工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

「厚板からはじめよう‥」

昨日の「秋の兆しは‥‥」で、大気の変化による木工への障害について少し触れたが、今日はその補記的な内容。
加工中の机は框組の構造であるため、羽目板、いわゆる鏡板の木取りをしたのだが、こういう場合にも大気の状態が大きく影響する。
今回の場合は、小さなサイズでもあるので、鏡板の仕上がりの厚みも3分5厘(≒10.5mm)ほどとして、板目の2寸板から小割りして木取った。
板目を小割りする方法だと、板面は柾目となり、複数枚で相似形の表情が得られるので都合がよい。
鏡板の木取り以外では、扉の框を木取る場合でも、同じように厚板を小割りして取るのが良い。
扉の框の木取りには可能な限りに素性の良い部位を用い、経年変化にも耐えられるように作らねばならない。
少々の部位の環境変化などによる反張ではさほどの影響をもたらさない箱物とは異なり、平面構成の扉では木の反りが機能障害をきたし甚だ都合が悪いものだ。
したがって板目からではなく、目の通った柾目で木取るのが一般的だろう。
これには框の設計幅方向の厚みの板目の板を用意し、これを小割りしていくのが都合がよい。
結果、柾目で相似形の表情を持った框の部材を数多く獲得することになる。
框の板厚と同じ材木から、複数枚の柾目を木取ることは容易い作業ではないが、上記の手法であれば良質な木取りができるだけではなく、一枚の厚板を選木することで済ますこともできるのでより合理的であると言える。
さてところが、気乾比重まで乾燥させた材木ではあっても、この時季は材木の外周が周囲の環境、つまり湿潤な状態に陥り、含水率が上がってしまう。
しかし中心部まではこの影響が及ばないので、結果、断面においては含水率の勾配が生じることとなる。
したがってこれを切り裂くと板のそれぞれの面の含水率が異なってしまっていることで、カットが終わるやいなや、内部応力が解放され、いきなり反張が起きることとなる。
大きな塊から小割りにする場合は、こうした問題は避けて通れない。特に薄板を取る場合には甚だ具合が悪いものだ。
したがって、こういう時季にこのような木取りをする場合は、材料を再度気乾比重に戻すなどの配慮が必要となるね。
ストーブを焚いたり、太陽の力を借りたりと、Case by Caseでやるしかない。
本格的には、小型ではあっても乾燥機を設備すると良いだろうね。
ところで、この厚板から小割りして木取る、ということは、我々木工家にとってはとても有益な手法であることは知っておいた方が良いだろう。
ボクは自身で製材管理し、様々な厚みで在庫しているので、この手法を取ることが可能だが、制作ごとに材を購入する場合は、それぞれの設計に準じて厚みの物を揃えると言うことの方が一般的であろうと思う。
無論それでも良いし、その方が合理的なのかも知れないが、より高品質なものを制作しようという場合、どうしてもこれら購入した木の固有の表情に規定付けれられてしまうこととなる。
木という繊維を有する有機素材は、木取りの方向によって、様々な表情を見せてくれる。これは木という素材が持つ特有の魅力の1つである。
したがって、制作者が求めるある部位の表情(木理)を、与えられた材料から獲得するためには、その塊に立ち向かい、どのように刃を入れれば、どのような表情を生みだしてくれるのかという予見、洞察力をもつことで、ただ与えられた板面とは異なる、任意の木理を“造りだす”ことが可能となる。
無論、全てが読み切れるはずもなく、その行為は時として冒険となり、見事に裏切られてしまうことは少なくないかもしれない。しかし、それもまた木という素材の魅力とも言えよう。
良質な木工を志すということは、この最初の工程、木取りによって半ば決してしまう、ということは1つの真理であると思っている。
実はこのことをもっとも雄弁に語ってくれるのがJ・クレノフだ。
「厚板(plank)」からはじめよ、と。
著書において、何度もこのことについて熱く語っているが、ボクが参加させてもらった高山での短いサマーセミナーにおいても、強くその事が印象に残っている。
どれだけ木の内部を“読む”のかが勝負なんだ、と。
したがってまた同様に「再製材」の重要性についても度々語られているのだが、彼の工房でのバンドソーの操作は、それは見事なものがある、とはクレノフの工房に何度も尋ねた知人の話である。
このように自然素材を対象とした木工の工芸的アプローチというものは、やはり木からはじめるというのがキホンだということは常々自覚していきたいと思う。
ただクレノフ在住のカリフォルニアという乾燥した大地での木工とは異なり、日本という湿潤な気象に大きく影響される地域では、冒頭挙げたような意味に於いてこの木工の本質を追究することの困難さもまた、残念ながら強く自覚せざるを得ない。

《関連すると思われる記事》

                   
    

You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed.