鉋掛けという工程について(番外編・油台に関する考察)
Linkしている四日市の服部さんのBlog「ろくたる工房日誌」から、鉋の「油台」に関わる記述の記事にピンバック[1] が飛んできました(2016/02/20)
せっかくいただいたピンバックですし、良い機会ですので、あらためて1つの記事として上げることにしました。
油台にしたきっかけ
鉋の仕立ての初期の段階では、私は油台にしていませんでした。
その後、あることをきっかけとして油台の効用に目覚めたということがありました。
それは昨年103歳でお亡くなりになった静岡の斎藤さんという椅子制作のプロフェッサーを講師として迎えた静岡市主催の業界若手職人を対象としたワークショップでのこと。
斎藤さんは戦前、皇居の調度品などを手掛けている工房で修行し、戦後、地元の静岡に帰省し、個人の椅子工房を起ち上げ、地域では唯一と言ってよい、様式デザインの椅子を制作していた椅子職人、いわゆるチェアメーカーでした。
このワークショップにおいては、様式的な椅子ですので、曲面加工、曲面仕上げの工程がとても多く、小鉋、反り台鉋、南京鉋などを駆使することになったわけです。
私は一通り、そうした道具を所有していましたが、ただ経験が浅かったこともあり、十分に使いこなせず、初心者の域を出ていなかったのではと、思い起こします。
先生、斎藤さんは、頻繁に鉋の台に油壺を当て、油を引き、シュ、シュッと小気味よく削っていたものです。
確かに自身でも行えば、曲面切削で起きがちな摺動性の疎外も緩和され、スムースに運行することに気づくという経緯がありました。
その後、同講座参加者のキャリアの職人から「油台」なるものを教示され、小鉋全般にわたり「油台」にするということになっていったわけですね。(寸六、寸八の平鉋にはしません)
あらためて油台について考えます
「油台」にしたきっかけは以上のようなことですが、あらためて考えてみます。
服部さんの指摘につきまして、たぶん否定できるものは、ほとんどありません。
彼らしく論理的、あるいは木工作業における美意識から導き出された考え方のようですしね。
また執筆の動機(インターネット上の検索優先順位に「油台の効用」がヒットする嘆かわしい問題➡「工房通信 悠悠」の責任)も、当事者の一人として良く理解できるところがあります。
しかし一方、講座で示唆された油台、あるいは頻繁に油壺で注油するという切削作業における運行、摺動の補助的な手法としては、あり得るものであり、無視しがたい効用があるのも事実です。
つまり、このBlogでも過去何度か記してきた、職人的なアプローチである、作業効率性を重視するという思考からは捨てがたいというわけですね。
ただ、鉋に習熟してきますと、曲面成型におきましても、油台では無くとも、その求めるプロフィールを産み出す技能は獲得されるものでもあるのです。
つまり、老いて力を失いつつある職人であっても、熟練職人ならではの、自在に鉋を運行させるだけの技量と、力の伝え方は身体が覚えているというわけですね。
加えて、服部さんの「鉋は、油台にしないほうが良い 5 一応のまとめ」での刃口の仕立ては、全く同意できるところです。
油台の方法より優先されるべきなのが「刃口の狭さ」と「口埋め」
私は広葉樹種を対象とする業務が中心になりますので、可能な限りに鉋は裏金のある二枚刃の鉋を使いますが、一枚刃の鉋の場合において、逆目でも問題無く削れる台というのは、やはり刃口の狭さが重要であるわけです。
無論、裏金を利かせるのが逆目対策における必須の要請であることは論を待ちませんが、刃口の狭さを追求するということがまず何よりも優先されねばならないことは経験者であれば誰しも知る通りです。
「直使い」などと銘打った鉋には、最初から口が開いてしまっていることがあるものですが、そんな鉋は良いフィーリングで削れるはずもなく、最初から口埋めしなければならない羽目に陥ります。
地域の道具屋で買った鉋の刃口がいやに広いので困った顔で、愁訴されたものです。
「日本の道具屋はこんな程度か」って。
私の太ももほどの二の腕の太さを持つ彼の力をもってしても、刃口の開いた鉋では、良いフィーリングでは臨めない、ということですね。
「油台」の効用を、曲面成型などにおける摺動の補助的役割として評価させてもらったところですが、まずそれ以前に、刃口の狭さが大切であることは服部さんの考察の通りです。
鉋全般における最重要な考え方と言ってよいでしょう。
次ぎに、考察されるべき事柄として「口埋め」があります。
実はこれも刃口の狭さを容易に確保するものとしての効用があり、作業合理性を追求する私のような職人にとっては必須の方法です。(鉋台の調整を進めていきますと、やがては口は甘くなります。しかし、口埋めした場合は、これを押し出すことで刃口の再調整が可能となるわけです:後述します)
この効用は大いに評価されて良いところです。
さらに加え、曲面成型などでは、一般の平板削りとは大きく異なり、刃口に強いストレスが掛かります。
言い方を換えましょう。曲面成型などでは、一般の平板削りとは次元の異なるまでに、刃口への意識を集中し、重点的に力を加えていくことが肝要なのです。そうすることで、異形な板面の切削もスムースに運ぶというわけです。
そうした運行は、当然にも刃口への強いストレスを与え、結果、強く摩耗していくことは避けがたく、ここへの適切な対応が求められることになります。
摩耗する度に毎回毎回、鉋台を調整していくとすれば、たちまち台は摩耗、棄損し、本来の耐久性に大きな障害を与えます。
この問題を抜本的に打開するのが、口埋めという手法です。
口埋めに用いる材種は、一般には鉋台と同じく、広葉樹種の中でも硬質な樫材ですが、ローズウッドなども多用されるようです。(ローズウッドは黒く、刃の出の見極めが付きにくいという問題があり、調整が困難だという意見もありますが、私は全く問題ありません[2] )
加え、樫材、あるいはローズウッドという硬質な材種の「木口」を用いるわけです。
考えられ得る最良の用い方になりますね。
定量的に計測したわけではありませんが、普通の鉋台、下端の板面より数倍〜十数倍ほどの耐久性があります。
さらにまた、スライドさせる機構を有すれば、押し出すことで、新たな刃口が生まれますので、より恒久的であるというわけですね。
私の鉋のいくつかは訓練校在校中に求めたものも現役で働いていますが、こんなことが可能なのも口埋めがされ、耐久性が増したことに拠るからなのですね。
私は鉋のほとんど全て、反り台、南京鉋、小鉋はもちろんのこと、寸六、寸八の平鉋も同様でに口埋めしています(Top画像はそれらの一部)。
「油台」というのは、そうした手段を行い、さらに補助的に必要な場合に用いる、という優先順位であろうと考えています。
なお「口埋め」ですが、鉋によってはあらかじめローズウッドなどで口埋めされたものもありますし、例え、されていなくても、鉋台の仕込みから請けてくれる道具屋さんであれば、依頼すればやってくれるでしょう(できないということであれば、その程度のノウハウしか無い道具屋であると言うことになります)
もちろん、基本は自力で行うということになります。
「口埋め」の方法にはいくつもの手法があるようですが、簡便に木口では無い用い方で貼り付けるというのも見掛けますが、やはり木口側を用い、蟻状に指していくのが基本です。
また、この口埋めですが、あらかじめ接着剤で完全に接着させるスタイルと、木ねじなどで可動型にしたものがあります。上述の口埋めを押し出す、というのは、こちらのスタイルですね。
どちらが良いかというのは微妙で、一長一短があります。
私も両方のスタイルで使い分けています。
終わりに
「油台」に関しての実体験、および私見は、おおよそ以上になりますが、まぁ、こんな程度の内容では服部さんに再びお叱りを受けるかも知れませんね(彼はこのBlogの影響力を過剰に評価する嫌いがあり、インターネットの片隅でシコシコ更新しているにすぎない当人とすれば困惑するばかりなのですが・・・笑)
さて、ここ数回にわたり記述してきた「鉋掛けという工程について」は、鉋掛けという作業の意味づけについて考えてきたところところでしたが、鉋の仕立て、あるいは技術的なサイドからのアプローチでは、ぜひ服部さんの論考を参考にしてください。
今回の考察は服部さんからの鋭い指摘が契機となったものですので、ここにあらためて感謝を申し述べておきましょう。
もし関心のおありの方は、この場所(コメント欄)で結構ですので、ご意見を頂戴しましょう(服部さんのBlogには残念ながらコメント欄は設置されていませんが、彼も覗いてくれるでしょうから)。
《関連すると思われる記事》
❖ 脚注
- WordPressでのピンバックとは [↩]
- 光の方向と、入射角の問題 [↩]
キコル修羅ABE
2016-2-21(日) 19:58
油台にすると激しい削り物で損耗がた減りがで傷むのを緩和できる。
そのくらい手押し・自動の無かった時代は、大変な重労働でした。
東京でも油台が流行った道具店がありましたが、名古屋では、
九州出身の大工が多く、赤樫好みでしたから青山さんの
所では宮崎まで出かけて製材所で調達していました。
赤樫台は、白樫に比べると材質が少し柔らかく
滑り油拭きで使ったようです。
赤台は、洋風でカッコよく
年季がハィっているよう
に三重県です。
ようけ売れた
という。
も作の赤台は材料がよいのでついつい
沢山オーダーしてしまったので
一通りストックしました。
まるで道具屋です。
余計なことですが、赤台は刃先の見え
白台に比べコントラストが低い。
かんなこる少年より
artisan
2016-2-21(日) 20:40
ABEさんによる歴史的な考証に基づいた「油台」の位置づけ、
興味深く拝読しました。
確かに、機械化以前における手鉋の活用方は今とは全く異なるわけですので、
当然にも「油台」の効用もより広く、より一般的であったのですね。
上の記事での曲面成型に限定して、などという甘っちょろい世界とは隔世の感があります。
私も松本民藝家具で玄翁で叩かれながら仕込まれた口でして、
1日に甲板を10枚以上削らされ、毎夜毎夜、腫れ上がった上腕の痺れが治まらず、
ヤワな身体のまま、木工所の門を叩いたことを忌み、涙するところからスタートしてこの方、
近代以前の職人たちのスピリッツを隠し持っていることを、どこかで自負しているところがあります。
Top画像、左の2つめ、他いくつかは、名古屋・青山鉋店のものです。
赤樫の刃口調整は私の場合、ストレスでは無く、
口埋めにローズを用いるのも同様です。
余談ですが、この年齢にして、眼鏡不要で刃の調整ができるところはありがたいです。
キコル修羅ABE
2016-2-21(日) 22:31
台裏は、その人柄性格と仕事のクオリティをあらわにします。
赤台は、赤い色素が油気あり、数奇ですです。
赤身の濃い材が日本では少なく、はっきりした性格が
2000種もある木の世界でもいじめられり。
欅赤、浅田赤、槐赤ぐらいですかね。
このJAPAN風土は、曖昧な中間色、個性の少ない生き物が住みやす主流です。
この色系考察は、ぎろーばる視座で進めていますので、木ぶんがいいときに描きませ雨。
とこれで、
ロクタル山、あのガチョウラベル、美味しかった。
御礼が半年遅れで済みません。
artisan
2016-2-22(月) 08:22
テーマをより深化させ、あるいは敷衍させるコメントの数々、感謝いたします。
台裏は、その人柄性格と仕事のクオリティをあらわに
訓練校の生徒を採用する際、親方は実習室に上がり込み、応募生徒の鉋の裏を見て判断する、という話がありますね。
Japan風土の中にあって、欅赤、浅田赤、槐赤の特異性
浅田赤ですが、私の場合、類似しているミズメの赤が好ましく思います(白太とのコントラストのそれですが)
JAPAN風土は、曖昧な中間色
日本の伝統色には、日本ならではの細やかで、わびさびの精神が反映していて、大事にしたいと思いますね。
赤1つとってみましても緋、茜色、赤紅、苺色、今様色、臙脂色、柘榴色、朱色、猩々緋、深紅、蘇芳、蘇芳香、紅赤、・・・・キリがありません、疲れますw。CMYKで表せる全てに色名が付くのじゃ、と思わせるほどです。
しかし赤樫台に人気沸騰というのは、分かるような気がします。私の青山さんの1丁はお宝ですかね。(しかも、裏金は煙草包丁からの転用の刃ですよ)
赤樫台には確かに油気がありますね。
閑話休題
例えば独特の錆赤がスウェーデンの風土を表すように、日本の国土を表す色があるとすればどんな色になるのでしょうかね。
閑話休題2
ロクタルさんの食生活は知りませんが、珍味(古来からの伝統食文化のそれら)を渉猟しているらしいことは漏れ伝わってきます。
キコル修羅ABE
2016-2-22(月) 11:15
真っ先に 「朴」の鶯でしょうか。
artisan
2016-2-22(月) 13:17
日本の国土を表す色
そうなのですか。■■鶯色■■
淡く、少しダークな黄緑色。落ち着いた気品のある色調だと思います。好きですね。
(このBlogのBG色も、同系色です)
朴は古来から様々な用途に使われていていますね。レリーフ、版木、俎板、下駄、お玉、小函、器、等々。
キコル修羅ABE
2016-2-22(月) 11:31
ケンポ赤も鬱赤系でした。
200年生になるとダークブラウンへ。
此の木は、セルフキュアー臨死反応がはげしく
独特の鼻曲がりアロマはアラマーです。
南信の大木、神域の伐採木が手には入り
不思議な内科レセプトはだいぶ揃いました。
ケンポ赤も入れませう。
梨ではなく、疱瘡のような実からテンポ「ケンポ」
100年くらいでも、クラックがバリバリ。
水目も400年生は血色でしたが、乾燥と共に失われ
黄土色へ。
赤は、生命力があるようです。
artisan
2016-2-22(月) 13:21
〈ケンポ赤〉というのは全く分かりませんね。
「鬱赤」とはウコン(鬱金)からの派生?
ケンポナシ(玄圃梨)の類種(亜種)でしょうか。
・・・梨ではなく、分類学的には〈クロウメモドキ科〉?
出雲弁で「てっぺん」を指す「てんこ」から、「テンポ」
関連する呼称、あるいは色名が豊かに展開しているということは、
日本列島の材種の豊かさとともに、これを生活全般に取り入れ、使ってきた歴史を示すものでもあるのですね。
しかし、既に失ってしまったものも多く、さらに失っていく運命かも知れません。
キコル修羅ABE
2016-2-22(月) 21:28
けんぽなし 赤があるのです。
木口は、「神代桑」や槐に近いチョコいろ。
この赤の若木は朱系鮮血色です。
200 yrs.の神木は、いま観察中です。乾くと槐に近き。
画像はいずれま。
artisan
2016-2-22(月) 22:54
私もケンポナシは過去2本しか製材していませんので(いずれも木末:30cmほどしかない細いモノ)、残念ながら、赤にはお目に掛かっていません。
樹齢が無いと、赤にはならないということでしょうかね。
しかしそれでも、赤身は黄褐色、縮みもあり、照り返しのある美しい樹種でした。
例えば、こんなかな■■雄黄■■
桑材の代用というのも宜なるかな、です。
赤瀬川 紅白
2017-6-10(土) 11:41
はじめまして、赤瀬川と申します。
つい先日初めて拝見させて頂きました。
「油台〜」に関してですが、(取り敢えず寸八で試行錯誤中)
現在完全では無いのですが、鉋台は6×12㍉の樫材をPIボンドで集成材
として制作し、鉋台側面には2.5㍉厚みのステンレスフラットバーを
埋め込んで、台の巾方向にもステンレス丸棒(厚み2.5㍉)を入れています。
口埋めは、樫材スライド式(ネジ止め)とし、
その口埋め材選択は、木取りしてから狂いの少ないモノを探し
(完全では無いですが妥協して使用しています)
口埋めスライド式の”馴染み”には、ゴムボンド系のボンドを薄く
塗布しています。(ズレ難い)
「口埋め材と鉋台」は、木固めエースに”ドボ漬け”にして樹脂含浸させて
「動くなよ!」と祈りながらドボドボにしています。
その後、乾燥させ仕込み調整した後、台下端に「テフロック」を
数回スプレー(五ミリの距離からドボドボに)
この方法でなお、鉋台の動きを感じますので残念ながら勉強中で、
お客様に負い目を感じながら、仕事中に多少の台直しを行って作業
しております。 残念な状況てす…
追記、
刃口の大きさですが、小生は一枚鉋で、
マイナス 〜 500μ(6段階位で、刃口巾はスケール入りの顕微にて確認)
の逆目止め確認を行いました。
刃口巾が”マイナス”なのが一番止まり、鉋屑もキレイに上がりました。
しかし、話が長くなるので割愛しますが、総合的にウラ座装着に軍配が上がり、
刃口巾は、広い方が使い易く感じます。
僕の刃口は巾は、0.2㍉程をキープする事が良いように感じています。
刃口巾だけクローズアップしても仕方なく恐縮ですが、
兎に角、まだまだ不完全で、合理性に欠けた環境で仕事をして、
御客様に負い目を感じています。
(頑張って完全に動きを止めたく願っております、頑張ります!)
油台は、台が動く事と、仕上げ材面に油が付着するようで、後の油染み
の現れが心配で、断念致しました。
前述のやり方は、ソコソコの効果が有るので良さそうです。
刃口の減り方は少ないのも良いと思います。
答えが出てからオススメするのが本筋で恐縮ですが、
以後も頑張ってみます!
面白く勉強に成る記事を書いて居られるので、初めてこの様な
コメントを書かさせて頂きました。
今後も今迄通りの勉強に成る、小生の知らない木工に関しての記述を
発信して頂ければ凄く有り難いです!
続けて他の記事も読まさせて頂きたく思います。
敬具
artisan
2017-6-11(日) 22:24
赤瀬川さん、コメントありがとうございます。
鉋台を集成材で作られたり、口埋めの独自手法の発案など、研究に勤しんでおられる姿が彷彿といたします。
それほどに、鉋台の仕込みは奥が深いということですね。
どのようなお仕事をされていらっしゃるのか分かりませんが、機会があればまたご紹介ください。
ありがとうございました。
赤瀬川 紅白
2017-6-13(火) 18:04
丁寧に御返事して頂いて、ありがとうございました!
正直、鉋で悩みたく無いです… (笑)
早く悩みから解決したく頑張ります。
敬具
↓恥ずかしながら、本日ブログを復活させました。
記事の中に少し家業の写真を載せています、
まだまだ未熟モノで、情けなく拙いモノですが御時間有れば、
http://shitekiongaku.hatenadiary.jp/entry/2017/02/04/182736
更に現在、鉋の名称整理を行っています。
気が向けば最新の記事に関して、御助言頂ければ幸いです。
http://shitekiongaku.hatenadiary.jp/entry/2017/06/13/174224