工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

大相撲という名の前近代

大相撲が名古屋場所を前に大きく揺らいでいる。
発端は大関琴光喜(今や‘元’大関という呼称となってしまったが)のプロ野球を対象とした野球賭博への関与を報ずる「週刊新潮」(5月27日号)の記事だったが、いやはや出てくるわ、出てくるわ、関与の度合いが強かったと判定された力士14名が、この名古屋場所への休場処分となってしまった。
現段階では徹底調査が行われているとはとても思えず、多くの識者からも氷山の一角だろうと言われている。
まさに大相撲の近代史にあって、最大のスキャンダルの様相を呈しているわけだが、この14名の処分というのは、ともかくも名古屋場所は開催ありきへ向けた環境整備としてのみそぎでしかないだろう。
ところでボクは朝青龍があのように石もて追われる形で角界を去った後、急速に大相撲への興味が薄れ、この度の問題も勝手にしやがれ ! という感じではあったのだが、しかしこの問題も日本の“今”を読み解く格好の材料とも思えてきて、少しく駄文を労することにした。
ここでは今回の野球賭博問題を[大相撲というものの特異性]、[野球賭博の違法性と暴力団組織]という、主にこの2つに絞って考えて見たい。
恐らくはタイトルにした「大相撲という名の前近代」というのが結語になるのだが、如何に簡明に、あるいは論理整合性を持ってこの結語へと運ぶことができるかが鍵となるが、しかし小難しい社会学の文献を紐解くことなくとも、TVモニタから伝わってくる力士の顔つき、暴力団組員と称する関係者のインタビューの内容、あるいは様々なメディア報道の視座から、十分にその異常性、特異性が顕現しており、大相撲と日本社会を読み解く格好のケーススタディーとして立ち現れていると感じられておもしろいと思っている。

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彫刻刀にも活躍の場を

彫刻刀
年賀状作成と言えばPC、Macで画像を取り込み、レイアウトし、文字を飾り、
プリンターにデータを送るという風が今様というところ。
一昔前であれば版木に下絵を貼り付け、彫刻刀でシコシコと彫り込むという工芸的所産によるものが比較的一般的だった。
中学の美術の時間などでも彫刻刀での版画作成は必須のカリキュラムであったように記憶しているが、今の教育現場はどうなのだろうか。
コンピューターを操作しての画像レタッチ、イラストレーターの操作などにシフトしているのかも知れない。
しかしやはり工芸的カリキュラムの充実というのは初等、中等教育課程においてとても重要なものだと思う。
手先を器用に動かすというのは、単にゲーム機の操作を上達させるために必要なものというのではなく、頭脳をバランスよく生育させるといった効用だったり、人が生きるにあたり、その術(すべ)を獲得、充実させることに寄与させるものだったりすると思うのだが、どうだろう。
ボクのガキの頃は、肥後の守(「ひごのかみ」と呼称される小型の折りたたみナイフ)をポケットに忍ばせ、林に入っては木を切り、竹を切り、水鉄砲を作ったり、竹とんぼで飛行時間を競ったり、川での釣り竿をこしらえたり、野鳥を捕る仕掛けを作ったり、等々、里山を駆け巡り、自然界から遊ばせてもらったというのが、ごく当たり前の子供の世界だった。
当然にも教室での鉛筆はその肥後の守で削り、その筆先の形状は、それぞれの個性を表して見事だった。
そうしたガキの頃からの刃物への親しみが、やがては木工へと収斂していくことになったとまでは言わないまでも、全く関係のないことではないだろう。
ペザントチェアの背板に紐模様を掘り進めていて、そんな懐旧に浸ってしまった。
隣の席のお下げ髪の不器用な女の子に、毎日のように愛用の肥後の守を取り出し鉛筆を削ってやっていたが、今思い返せば余計なお節介だったかもしれない。果たして今ではちゃんと包丁を使えているのだろうか。

FIFA W杯 日本代表Best16が意味するもの

FIFA W杯南アフリカ大会、日本代表チーム、予選リーグを2位で通過し、決勝Tへ進出したもののその第1戦で敗退。
延長戦を含め0:0という大接戦を演じるも、PK戦で敗れる。(FIFA公式サイト
南アフリカ本大会へ向かうまでは予選リーグで1つの勝利をもぎ取ることすら困難と思われていただけに、この結果は「善戦むなしく‥‥」、という枕詞を付け「よくぞここまで勝ち抜いた !」と高く評価されるだろう。
FIFA W杯、南アフリカの大地に間違いなく一陣の風を吹き込んだことは誇りにすべき。
決勝T・第1戦、何よりもPK戦で敗れるというのはサッカーそのものの勝敗を決定づけるものでは、恐らくは無い。
駒野はこれまでの国際試合でのPK成功率は高く、監督もそれを評価しての3番目での起用だったはず。
これをゴールポスト枠に当てて外してしまったのは、ほとんど時の運としか言いようがない。
むしろ考えねばならないのは0:0という結果の方。
PK戦に持ち込む前に、がむしゃらなまでに得点をもぎとらねばならなかった。

サッカーボール1

日本代表チームにはゴールチャンスが無かったわけではない。

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ルーターマシンの汎用性(Case Study)

ルーター作業
画像はペザントチェアの背板、ホゾの胴付きを決める工程の図。
ペザントチェアという椅子がいつ頃から作られ始めたのかなどの詳細は分からないが、欧州各国にそのルーツを探すことができるようだ。
ドイツ南部、ピネレーに抱かれた山間地などとね。
ペザントチェアという名称はもちろん後付けで、椅子のデザイン、構成における1つの様式を指しているに過ぎない。
座板の後側にはアーカンサス模様などが彫り込まれ、あるいは透かし彫りされた背板が貫通し、底からは丸ホゾを持つロクロ整形の4本の脚が突き刺さるという、とてもシンプルで簡明なデザイン・構成の椅子ということができる。
ペザントと呼称されるように、この椅子はさほど本格的な木工機械に依らずしても制作することができる。
手鋸、鉋、糸鋸、ロクロ、手動のドリル、といったように単純な道具だけでも決して不可能ではない。つまり農閑期の農夫の仕事というわけだ。
ペザントという語彙の意味合いは、もっと深いところにあるはずだが‥‥。
都会的な洗練されたものでは無いが、プリミティブでかつ質実な精神を持ったもの、とでも意訳してみようか。
背板に装飾性の強い模様を刻むことで、その制作者の美的センスを反映させるということになろうか、様々なデザインのものを観ることができ、楽しいものである。
個人的なことになるが、ボクが家具制作に興味を持ち始めた頃に出会ったのが「林二郎」さんのペザントチェアだった。

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FIFA W杯、日本代表、決勝T進出おめでとう

決勝トーナメント進出をかけた対デンマーク戦。完勝だったね。すばらしい戦いだった。
ボクはいつもより早めの11:30頃に床につき、3時に早起きして、MacのTV映像にかぶりついて視ていたのだが、家人の睡眠を妨げないよう、叫声を上げることもできず、いつになく苦しい観戦ではあった。
終了のホイッスルが鳴り、3:0の完勝で決勝トーナメント進出の確認をし、ふたたび床に着こうとしたものの、その時間、既に外は明るく、新聞配達もやってきて、軽い興奮を諫めてもなお寝苦しく、夏至が過ぎたばかりの夏の朝は熟睡できようもなかった。
この勝利は日本代表にとって、快挙といって間違いない“事件”だ。
テストマッチ4連敗をひきずったまま、南アフリカへ乗り込んだチームがここまで戦えるチームに変身していようとは誰が予想しただろう。

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ルーシー・リー展(国立新美術館)

図録

憧れの初恋の人との邂逅のようで、秘めた思いが掻き立てられ、晴れがましくも気持ち高ぶるといった観覧だった。

2003年、ニューオータニ美術館の【「静寂の美」ルーシー・リー展】以来、三度目のルーシー・リー展。

4月からほぼ2ヶ月にわたる会期であったのだが、自分の個展の時期とも重なり、スケジュールが立たず“日に疎し”の状況を呈しつつあった。しかしやはり最終日近くともなれば心落ち着かず、恋い焦がれる如く、強行軍で出掛けた。(相応の所要時間、経費が掛かるのが地方在住の悲しさ)

250点という出展数にも表されているが、国内で開かれるものとしては空前規模の回顧展だと思われ、これだけの充実した内容で観られるのは最後かもしれず、逢えて良かった、というのが素直な心境だ。

凛とした佇まいと、やぼったさとは対極の洗練された華やかさを併せ持つ独特の陶芸世界といったところなどは、ファンならずともその作風を知る人には誰しも共通する評価だろうと思うのだが、しかしどうしてここまで現代の日本人を魅了してやまないのだろうか。
(既に会期を終えた東京展だけでも10万人以上を動員したという)

陶芸と言えば何と言っても日本のものが最高であり、他国の追随を許さないというのが、現代日本の標準的な評価基準であったところへ、1960年代、颯爽と現れたイギリスの女性陶芸家、ルーシー・リーの作品群の紹介は、井の中の蛙の日本陶芸界に衝撃を与えるに十分な“事件”であったというような記事を読んだことがあったが、木工への興味も、陶芸への感心にも“遅れてきたウスノロ青年”でしかなかったボクにとっても、ニューオータニ美術館の【「静寂の美」ルーシー・リー展】観覧は実に衝撃的で陶芸の美質の基準を改められるようなものだった。

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ウォールナットの小卓

bw小卓1
松坂屋個展出展家具の解説第三弾、「ウォールナットの小卓」
名称の通り小さな卓。
D:560、W:1,000
甲板をウォールナットの一枚板としたことで、そのサイズも制約された。
既に「楢 拭漆 小卓」として紹介させていただいているものとその用途などは共通するので詳述は割愛させていただくが、日本の住環境にはこうしたものの需要は少なくないと思われる。
うちの家具はいずれも奇をてらったり、外連をねらうということは無いのだが、シンプルで端正なフォルムの中にも、しかし考えつくし丁寧で精緻な作りをしてきた積もり。
この小卓はご覧のように甲板の納まり、脚部のデザインなどに独自性があると自負している。
そうしたこともあってか、個展会場に来られた同業者と思しき人たちの中には、この家具の脚部をためつすがめつ凝視する人が少なくなかった。
以下、簡単に解説を試みたい。

ライン

ある木工家とお話しさせていただいた中で、「テーブルなんてのは、脚なんてなくたって良い。安定的に固定された天板があれば十分‥‥」との言辞があり、はっとさせられたことがあった。
けだし名言、というところだが、脚はしかし「テーブル」という固有の用途と機能を持った家具としては欠かすことが赦されぬ必須の構造部位ではある。
デザイン的には無論ミニマルな処理で、ボンボンボンボン、と四角い脚を付けるだけで十分であるわけで、事実、そうしたものは市場にあふれかえっている。
だからというわけでもないのだが、ボクはそうしたデザインのものは作り手として楽しめない。
必要にして十分なデザインを施し、そのための仕口を考察し、研究し、そうしてはじめて木に向かい、刃物をあてていく。
そこに例え困難な工程が要求されるようになるとしても、魅力的なフォルムを生み出せるとすれば、思いの命ずるままに立ち向かっていくことの方が、より健康的で楽しい作業になるはずだから‥‥。
これは時間あたりのコスト計算はどうなる?というような浮き世の話しからは遠ざかっていくものかもしれないが、それもまたモノ作りの陰の部分として受け入れるだけだ。

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激烈瞬発力 × 精度 = Worldサッカー

今日19日、南ア、ダーバン競技場での W杯日本対オランダ、楽しめただろうか。
良く守り、何度もチャンスをもぎとり、‥‥ そして最小得点差ながらも敗北。
サッカーというスポーツの快楽と、そしてそれ以上の恐怖というものをあらためて教えられた感じだ。
明日の朝刊でどのような戦評が並ぶか興味が残る。
FIFAランキング4位のオランダ相手に良く闘った、という記事が少なくないかも知れない。
シュート数では勝っていた、良くあそこまで凌いだ、などと。
しかしチャンスの数、シュートの数と、勝敗は直接の関係にない、というのが得点を競うスポーツというものの単純なルール。
結局は流れの中から何度かチャンスを作り、シュートまで持ち込んだものの、1度足りともゴールネットを揺らすことはなかった。
一方、完全に押さえ込まれていたかのように見られた司令塔スナイデルに、こぼれ球から一瞬の隙を突いた美しいミドルシュートを入れられてしまった。
日本チームも得点を入れられる前まではボール支配率はかなり低かったもののしっかり守ることができ、得点チャンスも再々作ることができた。
しかし後半8分のオランダゴール以降は次々と交代選手を投入し攻撃陣を強化したものの、不発で良い戦いができなかった。
相手チームに先制点を取られてからの戦い方にこそ日本チームの実力というものが試されると思われたが、残念な内容だった。
やはり得点シーンへと繋がる攻撃内容とは、今のモダンサッカーの時代にあっては相手の虚を突くような創造的なパス、あるいはエキセントリックなシュートシーン、それらにおける球筋を高精度に制御できなければ最後の得点へとは結びつかないというのが絶対的とも言える条件だろう。
それらが、果たしてこの試合で見いだすことができたのかどうか。

サッカーボール1

そもそも岡田監督がW杯直前に選択した布陣は極めて守備的なものだ。
本来MFである本田圭佑が1トップ、という異様な布陣にその守りの姿勢が透けて見える。
言うまでもなくW杯本番前のテストマッチが4連敗という散々な内容から修正して臨むための選択だったのだろうが。
そしてW杯本番、初戦の対カメルーン戦では相手チームの日本を舐めきった戦い方にも助けられ、この布陣が奏功したかのようだ。
しかし所詮、本来のモダンサッカーのスタイルとはほど遠い。
そして今日、サッカーというものの1つの本質を見せつけられたような試合内容に終わった。
予選リーグ、残る1つの戦いをどのように展開させるのか、決勝トーナメントに勝ち進むには何としても勝ち点3を獲得しなければならないが、その手腕が岡田監督に問われることになる。
無論個人的にも、決勝トーナメントでの雄姿を見たいと思うが、それ以上に問われねばならないことがある。
4年前、独W杯の惨敗、あるいは8年前の日韓W杯、決勝トーナメントに進めながらもホームでの戦いに敗れた悔しさを濯ぐだけの進化があったのか、もっと直裁に言えば、オシム監督が定着させようとしたモダンサッカーは果たしてこの日本代表チームに定着しつつあるのか、と。
サッカーボール1

しかし今大会、番狂わせが多く、また見所がたくさんあり、大いに楽しんでいる。
優勝候補のイングランドが勝てない。ドイツがあろうことか、予選リーグ不敗の歴史を塗り替え敗北。北朝鮮の善戦。アメリカの善戦。
ぜひ日本チームも歴史に残るような印象的な内容で、対デンマーク戦を戦い抜いて欲しいものだ。
求められるのは攻撃のスタイルでのアーティスティックな輝きだろう。それこそがサッカーというスポーツがみせてくれる魅力であり、また並み居る強豪チームと肩を並べるための欠かせない要素だ。
本田圭佑はこの試合を「楽しめなかった」と振り返ったということだが、この悔しさを濯ぎ「楽しめた」と振り返ることのできるサッカーができれば、日本チームも進化したという総括で次へと飛翔していくことができるだろう。
YouTube、今日は3つめのFIFA W杯 公式ソング「MISIA」の「MAWARE MAWARE」(『Listen Up! The Official 2010 FIFA World Cup Album』MISIA featuring M2J + Francis Jocky より)

iPadを手に取り

1月ぶりのApple Store 名古屋、店舗内レイアウトが大きく様変わり。
他でもない、iPadが置かれたテーブル、L字型カウンターでほぼ半分のスペースが埋められている。
無論いずれも触って、使ってみて欲しい、と言った風で、透明アクリルの円柱を斜めに切り取ったベース上に起動中の状態で置かれている。
アプリのアイコンも3頁に渡る数で納まっているようだ。
iPad、見るも、触るも初体験。
もはや多くを語る必要性はあるまい。
視認性の高さ、レスポンスの良さ、スピーディーな反応などなど。
実機に触れてみれば、メディア上に溢れかえる感嘆の言葉の数々が何一つ偽りでないことを思い知る。
時間調整で立ち寄っただけのあまり多くはない時間枠内での実機体験だったので、試してみたアプリは、〈iBooks〉〈Map〉〈Safari〉などの他、〈Pages〉、〈Numbers〉などのOfficeアプリ。
これらのソフトが、果たしてこのiPadというマシンでどの程度に適正化され、どれだけの実用性があるのか、ということだ。
巷間、iPadはビジネスでは使えないだろという悪意とまでは言えないものの、殊更にノート型コンピューターの機能との違いを強調する向きがあるのは確かだが、いわゆるオフィススイーツの使い勝手、性能への興味はつきない。
ボクは普段からMS Officeに代えてApple社の〈Pages〉、〈Numbers〉を使用しているが、iPadのそれは、キーボード、マウスの入力装置に代えて指先でのマルチタッチ入力という操作方法はむしろ直感的なだけに扱いやすく、まさにあらたなGUI革命とも言うべき進化の方向性を指し示してくれているように思った。
ただ同行した人曰く、高齢者、IT弱者向けに良いデバイスだとは言うけれど、「カナ入力」ができないのはどうなん?との懸念を指摘する。
確かに、iPhone、iPodtouchには(QWERTY)他、(かな)入力方式が搭載されているのだが、どうしたわけか、iPadにはそれがない。
OSのアップデートで対応は期待できると思いたい。
iPhoneの場合もフリック入力の機能は、iPhone3Gリリース後、続くOSアップデートで提供されたように記憶している。

梅雨入りに

レーダー

梅雨入りである。

Top画像は今夜(2010/06/15 22:30)の気象レーダー画像より。

例年よりも幾分遅い梅雨入りとのことだが、この季節を忌む者の一人としては一日でも遅れてくれることを望んでいたというのが本音だが、日本列島に住まわせてもらっている手前、この気象から逃れられるわけでも無し、頭が重くなり、手が鈍くなり、気が滅入ってくる。
ボクは精神的な疾患を抱えているわけでもないので、滅入る程度で堪え忍ぶこともできるがわけだが、こうした過剰とも思える湿潤な大気に病を悪化させてしまう人も少なくないのではと思ったりする。
ところでボクが好んで観る映画にトラン・アン・ユン(Tran Anh Hung)というベトナムの監督のものがある。『Mui du du xanh〈邦題:青いパパイヤの香り〉』、『Mua he chieu thang dung〈邦題:夏至〉』といった名作で著名な監督だが、あの独特のめくるめく官能的で瑞々しい映像美は、まさにアジアだなぁ、とつくづく感じ入ってしまう。
この“瑞々しい”だが、これが実は“水水しい”とでも意訳したいほどにウェットな大気がもたらすところの美質なのである。

雨

エドワード・サイードの『オリエンタリズム』ではないが、同じアジアの日本のボクが観ても日本人が失ってきているかもしれないアジアに暮らす民衆のエートスがそこにはあるのかなと複雑な気分に陥ることも確かなこと。
つまり欧米人の目に映る東洋への眼差しのごとくにボクらの視点にも位相差ができてしまっていることへの戸惑いである。
あえて断るまでもなく、日本というものがやはりこうしたところにおいてもいかに特異なものであるかということを確認させられるというわけだ。
トラン・アン・ユンの映画が彼の国でどのように受容されているかは知らないし、また近代化へ向けて急速に発展しつつあるベトナムでは、彼の描く世界がどれだけ残存しているのかにははなはだ疑問もあるわけだが、雨期と梅雨というものが気象学的に大きな差異があるとはしても、かつての日本では、梅雨の時季の受容のされ方も今の時代とは違い、その凌ぎ方、もっと言えばその楽しみの在り様というものも多様にあったのかもしれないと思ったりする。
木工職人も昔であればふて寝して遣り過ごす、いやいや、恐らくはもっと別の楽しみを探し出してきては楽しむ、という町民文化のようなものがあったのではないかと思う。
あくせくするだけが人生ではないし、この時季であればこその楽しみを見いだし、それがまた木工へ向かうときに新たな豊かさを付加させるものになったりするというわけだ。
雨

‥‥ っと、と。
しかし遣るべき事はしなければならない。
この時季、最優先させるべき仕事は、桟積みの材木の屋根の整備。
今では既に、死ぬまでに使うだろうと想定される材積は確保されているが、しかしその後も良い丸太があるとの知らせに胸躍らせる家具職人の宿痾は衰えることなく続くという結果、桟積みの山がいつまでも残る。
梅雨入り直前の日曜日、この桟積みの屋根の補強作業を行った。
最盛期と較べれば山の数は数分の一に減ってきたとは言うものの、乾燥を待つ材木がこの厳しい梅雨の時季を凌ごうとしている。
材の乾燥は木の仕事において、最重要な課題の1つ。
これがいい加減だと、大変な目に遭う。
先の松坂屋での個展がそれだった。

※ 既にご存じの方も多いと思うが、このトラン・アン・ユン監督、村上春樹の小説『ノルウェイの森』を脚色、監督するとの報道があったばかりだ。

桟積み