コロナ禍と私たち(この世界をどう生き延びるか)2
日本国内での新型コロナ対応を振り返る
4月7日に発出された「緊急事態宣言」は5月25日に解除され、その後出された「東京アラート」発令も先週11日に解除。今、日本社会は徐々に長い眠りから目覚め、再起動しつつあるかのよう。
しかしこれは果たして公衆衛生学的な価値判断、疫学的な知見から判断されたものなのだろうか。
いや、決してそんな科学的なものでは無いことは、日々公開される感染者数の推移、その時点での感染の脅威を表す「実効再生産数」等のグラフを見れば一目瞭然。

図は〈東京新聞〉(06/16朝刊掲載)の感染者数のグラフ、および、〈東洋経済新聞社〉が公開している「新型コロナウイルス国内感染の状況」のページに掲載しているものだ。

日本の「緊急事態宣言」は言われるところの「ロックダウン」(都市封鎖)的な法的強制力を持たず、政府、および自治体からの「要請」にもとづく「自主」的な規制でしか無いという特徴を持つものだが、しかし日本人の心性、および地域共同体の特異な「ムラ」意識という特徴から読み解けば「自主」とはいえ、極めて強いとされる「同調圧力」が効果を発揮し、過剰な抑制が効くと言えるもののようだ。
同時にそれは国家的規制であれば「規制」とセットとなった「補償」が前提となるところ、「要請」に基づくという妙から、そこには「補償」は前提にされないというエクスキューズが内在する。
「要請」による営業「自粛」であることで、当初は何らの補償Planも提示されず、恐々と暖簾を下ろし、営業取りやめに追いやられ、あまりの長期の休業となることで経済的逼迫の余りにやむなく廃業の判断に追いやられる人もいたようだし、途中から補助金や助成金、融資などの支援制度が起ち上がってきたものの、申請しても待てど暮らせど届かないという叫び声があちこちから聞こえてくる始末。
ベルリン在住の日本人の演奏家の事例がニュースになっていた。彼女は申請書を送り届けた数日後には20万円が口座に入っており、暫くは毎月入金されると笑顔で話していた。
およそ、日本政府の場合、コロナ対策の担当大臣は西村康稔という経済担当閣僚の兼任であることに象徴されるように、疫学などとは全く無縁の、いや真逆のイケイケドンドンの大臣がやってるわけで、「人の命より経済!」というのが基本姿勢であることが透けて見える。この不誠実でやる気の無さというのは、そもそもの安倍政権のコロナ対策への腰の引けた戦略から当然なのかもしれない。
また一方、疫学専門家の少なく無い方々から、この「緊急事態宣言」の発出は発するには遅きに過ぎたとの反省も多いのだそうだ。(前回記事冒頭のグラフ参照)つまり「緊急事態宣言」を4月7日より1週間、2週間ほど早く、例えば3月24日、2020東京五輪の1年ほどの延期発表直後の感染者数の著しい増大の頃に発せられていれば、感染拡大に至ることなく推移していたのでは無いかという疑念だ。(朝日「緊急事態宣言「もっと早めなら…」 専門家会議の舘田氏」
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