工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

勝利者のいないウクライナ戦争という難問

イルピンへの容赦ないロシアの砲撃から逃れるウクライナ市民(CNNからお借りしました 多謝!)

プーチンの軍隊がウクライナ国境を越え、戦端を開いた2月24日から既に50日を越えている。外相級の停戦協議が断続的に開かれているとは言え、いまだこの戦争の出口は視える様子が無い。

ウクライナ北部、東部南部では、住まいとする家々、マンションがミサイル攻撃に崩落させられ瓦礫と化し、電気、ガス、水道などインフラ設備がやられ、街全体が灰燼に帰している。
そして避難に追いやられた人々は陸続と国外へと逃れ、その数、700万人とも、1,000万人とも言われている。

首都キーウ近郊のブチャ、イルピン、ボロジャンカ(「キーウ周辺で最悪の被害」04/07)など、北部ウクライナ国境からキーウに進軍する途上の主要な街での戦闘場面に目をやれば、流れ弾にやられたというのではなく、買い物からの帰路、ジャガイモが袋からこぼれ落ちた状態で横臥する屍体、避難しようと丸腰で教会へ向かう道すがら、ロシア兵に脅され、後ろ手に縛られ、拷問され、あるいはレイプされ、そしてTシャツを被せられた後頭部にカラシコフの弾が撃ち抜かれ、惨殺された屍体など、正視に耐えない報道からは、市民がターゲットにされているのことを示すものばかりで、世界を戦慄させている。


犠牲者は既に一般市民だけでも1,000名を数えているというが、その実数はこの数をはるかに超えるのではないかとも言われている。

このウクライナへのプーチンの軍事侵攻は2003年3月のブッシュ Jr.のイラク戦争、あるいは1939年9月のナチス・ヒトラーのポーランド侵攻と並ぶ、歴史的暴挙であり、その態様を視れば、議論の余地のない戦争犯罪である。
プーチンには一片の正当性も無い。

この侵略戦争はウクライナの領土保全と主権に違反し、国連憲章の第2条4などの諸原則に違反する行為である事は言うまでも無い。

ゼレンスキー大統領はこれを「戦争を越える、ジェノサイド」と強く非難するが、その謂いにも肯かざるを得ないトンデモ無い非人道的な侵略行為の様相を呈している。ヒューマン・ライツ・ウォッチをはじめとする世界的人道問題の調査団でも「戦争犯罪」の疑いが大変濃厚と語るほどだ。(「国際的な人権団体 “戦争犯罪行われた”さらに証拠集める方針」

…… と、ここまで書いてきたが、実は連日TVで伝えられる残虐な映像と、ここに加えられる現地市民の嘆き悲しむ姿とロシア軍へのおぞましいほどの物言いに嘘偽りは無いものの、どうしてもいずれかの側のプロパガンダに感情移入してしまう自身に気づき、冷静にならねばと戒めつ…、葛藤の日々が続いている。

自身への戒め

私は軍事専門家でも無ければ、遥か遠くの旧ソ連圏の国情なども疎く、特にこの戦争を読み解く場合に必須のNATOなどの欧州安全保障問題へはにわか勉強で学習しているに過ぎず、的確な分析などもできるはずも無い。

ただ実に非人道的な戦争犯罪の様相が展開されているところから、世界中のほとんど全てのメディアがこぞってロシア側のみを攻め立てる状況、つまりこの戦争犯罪の教科書として使えるような身の毛もよだつ数々の蛮行を視れば、一方への肩入れもある種当然ではあるものの、一歩、冷静な目で引いて観る、あるいは歴史的に長い照準でパースペクティヴの視座から見据え考える必要もある。

それまで世界各地で展開されていたロシア人演奏家、ミュージシャン、歌手などは公演から排除され、スポーツの場では明確なプーチン批判が無ければ,これも排除対象となるといった、世界的なある種のプロパガンダ、あるいはそこまで言わずとも、キャンペーンが繰り広げられるという異様な光景には、やはりどこか居心地が悪いところがあり、安易にその流れに乗れないものがあるのが偽らざる思いだ。

つまり一面的にロシアや、ロシア的なるものを宿敵として見立て、これを叩くだけで、果たして真に正しい状況の分析と、平和構築へのロードマップが描かれるのか、たいへん心許ない思いがしてならない。
こうして時々刻々伝えられてくるメディアの情報だけを鵜呑みにするのではなく、開戦後50日を越えてきた時点で、このウクラナ戦争の背後に貫かれるものは果たして何なのか、そうした基本的な視座を打ちたてねばとの思いである。

どのような結果がもたらされたとしても…

まずはじめに、タイトルの「勝利者のいないウクライナ戦争という難問」につき、そうした問題設定をせねばならなかった考え方について。

2月24日を前に、バイデンは世界屈指の情報機関からの分析に基づき、事細かなウクライナ国境沿いに展開する175,000名規模のロシア軍の配置状況、その軍事演習の内容などを明かしつつ、ロシアのウクライナ侵攻は必至。いつ始まってもおかしくは無いと、フツーならば最高機密に属するこの種の情報は秘匿されるものだが、カメラの前で必死の形相で語る姿は、やや滑稽にさえ当時は思えたものだ。

なぜなら、専門家では無い私にも、多くの専門家の話し、つまり「確かにロシア軍はウクライナ国境沿いに部隊を集結させ、あるいは隣国ベラルーシとの軍事演習を行ってはいるが、これはNATOへの脅しであり、国境を越えるなどと云うのは、ロシアにとっても何らのメルットも無く、こうした展開だけで既にNATOヘの脅しは果たされ、プーチンの十分な政治意志は獲得され、そのうち撤収していくのだろう。…なので侵攻はありえない」と聞かされ、(ウクライナにロシアが軍事侵攻。プーチン大統領の方針転換に専門家も驚く「全く合理性がない決断」

私もそれを信じた一人だ(今思えば、そうあって欲しいとの願望が些か反映した、甘い見立てであったのだろうが…)。
 


しかし、事ここに至れば、侵攻はあり得ないとい語っていた専門家も、自身の分析の超甘さへの自省も忘れ、今度は、もはやキーウは数日で、あるいは長引いても数週間で陥落し、国会議場にはZの文字が染め上げられたフラッグが上げられ、そこには親ロシア派の傀儡政権が樹立させられるだろう、というのが彼らの見立てだった。
プーチン自身も同じだったのかも知れない。

ようするに、一気呵成のロシア軍の侵攻でウクライナの北部、あるいは2014年前後から親ロシア勢力に一部の領土が支配されていた東部は陥落し、そこから数ヶ月、あるいは数年掛け、全土を掌握していくのだろうという見立てだ。
ただ、当然にもこれには世界からの囂々たる非難が殺到し、考えられ得るあらゆる制裁の網が掛けられ、プーチンは孤立し、ウクライナの統治そのものも決して上手く行くはずも無いだろう(2014年前後から支配が強まった東部ドンバス地域からはエリート層は逃げだし、貧困層のみが残り、ロシアは支配維持のためにここに膨大な財政支援を強いられていたと言われ、これがウクライナ全域となれば、トンデモ無い財政負担になることは目に見えている)。

しかし戦争そのものはウクライナの敗北、ロシアの勝利とされることとなる。


果たしてロシアにとってのその「勝利」の果実はどんなものだろう。
ウクライナの地は旧ソ連邦時代に舞い戻ったかのようになるかもしれないが、現在の親ロシア派が支配するドンバス地域のように、ロシアにはさらに重い財政負担がのし掛かり、それより何より、夫、恋人、家族、愛する子どもが惨殺されたウクライナの市民からは怨嗟の対象となり、いつ終わるとも知れない、祖国防衛、レジスタンスの戦いが繰り広げられるのは必至。
つまり、内戦状態が延々と続くことになる。

世界からは長期にわたり「戦争犯罪者」として憎悪の視線を浴び、外交上、大変困難な状況を強いられるのは必至。

旧ソ連邦の他の国々からは怖れられ、またその畏怖の内実は真の同盟国として契りが結ばれるというようなものではなく、いつ自国に攻め入れられるかとの怯えと、恭順の関係でしかなく、両者ともに落日の日々を送るしか無くなる運命といったところだろう。

国際的にも戦争時の制裁の多くは解除されるだろうが、国際的な地位は決して高まること無く、ロシアの救国の英雄として讃えられるであろうプーチンの高齢化に合わせるかのように、中長期的には堕ちていくのは必死。

むしろ戦勝の代償は実に重いものがのしかかっていくことになる。
とても勝利者として美酒に酔いしれる暇も無いのが実態だろう。

ウクライナの好戦者ぶりに世界が驚く

だが、このロシアの圧勝という見立ては戦端が開かれた1週間後には覆されることになる。

ウクライナは決然と起ち上がり、この猛攻を迎え撃ち、激戦地の1つ、キーウ攻略を図るロシア軍も3月末以降は進軍ままならず、ついには撤退へと踏み切るという、大きな戦略上の敗北を喫している。

これは多くの識者が語るとおり、東部、南部の戦線を強化するための転戦だとされている。
このウクライナ軍事侵攻の最大目的であった首都・キーウの攻略を諦めた時点で、大きな軍事戦略の変更、練り直しを迫られ、暫くは主力を東部、南部の戦線へと振り向け、何としても、ドンバス地域からオデーサへと繫がる回廊を奪い取るところへと照準を定めたのではないかとされている。

第二次世界大戦でナチスドイツを敗退させ、壊滅させた1945年、5月9日は「ロシア戦勝記念日」と定められており、ロシア最大の国家的な記念日とされているとのこと。
この5月9日までに、戦略変更後の東南部の攻略と支配という目的を完遂させるべく、停戦協議ではぬらりくらりと言を弄びつ、侵攻の手を緩めないというのが現状のようだ。

だがしかし、キーウからロシア軍を敗退させたウクライナ軍、ウクライナ市民の意気はさぞかし上がっていることだろうし、この東部から南部戦線における戦況もまた、決してロシアの思うようには運ばないのではないだろうか。


特にオデーサを巡る争いは大変激烈なものにならざるを得ない。
ウクライナにとり、港湾都市・オデーサは生命線。
世界最大級の小麦の輸出はこのオデーサ港が主力であり、黒海への数少ない戦略的な大都市であり、ここを奪われるわけにはいかない。

当面する戦局は、この東部から南部に掛けての領土争いになっていきそうだ。

ところで、これほどのウクライナ軍の反攻の強さ、ハイブリット戦と言われるITを駆使した戦略の巧妙さやウクライナ市民のレジスタンスへの決起には専門家の多くも驚くほどのものがあるようだ。

ソ連解体後、ウクライナの政権は2014年のマイダン運動と言われる反政府運動などを挟み、ロシアとNAT0との間を揺らぎつつ、変遷を重ね、現在は元コメディアンのゼレンスキーの政権にあるのだが、その間、政権中枢での汚職、腐敗はすさまじいものがあったようだし、元々、ローマ・カトリックのキリスト教を信じる人の多い西部と、ロシア正教に殉じる東部という分断に、ウクライナ語を話す西部とロシア語圏の東部という分断などから、国家的な一体感、国民国家としてのアイデンティテイを1つものとして語ることは困難だとされてきた状況もまた、プーチンの軍事侵攻への決断のハードルを下げるものだったと思われるが、しかし蓋を開けてみれば、このウクライナの好戦ぶり。

一体感が希薄であったウクライナという国を、プーチンの軍事侵攻が覚醒させ、国家的な紐帯を強く醸成させるものにしてしまうという、何とも皮肉な話しではある。(続

今日は最後にウクライナのバンドの演奏を張り付ける。
「The Doox & Ярослав Джусь – Соловейко (Live)


バンドゥーラなど、伝統的楽器を取り入れた #ウクライナ のエスノロックバンド
詩はウクライナの民間伝承を元にしたものとのこと。

ウクラウナに1日も早い停戦と、その後の和平が訪れることを切に願わざるを得ません

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