工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

ホゾ加工の精度について

昨日の記事について、いくつかのコメントもいただいたので、これに応えつつここであらためて少し詳しく考えてみたい。
まず枘加工の精度に関わる問題から。
枘の嵌め合いをどの程度の精度で加工するのか、という問題であるがこれに応えるにはいくつかの前提条件があるように思う。
1つには被加工材の材種によりその考え方も自ずから異なると言うこと。
次に枘のボリュームにもよるだろうということ。
第3に、目的とする加工対象の種類にもよるだろうということ(抽斗、あるいは扉など可動するものを含むキャビネット様のものであるか、あるいは椅子なども含む造形的なものであるか、と言ったような分別から)
次に確認しておきたいことは、木工家具制作も基本的な思考としてはプロダクトとしてのそれであるということである。
つまり、造形的妙で訴える手法の前に、木という有機素材を扱うものではあるものの、現代の機械文明を享受できる環境におかれているボクたちの思考は、プロダクト的な精度追求が可能であり、またそのことで高精度で、生産性の高い条件を得られるということをぜひ前向きに捉え、これを積極的に活用すべきとの考え方に立ちたい。


以前、まだ未熟な職人の枘加工を見ていたとき、ちょっと驚いたことがあった。
角のみで枘穴を開けるまではよいのだが、オスの枘厚を、傾斜盤の補助軸側で落とし、厚め決めをする工程の時だが、一つひとつの組み合わせを枘穴側に嵌め合わせつビミョウにコントロールしているのだった。スケールなどで計測するような気配はなかった。
これは大変丁寧な手法であることは認めよう。
しかし枘穴というものも、実は相手が木という素材の特性から、同じ角のみの刃で開けたとしても、その嵌め合いはなかなか安定したフィーリングは出しにくいもの。
それぞれビミョウに嵌め合いが異なると言うことなどは茶飯事であり、仕方がないものなのだ。
つまりオスメスの関係が単一のものでそれぞれに嵌め合いを合わせるのであれば、それもう、ほう〜、すばらしい ! と感嘆の声を挙げるべきかも知れないが、実際問題、数多い枘を一々個別に嵌め合いを合わせるなどと言うことは出来ない相談であり、いやむしろすべきではない事柄なのではないだろうか。
つまり、同じ11mmの枘であれば全て同一の寸法精度で加工を進めるべきであり、そこには容赦のないプロダクト的な思考が貫徹されるべきなのである。
これは冒頭述べたキャビネットなどの場合に、その悪しき結果は顕著に表れる。
つまり、相手側の枘穴に一々個別に決めていたのでは、恐らくは複数の部品が相互に複雑に絡み合う構造体の寸法精度は、全く基準も何も無くなってしまう。
駆体が組み終わった後に待ちかまえている抽斗も扉も、その仕込みには大いに苦しむであろうことは容易に想像できる。
そうした方法ではなく、寸法精度を頑なに堅持し、スマートに加工を進め、適切に組み上げるならば、その後の抽斗も扉の仕込みも、さほど困難な作業を伴うことなくど無く、寸法通りにぴしゃり、すぽーんすぽーんと仕込むことが可能となる。
ここで求められるのは、やはりプロダクト的な製作手法、思考の大切さである。
さて冒頭に挙げた前提条件について簡単に押さえておけば、
まず材種の違いによる寸法精度の問題であるが、ボクはほとんど硬木の広葉樹をもっぱら対象としているので、針葉樹の家具制作についてはあまり経験が豊富ではない。
したがって一般論としてのものだが、やはり針葉樹では枘の巾方向はある程度の締まり代を取るべきなのだろう。
次の「枘のボリュームにもよる」という意味だが、一般のキャビネットなど、枘厚が12mmとか8mmなどというものでは昨日来記述してきた寸法精度で加工すべきと考えるが、大型のテーブルの脚部など枘厚が15mmを越え、その巾も大きくなれば、当然にも経年変化での痩せも考え合わせ、一定程度の締まり代を加味した方がよいかも知れない。
しかしそうしたときの対応策としては、枘を複数個、複数列に分けるなどで対応させた方が、より有効であろうと思われる。
なお枘も様々な形状があるが、ボクは四方胴付きというものを基本としている。
これは巾方向に同じレベルで枘が伸びるということのデメリットを考えたいから。
具体的には加工を終え、仕上げ過程でこの巾方向が仕上げ鉋などで加工寸法が変わってしまうことを忌避したいから。
あるいは二方、四方の構造的堅固さを考えた場合、明らかに四方胴付きの方が堅牢であることは明らか。
副次的には、ボンドが外にはみ出すリスクが少ない、ということも挙げられる。
さて次に質問のあったに“木殺し”についての考え方であるが、ボクは大型のものを除き、一般に枘部分を“木殺し”するということはしない。
むしろ9.5mm、11mmなどというほぞを玄翁で叩き締めるなどということはやるべきでないとさえ考える。
繊維が破壊されてしまうからね。
これはボクの個人的な手法というよりも、ボクが師事したこれまでの産地、工場、職人たちは誰もしていなかったということに影響を受けているのかも知れない。
松本民藝しかり、横浜クラシック家具しかりである。
しかし大きな枘の場合、枘穴の周囲(つまり胴付き部分)を穴を中心に“木殺し”するということは良くある。胴付きを良くするためだね。
あるいは相欠き部分などもほとんど“木殺し”するかな。
次に昨日も記述してきたことの繰り返しになるが、コメント氏の
>バキバキ音をたてながらポニークランプで組む
>組んだ後もピストンの原理でホゾが押し出されて来そう
という問題だが、
確かにクランプの過度の依存は、一見胴付きが接合しているように見えて、実はそれはクランプに圧締されているから付いているように見えるだけで、枘そのものの位置関係はまだ十分な接合位置まで来ていないという事があり得るということではないだろうか。
やはり、十分な圧力で叩き込み、クランプが無くても接合を維持するだけのところまで一気に圧力を加えるべきで、クランプはあくまでも補助的なものと考えるべきなのではないだろうか。
事実ボクは多くの場合、組み上げた後、クランプが無用な時も少なくない。
昨日の5脚の「大和」などは組み上げた後は、全くクランプは使っていない。
長時間クランピングしていると、その部分は明らかに凹むからね。
可能ならば使わないに越したことがない。
つまりこの場合には枘は緩からず(緩ければ接合を維持できない)、硬からず、ちょうど良いということで、求める接合が無理なく確保されているということではないだろうか。
非礼を承知で言えば、これはやはり職業木工家として、設計から始まり加工全工程の精度の違い、加工品質の違いと言うこともあるのかもしれない。(ごめんなさいね)
つまり適正に設計され、プロダクト的思考で高品質な加工ができれば、実はクランプなどに依拠しなくても、十分な接合が可能となるということなのではないだろうか。
FWW誌などでやたらとクランプを使っている画像を見るが、いつもこいつら下手くそだなぁ、などと苦笑してしまう。
実はかくいうボクも訓練校の頃、両袖の三面鏡を制作していたときのこと(確か入校4ヶ月の頃だったかな)。
なかなかカネが取れずに、これを確保するためにかなりの数のクランプを動員して保持していたことがあった。
これを見た指導教官、「何だ、オマエのはまるで軍艦だな !」と笑われたことを思い出す。
適正な加工をすれば、何ら力むことが無く、スマートに組み上がってくれるもの。
そうでないということであれば、どこかに無理があり、加工に問題があるという証左であるのかも知れない。
さて長くなってしまったので最後にもう1つの質問。
>>受注の度ごとにこれを組み上げ、完成させることにしている
ことの実態であるが、
記事にあるようにこれは椅子についての話しだ。
いわゆる一般的な構造の椅子の場合、多くのパーツはさほど環境の影響を受けるようなボリュームでは無いことが幸いしているのかも知れないが、これまで時間が経過して組み上げるのに苦労したということはあまり記憶にない。
なお椅子の場合、完全なパーツで保存する場合もあるが、いわゆるキャビネットなどでの妻手側だけ、というような半製品で保存することも多い。
それであればボリュームも出ないのでさほど保管場所に困ることもないからね。
それらはしっかりと新聞紙、巻きダンボールでくるみ、あるいは箱ダンボールに入れ、工場の2階に保管しておく。
ただうちの工房の環境では、数年のうちはやはり少し膨張するようだね。(それを越すと逆に徐々に痩せていくのかもしれない)
恐らくはプロパー商品を持つ多くの木工所も同様の管理方式をとっているのではないだろうか。
注文のたびごとに、いちいち作っていたのでは、全く採算が取れないしねぇ。
下の画像は参考までに昨日も登場した大型のショックレスハンマー他。
ハンマー

《関連すると思われる記事》

                   
    
  • 参考になりました、ありがとうございました。
    職業木工家と同じことができるとは思っていないので
    失礼ということはありません。
    私が木工に使える時間は職業木工家のおそらく1/10位しか
    ありませんので、当然といえば当然のことです。
    せめたartisanさんのツメの垢くらいのことはできるように
    なりたいと思いますが。(ちょっと変な表現だったかな)

  •  詳解な説明、有り難うございました。保管が長期に及ぶと、空気中の湿気を吸って仕上げた木地が荒れたりする事もあるのではないかと思ったのですが、それもよく考えれば、保管をしっかり行えば回避できる事ですね。
     私も早く定番と呼べるような椅子を作って、この方法を実践したいと思っています。有り難うございました。

  • acanthogobius さま
    実は「職業木工家・・品質の違い」というのは誤解を招きがちな表現でしたね。
    職業木工家も様々であれば、また他方アマチュア木工家の加工品質もピンキリ。
    さらにいえば、職業木工家ならではの様々な条件(マーケットを相手にせざるを得ない、などの)の下で、その品質追求が制約されるに比し、アマチュアはとことん追求できるということもあり得るわけですので、なかなか一概には言えないというのが本質でした。
    ただ明らかなことがあるとすれば、その性質上、熟練度を高める環境にあるのは、職業木工家の方であるということですね。
    acanthogobiusさんは、ピンを目指されていらっしゃる方とお見受けしますので、高品質なものができる環境を整えているものと信じます。
    木工舎 さん、
    >空気中の湿気を吸って仕上げた木地が荒れたりする事もある
    それはあり得ます。
    組み立てる前に再度素地調整を確認すべきでしょうね。

  • リボルバーとホゾのお話

    精度、精度と言う割には、木工の本に「許容差」の指定を見たことがありません。 現在

  • いつも興味深く拝見しております。
    欧米のジョークで「木工家は一生涯、十分な数のクランプを持つことが出来ない。」というのがあります。向こうの伝統なのか分かりませんが、「しまりばめ(オスの方をメスより太くする)」のはめ合い設定は、彼らの頭にはないのではないでしょうか。
    かく言うワタシは、毎度「軍艦」を恥もなく乱造している趣味の下手くそ木工家の一人です(笑)。
    おそれ多くもトラックバックさせて頂きましたので、ご笑納下さい。

  • forestさん、コメント、TBありがとうございます。
    >おそれ多くも
    の段は無用です。
    記事拝読させていただきました。
    機械加工における精度品質と、木工におけるそれとの共通すること、あるいは差異の問題。
    独自の視点からの精度問題の解釈、おもしろく読みました。
    なお“軍艦”の扱い方にも実は上手、下手がありますね。
    キホンさえはずさなければ、どのような緊結方法でも構わないと言うことでしょう。

You can follow any responses to this entry through the RSS 2.0 feed.