工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

新聞とネット世界

(承前)
今朝になっても夕刊は届かなかったので、販売店に配達するようFaxしてやっと手元にきた。
スミマセン、と言って、謝罪の意味なのか購読紙2紙にスポーツ紙を抱き合わせて持ってきたが、それはいらないから事情だけ説明してください、と押し返す。
やれやれこんなことなら新聞購読やめて情報収集はネットで済まそうか?
なんて、考えももたげてくる一件だったが、果たして昨夕刊の地元新聞社の印刷ミスとは一体何だったのか。
ネットで検索してもなかなかたどり着けない。
通常より18時間遅れて配達してくれた、その配達員から仄聞する。
県下のある事件を報ずる記事の見出しで容疑者の所属名を間違えたらしい、と漏らしてくれた。
手元の夕刊紙を見れば3面記事のトップにその事件と思われる記事がきていた。
5段ヌキの記事、その見出しは白抜きで最大ポイントのサイズだ。
県下の事件とは言っても全国的規模で広がる、ある社会問題に関わるもので注目度は高く、間違えられた所属先としては社会的逸失は少なくないものがあることは容易に想像できる内容のものだと感じた。
他紙の報道によれば既に間違いを気付かずに配布してしまった地域があるらしい。
恐らく今頃は間違われた所属先からの抗議にたじたじとしているのだろうか。
菓子折1つぶら下げて謝罪するだけでは済まされない誤謬だろう。
新聞メディアの影響力というものをあらためて自身の不手際で感じ入ったかもしれない。
記者、編集部、デスク、整理部、入稿、いずれのミスなのか、全てに問題があったのか、なんとも早お粗末な新聞社ではある。

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冬の光

鉋掛け
この時間、まだ夕刊が届かない。
新聞への信頼性は地に落ちて久しい、との思いはあるものの、やはり読めないというのは精神衛生上とても悪いようだ。
地方紙、静岡新聞が何か印刷ミスとかで配達が遅れるとのプレスリリースを出しているものの、本当の理由は解らない(併読している全国紙もあおりを受けて配達されない)。
よほどのチョンボを出して読者の眼に触れるのを避けたかったのだろうか。
ま、そんなことは読者にはどうでも良いこと。
さてところで今日の話題は冬の光。
我が工房は東、南、西の3方に窓があり、日の出から日没まで日射しが入る。
木工の仕事場の採光については様々な考え方があるようだが、ボクは良質な木工をするには採光はとても重要な要素だと感じている。
確かにあまりに強い光を取り込むことで、加工材への不均質な乾燥による変質、塗装工程でのムラ、など悪影響は無視できるものでないかも知れない。
それでもなお、採光は重要だ。
特に冬のように日射しが弱く、また日射時間も少ない時期には太陽光をしっかりと活用したいものだ。
これは何も作業者の作業環境のみを問題にしているのではなく、加工材・木材の表面精度、テクスチャーの判定というものに採光は必須の条件になるからである。
以前サンディング作業のエントリの時にも書いたことだが、仕上げの品質のチェックというものは意外と難しいもの。多くの新人はほとんど理解していないと考えた方が良いだろう。
それを理解させるには、太陽光の下でその切削面、研削面を透かして視ることだ。
少しは木という素材が持つ固有の表情を理解する者であればたちどころにその品質を見破ることができるだろう。
鉋掛けであれば、鉋まくら、刃の欠け、あるいは取れていない逆目なども歴然とするだろうし、サンディングであれば、高精度に掛けられた表面であればシャープにその材色固有の色が出ているはずである。
不十分であれば白くぼけていたり、ムラになっているもの。
手で触れてすべすべしているからいいだろう、というのはほとんど基準たり得ない。
なお人工の照明で代替できそうに思えるが、これがなかなか微妙。
うちは水銀灯と蛍光灯、そして部分的なスポットライトとして白熱灯を使用しているが、いずれも太陽光に代替できるほどに自然光に近くは無い。
そんなわけでこの冬の時季、陽の光は遠慮気味で弱く、しかも日照時間が短い。
したがって仕上げチェックは日射しのある時間帯をねらってすることにしているが、お天気にも影響されるのでストレスばかりがたまっていくことになるんだな。
今日は朔。いわゆる闇夜の新月だね。
かと言って狼になるほどの元気もないし、夕刊も来ないようだし、今日はふて腐れて布団にもぐっちゃおうかな。、

「ピカソとクレーの生きた時代展」

クレー「黒い領主」
知人のNさんが手術入院したとき見舞った際の贈呈本を [Taschen]社ソフトカバーの「Paul Klee」画集にしたことがあった。
気持ちが沈みがちな病院のベッド暮らしには、少しの明るさをもたらしてくれるものと考えたからだったが、確かに本人は喜んでくれたものの、果たしてそれは正しい選択だったのかという疑問が名古屋市美術館での展覧会「ピカソとクレーの生きた時代展」を見ながら頭をかすめた。
色彩と形態(フォルム)の画家と言われるクレーはボク自身好きで現在タイプしているこの部屋にも大きなポスターの絵が貼り付けられている。
今回の展覧会は、クレーがバウハウス退職後、彼自身が美術学校で教鞭を執ったことがあるデュッセルドルフにある「ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館」の改修増築工事という機にその大部が海外に出されることによって可能となったもので、ピカソ、クレーの名作を中心に、シャガール、ミロ、マティス、マグリット、エルンストなど、20世紀初頭〜第2次世界大戦頃までの欧州美術界を代表する作家の日本未公開のものを主体に展覧されていた。
今回は所用で訪ねた名古屋で少し空き時間ができそうということで急遽美術館行きを決めたということもあり、どのような作品が展示されるのか十分にリサーチしていなかったのだが、思いの外収穫があった。

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「縦軸」

縦軸
今日は数時間機械のトラブル対応に追われた。
一般にこの辺りでは「縦軸」と呼ぶ機械だが、これを壊してしまったのだ。
三相モーターからベルトを介し主軸に回転を伝える時には20,000回転ほどに高速化される、いわゆるルーターマシーンのようなものだが、定盤に対しチャックは下から垂直に顔を出すという機構のもの。
ネットなどでも話題になっているハンドルーターをひっくり返したルーターテーブルとほぼ同じ機構のものだね。
これを久々にグリスアップ、摺動部の清掃などをしていたのだが、定盤昇降のための1”軸のスクリュー(角ネジ)を破損させてしまった。
作業がしやすいようにと定盤を最上部まで上げたのが良くなかった。この1”軸のスクリューをベース部から起ちあがっている雌ねじ部から外してしまったようで、作業終了し定盤を元の位置に戻そうとスクリューハンドルを回転させようとしても、びくとも動かない。
やってしまった。ネジの噛み合わせをダメにしてしまったようなのだ。
結局機械屋に電話でアドバイスを求めながら修復を試みたが、なかなか元通りにはならない。機械屋は明日にでもレスキューに来てくれるとありがたい申し出ではあったが、固辞し、なんとか自力更生でとさらなるチャレンジ。
結局その後関係する部品を全て取り外し、スクリューのオスメスをそれぞれ再生させることにした。
見ればメネジは上部から深さ10mmほど、山4つほど完全に破損していた。
そのメス部の破損は元には戻らないので、とりあえず削れてしまって飛び散った鉄のダストなどを灯油とブラシで洗い流し、一方オスのネジ形状の破損個所はアングルグラインダー、鉄工ヤスリで丁寧に削り落とし嵌め合いを元通りにした。
こうして書けば数行のことなれど、なかなか大変な作業だった。
聞けばこのような修復は機械屋も専門の下請け業者に出すそうだ。
修復なったことを電話報告したら、良く直ったねとねぎらいの言葉を掛けられたが、そもそも壊した奴が悪いのであって、自力更生は当然であり、電話の前で恥じ入るばかりだった。
どっと疲れが出てしまった。やれやれ。

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昇降盤昇降ギヤ比

昇降盤
機械も使い続けるとあれこれと不具合を生ずるのは世の常。
丸鋸昇降盤の昇降がちょっと重たくなっていた。
最も頻繁に世話になる機械で最も頻度の高い操作部分にあたるところで、この昇降が重いのは疲れる。
というわけで内部にアクセスし、メンテナンスに励む。
この機械は地元静岡の木工機械屋さんの製造のもの。
鋳物はしっかりしているし、機械精度もまずまず。
名の通ったT社、E社のものよりよほど良い。
ただ購入した際に一部改造してもらうという経緯があった(中古機械)。
1つは補助定盤の位置を左右逆にしてもらった。(この補助定盤のおかげで600mm幅近くまでのカットができる)
静岡ではほとんどの職人が定規(フェンス)を刃口の左側にくるように使うので機械もそのようなレイアウトで製造される。
ボクは逆でないとダメだ。(逆がむしろ一般的で、右利きにはより安全なはず)
もう1つは昇降のギヤ比だった。
昔のことだから忘れてしまったが、確かデフォルトでは1回転で約1.6mmという、良く理解できないギヤ比だったからだ。
木工機械の昇降はハンドル操作1回転につき2mmというのがスタンダードだと考えていたからね。
丸鋸昇降盤、横切り、角のみ、などはぴったり2mm/1回転、だ。
あるいはうちの桑原の自動一面鉋盤では0.5mm/1回転。これも高精度なギヤ比となっている。
1.6mmというのはボクの頭脳程度でははなはだ使いづらい。
刃の出をいちいち計測器で計る、ということはあまりしないからね。
一度正確に計っておけば、刃の出をコントロールするのは容易。
ハンドル1回転で2mm.。
したがって1クォーター回転で0.5mmといった具合にね。
刃の出を計測器で高精度に計るのは決して容易なものではない。
むしろハンドル回転の方で制御する方がよほど高精度。
さて余談が長くなってしまったが、ハンドルを外し、内部にアクセスし、複数のギヤを繋いでいるチェーンなどにこびり付いたダストを排除させ、マシン油を供給。
昇降のカミソリ摺動部にもマシン油。
この辺りの機構は桑原あたりの機械はダストからの影響を受けないような防塵設計、あるいは1つのオイルタンクから複数個所に供給できる設計となっており、また丁寧な造りが見られるのだが、うちの昇降盤はそこまでの造り込みは無い。
ま、しかしこうしてメンテナンスをしてやれば、またそれなりに快適に使うことが出来るものだ。
〈補記〉
先の「縦軸面取盤」講習会の会場になった岩崎工房ではデルタのテーブルソーが使われていて、久々にこのデルタの昇降機構のユニークさを感じ取ったが、あのグイ〜ンと大きく昇降するのはいいね。(回転のギヤ比はどうなっているか未確認だが‥‥)

アナログ人間の抗い

ドラフター
先のエントリ「ドラフター故障」は結局修理不能ということになり、互換品を新たに購入することで決着した。
物入りのこの時期、想定外の出費で悩ましいこと甚だしい。
しかもデジタル表示のものは現行品でもメーカー在庫のものでも無いとのことで、アナログ表示仕様のものとなり、仕様は劣化するは、出費は強いられるわで、散々な目にあってしまった。
‥‥何という人生だ !?
このアナログ表示のヘッド部、まだ慣れないせいもあるが、操作性はやはり芳しくない。
ボクの設計には椅子に限らず、キャビネットを含め比較的頻繁に角度傾斜させた線を引くことがある。
これは意図してそうしているというのでではないが、構造上、あるいはデザイン上、欠かせないエレメントになるからだが、今回のドラフターヘッドの交換で、もしかしたらそのあたりの変化が出てくるかも知れない。
‥‥そんな訳はないか。
先のエントリへのコメントにもあったように、どうしてCADを使わないのか、ということには、ただヘタレで修得しきれないからと答えるしかないのだが。
一応は「VectorWorks」もMacに保存してあり、テキストブックも購入し、暫し練習もしたのだが、あえなく挫折。
よほど複雑なものでも無い限り、このドラフターを使えば家具設計の図面は1/10縮尺で簡単に書けてしまう。
CAD修得に掛かる時間があれば、このドラフターでいくつもの新たな設計もできそう。
‥‥なんて、考えではあきませんな。
もっと執着して学習せねばダメだね。
宝の持ち腐れではまずいので、何とかあらためて重い腰を上げてがんばろうか。

iPhoneアップデートとGoogle Mobile Appアップデート

iPhone2.2
本日、かねてより噂されていたiPhoneファームウェアの更新があった。
iPhone2.2(5G77、264.4MB)
更新内容は話題になっていたものを含む盛りだくさんのものとなっている。

  • 絵文字機能をサポート
  • マップ機能を強化
     ・Google ストリートビュー
     ・公共交通機関および徒歩による経路情報
     ・ドロップされたピンの住所を表示
     ・メールによる位置情報の共有
  • メール機能を強化
    スケジュールによるメールのフェッチに関する原因が特定された問題を修正
  • 横幅の長いHTML メールのフォーマットが向上
  • Safari の安定性およびパフォーマンスが向上
  • Podcast の iTunes アプリケーション(Wi-Fiおよび携帯電話ネットワーク経由)でのダウンロードが可能
  • 通話着信時のエラーおよび回線切断の発生頻度が減少
  • Visual Voicemail メッセージの音質が向上
  • いづれかのホーム画面表示にボタンを押すと、最初のホーム画面に移動
  • キーボード設定の自動修正機能のオン/オフ設定

画像はGoogle マップの「ストリートビュー」。
個人情報に関わるところから様々問題が指摘されるサービスだが、モバイルではいち早くiPhone マップに搭載。
コンピューターでのWebブラウジングとさほど代わらない操作感。
ここは銀座通りのアップルストア前だね。(PC向けのものと、何故か撮影された時期が違うようだ)
ストリートビュー

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真冬へと

薪ストーブ

ぴしと鳴る 林檎の中の 雪の水 全東北は 雪ぞと思う

馬場あき子

北の各地から木枯らし、初雪の知らせが届くようになり、大変だなぁ、と人ごとのように感じていたが、当地でも昨日を境に一段と冷え込み、木枯らし一番とも思えるような強い風が吹いた。
快晴だが日中もなかなか気温が上昇しない。
明らかにもう晩秋から冬へと季節は移ろっている。
しかしいきなりだからね。
いささかあわてふためきボア付きのGジャンを箪笥から引っ張り出して着込み、工房2Fからホイストを使って薪ストーブを2基降ろし、設置作業に勤しむ。
機械場のものは床にチェッカープレートを敷き、設置。
手作業場の方には煉瓦敷きの木枠を置き、ここに設置。
それぞれ煙突を連結し、スタンバイだ。
この画像のストーブは台湾製の安物だが、既に使用開始して15年ほど経つが、誠に快適である。
ストーブの燃焼は本体の機構もあるが煙突も大事。
うちでは垂直に5m弱立ち上げているので吸い込みはすこぶる良く、良く燃えてくれる。(水平部分は約2m)
我々家具・木工業は雑木(広葉樹)を主たる原材料に使う。
制作過程では木取りからはねた端材が出るので、これを薪として用いるのだが、乾燥状態など薪にするには最良の状態。
使用期間、来春の4月中旬の頃までか。
薪のストックと必要とされる薪の量のバランスはちょうど具合が良い。
あまり仕事をしていなかった年、若干不足したことがあり慌てたが、今年も良く働いたので十二分なストックがある。
しかし静岡という土地柄、せいぜい朝晩の数時間づつの点火だから足りるのであって、他ではこうはいかないだろう。
ちろちろと燃えるストーブの炎を眺めているというのは妙に落ち着き、好きだ。
しかしこの急激な寒波。降雪地での降雪量はもしかして記録的なものになってしまうかもしれないような降り方のようだ。
北国の方々、信州の方々、風邪など引かずに暖かくしてお過ごしいただきたい。

「生活製品開発に『木』の機能を活かす」(講演会)

静岡県ユニバーサルデザイン・工芸研究会による「生活製品開発に『木』の機能を活かす」というテーマの講演会が企画されています。
■日時:12月10日(水) 13:30〜16:50
■会場:マイホテル竜宮 2階 会議室 「富士」
   (静岡市葵区伝馬町10-5 TEL:054-251-1315)
■内容:
 (1)「快適な暮らしに役立つ『森林の香り、木の香り』の最新動向」 

森林総合研究所  大平辰朗

 (2)「モノづくりの技を活かした『ユーカリ天然木』エクステリアの展開」

株式会社 くらた  倉田明

 (3)「『木の家』がもたらす住まいの機能 〜建築ポリシーと施工事例」

菊池建設株式会社 菊池光起

■参加申込み方法:
 申込書にご記入の上、FAXにて、11月28日(金)までに、下記まで
 静岡県工業技術研究所 ユニバーサルデザイン工芸科内
 研究会事務局 担当 山下
  TEL:054-278-3024 FAX:054-278-3066
  案内及び申込書[Wordファイル:109KB]

続く木工関係者からの制作依頼

コスモス
このところ、木工に関わる方、あるいは深い興味を持つ方からの家具の制作依頼が続いている。
その一人は木工を志して地域の訓練校で木工技能を修得した人。
過日の個展会場に母親を伴い観覧してくれた。
物静かな中にも強い意志をもたれているような好青年だった。
妹さんのいわゆる婚礼支度を検討したいとの希望を持って来訪。
今は他の職業に就かれているようだったが、木工を志し、少なからぬ研鑽を積んだというだけあって、木工家具への鑑識眼をお持ちと見えて、特段こちらが解説するまでもなくご覧いただくだけで、その作風、品質、こだわりというものも理解いただけたものと思う。
以前よりWebサイトはチェックしていただいていたようで、余計な説明は不要であったかもしれない。
木工家具をよく知り客観的評価のできる人が、多くの家具制作者の中からあえて工房悠の家具を選択していただくというのは、とてもありがたく制作者冥利に尽きるというものだ。
そして今日、新しい顧客が訪ねてこられた。
永いキャリアを持つアマチュアの木工家と、その母親。
アマチュアと言うにはしかし形容矛盾な人。
最近難関なことで知られた木工の公募展に入選された人。
つまり余技とはもはや言えない押しも押されぬ立派な木工家。
これまで人を介して数回挨拶程度に会話をする関係でしかなかった人だが、お部屋の調度品のいくつかの制作を依頼してくれた。(ちょっと驚いたね)
当然にも木工と家具制作をよく知り、また良質なものを手がける人でもあるのだが、餅は餅屋と言ったらよいのか、あえて工房悠へとお母様を伴いやってくるという覚悟には、ただただ頭が下がる。
この場合もあまり説明を必要とせず、依頼されたものに近い在庫品をご覧いただくだけで、後は細かい調整の打ち合わせぐらいで済ますことが出来た。
気品を漂わせるお母様も、子への信頼を介した安心感があるのか、終始にこやかに、また積極的に希望を出されたのでありがたかった。
ちょっとうらやましく思えたのは、この親子関係のこと。
双方が信頼に裏打ちされていると言えばよいのか、交わす言葉の端々から伺えるのは相手への思いやり、慈しみであり、そこからは暖かい家族の風景というものがほの見える感じだった。
さてやはりここで強く意識せざるを得ないのは、こうした制作者への信頼というものは、期待以上のクォリティーの結果を残し提供するということへの責任。
つまり彼らにははったりや、ごまかしは一切無効で、真っ向勝負でいかねばならないということでもある。