぶ台の作り方」
ちゃぶ台3加工法はそちらに譲るとして、ポイントを数点だけ記述しておく。

  • 寸法精度が重要
    枠(幕板)と、脚部、および「起こし桟」の寸法精度のタイトさ加減で、脚部の堅固さが決定づけられる。
  • 同様にこれを叶えるための重要な要素として、脚部回転軸をやや内側にずらす(工作社のテキスト、および「ちゃぶ台の作り方」詳述)
  • なお、この軸吊り(ジクズリ)だが、webサイト「ちゃぶ台の作り方」に紹介されているアルミ棒は有用と見て、これに従った。
  • 一方の「起こし桟」の軸吊りの方は、プラグカッターで成形する。
    1/2″サイズの超硬刃を持つカッターだが、ストロークも十分に出せた。
    他の部材はニレで木取ったものの、ここだけは耐久性を考えミズナラの柾目を用いたのだが、かなり堅いものの、しかし美しく成型することができた。
    当然であるが、この「起こし桟」の加工精度は重要。
    この胴付き寸法の出し方は、脚部を仮組した後に、それこそ0.2mmステップほどでフィッティングをチェックしながら行うのが良いだろう。
  • 4枚の枠(幕板)の接合だが、本来は蟻で組むというのが主たる方法であるようだ。事実、預かったこのちゃぶ台も蟻組である。しかし見事に破損していた。
    蟻残は本来は恐らくは接着剤を施さず、解体させることを前提とした手法であったのかも知れない(脚部を幕板にダボで軸吊りしてしまうと、そのままでは取り外せないからね)。
    しかし上述のようにスプリングとピンという手法を取れば、枠の解体は不要となる。
    したがってここでは3枚組み手で接合する。

ちゃぶ台4
なお、天板と幕板の接合は、コマ留め(参照)とした。(画像 中 幕板、天板接合部近くに見えるスリットは、このコマ留めのためのもの =1.8mm溝)
さて、今日納品させていただきこの再生依頼主のご夫人にも喜んでいただいたわけだが、せっかく獲得したこのちゃぶ台の制作スキル、今後果たして活用する場があるのだろうか。
そんな損得勘定は無粋というもの。
これは何もボクが墨守派だからということではない。
木を素材とする構造物における機構部というものも、一見合理的で堅牢に思える金具を用いることと、そうではなく木だけで、この機構を可能ならしめる手法とを比較検討すれば、墨守の方が決して非合理的とは思えないからである。
木と金属、一方の木と木、どちらが親和性が高いかは推して知るべし。
近代化、合理性とは、時に大切なことを失っていく過程であると言えるのかもしれない。
日本固有だか、大陸伝来だか知らないが、一時期、相当数が制作され、これなくしては近代化を歩んでこられなかった日本の庶民生活のある種のイコンである、このちゃぶ台制作を自家薬籠中とするのも悪くはないだろう。
ご夫人の素敵な笑顔を引きだしただけでも良いではないか。
ところで、この加工作業中、ボクはあらためて敬意を払った。
このちゃぶ台を制作した建具職人へだ。
果たしてこの職人がどれだけの数のちゃぶ台を制作したかも、他の家具も作っていたと考えられるが、それがどのようなものであったかも判らない。
ただ言えることは、かなりの手練れの親方であっただろうということ。
ボクも親方から良く言われたものだ、建具職の方が家具職よりも腕は良い、と。
この評価は恐らくは正しいと思う。日本住宅のあの洗練された空間美を構成する必須の要素が建具にあることは知っておきたい。
もう1つ。この甲板が1枚板であること。
工作社の本にも、1枚板であることが明記されている。
例え栓(セン)であっても、これだけの幅広のものを用いるのが一般的であるというところに、材木供給力において隔世の感を覚える。
今では容易には為し得ない奢侈品扱いである。
Webサイト「手作り家具、ちゃぶ台の作り方」の管理人さんにも感謝したい。
こんな粗雑な解説ではなく、微に入り細を穿つテキストなので、参考にすると良いだろう。
ちゃぶ台1

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • 今日はありがとうございました。卓袱台を何回もナデナデして感触を楽しんでいます。
    主人も喜んでいました。
    いろいろ、研究して下さったんですね。このことが何かに生かされるといいなと思います。
    技術の継承からいえば、修理前の伯父の卓袱台を見ておいてほしかったなと残念に思います。
    お疲れさまでした。ありがとうございました。
                  mitsuko

  • mitsukoさま、コメント頂戴するとは、意外な展開。
    良い勉強の機会を与えていただきました。
    感謝します。あなたさまと、この卓袱台の制作者(あなたの叔父上でもあるのですね)に。
    端正で品位のあるお客様の日本間におかれてみると、大きな座卓が鎮座するのも悪くはないですが、このか弱い女性でも簡単に片づけ、移動可能な(脚を折り、丸い天板をコロコロと)小卓というものは、いかにも日本の住まい文化の象徴的なものと思えてきました。
    ありがとうございました。

  • 題名の光景は「巨人の星」で見た記憶がありますよ(笑)子供の頃はうちでも使っていました。いつの頃からなくなったのか・・・。たためてしまえて便利でしたね。

  • kokoniさん、そのようですね「巨人の星」、
    家庭の暴君が卓袱台返しで暴発 !
    kokoniさんのお父さまは、そのようなことはされなかったでしょう。
    うちのオヤジは単なる酒飲みの暴発だったのかな‥‥。
    小心者のボクにはできません ^_^;
    このような暴君の属性で記憶される卓袱台の復権を !!

  • ケヤキにもこんな縮杢が出るもんなんですね。
    「和家具の工作、仕上法」は、以前artisanさんから古書の有益性の
    紹介があった時にネットで見つけて購入しました。
    確かに小さな図面には回転軸をずらして記載されていますが文章による
    説明はないようで良く見なければ見落としそうです。
    (私の注意力不足かな)
    アルミ棒にスプリングが載っていたのは「木工房花みずき」の手柴さんの
    サイトだったんですね。
    先日、名古屋でお会いしましたよ。

  • acanthogobiusさん、
    >以前artisanさんから古書の有益性の紹介があった
    そうでしたか、忘れていました(苦笑)
    >文章による説明はない
    確かにそのようですね。
    でも、この書全般に言えることですが、ポイントを押さえた解説がありますのでボクたち制作者にとっては類書が少ないだけになかなか有用です。
    >木工房花みずき」の手柴さんのサイト
    >先日、名古屋でお会いしました
    ネット公開ありがたいですね。
    お会いする機会があったら、よろしくお伝え下さい。

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