工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

2020東京五輪強行はオリンピック終焉への弔鐘(5)

The Daily Beast Webサイトから

大坂なおみ への歪んだ視線

『The Daily Beast』という米国紙に「Olympic Boss Wanted Flame Lit by ‘Pure Japanese’ Ex-Yankee Player, Not Osaka」(森喜朗 前組織委会長は最終聖火ランナーは大坂なおみでは無く、[純粋な日本人](Pure Japanese)の松井秀喜にさせたかった)との記事が来ています。(08.04:こちら

大坂なおみが聖火最終走者のオファーを受けたのは、全豪OPENでグランドスラム4つ目のタイトルを獲得した3月頃だとされていますが、この森前会長が「わきまえない女性」発言で会長辞任へと追いやられ、これを機に松井秀喜案はお蔵入りされたといったような内容です(開会式 本番では最終ランナーの数組前、王貞治とともにトーチを掲げた長嶋茂雄の介護者として松井も顔を見せていましたね)。

確かに、日米ともに野球で大きな功績を残した松井秀喜は候補の対象として上げられても決しておかしくは無いですが、それを言うならばむしろ世界的にも著名な本塁打記録保持者の王貞治の方が適格という見方もできます。

ところで少し古い話しになりますが、1996アトランタ大会の開会式。1960ローマ五輪・ライトヘビー級王者 等々、輝かしい戦績を残した伝説のボクサー、カシアス・クレイ(モハメド・アリ)が最終点火者として表れた時は、重いパーキンソン病でままならない両手の震えを抑えながらの点火のシーンは本当に感動させられたものです。

世界的に知られた著名な引退後の選手がこの最終点火者を担うというのは比較的一般的なものですが、野球はまだまだアメリカとアジアの限られた国でのスポーツで、ゴジラがそれほどに国境を越えて知られているかと言えば、否定的にならざるを得ません。

最終的に決せられた大坂なおみですが、既に広く知られてるとおり、彼女は日本人の母とハイチ系アメリカ人の父を持ち、今やグランスラム4大大会を4つも制覇し、昨年はBlack Lives Matter 運動に積極的に関わる姿勢を示すなど、今ではスポーツ界を越え、世界的な社会現象とも言うべきアイコンに押し上げられていますので、押しも押されぬスポーツ選手として、最終点火者としてこれほど格好の人物はいなかったでしょう。


今大会に関しては、これまで語ってきたように、世界的イベント、オリンピックを開催するにふさわしい東京都なのか、日本なのか、との疑念があった中、開幕直前になり、大会組織関係者、式典関係者の相次ぐ辞任、解任といった苦々しい問題が大きくクロースアップされてしまい、いったいこのオリンピックはどうなってしまうのか、との困惑、疑念で重い空気に支配される中、こうした汚濁にまみれた空気を一掃させるべく、重い使命を担ったのが最終点火者・大坂なおみだったというわけです。

カシアス・クレイと同等とは言いませんが、彼もローマ五輪で獲得した金メダルを帰国後の黒人差別に怒り悲しみ川に投げ捨てたり、ベトナム戦争への徴兵拒否で世界タイトルを奪われるなど、黒人としての悲運、苦難を乗り越え、後年、最終点火者としての栄誉でしたが、大坂なおみの方はBLM運動に臆せずに積極参加するなど、カシアス・クレイ同様の評価軸に屹立していると言っても決して間違いでは無いと思います。

純粋な(ピュアな)日本人である松井秀喜くんにすべきだったという森喜朗の妄言など、通用するのは極東の島国の国境内という限定的なものに過ぎないのです。
そもそもピュアな日本人という概念そのものがおかしいでしょう。

日本人のルーツといっても、3〜5万年前に、アジア大陸、さらには南方諸島からはるばるやってきたホモササピエンスを元にすると言われ、紀元後も、ヤマトの支配下、朝鮮半島からの渡来人として多くの人々が渡り付き、定住してきたことは歴史書の教えるところです。

今の時代、純粋な(ピュアな)日本人、などとする概念など、無意味というより、むしろ悪質なイデロギーでしかないのです。
松井くんにとっても迷惑な話です。

「日本は天皇を中心とした神の国」と公言して批判を浴びた森喜朗という前近代的な化石のような人物の妄言を余所に、今の日本のスポーツ界にあっては、世界に名が響きわたる数少ないインパクトのある、ポジティヴなイメージが強いアイコンは誰あろう、大坂なおみなのです。

彼女に最終点火者を担ってもらうことで、この間のいくつもの実におぞましいスキャンダルにまみれた組織委の体質を払拭し、『ダイバーシティー&インクルージョン(多様性と調和)』を掲げるにふさわしい出自を持つ彼女にクリーンアップさせようと狙ったのも肯ける話しです。

大坂なおみのコメント

最終点火者として活躍した大坂なおみ自身のコメントは以下のTwitterへの投稿から読めます。

間違いなく、私が経験したこともない最高の成果であり名誉です。今の気持ちをどう表現したらいいのかわかりませんが、感謝の思いでいっぱいです

彼女自身、テニスを始めた頃からの夢として「ナンバー1になること、多くのグランドスラムを勝ち取ること、そして日本からオリンピックに出場すること」と掲げているほどに、五輪出場は大きな目標だったようです。

そして、その機会が4つのグランドスラムを勝ち取るなど、自分のアスリート人生の成功を収めつつあった時期に、しかも自国開催というこれほどのチャンスは無かっただけに、組織委からの最終点火者へのオファーは、全仏オープンのゴタゴタ直後のこととは言え、断る理由も無く、歓迎し、受諾したのでしょう。

この最終点火者の人選は最後まで秘匿されていたものの、競技出場はテニス関係者はもちろんのこと、日本国内からは大きな期待が寄せられ、彼女自身、全仏以来、ウインブルドンも棄権したことから、2ヶ月ぶりの競技でもあり、大会へ臨む闘志はみなぎっていたに違いないところから、優勝への期待も大きかったのは無理も無いところです。

しかも前述したように、様々な問題を抱えつつ突入せざるを得なかった2020東京五輪をブラッシュアップさせる使命まで負わされるという、23歳の女性にしてはあまりにも重い期待を背負い、コートに立つことになったのです。

女子テニス、3回線敗退

本記事、Top画像は本大会に臨んだ時のものですが、赤のブレイズヘアは最終点火者の時と同じ、今度は真っ赤なウェアに、真っ白なラケットの出で立ち。
言うまでも無く、日の丸の紅白の配色。勝負服と勝負ラケットといったものでした。

1回戦は世界ランク52位の鄭賽賽(中国)を圧倒

女子シングルス 1回戦
鄭 賽賽 🇨🇳 vs 大坂なおみ
  1:6
  4:6

0-2、ストレートで初戦圧勝

2回戦もストレートで圧勝

女子シングルス 2回戦
ビクトリア・ゴルビッチ 🇨🇭 vs 大坂なおみ
  3:6
  2:6

そして3回戦

ボンドロウソバ マルケタ 🇨🇿 vs 大坂なおみ
  6:1
  6:4

どうしたことか、この3回戦、大坂はまったく精彩を欠き、完敗でした。
得意なはずのサービスエースは1本だけ、凡ミスも多かった。

この敗戦はまさかの結果で本人のショックは相当のものがあったようで、敗北した選手にも課される記者のインタビューに応じねばならないミックスゾーンを避け、裏口から退場しようとしたようで、それを咎められ、あらためてミックスゾーンを通り、言葉少なに「大会に出場したメリットはあった。プレーして良かった」と語り、後日、あらためて発せられたコメントは以下のような内容です

初めに大会関係者の方々、医療従事者の方々、そして応援してくださった皆様に心から感謝します。


 母国である日本でのオリンピック開催で、日本代表としてこの大きな舞台に立てたことは私にとって夢のような時間であり、とても誇りに思っています。
 今の自分にできるプレーをさせていただきましたが、皆様の期待に応えることができずごめんなさい。私自身も今はとても悔しい気持ちですが、これからもテニスプレーヤーとして頑張っていきます。


 開会式では聖火リレーの最終ランナーも務めさせていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。私の東京オリンピックはここで終わってしまいましたが、オリンピック・パラリンピックはこれからも続いていきますので、私も皆様と共に日本代表を応援したいと思います。


 次のオリンピックにも日本代表として出場できるよう努力していきます

(NHK 07.27)

この3回戦敗退ですが、序盤の2つの対戦ともセンターコートでのもので、屋根はオープン、かなりの暑さの中でのプレーでした。
同じような暑さのフロリダを活動拠点としているところからも、これにはさほど気になる様子でも無く、大汗掻いてのプレーで圧勝してきたのです。


ところが3回戦は生憎の雨模様で、屋根は閉じられエアコンがよく効いた環境での対戦となり、むしろ彼女にとってはこれは不利に働いたなどと評する記者もいます。
相手のドロップショットに対応できなかった。1st.サービスが決まらなかった、等々、様々な要因を挙げられていますが、そうしたいくつかの要因とともに、このような完敗に終わってしまった背景には、やはり前述したような凡夫には想像を超えるすさまじいまでのプレッシャーに屈してしまったといったあたりに、隠しきれない要因があったとみることもできます。

四大大会を4つ奪った実力者であるとはいえ、全仏オープンでの途中棄権で見せた、メンタル領域の弱点は簡単に癒えるような性格のものでも無く、テニス界はもとより、最終点火者の人選を行った組織委、あるいは日本という国の総体など、様々なところからの大きな期待を背負い、そのプレッシャーの重さに、自身の普段のプレイ、実力を破発揮するまでも無く、ボンドロウソバ ・マルケタの巧緻なプレイの前に自ずから屈してしまったといったところなのでは。

大坂なおみ批判噴出

さて、問題はここから。

秘匿されていた開会式での最終点火者として登場したのは、赤い編み込みへア(ブレイズヘアとか言うの?)の大坂なおみでしたが、この段階ではメディアも SNS上でも比較的好意的な反応だったようです。
一部メディアでは事前に大坂なおみが聖火ランナーになるようだとの報道もありましたからね(最終走者という詳細なものは無かった)。

ところが、その4日後の第3回戦での敗退を機に、一気に大坂なおみ批判がSNS上を覆ってしまったのです。

BLM活動してる暇があったら練習するべきだったな


挫折を機に、もう少し謙虚な、本来の良き日本人的な気質や考え方になってくれたらいいと思う。
勝てたら何言っても、やってもいいっていう風潮が好きくないんで。

不名誉な最終聖火ランナー。
務めるのは早すぎた。
しばらく日本国の代表として扱うのはやめてくれ

大坂なおみ 日の丸の下の星条旗を見せろ。 お前は日本国民ではないし、私欲のために日本国を利用した貴様を許さない。お前こそ 差別主義だ。
さっさと米国へ帰れ。ここは お前が来るところではない。

このようなSNS上の批判はまだ甘いもので

鬱ゴリラ敗退🦍

などとあからさまなヘイトとも言うべき悪罵の限りを尽くした言葉があふれかえっていくのです。

都合よく〈うつ病〉になり、都合よく治り、最終聖火ランナーの栄誉は有り難く与り、肝心の試合はあっさりと負ける……スポーツを舐めてるとしか言いようがない。

これは自民党員を名乗る男性のTwitter投稿です。

徳間書店 編集者のヘイト問題

こうしたSNS上にあふれかえる大坂なおみへのヘイトですが、徳間書店という広く知られた出版社の編集者のH.Mという人物によるTwitter上のヘイトが暴かれ、多くの批判を受け、徳間書店もこれを認め、この編集者との契約を解除し、公式謝罪に追い込まれるという事態に。(徳間書店サイト

ヘイトの詳細な内容はここに明かすほどの生やさしいものではなく、引用はしません。
そのTweetは削除されているものの、スクショ含め、いくらでも確認可能ですので関心があればググって視てください。

中堅処とは言え、良く知られた出版社の編集者のひとりが、個人のアカウントとは言え、読むに堪えないヘイトの数々が発せられる。これが常識も教養もあるとされる出版界の編集者の裏の世界の実態なのです。

それほどに、日本社会は人権意識に低く、差別主義的で反動的な人々が第一線で活躍しており、この一件は、そうしたものの氷山の一角なのでしょう。

大坂なおみの闘いと、敗北と、これから

四大大会を4度制覇。23歳にしてテニス界の頂点に登りつめ、その努力と才能の結果として与えられた2020東京五輪の聖火最終走者。「「生まれた国であり、大切な母国での、間違いなく私の人生の中で最も素晴らしい名誉と成果」との自負と感謝の言葉。

当然ながらも、本人もこのオリンピックのテニス競技の厳しい対戦を勝ち抜き、栄冠に輝くことを夢見、準備してきたことでしょうし、周囲の期待もハンパないものがあったでしょう。

しかし、実力を発揮し、試合に勝ち抜くには様々な要因も重なるところから、全く予定調和的にいくものではありえず、今回は3回線敗退という結果という一敗地に塗れてしまったのです。

負けて批判を受けてしまうのは、プロテニス プレイヤーである以上仕方無いこと。
彼女はこの敗北を糧として、立ち直ってくれることを信じます。

今月30日から、彼女は2度制覇した全米オープンが始まります。
ここに元気な姿を見せてくれさえすれば、グランドスラムの勝利数を積み上げることもできていくかもしれません。いや、立ち直ってくれると思います。

ただ、今回の2020東京五輪における聖火最終点火者としての人選から、3回線敗退をめぐる一連の彼女へのヘイトは、残念ながら、今大会の基軸を為すとされた『ダイバーシティー&インクルージョン(多様性と調和)』とは裏腹な、まったく酷い内容のもので、日本社会の低劣さを浮かび上がらせるものとして象徴的なものでした。


これらを引き出しただけでも、大坂なおみの勇気と、競技におけるテニスプレイ、冷静で思慮に富むメッセージには、あえて言わせていただくならば、逆説的ながら、大いに感謝したいと思うのです。

大坂なおみはこの種の人種差別、女性嫌悪、非政治的でいろとする、右翼的で、前近代的亡霊のような悪罵の数々に屈すること無く、溌剌と前を向き、テニスプレイヤーとしてますます腕に磨きを掛け、生きていってくれるはずです。

3歳にして米国に渡り、テニスに打ち込み、14歳の時に所属国を米国では無く、あえて日本として登録し、「生まれた国であり、大切な母国」とリスペクトしてくれる大坂なおみには、感謝以外の何ものでも無いのです。

弾丸サーブの炸裂、角度のあるフォアハンド、等々のテニスプレイの素晴らしさは言うまでも無いですが、はにかみながらも、彼女が発する言葉の数々は思慮に富み、ときおり哲学的とも思えるようなコメントの数々は、確かに日本人ばなれした一流プレイヤーとしてのそれですし、黒人をルーツとするハイチの父親譲りのチョコレートブラウンに光り輝く肌は美しく、端正で美しい日本人の相貌はまさに母親譲り。いいとこ取りのミックス。

近年、ますます劣化著しい日本社会にあって、大坂なおみの存在はそこにクサビを打つものとして、意味をもってきています。
あえて言うなら日本社会の写し鏡として、今回の一連の事態を冷静に振り返ってみるのも大切なことだろうと思います。

2020東京五輪にあって、ひとりのテニスプレイヤーをめぐる物語というものは、2020東京五輪の表層と深部、そして日本社会の異質性を浮かび上がらせ、多くの課題を私たちに突き付けていますが、本日をもって2020東京大会は終幕を迎えます。
果たしてこの2020東京五輪、総体として日本に何を残したのか、オリンピックゲームとして、この東京大会はどうであったのか、これらは間もなく、新型コロナのパンデミック状況の推移への影響が明らかになるとともに、やがてはっきりしていくことでしょう。


参照
▼ The New York Times [Critics Pounce on Naomi Osaka After Loss, Denting Japan’s Claim to Diversity] (07/27 )

▼ 東洋経済 07/30 「「大坂なおみ批判」噴出で見えた日本の多様化の嘘

▼ The Daily Beast (08/04)[Olympic Boss Wanted Flame Lit by ‘Pure Japanese’ Ex-Yankee Player, Not Osaka]

▼ BBC(07/17)「【東京五輪】 静かな反逆者、大坂なおみ選手は日本をどう変えているのか

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