工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

Sさん、無理せず慎重にいこう。

ロクロ成型加工で世話になっているSさんが倒れたというので、今日は早めに仕事を終え見舞いに出掛ける。
住まいでは高齢の御母堂一人が留守番で、少し話しを聞く。奥さまがそのうち帰って来るというので暫く待たせてもらい、帰宅後詳しく症状を伺う。
倒れたのは1週間ほど前のご自宅。倒れたときは相当のショックだったようだが、緊急の治療が奏功し、急速に回復しつつあるとのこと。
急性心筋梗塞との所見。
まずは急性期を無事に脱することが出来、安定期に入りつつあるようなので、少し安堵する。
暫くは入院加療が必要だろうが、合併症などを併発しなければ退院、リハビリ、回復へと移行してくれるものと考えたい。
このSさん、付き合いはうちの起業後、間もなくのこと。
ロクロ成型の業界は静岡市ではちょっとした産地形成していて決して困ることは無いのだが、できれば近隣でやってくれる職人さんがいてくれるのが望ましい。
まずは職業別電話帳で探したところ市内に1軒だけリストされていた。
さっそく電話して訪ねたのがSさんとの出会い。


ボクはウィンザーチェアを多く扱う松本で修行しているので、自分で出来はしないもののロクロ技能の評価をできる眼は持っていた。
このSさん、それに照らせば、文句なく第一級の職人さんだった。
自身でコンパクトなフイゴで火造りし、バイトを手打ちするところから始まり、ロクロ成型のあらゆることをやり遂げる。
少しでも請け仕事の手が空けば、工房内で乾燥させてある欅を取り出し、お盆、花器などを挽き、漆を拭いたりする。これらも見事な出来映え。
また以前も紹介したことがあるが、木にネジを切ることも得意な人だ。驚くなかれ、このウッドスクリュー、ギュッと締め付ければ、ちゃんと木目が合う。
その技能、デザインセンス、仕上げの品質はそれはそれは見事なもの。
仕上げ品質ということでは、塗装屋にシブイ顔を向けられることも多い。木肌があまりにつるつるなのでステインが入らないのだ(拭漆、オイルフィニッシュには最良なのだが)。
恐らくは全国でも有数のロクロ職人と言える人だろう。
たまたま出会った職人だったが、まさに灯台もと暗し、である。
今でこそボクの仕事においてはロクロ成型に依るものは多くはないが、起業当時は松本民藝家具の特注ものを請けていたこともあり、いろいろと世話になった。
かなりのロットのものではあっても、その成型における寸法精度は確かなものがあり、切れ味がすばらしく、とてもエッジの効いた形状を産み出すのだ。
例えば、こちらが少し手を抜いた図面でも渡せば、「杉山くん、ここは、もう少し絞った方がキレイだよ、こっちはもっと腰を張らせよう、」などと説得力あるアドバイスをしてくれる。
悔しいほどだが、これまで1度もクレームを付けることのない、完璧な仕上がりを見せてくれる人だ。(こうしたテキストではなかなかその本質を表現するのは隔靴掻痒の感が拭えないのだが、普通のロクロ職人とはちょっと違う、バイトの切れ味が違う。成型の精度が違うー寸法精度、デザイン精度。メリハリが利いている、仕上げ品質が高いーバフまで掛ける。デザイン能力が高い etc)
これを一見当たり前のような資質と考えるのは誤り。請け職人とは、常に求められる品質を残さねばならない。彼はその求められる品質以上のもので応えてくれる職人だ。
程なく、周りの多くの木工屋さんに紹介してあげたのだったが、Sさんに足を向けて寝ることの出来ない人は多いと思う。
彼の異変を教えてくれたのは家具製造メーカーのT社長だったが、ここもボクの紹介でその後良い取引関係を維持しているという。
暫くはそうした方々も路頭に迷う (?) かも知れないが、Sさんの不在で彼の偉大さも身に染みることだろう。
決して過大に言うわけではないが、Sさんを代替してくれるようなロクロ職人を捜すのは、恐らくは無理であろう。
まさに余人をもって代え難い職人であるからね。
家族を含め周りのショックは当然大きいと思う。しかし何よりもこれまで大きな病気1つしてこなかった本人が受けた衝撃は想像に余りあるだろう。
まだ関係者以外は面会させないようだが、明日は無理を言って病院に訪ねてみようと思う。
Sさん、がんばれ !!

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