工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

佐藤俊介 《Bach 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ》全曲演奏

秋の好日、浜離宮朝日ホールでの『佐藤俊介 Bach 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ』を聴いた。

佐藤さんは以前より古楽器による演奏団体、オランダ バッハ協会のコンサートマスターをしており、その頃から注目していた演奏家だったが、本年6月にオランダ・バッハ協会の栄誉ある芸術監督の座に就き、今回の日本国内ツアーはいわば凱旋公演のような趣の演奏会だ。

しかもバッハ・無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータの6曲を演目に選ぶという力の入れよう。
もう、こうなれば四の五の言わずに聴きにいくしかない、との思いで駆けつけた。

浜離宮朝日ホールは久々だが、リサイタルの劇場としては規模も適度なホールで音響も悪く無い。
立地は築地市場の隣なので、然るべく寿司などを腹に収めてから入場するにはもってこいだしね。

あまりたらふくに満足しちゃうと眠気を催すのでマズイだろうが、パンフレットのページを繰る音さえ憚れるような雰囲気だったし、なんの、この日の演奏は緊張感にあふれ、18世紀半ばに描かれた五線譜から読み解かれ、バロックヴァイオリンから放たれる厳しく、あるいはまた優雅な調べは、天上から舞い降りる神の教えのように、充実した3時間余の時間を楽しむことができた。


遠目では良くは確認できなかったが、佐藤さんが手にするのはバロックヴァイオリン(私の席は前後の真ん中、左右の中央部)。

ネック部分はやや太く、指板がモダンヴァイオリンが黒檀なのに対しネックと同じ素材(メープル?)に象嵌で模様が施されており、柔らかく暖かみのある音色が特徴的でバロックヴァイオリンならではのものだったようだ。

たぶん、この音色の違いはヴァイオリン本体の違いとともに、パンフレットにも記されていたがガット弦であることでの響きの柔らかさに繋がっているのだろう。

佐藤さんは元々はモダンなヴァイオリン奏者として研鑽を積んできたわけで、たぶんこの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータも最初はモダンヴァイオリンで弾いていたのだろうと思う。
しかし今はオランダバッハ協会に所属しているという事を越え、自身の積極的な選択からバロックヴァイオリンを弾く。

ガット弦という自然素材ならではの困難はむしろ、毛の数が少ないというバロック弓と合わせたとき、良い響きを醸すとも語っていて、一方彼自身は五線譜はただの記録でしか無く、21世紀に生きる自分の解読と奏法で弾くのが私のスタイル、と語る潔さと対比したとき、その深遠な世界をのぞき見る思いがしてくるではないか。


私は単なるたたのバロック音楽好きというだけで楽曲ごとに解説を付し、演奏そのものを解読、批評するだけの感性も知力も体験もないのが残念だが、ただ1つ言えるとすれば、私の本格的なクラシック体験は18の時、ピエール・フルニエの〈バッハ無伴奏チェロ組曲〉のレコードを買い求め、大変感銘を受けたことには偽りは無く、この《Bach 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ》もそうした私の身体に染みついたバロック体験に組み入れられるべき演奏として考えたのは必然だったわけだ。

18で感銘を受けた〈バッハ無伴奏チェロ組曲〉もそうだったが、この《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ》もその楽器演奏の限界を超えたところを要求されるもので、3時間を越える全曲演奏を力業で抑え込むといった風になりがちなところ、曲の合間では、スコアをめくり、暫しの沈黙を置くだけで、次の曲へと静かに入り、いわばバッハと対話し、演奏を楽しんでいるかのような風情からは余裕を感じたし、事実、重厚な難曲でありもっとも知られたシャコンヌを最後の最後に持ってくるという編成もまたドラマチックなもので、エンターティメント的なサーヴィス精神も感じさせてくれるものだった。

私としては〈シャコンヌ〉に限らず、組曲全編にわたり用いられる重音の響きに深く魅入られた。これは弦楽器のヴァイオリンとしては高度の奏法だろうし、それ自体の評価もされて然るべきだが、それが無くしては成立し難いバッハ音楽としてその特異性を決して特異な感じでは無く、飄々と自然に響き渡らせる演奏は確かに圧巻だった。

余談

この浜離宮朝日ホール、幕間では著名な音楽家が集い、ビール片手に楽しげに音楽談議にふける姿を視ることもあり、耳をそばだてたりちょっかい出したりする楽しみもあるが、今回はそうした悪巧みのチャンスは訪れなかった。

バッハ無伴奏ヴァイオリン CDへのサイン

バッハ無伴奏ヴァイオリン CDへのサイン

演奏終了後のサイン会では、ちゃんと行列に並び、買ったばかりのCDにサインしていただく。
彼のベース、All of Bach の試みにいつも楽しんでいることを伝えたら、笑顔を返してくれた。


この浜離宮朝日ホールでの佐藤俊介 《Bach 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ》全曲演奏、来春、NHKでの放送があります。

佐藤俊介 《Bach 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ》全曲演奏
日時:2019年 1月21日(月) am 5:00〜
番組名:BSプレミアム クラシック倶楽部

参照

・ALL OF BACH
以前も確かBogで触れたことがあったはずだが、この〈ALL OF BACH〉はアムステルダムの「バッハ音楽協会」という演奏団体の企画によるもので、バッハ全曲を可能な限りに当時の古楽器を用いた優れた演奏を高解像度、高音質での収録を行い、これを毎週末、1曲づつ公開(フリー)するという無謀な試みの企画のこと。

Violin Partita No.2 Miner BWV 1004 佐藤俊一(於:オランダバッハ協会)

佐藤さんはWeb構築にも関心が高いとの情報もあり、この〈All of Bach サイト〉制作、運用についても深く関わってるのかもしれない。

バッハ管弦楽組曲 BWV 1067(演奏:オランダ バッハ協会)

コンサートマスターとして活躍される佐藤さんの演奏がみもの。

※ Top画像はBach自筆による「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ」楽譜のコラージュ 

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