工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

時には板差しも

チェスト

ここしばらく突然雷雨に見舞われたりと、不安定な天気が続いていたが、今日は気温は高いものの、湿度は低くなかなか快適だった。
というわけで、雨で待たされていたチェストの駆体の組みあげをすることが出来た。
今回は「板差し」でいこうと決め、まずポイントとなる帆立(側板)をミズナラの2枚矧ぎで構成。
ただそのまま矧ぐのではなく、今回はちょっと装飾性をねらった。
剥ぎ口のところに造形したスリット様のもので開口し、そこに異種材を埋め込む、というユニークな方法。
とは言ってみたが、実はテーブルの板脚などでは過去何度か試みた手法。
これが果たしてチェストにおいて全体的なプロポーションに有効に作用するかは、抽斗前板を含む今後のデザイン、設計に依るだろうな。
構想はあるものの、ディテールにおいて決定されているわけでもなく、進捗状況を見ながら考えていくという普段のプロセスとは少し異なる手法
ボクの設計のほとんどは1/10の図面でプランニング、詳細決定していく。
ディテールなどは加工途上、木取りの結果などで変更されることも無いわけではないが、あらかじめ完成形を頭に描いてから着手する。
しかしJ・クレノフなどのテキスト、写真などを見ればブロックごとにイメージを定着させ、微調整しつつ全体的なプロポーションを決定していくというような手法を取っている。
内実はともかくも手法において師の考え方に準じることは悪いものではない。
小さなキャビネット1つが $20,000 という評価をされるその作品の秀逸さに及ぶものではないとしても、だ。(苦笑)
首尾良く完成すれば、ボケを無くし鮮明な画像で見ていただくことができるかもしれない

ぶどうとカメラ

ぶどう
9月になってこんなに美味しいデラウェアを食べられるなんて !
房も普通の倍ほどもある立派なものだけれど、粒も大型。
最高クラスのものなのだろう。1つ1つ紙袋に包装された状態で送られてきた。
舌なめずりさせるために掲載したのではなく、今日は画質についてのチェック。
このところデジカメが不調。
撮影できないことが多い。どうもレンズからの情報が取り込めないようなのだ。
レンズ鏡胴とボデーの接続端子をふきふきしてやるも、根本的解決に繋がらない。
3年ほど前に購入した Canon EOS Kiss DNという機種で、1眼デジカメの入門機。
このぶどう撮影は 50mm F1.8 ほぼ開放での撮影。(ぼけが強すぎた)
購入時は、画質についてもそれなりに納得していたものの、数ヶ月後には機種選択の誤りに気づいてしまう。
画質が良くない。要するに階調が浅い。
レンズは本体グレードよりも高いと思われる、EF-S17-85mm F4-5.6 IS USM を常用し、EF50mm F1.8 II、およびタムロンの200mmなどが加わる。
ハイアマチュアと自称する弟に聞けば、デジカメはCCD、CMOS(撮像素子)の性能に大きく規定されるので、それ以上の品質の撮影は無理だからあきらめな、とのつれないアドバイス。
向こうはニコン、キャノン、ソニー、コンタックスなどなど、それぞれ高級機をちらつかせ、にんまりしていやがる。
そこへ、CanonがミドルクラスのEOS 50Dという新機種を発表とのニュース。
弟に言わせれば、EOS 5DのフルサイズCMOSに対し、APSサイズながら、新時代の高性能チップだという。
映像エンジンもDIGIC 4とかに進化してきているとのこと。
対象サイトを見れば、確かに豊かな諧調表現が可能ということを繰り返し説明されている。[プロ機と同じ14bit A/D変換(16384階調)というのはそんなにすごいの?]
今月末には発売されるが、しばらく悩ましい日々が続きそうだ。
ぶどうは信州からのもの。信州時代に大変世話になった人から。
したがっていただく理由もないのだが、少しでも元気づけてやろうという暖かい励ましの便りとしてありがたく頂戴しよう。
芳香豊かで糖度もかなり高い。虫食いなど全く無い粒ぞろい。
実に栽培農家の苦労が偲ばれる芸術品だ。

Webサイト更新のお知らせ

Webサイト運営は工房 悠といった零細な家具工房においても大切なことぐらい分かっている。
いやむしろ小さな工房であればこそ、より重要な位置づけがされねばならないことも理解しているつもり。
しかしその実態ははなはだ心許ない。
サイトを設置しているとはいうものの、メンテナンスが行き届いていない。
しかも重要なページでのファイルが壊れている状態を放置していたり、と、ちょっと情けない状態だ。
方便としてはBlog運営にかまけている、ということを挙げることもできなくはないが、そんなもの本末転倒だ。
あるいはWeb運営に必須のスキルを磨くのは、この年齢になれば困難になっている?
いやいや、年齢に逃げるのはボクのスタイルではないので、抗わねばならない要素と考えているが、ただやはり意欲において、少し減退していることは否めないかも知れない。
そこであらためて情熱を燃やし、少し抗いの証しとして壊れたファイルを修正し、またいくつかの更新をした。
まずTopページだが、壊れたままになっていたJavaScriptを駆使したナビゲーションを修復した。
次いで、[News]を表示させるためのテーブルを置き、ここにフォームも入れ込んで見た。
ただこれは試行段階のもので、今後、どのような方式がよいのか検討しながら運営しなければならないと考えている。
この間、Web設置の契約サーバーが変わったり、Web構築オーサリングソフトが更新されたり、開発停止されたりと、その環境も大きく変容してきている。
これに適切に対応するのは、相応のスキルと、意欲が持続できなければダメ。
よく人には、本業を抱えてよくこれまでのサイトができるね、と半ば呆れた顔で聞かれたりする。
それには、家具作りも、Web作りも、結局は同じ表現行為の1つだしねぇと応えておく。
分かったような、わからん話しかもしれないし、チープなサイトとの評価を賜るようであれば、家具制作もその程度のもの、との推定を与えるわけですね。
自身で良いサイトを作っている木工家はやはり本業でもすばらしい仕事をしているという客観的事実もあるしね。
であれば、まだまだ良い家具制作をしていく覚悟があれば、同様にそれにふさわしいWebを持ちたいものということは理解いただけるだろう。
工房 悠 サイト
■ 更新ページ  「Inform」>「Case study」(納入事例)
*注
過去、それぞれのサイトを訪れていただいた方は、更新されずにキャッシュのデータが表示されることも多いものですので、ブラウザの「再読込」を試みてください。

座刳り

座刳り
長月9月を迎えたというものの、今日の日中の暑さは盛夏の頃とあまり変わらないような体感。
猛烈な汗を流したのは椅子の座刳り作業によるもの。
シュッ、シュッ、と四方反り鉋の軽快でリズミカルな動きにより排出される鉋クズを見れば、快適で楽しそうな作業に映るかもしれない。
でも上腕筋肉の緊張した様子を見れば作業者に与えるその過酷な負荷はかなりのものがあることを示して明らか。
今回はブラックウォールナットであるので、比較的負荷は軽い。
ミズメ、真樺などを相手にした時などは上腕から肘から、腰から、様々なところがきしみ、翌日は腕が上がらなくなるほどのもの。
でも何故か、あまり忌むような作業でもない。
この座刳りという作業は椅子制作プロセスの最後の段階のものであり、これをやり終えれば完成を見るという、その安心感が腕の動きを促すだろうし、また座刳りそのものの特性からして嬉しい作業でもあるからだ。
通常、家具における木工加工とは、切って、張って、という積み重ねでもあるが、この座刳りという工程は彫刻的な作業であり、その手法の特異性からボクは喜々として臨むということになる。
平鉋、反り台鉋、四方反鉋、南京鉋、それぞれ大小数個づつの鉋を駆使して3次元的な座の窪み形状を作り出す。
掌に隠れるほどの小さな道具ながら、まるで手そのものが刃物になったかのように木片が排出されてくるというのは独特の感覚。
この日本の様々な小鉋というものは世界に誇るべきすばらしい道具だ。
座刳りも強力なサンダーがあれば、上腕をきしまさなくともさほどの困難さもなく出来ると思われるかもしれないが、それは少し違う。
望むべき形状への切削工程というものは、これらの小鉋の台鉋としての特性を生かし、作業者の練熟した使いこなしで、見事に仕上げることができるものだ。
サンダーなどでは、台鉋のような規制が働かず、一定の形状へと掘り進めることは意外と困難なことになるだろう。
週明けには、座を完成させ、塗装工程へと移ることで椅子の全ては終わる。

ホゾ加工の精度について

昨日の記事について、いくつかのコメントもいただいたので、これに応えつつここであらためて少し詳しく考えてみたい。
まず枘加工の精度に関わる問題から。
枘の嵌め合いをどの程度の精度で加工するのか、という問題であるがこれに応えるにはいくつかの前提条件があるように思う。
1つには被加工材の材種によりその考え方も自ずから異なると言うこと。
次に枘のボリュームにもよるだろうということ。
第3に、目的とする加工対象の種類にもよるだろうということ(抽斗、あるいは扉など可動するものを含むキャビネット様のものであるか、あるいは椅子なども含む造形的なものであるか、と言ったような分別から)
次に確認しておきたいことは、木工家具制作も基本的な思考としてはプロダクトとしてのそれであるということである。
つまり、造形的妙で訴える手法の前に、木という有機素材を扱うものではあるものの、現代の機械文明を享受できる環境におかれているボクたちの思考は、プロダクト的な精度追求が可能であり、またそのことで高精度で、生産性の高い条件を得られるということをぜひ前向きに捉え、これを積極的に活用すべきとの考え方に立ちたい。

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アームチェア「大和」を組む

アームチェア、組み立て
うちのアームチェアの定番「大和」(「暮らしの中の木の椅子展」第1回入選)を組んでいるの図だね。
この「大和」も初期のものから貫部分をH型にするなど少しづつ改良を重ねてきた。
今回はまた新たな改良を施し、10数脚を加工し終え、
とりあえず5脚ほど組んでいるところ。
Lot制作を基本とする椅子の場合、あらかじめ組み終え、完成品を在庫しておくようなことはあまりしない。
在庫の管理が大変だからね。
椅子は大抵2桁単位で木取り、加工し、部品で在庫させ、受注の度ごとにこれを組み上げ、完成させることにしている。
さてところで椅子に限らず、家具の組み上げにもいくつかのコツというものがあるだろうね。
今日はそこで1つだけ書き留めておこう。
いわゆる板差しではなく、こうした椅子も含めての框組みについての話しになる。
組み立てには枘穴と枘にボンドを塗布し、これを嵌め合わせ、完全に接合させることが求められるのだが、この場合玄翁の叩き込みだけで行うのか、あるいは端金(ハタガネ)を併用して行うのか、といったところの問題。

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銘木を競う

ブラックウォールナット
昨日に続いて、Box、筺の画像を‥‥。
今日は時折雨が落ちてくる曇天。
このような光の条件は撮影に向いているね。
そんなわけで改めて筺のTopを2葉。
まずブラックウォールナットの方から。
過去何度も記述してきたところだが、現在、市場で流通しているブラックウォールナットは大きく分類すれば2種類のものがある。
一般には現地で人工乾燥されて、国境を渡ってくるものがほとんど。
これは材色における人為的操作が施されている。
詐称とまでは言えないかもしれないが、辺材の白色部分に濃色の心材部分の赤身を移行させている(そんなことができるというのが驚きだが、それが実態)。
結果、辺材は真っ白からやや灰褐色に調色され、量産家具などでの歩留まりを改善させることに大いに寄与している。
しかしその結果、残念ながら心材の濃色部分のウォールナット特有の魅力的な色調は失われてしまっている。
縞状に表れる赤褐色から紫色、あるいは灰褐色と変化する独特の色調変化は他の材にはない固有の魅力だ。
さて、今回用いたウォールナットは上述の人工乾燥のものではなく、丸太原木で求めたものだ。
したがってウォールナット本来の魅力的な色調を映し出してくれている。
画像の鏡板は根上り部分の木理だね。これはウォールナットには比較的良く表れる。
あるいは二股になった部分であったかも知れない。
この場合日本では鯖杢(さばもく)と称し、英米ではWalnut Crotch と称する杢になるのかな。

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手筺のお披露目

手箱
塗装も終え、金具フィッティングも終え、一応の完成をみた。
これはA4の書類がちょうど収まるサイズで設計したもので、「書類入れ」を基本としているが、内部を細工し、ジュエリーボックスなどとして使うことも想定している。そのための張り加工はこれから。
筺ディテール過去、ある個展では男性の方から、時計のコレクションをしているので、そのようにパーテーションをして欲しい旨の依頼もあった。
ウォールナットとミズメ樺、どちらが好まれるかは全くわからない。
それぞれに魅力があるからね。

伊藤和也さんの遺影に接し

今日は久々に晴れ上がった。
空の青さはアフガン東部、ジャラーラーバードの空ほどでは無いかも知れないし、何より極東の端っこ、湿潤な気候の日本に久々に無言での帰還を果たし(そう、帰還という表現が良いかも知れない)、本人の気分は本当のところどうなのだろうか。
棺の前に進み出たとき、ついそのような不埒な問いかけをしてしまった。
伊藤和也さんの通夜が掛川市内の葬儀場で営まれ、末席に座らせていただいた。
会場には大好きだったという坂本九の「見上げてごらん夜の星を」が流され、設えられた祭壇は花々で飾られ、中央にはアフガニスタン東部ナンガハル周囲で伊藤さんが現地住民と共に試験栽培をしていたというお茶の木々が生い茂り、そこにアフガン大地を背景に微笑む伊藤さんの遺影があった。

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ジェイク・シマブクロの世界へ

様々な思いを残しながら8月も終わる。
今日のエントリは脱力して、YouTube・ホノルルからジェイク・シマブクロの演奏でも‥‥。
ウクレレの名手として国境を越えて活躍していることは知っての通り。
その超弩級の演奏技術は、ウクレレという楽器の概念を大きく変え、音楽性豊かな空間を造り上げてくれている。
どんなジャンルの演奏でも、そこにはジェイク・シマブクロのウクレレの世界の投影が見られるのだが、それは類い希な才能とともに、様々な境界を軽々と越えて広がっていく彼ならではのアイデンティティー(日系5世)というものが背景にあるのかもしれないと思ったりする。
YouTubeでは「Dragon」をチョイスするが、他にもかなり多くのライブ演奏が収められているので、楽しんでいただければうれしいな。

midnight ukulele disco)というサイトにもたまらなく豊かなウクレレの世界が紹介されている。
例えばビートルズの叙情的な名曲「While My Guitar Gently Weeps」(ジョージ・ハリスン作詞作曲、ギターソロはエリック・クラプトンだった)をジェイク・シマブクロの手に掛かると、こんな調子に料理してくれるのかよ、とにんまりしてしまう。
ジェイク・シマブクロさんは今日夕刻、アフガニスタン、ナンガハルから棺に納められた姿で無念の帰国をした伊藤和也さんと同じ31才だけれど、このすばらしい若者が今後どのように飛躍していくのか、ボクにとっても1つの楽しみだ。
最近やたらと用いられる“癒される”などという言葉は趣味ではないが、音楽というものは人の悲しみを少し浄化させてくれる力というものがあることだけは確かなようだ。
* ジェイク・シマブクロ(Jake Shimabukuro) 公式サイト