工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

松材とのお付き合い

ここ数日、工房内は松ヤニの臭いが漂っている。
以前記述した、ある顧客宅の建徳解体材からの木取りによる家具制作をしているからだ。
この臭いは決して嫌なものではないし、むしろ日本で古来から最も広く使われてきた材種の1つであれば、愛おしささえ感じる。
普段アメリカ材などに現を抜かしている身からすれば、せいぜい罪滅ぼしの意味も込めて、ありがたく仕事をさせていただこう。
木工をされる方であればどなたも周知のことながら、木材は広葉樹(被子植物)、針葉樹(裸子植物)という2つの種類に区分されるが、その切削、研削などの加工における感触というものは全く異なる。
独立経営し始めた頃、世話になっている製材屋からの依頼で土佐杉の大きな1枚板(60×900×1,800)の座卓を十数台製作したことなどもあったので、針葉樹の仕事は経験がないわけではない。
しかし久々に針葉樹との格闘は針葉樹固有の困難性とともに冒頭述べたようなある種の快楽とがない交ぜになったボクにとっては稀少な経験ではあるだろう。
困難性という言い方はあまり正しくは無いかな。広葉樹との違いから求められる固有の感性と言うべきか。
何よりも鉋掛けにおける切削のテクニックが異なる。
良質な檜などであれば、こんなにも鉋掛けは楽しいのか、と思われるほどスイスイと良い鉋屑が排出されるだろうが、ひねくれた、節だらけの赤松となるとそんなに簡単はいかない。
針葉樹全般に言えることであるが、春目と冬目(春材vs秋材、あるいは春材vs晩材などとも称する)の堅さが大きく違ってくるので、鉋の刃は常に最良の状態に維持されねば具合が悪い。
本来針葉樹と、広葉樹とでは鉋の刃の仕込み勾配も刃先角度も違ってくるのだが、ボクは残念ながら針葉樹専用に準備はしていない。
土佐杉の座卓を作っていた時に直径が1,2mを越える杉の輪切りを持ち込まれ、これをテーブルにしてくれと言われ、安請け合いしたことがあったが、あれは最悪の契約だった。二度と受けるものではない。
無知を晒すような話であるが、杉材の木口の切削が如何にやっかいか。これを直径1.2mの面積を平滑に削り上げるのである。
ボクは無謀にも手鉋2丁でやり遂げましたよ。
その間、削っては研ぎ、削っては研ぎ、ついには鉋の裏が無くなり、裏打ち、裏出し、削っては研ぎ‥‥。
つまり、晩材の木口はめちゃくちゃ堅いのに比し、春材はぼそぼそに柔らかい。これが数mm置きに配列されている年輪を、シャープに削り上げるには完璧な鉋の仕込み、研ぎ上げが求められる。
もう2度とするもんじゃありません。
身体はバキバキ。それまで肩こりなど縁が無かったが、さすがにこの時ばかりはその辛さを知りました。
この話を親方筋にしたら笑われました。オマエ、バカだね。鉋などでやろうとするのが大間違い。
これが広葉樹であればそれほどの苦労はしなかっただろう。春材と晩材との細胞の堅さのあまりの差異ゆえのものだった。
次に困るのは、松材の場合、ヤニだ。使う機械という機械にヤニがこびりつき、その処置がやっかい。シンナー、アセトンで拭き取らねばならない。(プレナーの送りも調子が悪くなっちゃった)
しかしそうしたやっかいな木ではあるけれども、松材の持つ明瞭な木目、力強い木目、削り上げられたツヤ(サンディングなどしたくないほどの)などに他の樹木にはない固有の魅力があることは認めざるを得ないのだ。
この後、同じ解体材で水屋、座卓、他いくつかの調度品を作る予定なので、せいぜい仲良くお付き合いさせていただこう。
さすれば、近くの大工の棟梁のところに行って、松材を削り上げる鉋の仕込みについて教えを請いにいかねばならないかな。この歳になって今さらだけれどね、ははは。

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  • 僕も以前、松の古材を使ってテーブルを制作したことがありますが、削れば削るほどいつまでも吹き出すヤニにとても苦労しました。
    それがトラウマとなって、それ以後松の古材は敬遠するようになってしまいました。
    ヤニ分の強い松は、製品となってからもヤニが出てくることがありますが、仕上げはどのようにされる予定なのでしょう?
    とても興味があります。

  • 齋田さん、コメントありがとうございます。
    ヤニ分の多い針葉樹の塗装は、基本的にはやはりヤニ止め工程を入れねばなりませんね。
    最も良いのは2液型のヤニ止めシーラーで押さえることです。
    その後は2液型のサンディングシーラー → クリヤー仕上げ というウレタン塗料のシステムですね。
    あるいは油変性ウレタン塗料ですと、濡れ色のしっとりした、オイルフィニッシュ調の仕上げができます。(黄変しますがね)
    こうしたシステムはうちでは塗装屋さんに任せることにしています

  •  私も二液型ストップシーラー〜二液型ウレタン塗装をしたことがありますが、完全にはヤニを抑えることができませんでした。とくに直接身体が触れることがある家具では、すこしのヤニでもクレームのもとになりかねませんので、以来マツその他のヤニを持つ材料を家具に使うことは止めています。
     ただ私の場合はなにぶん十数年前の昔の話ですし、非専門家たる自分が刷毛で塗ったというケースですから、その後の塗料の進歩や塗装の専門家が施工されればまた違った結果になるのでしょうね。

  • 木工房オーツー:大江進さま コメントありがとうございます。
    仰るように完璧なものではないと思います。
    材中のヤニ成分は枯れることなく留まり続けますので、いずれウレタン塗膜の劣化を尻目に溶出してくるでしょう。
    またウレタン塗膜のプラスティック化そのものへの評価も芳しいものではありませんので、ヤニ止め対策そのものの総合的な評価となるとなお難しいところです。
    むしろ顧客に理解を求め「肥松」木工のようにヤニ成分を活かした仕上げにするのも一興かと思われます。
    今回は顧客の旧宅の解体材活用ということで、ヤニ問題を越えて新たに家具として再生された姿に意外なほどに喜んでいただきました(因みに今回の手法はアセトンでヤニを拭き取り、薄めにヤニ止めシーラーを掛け、そして油変性ウレタンを数回吹き込んだだけのものです)

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