フリッチ厚板(plank)からはじめよ
フリッチplank、つまり塊(かたまり)からはじめよ、とはJ・クレノフの遺した大切な考え方の1つだと考えているが、今日の話はそこまでの深遠にはほど遠いものの、木取りするときの大切なポイントであることに違いはない。
今、あるキャビネットの背板を加工しつつあるところ。
うちでは、この背板部分、様々な手法で納めているが、今回のものは框で組んでキャビネット背側に落とし込むという構成。
この框の羽目板、つまり鏡板の木取りについてである。
框の厚さは4分(12mm)、したがって羽目板は10〜11mmほどのもの。
こうした木取りの場合、例えば15mm厚の荒木から獲る、というのが一般的であるかも知れないが、そうはせずに、めちゃ厚い板、つまりフリッチ厚板のものから獲るのが良いという話しだ。
ここまで書いてくれば既にお分かりのように、その意図は同じような木理で複数枚の木取りをねらっている、ということである。
薄い15mmの板からでは、柾目で目が通ったもので無い限り木理を揃えるというのは困難を極める。
一方、フリッチ厚板であれば、その厚みにもよるが、かなりの枚数で木理の複製が並ぶということが期待できるというわけだね。
今回の画像のものはフリッチとは言っても、3インチ板の製品からのもの。
これはブラックウォールナットだが、探せば市場でもこの程度の厚みのものはある。
脚部用にと取り置いたものだが、このようなケースでも大いに役立ってくれるというわけだ。[1]
市場から製品を求めるのではなく、原木製材する際にも、このように厚く挽いておくことは何かにつけ使い回しが良いもの。
90mm、105mm、あるいは120mmと挽いておくと利用価値が大いに高まる[2] 。
フリッチ厚板でのメリットは、このように木理を揃えることに大いに寄与するということに留まらない。
木取り過程がとてもスムースに進む。
これはよく乾燥して、よく管理された、ということが前提条件になるが、帯ノコで再製材された板はとても歩留まりが良い。
つまり薄く製材されたものは、乾燥過程でとかく反張が大きく結果し、歩留まりが悪くなることは容易に想像できるだろう。
一方、フリッチ厚板は塊で乾燥されており、内部の含水率の傾斜は無視できるほどであり、ほとんど反張が起こらず、とても歩留まり良く、つまりは作業も快適に進むということに繋がる。
さてところで、今回の背板の框だが、当然ではあるが、框材そのものも幅+αの厚みの材料を割いていくと都合が良いことも、同じことを理由としてご理解いただけるだろう。
七夕の宵を裏切り、梅雨末期の激しい雨が続くが、次の二十四節気[3] を迎えるまでもなく、来週には入道雲の向こうに真っ青な空が望め、木工職人は大汗を搔いて猛然とダッシュをしていくことだろう。
*訂正
タイトルを含む記事中の「フリッチ」(Flitch)ですが、語彙として誤りです。
お詫びをし、訂正させていただきます。
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- 2010年のはじめにあたり
❖ 脚注
acanthogobius
2011-7-8(金) 11:22
これ位の厚みになると人工乾燥では内部までは乾かないでしょうし
内部割れのリスクもあるので、天然乾燥になると思いますが
何年位かかるのでしょう?
ブラックウォールナットは比較的乾燥しやすい、とは思いますが
それでも、やはり4-5年でしょうか?
個人工房でも今や、それができる所は少ないでしょうね。
artisan
2011-7-8(金) 20:58
厚板の乾燥は大変ですね。
私の原木製材ー乾燥管理の場合、1寸、1年という通常の年数の倍、天然乾燥させることを基本としていますが、ケースバイケースで、よく乾く場合もあれば、そうでない場合もありますね。
因みに記事中の厚板は製品です。つまり米国現地で製材、乾燥後に輸入され、市場で流通しているものです。
これは7年ほど昔に入手したものでした(私はバンドル単位で購入しますので、在庫しちゃうのが多くなってしまう)
>個人工房云々のお話しですが、
誤解を招きかねない話しになってしまいますが、誠実で良質な仕事に取り組んでいる方々の多くは、材料管理に相応の努力と資金投入をしているようですよ。
▼長期、安定的な制作環境を確保するためには、材木の手当、管理は必須の要件
▼受注してから材料を探すのでは、時間的、コスト的ロスが大きく、制作費用に跳ね返る
(失礼な言い方ですが)職業的木工家でもないacanthogobiusさんでさえ、材料の手当には相当の努力と資金投入をされていらっしゃいますでしょ)
たいすけ
2011-7-8(金) 21:39
plankの話ですねぇ。
artisanのようにフリッチを捉えているひとは少ないと感じます、つまり各寸法のフリッチから挽き割ったもので作られているものが意外に少ないように思います。
どんな木目で、どんな木味で、こんな材が欲しいから製材(大割から自工房での製材まで含めて)するひとというのは(あくまで割合ですが)特に木工家に少ないのではないでしょうか。
フリッチ買いするひとは勿論、自分で原木から製材するひとでさえ、それを再度挽き割ったりすることなく、プレナーであがる寸法に加工して製品化する傾向が強いと思います。
きつい言い方をすれば、他人の判断による製材、角目だけに頼った木柄での木揃えが主流になっていると感じます。
もっとも、自己で材を乾燥させた経験値の少ないひとはとても3インチ材を12ミリに挽き割ることなど、やれようが無いのでしょうけれど、、。
フリッチからの製材とは真逆の手法になりますが、数年前、北陸のお寺の外縁の板を張り替えるのに、岐阜銘で6.4mの95㎝という欅を手に入れ、原木乾燥をギリギリまでした後に1寸3分厚に挽こうとしたら、製材所(岐阜の名だたる製材所ですが)の職工さんに「お前はど素人か」と言われました。製材に付き合って下さっていた銘木屋さん2件の親方が職工さんに「言う通りに挽け」と言って下さってなんとか挽けましたが、大割だと1寸1分の板が欲しいの場合これ位の木柄だと最低1寸5分以上、2寸程でも挽くのだと職工さんに後で聞きました。僕にとってこの時の原木はartisanのフリッチのようなもの、挽き割れる確からしさ無しではとても掛かれないですね。
余談ですが、artisanのバンド・ソーはいいですね、僕の所のはちょっと小さくて非力さが悲しいです。隣村で手押し式の台車の製材機を持っている木工屋さんがいますが、とても羨ましいです。
artisan
2011-7-8(金) 22:31
たいすけさん、軸組構法の建築、しかも数寄屋風の建築では木材の選木、管理はとても重要な領域でしょう。
さてコメント前段のご指摘は、J・クレノフ師匠が語るところとほぼ同一の概念です。
つまり、その木が持つ生命(いのち)をどのように引きだすかは、木工家の最重要な課題であると指摘し、そのためにplankから木取りしなさい、と語っているわけですね。
後段の再製材ですが、これは記事中では木理の複製とともに、歩留まりについてその優位性を示したのですが、確かにこれは乾燥状態、そして挽き割る時季に大きく左右されるということはあります。
今回は梅雨末期という時季ではありましたが、厚板にもかかわらず幸いにして含水率の傾斜が無かったようで、4分という厚みにしては、素直におとなしく挽き割ることができました。
おかげで今日のエントリにあるように板目2枚矧ぎで10mmの厚みに仕上がりました(皮部はやや反張しましたが)。
ちょっと別の視点で考えますと‥‥
現在の私たちの材木管理(市場の流通の在り方、購入の仕方、木工職人・大工の材木管理、木取りの手法、考え方など)の在り様というものが、やはり“コスト”として見なされていることの問題が背景にあるように思われます。
つまり、材木も他の工業製品の材料と同じようなマテリアルの1つとして扱われている、ということです。
極言しますと、森から切り出し、いち早く商品として市場に送り出す(=資金を回収する)、という考えかたとシステムにずっぽりとはまりこんでいる。
恐らくは、木の仕事というものはそうした概念とは少し違った、時間とコストを横目でチラチラ見ながらのルーチン作業ではない、“他の何ものか”、なのでしょうね。
木材資源が年々逼迫しつつある時代、こうしたこれまでの材木への関わり方というものも、変わらざるを得ないのかも知れませんね。
バンドソーですが、日立の75Fという、ちょっと恥ずかしいマシンです(画像が薄暗いのも、恥ずかしさ故?)
同じく、良いバンドソーが欲しいですね。
後段の製材のお話し、その場を彷彿とさせます。
再製材での厚みの歩留まりですが、幅と、長さにより大きく考え方も変わりますね。
私のようにチマチマした仕事をしている身では、建築材を扱うのはとても怖くてできません。
厳しい夏がやってきましたが、ご家族、お弟子さん、お元気にお過ごしくださいよ。
たいすけ
2011-7-9(土) 15:11
artisanの木取り、製材、加工は楽しそうです。ありきたりな言い方ですが、木と付き合っている感があります。それはひとえに経験からくるもの、経験無しで成功しようとすると、失敗を恐れて無難な、抑圧的な方法や考え方をとらざるを得ないのでしょう。イコール木材を工業製品や計画栽培される植物のように扱うという方法に繋がる気がします。
“他の何ものか”なる作業を傍から見させて頂いているのは幸せでもあり、羨ましくもあります。10ミリの板、むっくりといい感じですね。