工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

春爛漫の東海道

浜名湖
花吹雪舞う中、東名高速を一路西へ。好天に恵まれ快適なドライブ。とは言ってもトラックでの納品行とあっては、周りの華やかな行楽客には溶け込むことのできないやや緊張を伴っての旅路。
昨日は小雨混じりの生憎の天気であったので、積み込みも今朝になってからというあわただしい日程だったが、予報通りの好天でありがたかった。
当地でのソメイヨシノの開花は10日ほど前のことになるが、往路至る所で今が盛りと咲き誇り、ドライバーの眼を楽しませてくれていた。
さしたる所用があるわけでもないのに、途中浜名湖サービスエリアに立ち寄り、浜名湖を遠景に取り込み、ポケットに忍ばせたコンパクトデジカメ(コンデジ、とか言うの?)で、撮影を試みる。
少し緊張を解き、周りの空気に合わせ、惚けるのも悪くない。
このサービスエリアは規模が大きい。最近ではスターバックスコーヒーも進出し、終日賑わっている。地方から遠出の一見の客からは「ほぅ、これがあのスタバかい」などと喜ばれているのだろう。
‥‥、
無事、納品も終え、夜も更けての帰還となったが、日曜の夜だというのに、東名高速上り線は異様な混雑でとても疲れた。
数ヶ月にわたる製作によるかなりまとまったボリュームでの納品であったので、これらの仕事を終えた解放感がかろうじて2時間の走行を助けてくれたように思う。
画像下は納品の1つ。
いずれまた、仕様を含めきちんとアップしたいと思う。
ソファ

木工家具制作におけるサンディング (その7)

サンディングバナー
スピンドルサンダー
スピンドルサンダーとは垂直に固定された電動機の軸(スピンドル)の延長部分に様々な径の筒状のスピンドルを連結させ、これにエンドレスのサンディングペーパーを巻き付けたものである。
これを高速回転させ、被加工材を手動にて押しつけて研削する。
スピンドルサンダーの普及はどの程度なのかは不明なるも、簡単な構造の機械ではあるが設備されていないと良い研削作業はできないのではないだろうか。
椅子などのいわゆる曲モノ(クセモノ)を対象とせず、例えハコモノ専門の業種であっても幕板などの成形部位の研削などにも有力な機械だ。
いくつか種類があるので、それぞれ紹介する。
3、(a) エアスピンドルサンダー
スピンドルサンダーの筒体は様々な素材のものがある。
スポンジ、フェルト、ゴムなど。それぞれ被研削曲面へのなじみを良くするため柔軟な素材が用いられる。
このうちエアスピンドルサンダーというのは中空のゴム袋、つまりタイヤ状のものに適切な圧力でエアを充填し、これにエンドレスのサンドペーパーを装填したものだ。
エアスピンドルサンダーうちにあるのは100φ、200wのサイズのものだが、このサイズは様々なものがあるだろう。
説明するまでもなく曲面形状の部位を研削するものだ。
椅子の脚部、笠木、帯など様々な2次曲面に有用。
当然にも研削可能最小Rは筒の径に規定される。
うちの曲面加工工程を簡単に示すと‥‥、
型板作り → 材料へのスミ付け → 帯ノコでのaboutな切削 → 縦軸面取り盤(あるいはヘビーデユーティールーター)での成形切削 → エアスピンドルサンダーでの研削、となる。
材種により、あるいは高品位な精度が要求される場合には、サンダーの手前に鉋掛けを入れることも多い。
しかし良く研磨されたカッターを取り付けた縦軸面取り盤の曲面切削加工であれば、かなりの程度に逆目も止まり、ナイフマークも極小で済ませることが出来、そのままサンディングに移ることは可能だ。
番手は#180ぐらいから始めて、塗装システムにもよるが一般的には#320あるいは#400ぐらいで良いだろう。

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松材とのお付き合い

ここ数日、工房内は松ヤニの臭いが漂っている。
以前記述した、ある顧客宅の建徳解体材からの木取りによる家具制作をしているからだ。
この臭いは決して嫌なものではないし、むしろ日本で古来から最も広く使われてきた材種の1つであれば、愛おしささえ感じる。
普段アメリカ材などに現を抜かしている身からすれば、せいぜい罪滅ぼしの意味も込めて、ありがたく仕事をさせていただこう。
木工をされる方であればどなたも周知のことながら、木材は広葉樹(被子植物)、針葉樹(裸子植物)という2つの種類に区分されるが、その切削、研削などの加工における感触というものは全く異なる。
独立経営し始めた頃、世話になっている製材屋からの依頼で土佐杉の大きな1枚板(60×900×1,800)の座卓を十数台製作したことなどもあったので、針葉樹の仕事は経験がないわけではない。
しかし久々に針葉樹との格闘は針葉樹固有の困難性とともに冒頭述べたようなある種の快楽とがない交ぜになったボクにとっては稀少な経験ではあるだろう。
困難性という言い方はあまり正しくは無いかな。広葉樹との違いから求められる固有の感性と言うべきか。
何よりも鉋掛けにおける切削のテクニックが異なる。
良質な檜などであれば、こんなにも鉋掛けは楽しいのか、と思われるほどスイスイと良い鉋屑が排出されるだろうが、ひねくれた、節だらけの赤松となるとそんなに簡単はいかない。
針葉樹全般に言えることであるが、春目と冬目(春材vs秋材、あるいは春材vs晩材などとも称する)の堅さが大きく違ってくるので、鉋の刃は常に最良の状態に維持されねば具合が悪い。
本来針葉樹と、広葉樹とでは鉋の刃の仕込み勾配も刃先角度も違ってくるのだが、ボクは残念ながら針葉樹専用に準備はしていない。
土佐杉の座卓を作っていた時に直径が1,2mを越える杉の輪切りを持ち込まれ、これをテーブルにしてくれと言われ、安請け合いしたことがあったが、あれは最悪の契約だった。二度と受けるものではない。
無知を晒すような話であるが、杉材の木口の切削が如何にやっかいか。これを直径1.2mの面積を平滑に削り上げるのである。
ボクは無謀にも手鉋2丁でやり遂げましたよ。
その間、削っては研ぎ、削っては研ぎ、ついには鉋の裏が無くなり、裏打ち、裏出し、削っては研ぎ‥‥。
つまり、晩材の木口はめちゃくちゃ堅いのに比し、春材はぼそぼそに柔らかい。これが数mm置きに配列されている年輪を、シャープに削り上げるには完璧な鉋の仕込み、研ぎ上げが求められる。
もう2度とするもんじゃありません。
身体はバキバキ。それまで肩こりなど縁が無かったが、さすがにこの時ばかりはその辛さを知りました。
この話を親方筋にしたら笑われました。オマエ、バカだね。鉋などでやろうとするのが大間違い。
これが広葉樹であればそれほどの苦労はしなかっただろう。春材と晩材との細胞の堅さのあまりの差異ゆえのものだった。
次に困るのは、松材の場合、ヤニだ。使う機械という機械にヤニがこびりつき、その処置がやっかい。シンナー、アセトンで拭き取らねばならない。(プレナーの送りも調子が悪くなっちゃった)
しかしそうしたやっかいな木ではあるけれども、松材の持つ明瞭な木目、力強い木目、削り上げられたツヤ(サンディングなどしたくないほどの)などに他の樹木にはない固有の魅力があることは認めざるを得ないのだ。
この後、同じ解体材で水屋、座卓、他いくつかの調度品を作る予定なので、せいぜい仲良くお付き合いさせていただこう。
さすれば、近くの大工の棟梁のところに行って、松材を削り上げる鉋の仕込みについて教えを請いにいかねばならないかな。この歳になって今さらだけれどね、ははは。

日本のデザイン ━「21_21 DESIGN SIGHT」の目指すもの

さる3月30日に六本木に新しいランドマークが出現した。
「東京ミッドタウン」
「ザ・リッツ・カールトン東京」も「サントリー美術館」も興味があるが、ここはやはり「21_21 DESIGN SIGHT」に注目したい。
まだ訪ねてはいないが、たまたま視たNHK番組《クローズアップ現代「“デザインの力”が世界を制す〜問われる日本の戦略〜」》では、
この「21_21 DESIGN SIGHT」の企みの中心的デザイナー、三宅一生氏深澤直人氏の2人が国谷裕子さんのインタビューを受ける形で、この新たな企画について語ってくれていた。
個人的にもこの2人の仕事へは敬意を表しているので、興味深く視聴させていただいた。
(三宅一生氏のプリーツはすごく斬新的な服飾デザインとして評価したいし、ボクのケイタイ〔au:INFOBAR〕は深澤直人氏のデザインによるものだ)
インタビューの前段として、Apple社の iPod 、イケヤの世界的展開のインテリア家具を取り上げ、これらがヒットしている最大の要因がデザインにあることを明かす。また英国では国家的プロジェクトとしてデザイン教育に取り組んでいることを示す。
次にこうした海外企業などのデザインにおける世界的戦略の中で、果たして日本の現状はどうか、という視点からその課題を探る、というものだった。
三宅一生氏は服飾デザインという本業では第一線を退き、それらは若いデザインナーに担当させ、こうしたパブリックなプロジェクトにこれからの人生を捧げようという意欲を感じた。(本来であれば国家的プロジェクトとして取り組むべき課題なのかもしれないが、そんなことを言っていたって始まらないから‥‥‥)
一方深澤直人氏によれば
〈デザインというのは、それを使う人に、前提を説明せずに、「こんな感じですよね」と言ったときに「はい、そうです」というやりとりが成立すれば良い。受け手側が持っていたマインドをたまたま私たちが職能として具体化するということ〉という。
全くその通りだよね。平明で分かりやすい。
これはこの人の言語感覚というものが造形センスと同じなんだな、とあらためて好感を持つことができた。
こうした有能なデザイナーによる共同のプロジェクトは、普通一般にクライアントの依頼を受けて仕事のチャンスを得ると言うものではないパブリックな試みとして、本人達はもとより多くの関心のある人々を巻き込んで、デザインというものをあらためて定義づけていく意味のあるものとして期待したいと思う。
三宅一生氏が語っているように、日本には古来から、生活レベルで美しいものを愛で、楽しむという文化があったし、もの作りの伝統が豊だ。70年代の工業デザインは世界的にも影響を与えていた。
今は少し元気が無いようだけれど、若い才能が羽ばたきつつあるのは確かなこと。
問題は日本というマーケットの特殊性(自国の狭いマーケットに安住してしまいがち)を打破して、如何に世界性を獲得していくのかということ。(昔はそうした特殊性の中で十分やってこれたが、現在ー未来はそのような閉鎖的視野では立ちゆかない)
近く上京する予定は無いが、機会を見出し、「21_21 DESIGN SIGHT」にはぜひ訪ねてみよう。
以前、このBlog(国立新美術館・ポンピドー・センター所蔵作品展を観て)で「国立新美術館」を取り上げ、「国立美術館」を謳っていながら何故日本のデザイナーによる調度品を使わないのか、と訝ってみたのだったが、日本のデザイナーらにとって屈辱的とも言える日本デザインの象徴的状況を表しているものと見做せば、意味もあると言うことになろうか。

カタクリの群生

かたくり3
暦も替わり、当地では水銀柱も27℃にも上がり、初夏の陽気。
仕事のめどもつき、暖かさに誘われてカメラを担いで出向いたのは近隣の公園に群生しているカタクリのお花畑。

もののふの 八十をとめらが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子の花

大伴家持 / 万葉集

カタクリは、山地や丘陵に自生する多年草。6〜7年たってやっと二枚葉の中から花茎が出てきて先端に一個の花を付ける。必ず下向きに咲く。
カタクリの名称は、地中20cmほどの深さに付く細長いラッキョウ形をした鱗茎が良質なでんぷんが含まれ、採取されたところから。(現在はじゃがいも、さつまいも、から)
画像はいずれもクリック拡大
かたくり2
カタクリ1

楢の家具調仏壇の品格とは

仏壇aこのBlogで作品を紹介する主たる意図は、こんなもの作ってます、という表明でしかなく、決して営業を念頭に置いたものではない。
もし営業をモチベーションとする記述であれば、つまらない内容に堕することになり、結果読者は激減していくことだろう。
しかしたまには購買意欲を掻き立ててくれるものもあるようだ。
昨年夏頃に小降りの家具調仏壇をアップしたところ、さっそく相互linkさせていただいているギャラリー、CRAFT藍さんから問い合わせがあり、昨年末に話が具体化し、先頃これが完成して納品と相成った。
顧客からの条件はサイズ、内部構成、材質(楢材)、塗装(オイルフィニッシュ)。
要望のサイズは高さにして1mほどのものであったが、あまりデコラティブなものではなく、シンプルに、素材感のあるもので、端正に作りたいと考えたのだが。

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高齢化と生産性の関係

このところ納期が間近に迫った仕事が重なり、大童の日々が続いている。
いささか疲労がたまり身体の“切れ”も良くないようだ。
ボクは仕事は早いほうだと考えているが、若い頃と較べると少しパワーが減退しつつあるのは間違いないだろう。
昔は連日深夜までの業務が続くことも希ではなかったが、今ではそうした無茶はしなくなった。
一定のボリュームのある天板の鉋掛けを何枚も何枚も掛け続け、途中鉋の刃の“裏”が無くなり、裏打ち、裏だしをしながら夢中になって掛け続けたなどということも幾たびあったことか。
そうした無茶はしなくなった替わり、失敗も少なくなり、仕事の精度も高まり、品質は高まってきたことも確かなこと。
先日「障害保険」の更新があった。
100万円、5年満期の貯蓄型傷害保険に加入しているのだが、昔は怪我も多く、その度入院1万円/日、通院5千円/日、の保険を支給され、さらに更新時には数十万円の配当金があった。それがこの5年間、全く怪我もせず、支給など受けていないのに、配当どころか、新たに数万円の追加保険金を納めねばダメになってしまった。
クルマの任意保険同様、外資系の保険に切り替えようとかと真剣に考えてしまったが、保険屋の兄ちゃんとの長年の付き合い上、目をつぶって更新することにした。
悔しいが傷害保険を支給されないのは悪いことではない。
こんなボクでも学習能力はあるのか、怪我もしなくなったし、高精度な加工も出来るようになった。
部品例えば画像のような框モノの加工でも高精度になっているだろうし、無駄な動きもなくなり、淡々とした進捗の中にもここ一番のところではしっかりつぼを押さえつつ進める。
結果、この“面腰”の仕口でも組めば留め部分がビシッと決まり、寸分の隙もなければ見付部分メチも極小に留まる。その後の仕上げも無駄なくラクに進む。
人間、老化というものの侵犯が無ければ、どんどん技量は上達し、仕事も早く生産性も高まっていくのだろうけど、残念ながら思いとは裏腹に老化は徐々に身体を蝕む始めるのだろう。
画像下は仕上がり目近のAVコンソール(TVボード)。
中央はAV機器収納部分(下部はAV機器を載せるスライド部分)。左右はCD(DVD)収納抽斗。
こういうAV機器収納については熱対策が肝要なので、構造としては框組みが良い。背板は基本的には框組に無垢の羽目板がキホンだが、AV機器部分はパンチングの合板にする。上部天板にも熱逃がしの孔が必要だ。スライド部分はランバーコアを用いる。
AVボード

ちょっとお節介なおやじ

今日は中国製子供向け自転車のハイテク化にちょっと戸惑ってしまった。
資材調達で地域で一番の規模(東京ドームと同じぐらいの敷地)を誇るホームセンターに出掛けた時のこと。
買い物を済ませ、レジに向かったのだが、レジ担当の女性店員がカウンターから外に出て、自転車を購入した10代前半の少年2人とともに首を傾げながら思案にふけっているではないか。
時折前輪を回したりしているのだが‥‥。
レジに並んだボクを認め、あわてて店員は清算手続きを始めてくれた。
しかしどうも気になって、ちょっとお節介なボクは「どうされたのですか?」と声を掛けたら、「この子が買った自転車のライトの付け方が分からないんですょ」との困惑気味の声が帰ってきた。
少年2人も困ったような顔つきだ。
ボクのお節介にも、迷惑そうな顔を向ける。
ハブダイナモ?? その自転車のヘッドライト部分を確認すると、ライトから伸びているコードは荷台取り付けステーに巻かれながら、前輪ハブへと向かっている。
ハブを見ると異様に太いではないか。これは明らかにハブにダイナモが組み込まれている機構と見定めた。
さて少年と店員が試みていた方法でもあったがペダルを手回ししながら前輪を回転させても点灯しない。 ??
どこかにスイッチがあるがずだよねぇ、と探すもそれらしき部品は見あたらない。
もしや、と思い、ヘッドライトのボデーの底を確認すれば、やはり小さな窓があった。(画像からも判別が付く)
これを指で隠しながら、前輪を回転させると‥‥、光束が放たれた。
少年はここでやっと笑顔になってくれた。店員からも申し訳なさそうに何度も礼を言われる。(いえ、あなた方も何から何までサポートしなけりゃならないから大変だよね)
ハブダイナモ+光センサー付きのオートライトだったのだ。
へぇ〜、最近の自転車はこんなにも進化しているのだ。ちょっと感動しちゃった。(知らぬはボクばかり?)
この少年の信頼を勝ち得たのだからとばかりに、せっかくだからと、この少年に発電と点灯の仕組みを教えてやりながら少し話をした。
この4月で中学校に上がるのだという。入学の祝いに自転車のプレゼントがあったのだろう。普通だと父兄に伴われて買いにくるのだろうが仲の良い友達を連れてやってきたのだ。「もうお前も中学なんだから、これぐらいの買い物は自分で行きなさい」などと言われながら。
最近はこうした大型ショッピングモールに限らず、店員の数はとても少ない。自転車を扱いながら、専門とする店員がいないのだ(たまたまいなかったのかな?)。
少年の行動半径を飛躍的に伸ばす自転車という希望に満ちた買い物は、ぜひ適切な乗り方などを指導しながら販売するといった態勢の整備を望みたいと思うな。
「かっこいい自転車だね、走りっぷりも良いだろうから、クルマには十分気をつけるようにね」と笑顔で言い残し帰路に就いたが、確かボクも自分の自転車を初めて買ったのは同じく中学入学の時だったな、と思い起こしたのだった。(うちはビンボウだったので新品ではなく中古品だったかな)
ネットでググったらこのハブダイナモについての良い解説ページがあった(こちらから)

木工家具制作におけるサンディング (その6)

サンディングバナー
(b)ユニバーサルサンダー
機械式ベルトサンダーでは前回解説した「 2点、あるいは3点ベルトサンダー」以外にも、「ユニバーサルサンダー」というものがある。
これは木工所において比較的普及度の高いサンダーだろう。
(しかしうちの製作スタイルでは用途が無いので設備していない)
「 2点、あるいは3点ベルトサンダー」とは逆に2本の縦軸スピンドルに150mm幅ほどのエンドレスのサンドペーパーを装填し回転駆動させるもの。
定盤は水平に設置される(サンドペーパーとは90°の関係になる)。1つは長手方向、またプーリーの円弧状部分にも置かれ、内丸形状部位の研削に活用される。
機種も様々だが定盤が任意にチルティングできるものも多い。
どういう用途があるのかな?
木口の研削には便利かも知れないが他には用途は?
工房起ち上げ前に少しの期間だけ世話になった木工所では抽斗の側板削りに活用されていた(研削ではなく切削としての活用だね)。
番手を #80〜#120ほどにすればがんがん削れるだろう。
でも間違いなく平滑性は損なわれ、木肌は荒れるだけ。
よい子の皆さんはこうした活用法はしないように。
この仕上げ段階でわざわざ切削品質にダメージを与えるようなことはしないようにしたいもの。
精度の高い高品質な加工をすれば、抽斗の仕込みなど、手鉋を数回掛ければバシッと決まる。
これは本稿で述べるのは適切ではないが、良い機会なので家具制作における精度についての考え方について少しだけ触れてみる。
〈木取りから始まる木工加工では全ての加工プロセスで高精度を追求するようにしたいもの〉
抽斗の仕込みに関係してくるのは、駆体の寸法精度、長手方向、妻手方向、奥行き方向、それぞれの平滑性、直角精度、寸法精度が要求されるだろうし、同様に抽斗本体の前板、側板、向板それぞれの精度が要求されてくる。
如何に高精度を要求したとしても、駆体の組み上がりは微妙な歪みは避けられない。
したがってここに挿入される抽斗はこの歪みに合わせて組み立てる必要が出てくるが、これを複数の抽斗において完璧に充足させることは至難だ。
そこで高精度の追求というものを生産性を損なうことなく果たすためには一定の技が必要になってくる。
例えば、前板の木取りを基本的寸法で決めた上で、駆体の微妙な歪みに完璧に合わせることで、その後のほぞ加工は修正された前板に準じて個別に特化した形状で施こされるだろう。
要するに正面左下がやや鋭角になってしまった駆体であれば、その歪みに合わせた前板の木取りに沿う形状で全てのパーツが加工され、組み上がるというワケだ。
したがって仕込みも数回鉋掛けすることでジャストフィットしていく。
無駄な削り、無駄な作業からは縁遠い加工方法ということになる。
またこれらはインセットの場合であるが、アウトセットの場合は仕込みを側板の削りで合わせると言うことは無理であるので、如何に加工段階の精度が重要であるかは推して知るべしだろう。
高精度の要求というのは如何にも非生産的で前時代的な考え方ではないか、というのは誤り。
無駄を省き、快適に製作を進めるという生産性を追求するためにも、高精度な加工プロセスが必要だということを知っておきたい。
さて話を戻そう。
このシリーズの初期に、サンディングと、鉋掛けの特性の違いについて述べてきたようにサンディングというものは塗装プロセスのプレ段階として欠かせないものだが、その方法論をしっかりと把握しておかないと、目的とは異なった結果をもたらすリスクがあることを知っておきたい。
鉋の使用には一定の技量というものも要求されるが、木工に取り組みにあたって、これを回避していては何事もなし得ないものと覚悟すべきことだろう。
意欲を持って取り組めば、誰しもが著しい上達をして、木工という快楽へと自らを駆り立てていく原動力になっていくものだ。
2,ワイドベルトサンダー
上下2個のドラムにエンドレスの幅広のサンドペーパーが装填され、定盤上をゴム状のベルトローラーにより自動送材されるものだ。
幅は450mm、600mm、1,200mmと様々。
1,200mmは合板製作には欠かせないが、最近では大規模の家具製作所にも導入が進んでいるだろう。
一般には450mm、600mmのものが多く普及している。
ボクは以前世話になった親方のところに小型(300mm)のものがあり、少しは構造的認識があるし、1,200mmのものも借りに行ったことがある。
このワイドサンダーは良い機械だ。
パッドの選択にもよるが、かなり高精度な研削規制が可能だ。つまり研削量が規制できるということ。
従って無垢の板などにも使えるということだ。
ただしかし少しの反りでも対応してくれないということにもなるので、留意が必要となる。
良く米国の雑誌などに紹介されているドラムサンダーというのがあるが、これは使えるのだろうかね?
ワイドベルトサンダーとは大きく機構が異なると思われるので、あまり興味がないのだが。
かといってワイドベルトサンダーを導入するほどの仕事量も、工場のキャパシティーもないのだが。
今回は余談が過ぎたので、スピンドルサンダーにまで及ばなかった。次回にしたい。

春の憂鬱

桜花甲子園から、パ・リーグから球音が聞こえてくる春本番ですね。
早朝家人を駅まで送りに行った帰路、近くの川の土手にある桜並木の様子を確認に行くが、遠眼には全く色づきが無いのでこりゃダメだなと諦めかけた。
しかしせめて数輪でも、と思い直し到着するも、やはり全く開花していない。
当初気象庁の開花予定の発表では静岡は何と13日頃という予測が出てびっくりしたが、これは直前になってデータ入力のミスで計算間違いだったとの訂正が入る。
訂正後出された予報は19日ということだった。既に予報から5日経過するが、とてもここ数日で開花するような現況ではないぞ。
しかしあの訂正時のニュースを見て、計算間違いのオドロキ以上にビックリさせられたのは、現在の開花予測というものはソメイヨシノのツボミの膨らみ具合などを検証するなどということは全く無く、ただひたすらコンピューターへ気温情報などのデータを入力し、統計学的数値をはじき出すだけなのだということだった。
そんなものなのかね。気象学というのは。
その土地に根ざし、子供の頃から農業に勤しむ傍ら、花守をしている古老などの予測の方へ信頼を託したくなってくるのだが、これはやはり間違いなのかな。
コンピューターに全幅の信頼を於くという科学的な手法こそ善であり神なのだ。
このままではキューブリック、「2001年宇宙の旅」のHALのように暴走し始めるのを誰も止められなくなるのだろうか。
今だから告白すると、この映画、封切り当時、新入社員だったボクは会社の先輩に嗾され連れられ、職場を抜け出て劇場に駆け込んだものだった。
こうしてこの先輩から悪いことも、シネマの快楽も覚えながらオトナへと向かっていったのだった。
IBMは徐々に日本の市場へとコンピューターを導入しつつあったが、まだ当時の職場では計算機は機械式のものを使っていた。個人的には計算尺というスケールのようもので計算をしていたのだった。
*画像
Top:ソメイヨシノ
中:土手に咲いていたぼけの花
下:工房前の地べたに毎年咲いてくれるスミレ
sumire
ぼけ