工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

鉋 vs スクレーパー(その3)

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【スクレーパー】
さて主題のスクレーパーである。
木工加工工程においてこのスクレーパーという工具はどのような位置づけにあるのだろうか。
これまで述べてきた仕上げ工程における切削、あるいは研削に用いられる道具の中にあってその特徴と使い方というものを比較対照させることで明らかにしていきたい。
本稿、冒頭で書いたように実はスクレーパーという道具は木工加工という領域に留まらず広く一般に用いられている(むしろ木工で使われるケースの方が少ない)。
無論その目的も、対象も異なるので刃の仕立て方も、使用方法も異なるのは云うまでもないことだが、しかしその切削、研削の基本的な考え方において異なるものではないと言っても間違いではないだろう。
つまり簡単に云えば、こそぎとる、ということだ。
この表現は台鉋、あるいはサンディングペーパーにおける切削、研削の手法との差異を対象化して表記すれば…、ということを付記すればより理解していただけるだろう。
さてそれでは具体的にこのスクレーパーという道具について見てみよう。
その刃物として特徴は殊更述べる必要もないほどシンプルなものだ。
厚み1mmほどの焼きの入った鋼板があればよい。
その形状は長方形、外丸、内丸、雲形、など数種類のものが既製品として入手できるはずだ。
一般にはご存じと思うが鋼の世界的なTopメーカーであるスウェーデンの「SANDVIK社」のものが信頼性が高いようだ。
しかし先にも記したように鋼でありさえすれば何でも良いだろう。ボクはこのSANDVIK社のものの他に、研磨で世話になっている帯ノコ屋さんで製材用の帯ノコのお釈迦になったものをカットしてもらって作っている。この地域は多くの木工家がいるので、この帯ノコ屋も周知のこととして気安く、作ってくれる。
ネットなどで確認すれば手鋸の折れたものなどから製作している人も多いようだが、厚みからすれば、やはり製材用の帯ノコが良いのではないか。
またボクの親方に当たる横浜で洋家具を製作していた職人は、鉄ノコをカットして作っていた。(後述)
まぁ、このように鋼の板でありさえすれば良いのだが、これは見事な道具に化ける。
台鉋同様、ここではその仕立て方を解説するものではない。
既にネット世界の先輩が詳述されているので、それを参考にされたい。
(宮本家具工房の「木工講座」、家具制作鯛工房の「家具制作資料室」など)


さて、その切削、研削の特徴について、少し詳しく見てみたい。
既に台鉋、サンダーについて見てきたので、形状のシンプルさからしてスクレーパーのその特性については解説するまでもなくはほぼ想定できるかもしれない。
《平面の切削、研削 仕上げ》
スクレーパーはその形状からも分かるように、とてもシンプルなものなので、広範囲な形状の切削、研削に対応することが可能だが、まず最初は平面な板面への仕上げに活用することについて述べよう。
スクレーパーに適切な刃を施し、これを適切に用いるならば、平滑な板面を削ることも可能だ。
いや、欧米の木工家では台鉋とほぼ同様な位置づけで平滑面を仕上げると云うこともあるようだ。
まずこの手法について考えてみる。
既にお判りだろうと思うが、スクレーパーは木部繊維に対してその方向性に影響されることが少なく、比較的逆目にも対応するので、それなりの仕上げを期待することも出来る。一般には杢と云われるような複雑に絡む繊維組織であっても逆目に比較的対応するという特性から、一定程度の仕上げ面を出すことができる。
しかし一方これは同時に平滑性の精度から云えば問題が生じると云うことになる。
台鉋と比較すれば明らかなように台というものが無いことで、いくらでも局所的に削り込んでいくことが出来る。つまり平滑性を規制する機能が存在しないことで局所的えぐれから逃れられないということを知らねばならない。
一方台鉋は台という規制機能があるためにこの台鉋を使いこなす一定の熟練の職人であれば、かなりの高精度のレヴェルに於いて平滑性を出すことが可能だ。
台鉋というものは機構上そもそもそういう機能を保有しているものだ。
さらにまたその切削肌は全く異なると云わねばならないだろう。
先述したように鉋の切削肌は木の固有の肌を見事に引きだしてくれるものだが、片やスクレーパーの方はと言えば如何に適切に刃を付けたとはいえ、所詮スクレーパーの刃でしかない。繊維をシャープにカットするのに対し、繊維をシャープにこそぎ取る、の違いだ。
この明らかな特性の差異をしっかりと捉えて使い分けすべきだろうと思う。
さて台鉋を十分に使いこなせない未熟練者にはこのスクレーパーは有用ではないか、ということも云われているようだ。
しかしどうだろう。ボクの卑近な個人的事例で恐縮だが、初期の段階からスクレーパーを所有し活用してきているものの、しかし平滑面を仕上げるのに用いたことはない。その理由は上に述べたとおりである。
平滑面を仕上げるのにこのスクレーパーに依拠していたとすれば、鉋の使用における現在の職能は備わることはなかっただろうと思う。
如何に複雑な杢であろうと、逆目ギラギラの虎斑(信州ではこの虎斑とは樺に見られる交錯杢・逆目のことを指す)であろうと、スクレーパーなどに頼る必要もなく、せっせ、せっせと鉋掛けに励む。
これは決して職人技に固執しているからではない。その切削精度(平滑に、美しく削ることが出来る)、切削能力(切削量、スピード、肉体疲労)においてはるかに普通の鉋の方がイージーであるだけのことだ。
《面処理での切削、研削 仕上げ》
家具制作には様々な成型加工も含まれる。
スクレーパーはこうしたところで威力を発揮する。
台鉋の項に挙げたように日本の鉋には多くの面処理に使われる小鉋がある。
まずはこれらから適切な鉋を選択し使いこなすことが重要。その次の段階、つまりサンディング処理の前の段階でスクレーパーを適切に用いることが有用なのだが、まずはできるだけ鉋を用いるようにしよう。
何故ならば何度も記述してるように、その切削能力(すいすいと削れる能力)、および切削特性(決して局所過剰に削れてしまうことがない)において他の切削、研削道具を凌駕する機能を有するのが鉋だからだ。
しかし鉋にも限界がある。その台の形状に規制されるからだ。規制が削りすぎを排除する反面、規制により目的とする滑らかな面処理に限界を与えてしまうからだ。
この限界によって残ってしまった部位をサンディングではなく、まずはスクレーパーで処理することで目的に近似する面をもたらすことが出来る。
またこれはサンディングというものが砂を板面に与えてしまうことで、その後の刃物の使用が憚られてしまう(炭素工具鋼の硬度では刃先を砂が痛めてしまう)ということから自由だということは挙げておくべき事だ。
少し余談だが、NTカッターというメーカーのカッターは良く使われていると思うが、ここで作られている木工用のヤスリはとても有用だということを記しておきたい。
黒色のものはダメ。青色の細目は実に良い切削肌をもたらしてくれる。
ボクの場合には複雑な面処理において南京鉋が及ばない曲面処理にご登場いただくことが多いがなかなか良いフィーリングだ。スクレーパーと併用すると良いだろう。何故こんなことを記すかといえば、ヤスリ掛けというものは上述同様にサンディングのように刃物を傷つけないからだ。
《欧米に出自を持つスクレーパーの特性》
スクレ−パーが欧米の木工加工現場で重宝されるというのは理由がある。
既に述べてきたことであるが、欧米では炭素工具鋼の工業的発展が日本ほどではなかったことで、良い台鉋が開発されずにきたことは大きな理由だろう。
この日・欧米には台鉋の項で触れたように針葉樹を積極的に用い、これを美しく仕上げるという独自の木工、建築分野などからの社会的要請における差異というものもあっただろう。
あるいはまた特殊、楽器制作の現場に於いてスクレーパーの特性における威力が活かされてきたということも大きいのではと考えられる。
どういうことかといえば、共鳴板となる胴の微妙な凹み曲面の内部成形などはまさにバイオリンプレーンというとても小さな真鍮製の小鉋があるものの、やはりここはスクレーパーの特性を活かした成形切削の手法が適正であったのだろうと思われる。(なお、いわゆる日本で云うところの南京鉋のようでなおかつ刃先が円弧状の鉋 [Curved Face Spokeshave]があるが、これも有用だ。次回に触れたい)
また日本の台鉋であれば仕込み角度の調整などで、かなり堅めの木も削ることが出来るが、欧米の台鉋の鋼では良い削りはできず、スクレーパーに依拠するということもあるのだろうと考えられる。
このような木工文化の歴史的、伝統的差異が彼我における切削、研削仕上げでの道具選択を決定づけていると見て良いだろう。
《日本での木工加工におけるスクレーパーの活躍の場》
既にここで結論を導き出すことまでもなく、これまでの検証からその道筋は明らかだろう。
板面を平面に切削仕上げするには、世界に誇るべき日本の台鉋をしっかり使いこなして仕上げるのがベストだ。
無論これに習熟していない段階ではスクレーパーに逃れるのは自由だが、良質な板面を獲得するには不十分なばかりか、それだけ鉋の習熟を遅らせるものになることを知っておきたい。
次に不定形、三次曲面などの面処理においては反台鉋などの台鉋からアプローチし、次の段階で微細な成型処理をスクレーパーの威力を借りる、ということにおいては有効だろう。
これについては本稿へのコメントを頂いた otake.oさんのWebサイトに詳説されているので参考にされたい。〈道具は自分で作る(2)〉
今日のエントリーを最後にするつもりであったが、次回、番外編として1項設けたいと考えているので、お付き合いいただければありがたい。
(予定としては日本人の職人によるスクレーパー、 [Curved Face Spokeshave]についてなど)

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