工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

池澤夏樹〔責任監修+“空気感”を排す〕坂本龍一

皆さんはどんな音楽を聴いているのだろうか。
このBlogではほとんど音楽についてのエントリはしてこなかったが、普段は等し並みに様々なジャンルの音楽を楽しむ。
工房での手作業中には少しチープな音響装置からMP3に落とした音源を楽しみ、部屋に戻り、机の前に座ればたいていはMacを起動し、まずiTunes から気分によって好みの音源をクリックしてからMacでの作業をスタートするのが慣例になっている。
毎週水曜日にはiTS(iTunesが運営しているネット上の音源ストア)からメルマガが届き、気に入った曲があればこれをダウンロードすることも増えてきているので、恐らくは以前よりも音楽産業へのお小遣い投下は増えていると思う。
しかしこれほどまでに様々な音楽があふれかえる時代に、何を指標として選択したら良いのか混迷することもある。
今日の朝日夕刊では坂本龍一が、こうしたことについての自身の考えを披露してくれている。
「玉石混交の膨大な情報の中で、何が玉で何が石かが分かりづらい」
そうした問題意識から作られたのが「commons」レーベル
この夏にもレコード会社の枠を越えたところで、彼自身の責任監修によるCD全集『commons:schola』(コモンズ・スコラ)全24巻(CD24枚)をリリースする予定だという。
彼がこれまで聴いてきた世界の音楽で、1つの指標になるようにと、ぜひ聴いておきたいクラシックから民族音楽、ロックまでを網羅するコンピレーションアルバム。
ちょっと楽しみ。どのような選曲になるかはとても興味深い。
彼の問題意識は、指針のない時代にあって、何を選択するかが“空気”に左右されてしまってはいないか、というところにあるようだ。
「今はタレントも政治家もその空気に頼っている。イラク問題も米国の大統領選挙も、議論より空気」と、語る。
この記事の中で、同様なことを既に試みている池澤夏樹の個人編集による『世界文学全集』(24巻、河出書房新社)が取り上げられているのだが、期せずして昨日の朝日新聞朝刊オピニオン欄でこの池澤による小論があり、意を強くさせてくれる内容でもあったことで、興味深く読ませてもらった。


ところで、年初、このBlog運営にあたって、少し迷うことがあった。
文体について、である。
このことについては、既に4日のエントリで、そのまま継続するっきゃ、無いわね、と開き直り、またそれにはコメントに思わぬ同意を頂いたりと、心を新たにしたものだが、この昨日の朝日オピニオン欄での池澤の小論を読み、なぜか迷いは吹き飛び、胸にストンと落ちた。
池澤夏樹氏による『政治と言葉』という論考。(残念だが、asahi.comには掲載が見られない)
誤読のそしりを受けるかも知れないが要約すれば、現代日本の言語生活というものは商品の説明に使われる「コピー」の如くに“軽く”、“やや大げさに”、“時として嘘を含み”、“派手で”、“魅力的”、なのだが、それはしかし、信用のならない言葉になってしまっている。
池澤はこれをさらに政治への不信を招いている要因の1つとして、いくつかの事例を挙げ、嘆く。
「軽い商品的な言葉に対して、重みのある実質の言葉をぶつけていくしかない。それを重ねて政治家を教育するしかない」
「国の責務の第一は国民の生活を保障することである。その場には[コピー]の文体が入り込む余地はないはずだ。幻想ではなく現実としての政治を奪還しなければならない」
と結語する。
個人的にもこの芥川賞作家の著書、エッセーを好み、同様に様々な形でボクの心象形成に大きな影を落としているテオ・アンゲロプロスの映画の全ての字幕を担ってくれたことなどからも思い入れが強いということは否定しないが、その国境を越えた活躍と国際的評価からは、やはり現代日本において希有な知性と認めるにふさわしい人物としてその言説には見逃せないものがある。
何もBlog界を同一平面上でみようというのでは無いのだが、日本のBlogのある種の特異性も、池澤のこの小論での指摘に符合するものがあるのではないだろうか。
「コピーの文体を追い出せ」という指摘は、今のよどんだ空気をクリアにさせる、いささか毒気のある、しかし有効な処方であるのかも知れない。
坂本龍一と池澤夏樹、世代は少し離れているし、異なるジャンルの2人だが、彼らが投げ掛けるこの日本のよどんだ空気の異様さを少し攪拌させ、クリアにさせようという試み、とても大切なものであるように思える。
*参照
■ 坂本龍一 公式サイト
このサイト、音楽好きな方であれば、Topにある「BRING THEM HOME」をクリックしてみて欲しい。(Piano+violin+cello)
彼のサイトは昔からよくチェックしているが、内容はいつも斬新だし、常にWebの先端を行っているので、実験的でテクニカル的なおもしろさでもクールで秀逸。(最近はとてもおとなし気味)
思い返せば、Webという世界を初めて知ったのも、10年ほど前のことにもなるか、教授へのTVのインタビューでのアメリカの実験的な試みの紹介からだった。‥‥
この音楽も教授らしさを感じさせるピアノだ。
別ウィンドーでのタイトル表示はFlashであろうが、音源に合わせ、静的ななかに動的なものをコソッと忍ばせクールだ。
しばらくばこの音源が耳から離れそうにないかも。
4分ほどの短いものだけれどエンドレスで流れるのがよい。
アンニュイで、どこか少し退廃的で、ブレヒトの戯曲にでも出てきそうな雰囲気を醸し、しかしやはりアジアのウェットさもあり‥。
Web世界というのは多くの問題を孕むが、しかしこのようなサイトにアクセスできるというのはやはりありがたく、もはや奪われることには耐えられないだろう。
■ 池澤夏樹 公式サイト
興味を持たれた方がいればぜひメールコラム(『パンドラの時代』、
→『異国の客』)の購読を ! お奨め。
現在はパリ郊外に家族とともに在住する池澤だが、パリを拠点としながら欧州全域をフィールドワークしつつ、時折帰国する。さらに時折メールコラムを送ってきてくれる。ただ本業が忙しいのか、旅に出てしまう虫がおさまらないのか、おそらく両方なのだろうが、とても長いスパンでの不定期な発行なのがいささか気に入らないのだが‥‥、(苦笑)。
* 追記
明日深夜、坂本龍一+役所広司出演の「ザ・インタビュー」というNHK番組があるようです。
シルク」という映画(フランソワ・ジラール監督)が19日に封切られますが、この映画の主役と、音楽監督という2人です。

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