手筺のお披露目

塗装も終え、金具フィッティングも終え、一応の完成をみた。
これはA4の書類がちょうど収まるサイズで設計したもので、「書類入れ」を基本としているが、内部を細工し、ジュエリーボックスなどとして使うことも想定している。そのための張り加工はこれから。
過去、ある個展では男性の方から、時計のコレクションをしているので、そのようにパーテーションをして欲しい旨の依頼もあった。
ウォールナットとミズメ樺、どちらが好まれるかは全くわからない。
それぞれに魅力があるからね。
工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

塗装も終え、金具フィッティングも終え、一応の完成をみた。
これはA4の書類がちょうど収まるサイズで設計したもので、「書類入れ」を基本としているが、内部を細工し、ジュエリーボックスなどとして使うことも想定している。そのための張り加工はこれから。
過去、ある個展では男性の方から、時計のコレクションをしているので、そのようにパーテーションをして欲しい旨の依頼もあった。
ウォールナットとミズメ樺、どちらが好まれるかは全くわからない。
それぞれに魅力があるからね。
今日は久々に晴れ上がった。
空の青さはアフガン東部、ジャラーラーバードの空ほどでは無いかも知れないし、何より極東の端っこ、湿潤な気候の日本に久々に無言での帰還を果たし(そう、帰還という表現が良いかも知れない)、本人の気分は本当のところどうなのだろうか。
棺の前に進み出たとき、ついそのような不埒な問いかけをしてしまった。
伊藤和也さんの通夜が掛川市内の葬儀場で営まれ、末席に座らせていただいた。
会場には大好きだったという坂本九の「見上げてごらん夜の星を」が流され、設えられた祭壇は花々で飾られ、中央にはアフガニスタン東部ナンガハル周囲で伊藤さんが現地住民と共に試験栽培をしていたというお茶の木々が生い茂り、そこにアフガン大地を背景に微笑む伊藤さんの遺影があった。
様々な思いを残しながら8月も終わる。
今日のエントリは脱力して、YouTube・ホノルルからジェイク・シマブクロの演奏でも‥‥。
ウクレレの名手として国境を越えて活躍していることは知っての通り。
その超弩級の演奏技術は、ウクレレという楽器の概念を大きく変え、音楽性豊かな空間を造り上げてくれている。
どんなジャンルの演奏でも、そこにはジェイク・シマブクロのウクレレの世界の投影が見られるのだが、それは類い希な才能とともに、様々な境界を軽々と越えて広がっていく彼ならではのアイデンティティー(日系5世)というものが背景にあるのかもしれないと思ったりする。
YouTubeでは「Dragon」をチョイスするが、他にもかなり多くのライブ演奏が収められているので、楽しんでいただければうれしいな。
(midnight ukulele disco)というサイトにもたまらなく豊かなウクレレの世界が紹介されている。
例えばビートルズの叙情的な名曲「While My Guitar Gently Weeps」(ジョージ・ハリスン作詞作曲、ギターソロはエリック・クラプトンだった)をジェイク・シマブクロの手に掛かると、こんな調子に料理してくれるのかよ、とにんまりしてしまう。
ジェイク・シマブクロさんは今日夕刻、アフガニスタン、ナンガハルから棺に納められた姿で無念の帰国をした伊藤和也さんと同じ31才だけれど、このすばらしい若者が今後どのように飛躍していくのか、ボクにとっても1つの楽しみだ。
最近やたらと用いられる“癒される”などという言葉は趣味ではないが、音楽というものは人の悲しみを少し浄化させてくれる力というものがあることだけは確かなようだ。
* ジェイク・シマブクロ(Jake Shimabukuro) 公式サイト


画像はアシスタント(見習い?)に作らせているものだが、やっと塗装工程にまでこぎ着けた、というところ。
組み手の天秤差しからはじまり、面腰の仕口を持った蓋に至るまで、決して安易にできるような設計基準でもないし、加工、仕上げ精度も相応のものを求めている。
修行の考え方というものも様々だろうが、基礎を修得して以降というものは、やはり持てる技能水準に準じて課題を与えるというだけではなく、本来果たすべき品質基準を獲得すべく努力してもらうという、やや本人にとっては厳しい手法を取るということも試みるべきと思う。
才能などというのは、多くの場合見出せずに死蔵されている場合の方が多いもの。少し難易度の高い課題を与えることで、そこを突破し、獲得できた地平が得られたとき、本人もその達成感に酔いしれ、さらに次なる世界へと飛躍していけるものではないだろうか。
今回の筺はミズメ樺とブラックウォールナットの2種。
材料も手抜き無し(笑)だよ。
ミズメ樺は末口60cmほどの丸太であったが白太が少なく最高品位の原木からのもの。蓋の鏡板に至るまで全て柾目取り。駆体は2.5寸板(75mm)を挽き割っていくことで、柾目木取りに、しかも木目が四方、全てが繋がるという高品質な木取をした。
ウォールナットの方は、杢がかった部位を挽き割っていった。
仕事を終え、夕食の準備を進めながらTVを点けたら、大変驚く事態が報じられていた。
アフガニスタン東部ナンガハル(Nangarhar)州で農業事業活動中の「ペシャワール会」(NGO)のスタッフ、伊藤和也さんが武装グループにより拉致誘拐されたとのニュース。(asahi.com)
一瞬足下が崩れる思いがした。
悲嘆にくれた理由にはいくつかのことがある。
まず何よりもターゲットにされたのが日本のNGO・「ペシャワール会」のスタッフであったこと。
周知のように「ペシャワール会」とは医師、中村 哲さんのパキスタン、アフガニスタンでの医療活動、農業事業を支援するために結成されたNGO。
拉致された伊藤さんは大学で農業を修めた専門家として、2003年、慕う中村ドクターを追うように現地に入り、「ペシャワール会」の事業「緑の大地計画」を担うリーダー的存在となっていたという。
現代のグローバル化社会はG8などの先進国、BRICs諸国、そして資源国による政治的経済的支配が貫徹されるなか、多くの南の国が収奪の対象となり、困窮を極めるという2極化が進んでいるが、それに留まらず経済の軍事化は米国による様々な紛争への軍事的介入を招いている。
そのターゲットになったのが9/11対抗としての2,001年のアフガン侵攻(「不朽の自由作戦」)だった。
砲弾飛び交う中を、医師、中村 哲さんは医療支援活動、農業事業など精力的に活動していることはボクを大いに驚かし、そして感嘆させたのだが、まさに日本の民主主義、国際支援活動の希望の星としてその印象を強くしていた。
今も継続されている日本の自衛隊による米国のアフガン侵攻への支援活動は、現地アフガンの人々にとり日本への印象を悪化させるものであることは容易に想像できることだが、中村 哲さんの活動は、これを打ち消す“日本の良心”として現地の人々の心奥深くに刻み込まれている。
政府ODAも規模とパワーで現地に強くインパクトを与えるが、人的、継続的、現地密着的な中村 哲さんのようなNGO活動のソフトパワーの方がより有益でかつ信頼醸成に資する。
ところでアフガンの近況は残念ながらより悪化しつつあるようだ。
タリバンによる武装蜂起が各地で勃発、首都カブールでもテロが頻発。米国の傀儡でしかないカルザイ政権も戦争状態であることを認めるほどの困難な状況。
なお、本件拉致事件の情報は混乱を極めている。
午後8時頃は、外務省筋から解放されたのうれしいニュースが飛び込んできたものの、その後、外務省担当者から、これは誤報であったとの会見。
ただただ伊藤和也さんの無事を祈るだけだが、いつぞやのように、政府関係者、メディアなどからの「自己責任」論などのパッシングが起きないことを祈っておかねばならないのが、今の日本の暗澹たる時代精神を生きる者の務めであることが悲しい。
朗報を待ちたいと思う。
JR 東日本の話し。
昨日は午後3時頃に盛岡を経ち、東北新幹線、東海道新幹線を乗り継いで帰宅した。
ボクはなんとか帰宅できたのだが、昨日の場合多くの利用者が帰宅できなかったようだ。
午後4時頃から東海道の小田原ー熱海間で猛烈に発達した雨雲が長時間にわたり豪雨を降らせ、規定の雨量を超えたために運行停止となってしまった。
ボクが東京駅にたどり着いたのは定刻の17時半頃。
降車して、そのまま新幹線構内を、東海道新幹線方面へのゲートを潜ろうとしたのだが、何とゲート外側には疲れた顔をして床に座り込んだままの多くの客がひしめいていた。
黒板、電光標示板を見れば、東海道新幹線の運行停止を知らせる告知。
ありゃりゃ、こりゃあかんわ。
東北新幹線の車窓を流れる風景は、やはりこの地域固有のものを感じさせて飽きない。
まず何よりも青々とした田園の延々とした拡がりが美しく、食糧自給率が著しく低下しているとの概念を打ち破りそうにも思えるほどに穀倉地帯が続く。
(先の参院選での小沢民主党党首による農業従事者への税制優遇の公約というものも、その地盤に立ってみればあらためて説得性を感じさせてくれるものがある。)
次に河川である。
コンクリートで打ち固められた河川敷はむしろ希で、そのほとんどは灌木、水辺の植物に覆われた自然の形状を守っており、満々とたたえた水量が蕩々と流れる様は、水の国・日本という国土の豊かさを再認識させてくれ嬉しくなる。
昨日からお邪魔しているのは、みちのくでもよく知られた北上川の東岸に接する街、盛岡。
ボクはこの北上川の下流域に近い仙台郊外の生まれというせいなのか、北上川へは郷愁に近いものを感じさせてくれ、この旅も幻想でしかないのにも関わらず、川への思いというものを満たしてくれ深く安堵させてくれるのだった。
今回の旅はこの地のカスタマーへの納品設置のためのものだったが、他にもこれまで制作依頼された家具を送るだけの関係でしかなかった別の数軒をお邪魔して、納品状況を確認させていただいたり、お話しを伺ったりと、日頃の無沙汰を埋め合わせる重要な旅となった。
本来であればこちらが一席設けて感謝せねばならないところ、仲介の労を取ってもらったギャラリー「クラフト藍」さん、そして顧客の方々による心のこもる接待を受けるということになり、恐縮するばかりであったが、しかし何よりも顧客とのリアルな交流はもの作りの責任の大きさの再確認と、また同時に励みともなる楽しい酒席であった。
皆さんへは心からの感謝を !
盛岡という街の独特の趣と、近代文学史の中で多くの物語(啄木、賢治など)を育んできた風土への憧憬も、こうした交流はよりリアルな実像を結ぶものとなるのだろう。
風土とは結局はその地に暮らし活動する人によってこそ支えられ、醸し出されているのであるから。

昨日のエントリでは購入した2冊の画像が無かったので触れなかったが、あらためて パシャッ ☆
「天童木工」(菅澤光政 著/美術出版社)
「茶室とインテリア ─ 暮らしの空間デザイン ─」(内田繁/工作舎)
「天童木工」の方は日本を代表する家具メーカーの開発部部長として同社工場から産まれた数々の名作に立ち会ってきた著者によるディープな社史であり、またその独壇場とも思える成形合板技術などの解説書としても読み応えがありそうだ。
ただ先ほどこの会社の歴史をよく知る人で著者とも親交のある人に尋ねたところ、いくつもの大事なことが抜けている本だなという感想を漏らしていた。
またお会いして詳しく聞かねばならない。
多くの画像も使われているが白黒であまり画質も良くないのが残念だ。
「茶室とインテリア」はインテリアデザイナーの内田氏による、日本の住空間のその特質というものを「茶室文化」から読み解こうとするものであるようだ。
うちのすぐ近くにある「お茶の郷博物館」(設置運営主体/島田市)に併設されている小堀遠州によるところの茶室と庭(復元)が多く引用されているが、個人的にも良く利用させてもらっているところでもあり、近しく読むことができそうだ。

ネット全盛の時代にあって望む本をどのようなルートで求めるのかということは意識下にあって良いとは思えない。
地域の書店に出向くことが無いわけではないが、残念ながら欲しい本は探し出せないことの方が多い。
雑誌はともかくも単行本でそこで買うことができるのは、メディアで話題になった本、あるいは大手出版社が扱うベストセラーになったものくらい。
地域のその書店も例に漏れずチェーン店であるので、棚にどのような本を置くのかは取次店のデータからはじき出されるもので占められるのだろう。
いったん棚に置かれても1週間経って売れていなければ当然にも他の新刊本に差し替えられる宿命を持つ。
こうしたシステムでは当然にもボクが欲しい本を探し出すのは困難。
様々なことが困難になっている時代というものを反映しているだけと言えばそれまでだが、こうした買い物というものは恐らくはかなりの程度にネットショッピングに置き換えられることで、読書家のフラストレーションが社会的問題になることは少ないのかもしれない。
しかしボクは極力amazonに代表される巨大ネットショッピングサイトで購入することを避けようと心がけている。(このBlogではRECOMMENDメニューを設置しているにも関わらず? )
多くの方々がそうであるように、「あなたが探している本はこれではないですか?」とご丁寧に購入者の読書傾向を分析し、先回りして紹介されることへの薄気味悪さが趣味に合わないからである。
確かに「あなたは知らないかもしれないが、あなたが読みたがる本が発刊されましたよ」、というのはありがたいことではある。
amazonなどで購入した事のある人には理解いただけるだろうが、「これこれ、こんな本を探していたんだよ」と感動してしまうほどに、そのデータ分析からの紹介はユーザーその人にとって適合していることは否定しない。
しかしそれはねぇ、余計なお世話なんだよ、というひねくれものにとってはやはり気味が悪い。
そんなわけで、今日は名古屋丸善に立ち寄りいつものようにアート、建築、インテリアコーナーを狩猟したが、思いの外読みたい本がいくつも出てきたのだが、懐具合もあったので2冊だけに止める。良い買い物になった。
やはりネットとは異なり、装丁も含め手触りの本が訴えかけてくるものはリアルだし、一覧性からの選択の自由さというものはうれしい。
下の画像はこのBlogにリンクしているストックホルムのIkuruさんの本が平積みになっているところ。
平積みですので、かなり売れているのだろうと思われた。やったね、Ikuruさん。
