栗の巨樹を愛でる(拭漆栗・書斎机の制作)その6
デスクのワゴン
抽斗はデスク本体とは別物として、いわゆるキャスターを持つワゴンのタイプとしました。
同じ栗材での拭漆仕上げ。
全体の構成はいわゆる板差しですが、見付側(正面)の側板と天板は留め接合とし、奥行き方向の接合仕口は天秤差し。
私は、この種の仕事は自家薬籠中のものとしていますので、ビシッと決めていきます。
ピンの最先端は2mm(手鋸のアサリ厚み程度)という極細を天秤差しの基本としており、これにより仕口そのものの美しさが映えます。
もちろん、接合強度的にはこのピンの幅は5mm、10mm、50mmだろうと変わらないだろうと思われますが、美麗に納めるにはこの2mmという極限的な細さは私にとり重要なポイントになるのです。
加工の難易度から視た場合、さほどの違いはないと思われますが、ただ2mmというのは一連の加工途上において欠損してしまうリスクはありますので、本来、私のようなおっちょこちょいの職人には不向きなのかも知れません。
加工精度は寸分の隙も無く、組む工程でも、3台共に揺るぎなく、ビシッ、です。
ところで、板差しの構造体ですが、大気に晒される外部と、抽斗が納まり、外気の影響を受けにくい内部とでは大きく条件が異なりますので、天板と地板部分は良いとして、中央部の湾曲変形があると抽斗の摺動が阻害されます。
これを防ぐために、抽斗の割り付けにもよりますが、今回のように500mmほどの高さの場合、中央部に近い適当な個所に、もう1枚 板を差し込むことで、季節変動、経年変化による反張などからの反りに対応させることができます。
こうした板の接合部の仕口ですが、私は大入れ(私の親方はメチボソ、などと呼称していましたが)とともに、Dominoを用いた枘を併用します。
角ノミが使えない懐深い位置への枘孔開口ですので、このような場合にDominoはとても有用です。
もちろん手ノミで開けても良いのですが、職業木工屋はそんな悠長な事はやってられません。
こうしてDominoで駆体との接合を確実なものとし、大入れは水平方向の揺るぎない確実な位置決めに欠かせない仕口として使うのです(枘やDominoだけでは、その個所しか水平位置は保障されませんが、大入れに挿入することで、板幅全幅において保障されますし、加え、ボンド塗布も加え、接合強度も高まります)。
ところで、
大入れは水平方向の揺るぎない確実な位置決め
これはどういう事かと言えば、6mmのカッターを装着した丸鋸昇降盤での切削加工ということで、丸鋸昇降盤のフェンスが基準となり、そのことで高精度な位置決めと、高精度な並行移動が可能ということを意味します。
ただDominoでの切削加工を同じ水準で行おうとする場合、一般には高精度な墨付けをして挑めば良い、と考えるかもしれませんがそれでは足らないです。
ここはやはり、丸鋸昇降盤の手法に倣い、被加工板の末端の木口から、然るべくDominoで開口する位置までの補助板を用意し、これをフェンスとした高精度な開口作業を行うことが求められます。
一見、こうした補助板の用意など墨付けと較べてやっかいかと思われるかもしれませんが、1枚作っておけば、これを基準とした高精度な位置決めが、他の加工材においても同一の精度で行えるという大きなメリットがでますので、厭わずに作るようにしたいものです。
因みに、地板は前後と中央部にそれぞれ2枚ホゾを施します。中央の仕切り板同様に、ここでも大入れを併用します。
2枚枘は1枚の枘と較べ、2倍どころか、5倍ほどの?接合強度が確保されるものと考えても良いでしょう。
2枚ホゾ、3個所というのは、果たして完全かどうか、ですが、確かにもっと多くすべきという考え方もあるでしょう。
私の場合、大入れを併用しますので、これで大丈夫という判断です。
天板部は天秤差し、地板は2枚ホゾ×3+大入れ、中央の仕切り板にはDomino枘×3と大入れ
ということで、完璧な構造体が確保されます。
なお、この左右の側板と天板は2枚矧ぎでの構成ではありますが、あくまでも1枚の長い板から順番に木取ったもので、より自然な木理の流れとなっています。
私自身は「手作りナンチャラ」などと語ることを由としませんが、こうした木取りにおける丁寧な考え方は有機自然物である木を使わせて頂いている者としての敬虔なる態度の1つと考えています。
背板は4.5分の栗材の無垢板を嵌め殺し。これには板の収縮後の痩せに伴う未塗装部分の露呈を考慮し、あらかじめ拭漆を施しておきます。
ワゴンの組み立て
今回は小ぶりなワゴンですが、天秤差しの部位を圧締するには然るべく、この天秤差しに合わせた切り込みが入った当て板をを用意し、プレスで確実に圧締させます。
天秤差しに限らず、組手の場合の圧締はいかに均等な圧力を掛けるかがキモとなります。
クランプなどではなかなか板面全体を均等な圧力で締めるのは大変困難で難しいものですが、プレスであれば安心、かつ確実、かつ容易です。
前板の意匠
ワゴン本体の見付側は留め接合ですが、外から中へとなだらかな円弧を描く面取り加工をしており、これに合わせ、前板は全体の周囲だけ片銀杏面を取ります(周囲を除き、隣り合う水平のラインは糸面)。
全体で1つの面を構成する、という独自の考えです。
鍵付き、スライドレールの抽斗
抽斗は鍵付きで、ブレーキ機能等を持つ高級なスライドレールを用います。
事務机ですので、スライドレールは必須です。
だからといって、量産物のようなアバウトな仕事はしません。ピタッと本体に収まるような精度の加工を強います。
抽手
工房 悠が以前より用いてきた、カスタムメイドの抽手です。
ローズウッド製です。
カスタムメイドというと、一般には旋盤加工したシンプルな棒状のものが多いでしょうが、これは昇降盤、ピンルーターなどを駆使しての造形で、相当に高品質なクラフツマンシップあふれる逸品ではと自負しています。
画像は、制作シーンの数葉。
キャスター
オーストリアにあるキャスター専門メーカーのTENTE
医療施設、図書館などをはじめ、多くのところから信頼をおかれている世界的なブランドです。
クールでスタイリッシュなデザインが良いですね。
拭漆で板差し組み上げのまずさが露呈
さて、前回も少し触れた、拭漆塗装工程の問題。
綺麗に仕上げて、拭漆に回した物の、突っ返されてきました。
天秤差しの組手部位周囲は漆が乗らないということでした。
つまり組む工程での塗布されたボンドが残っていたのです。
組み終わった後の温湯でのボンドの除去、乾燥後の手鉋でのメチ払いと仕上げ削り、そしてサンディング仕上げを終え、一見完全に仕上げたはずのものでしたが、木部に染み込んだボンドの樹脂が漆を弾いてしまうのです。
ありゃ〜、というわけですが、どう問題解決を図ったかと言えば、
手鉋で数回削り込んで取れるほどのものでも無く、結局、電動鉋で0.5mmほど大きく削り込み、その後手鉋仕上げ、サンディング仕上げと、納期が迫る中、身体を極限まで酷使しての作業を投下し、何とか塗装に移ることに。
用いたボンドはタイトボンドⅢでしたが、これが良くなかったと思われます。
さらには、はみ出すほどのボンドを塗布しては、このような組手の場合はダメですね。
最良なのは、続飯(そくい)なのだそうです。
私はオイルフィニッシュが基本で、拭漆での組手はあまりやることが無く、経験不足であったようです。
牧野さんには迷惑を掛けてしまったのでしたが、今回は良い経験をさせられました。