工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

ある椅子のこと(引越破損の修理)

アームチェア銀杏1
過去、様々な家具を制作してきている。
画像の椅子もその1つ。
現在ではこの椅子は廃番にしている。
これは東京新宿・OZONEに常設展示販売していた頃にダイニングテーブルセットとしてお買い上げいただいたものの1つ。
引越の際に破損してしまったということで修理依頼があり、その修理も終え、再塗装の途中で撮影。
引越業者による不手際のようで、修理費用は当然のこと保障範囲内だそうだ。
破損箇所は肘の付け根。
こうした椅子の構造の中では脆弱なところかもしれない。
脆弱というのは構造的制約、ということもあるが、恐らくはそれ以上に外部に晒された部位であり、想定外の力が加わりやすい箇所だからだ。
これまで過去1度、同じように運送業者によりやられたことがあった。
保険に入っているので保障されるものとはいえ、お互いに気まずい感が残り、繰り返したくはないものだ。
冒頭触れたように、この椅子は現在は廃番にしてしまっている。
現在は自分の中ではデザイン的にあまり積極的にやりたくないと言うことや、作業工程数が多い、制作合理性に改善が必要、などといったことがその理由。


アームチェア銀杏2無論開発当時としては十分に気に入っていたし、その制作途上は喜びに満ちていたものだった。
しかしその後、さらにキャリアを積む中から、いくつかの不満がちらつき始めるのを抑えることはできなかった。
新たに手を加えることで、あるいは省略することで、より洗練されたものに生まれ変わることができるかもしれない、いや難しいかも知れない。
“制作合理性”について少しだけ触れよう。
椅子を本格的にデザイン、制作し始めた頃、かなり難易度の高いものを作っていた。
よりディテールにこだわり、構造的にもより難易度が高く、より手を加えれば、よりよいものができると信じて疑わなかった「若さ故の、未熟さ故の、過ち」に気づくには相応のキャリアを積む必要があったというところだろう。
手を加えることが悪いわけでは決して無いのだが、それがストレートに品質向上に繋がるかと言えば、決してそうではないことも多々あるということだ。
省略することでより美しく、また制作合理性が高まり、良いものができるということがある。
今日のようにモダンの時代を経た我々には、よりそうした時代認識が求められる。
ところで画像下の座と脚部の接合部位だが、椅子デザインに詳しい人が見れば分かると思うが、サム・マルーフがよく使う手法。
上下にわずかに相欠きを残し、ここで嵌め合い強度を確保する。(わずかに5×5mmでも効く)
加工手順はマルーフの書、あるいはビデオに詳しいのでここでは触れない。
修理依頼というのは決して多くは無いが、こうして過去の仕事に触れるのは嬉しい反面、気恥ずかしい思いがある。
嬉しいというのは、顧客が大切に使ってくれていたことを確認することができるということであり、よくここまで作り込んだものだという自己評価であり、一方気恥ずかしいというのは、若気の至りに対面させられることによるのは言うまでもない。

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  • こんばんは。
    以前より気になっていたのですが、組み立てに合成接着剤を使用した
    仕口を、破壊する事なく外すことは可能なのでしょうか。(膠のように)
    長い時を経、リペア(よりオリジナルを残して)し、道具として使い続けるられる事を想定した場合、接着剤は何がベストなのでしょう?

  • うずまき さん、
    ウ〜ム、難しい問題ですね。
    私の場合、木工では接着剤は4種類ほど使っています。
    この椅子のホゾには以前は酢ビ(白ボンド)でしたが、今はTiteBond?ですね。
    修理の場合の接合部の解放、剥離ですが、様々な手法を動員して行いますね。
    1)部材は破損させず、修復後、再接合する場合
    局所的に熱いお湯で時間を掛け緩めつつ、物理的に(力を加え)剥離させる
    圧締とは逆方向の力を加えられるクランプなどを動員
    2)部材を破損させても良い場合
    鋸、ノミで切断、切削。
    >道具として使い続けるられる事を想定した場合、接着剤は何がベスト
    これも、こうあるべき、という解を導き出すのは難しいのでは。
    極論を言えば、破損を前提として、あるいは経年変化を前提として、接着剤を用いず、クサビ、寄せ蟻、などで解体できるものとしてあらかじめ設計、製作するという考え方もあるでしょうが、
    一般的には、経年使用にも耐えられるように、接合部位が切れないように、強力な接着法を追求するというのがあり得べき姿なのでしょう。
    その上で修理が必要となった時には、あらゆる方法を動員して最善を尽くす、ということでしょうか(あまりクールな答えにはなっていないな、苦笑)
    今回の場合は完全に破断していましたので、新たに肘を制作し、取り付けました。
    ただ色合わせが難しい(元のものはヤケがありますのでね)

  • 椅子のように荷重を掛けてかなりの頻度で使うものは、自然素材の接着剤では厳しそうですね。
    でも、ウインザーとか古い海外の椅子は今も残ってるのがありますが、それは使われていないから残っているのかな。
    タンスとかテーブルだと荷重の変化が少ないので弱い接着剤でも保ちそうですよね。

  • こんばんは。
    合成接着剤を(使用した場合)破壊せず
    外すのは無理、と言う認識での質問でした。
    また、artisanさんを始め”注文家具”を制作される方々は
    製作者の余命を超える(笑)”長い寿命”をモノに想定し、
    故に補修を前提として制作に当たられているのだろう、と。
    じゃあ接着に何故合成を?(始めに戻る)
    方法があるのですね。
    合点がいきました。

  • 接着剤に関する科学技術は必ずしも十分に解明できているとは言えない分野でもあるようですし、また現在一般的に用いられている接着剤の耐用性についても、100年に満たない使用経験でしかありません。
    したがって論理的、あるいは実験室内での治験からでしか無いわけですが、合成接着剤の分野の研究、開発は大きく発展してきているのも事実ですね。
    したがって現場においてはそうした現代化学技術によってもたらされた成果を取り入れ、検証し、選択していくということが賢明な考え方になるでしょうね。
    もちろんニカワにも一部優れた性能を認めることもできますが、一般的にはそうした選択は難しいだろうと思いますね。
    なお、もっと本質的なことを言えば、いかに接着剤の力に依拠せずに、木工技法によって接合させるための技法の研究、鍛錬に勤しむことの方が重要と言うことになりましょうか。

  • いつも良質な技術情報を惜しげなく公開して頂き勉強させてもらっています。
    さて今回、接着剤についてのお話になっていますが、これは家具製作に携わるものとして共通な問題ですね。
    私も椅子の修理を年間数脚承るのですが、多くは接着剤の問題よりホゾの精度、木どりのまずさによるものが多いと感じます。
    結局、構造、デザインに優れたもの(ウィンザーチェア等)であればいかなる接着剤であれ修理は可能ですし、また直しでも使い続けたいと思わせる愛着を感じさせるデザインであることが重要かと感じます。
    作り手はそのあたりも自覚しなければいけないですね。
    写真の椅子、お客様にとっては直してでも使い続けたい椅子であるということは、素晴らしいデザインであることの裏付けです。

  • とある家具職人 さん、コメント感謝です。
    私の心許ない解説を補って余りあるコメントで、ありがたく思います。
    (他にも読者の多くが「もっとしっかり説明してやれよ‥‥」との思いで地団駄踏んでいる、かも 笑)
    椅子デザインについても触れてくれていますが、そもそもこうして掲載していること自体廃版への未練がある証左?
    換骨奪胎して、良いものを作りたいですね。

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