工房通信 悠悠: 木工家具職人の現場から

あれから1年半

3.11から間もなく1年と半年が経とうとしている。

「福島原発最悪の事故はこれから 日本は滅亡」

昨年12月、政府に依れば「事故は収束した」とされた福島第一原子力発電所過酷事故だが、「収束」どころか、危機的状態から一歩も出ていない、というのが一部専門家の見立てであるようだ。

例えば、このフランス「ル・ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール」誌の記事。〈仏有力誌が告発「福島原発最悪の事故はこれから 日本は滅亡」〉(原典

「日本は滅亡」というおどろおどろしい記述で驚くが、実は指摘されている4号機の冷却用プールがもたらすかもしれない破局的な事故は、字義通り「日本は滅亡」との表現に値するものだろうし、さらには地球的規模でのクライシスを意味するであろうことは、国内の多くの専門家が指摘するところだ。

ボク自身も福一事故の現況を考えた時、この問題がもっとも困難な対象だろうということは、かなり早い段階で認識していたつもりだ。

4号機の詳細なあの映像を見せられ、再度の大地震に見舞われることがあれば、冷却用プールはひとたまりも無く崩壊の憂き目に遭うだろうし、そうなれば露出した燃料棒から放出されるであろう放射線量はヒロシマ原爆の5,000発分(小出裕章氏[京都大学原子炉実験所]の指摘)にあたり、その意味するところはまさに「日本は滅亡」であるだろうし、これは決して過大な誇張ではないことに気づく。

ひとり我らが政府が「収束しちゃったのだから、安心してね、再稼働どんどんやるよ」などと言われても、それがいかにウソに充ち満ちた妄言かは明らかなのだ。

そうした欺瞞に満ちた時代をボクたちは生きている。
一見、目には見えにくいのだが、実は人類がこれまで経験したことの無いようなクライシスの時空を生きている。
ボクたちはその震源地で生を営んでいるというわけだ。

政治の不作為は果てしなく‥‥〈原子力規制委〉問題

それにもかかわらず、日本の政治は果てしなく溶融しつつある。
これまで安全神話を振りまいてきた〈原子力安全・保安院〉に替わり、この事故を総括し、危機対応の機関となるべく構想し、9月には設置するはずだった〈原子力規制委員会〉すらいまだに起ち上がっていない。(設置法案では交付から起算して3ヶ月を超えない範囲内に設置される、とされている。交付は6月27日)

国会同意が必要とされる人事案が宙づりにされた状態だからである。

原子力ムラに限りなく近い人物が5名の委員の中に3名もいるとされれば、利益相反を避けようとする原則が損なわれ、規制委設置の初っぱなから信頼性を逸することになってしまうことになり、これには当然にも多くの批判が寄せられ、頓挫しているというわけだ。

(政局を良く知る人から見れば、この国会同意人事を国会にかければ、民主党内からの造反議員が出て、近いと言われる総選挙を前にして党が崩壊するリスクを考え、上程しないのだという。要するに、一刻も早い起動が求められている原発の安全を担保するはずの規制委人事より、自党の都合が優先されるというわけである)

大飯原発再稼働とはいったい何だったのか

この夏は例年に無いほどの猛暑続きで、ボクも疲れ切ったものだが、国内の電力会社は節電を呼びかけはしても、いずこも計画停電せずに乗りきることができた。

ところで、関西電力管内の供給力に不安があったのは確かだろうが、しかし果たして大飯原発の再稼働は本当に必要だったのかは、よくよく吟味しなければならない。

こんなデータがある。(【関電、ピーク時も原発不要】今夏、大飯再稼働に疑問/専門家「需給検証を」

つまり大飯原発の供給力に依らずしても凌げた、ということがデータから裏付けられている。
確かに余力を持たねばならないのは理解できるものの、電力会社間の電力融通システムを考えれば、ひいきめに見たとしても、なおのこと、大飯原発の供給など無用であったことは否定できない。

関西電力としては、この年間最大の需給逼迫の時期を過ぎてもなお、大飯は継続して運転していくのだという。(関電社長「秋以降も運転したい」 営業運転中の大飯原発

さらには次の再稼働は四国電力伊方原発などと噂され始めている。

要するに、電力需給見込みなど関係無く、大飯を除く他の原発の運転停止状況は、電力会社、原子力ムラにとってみれば、異常な事態であり、早急にこの状況を脱し、他の原子力発電所の再稼働へと邁進したい、というホンネが見え隠れする、というのが現状であり、野田政権はこれを追認し丸呑みし、再稼働 Go ! 方針へ向け蠢いているというわけである。

これほどに拙劣でおぞましい日本だったのかと、呆れ果てるばかりだ。
上のフランス誌の指摘などには、ただただ恥ずかしくて、項垂れるばかりだが、もはや最低限の沽券を保ち、周囲の国々の人々にどのような顔をして向かえば良いのか、知っていたら教えて欲しい。

しかし、たぶんこれらは日本近代史における歴史的転換点として新旧の価値概念の交代におけるギリギリとした綱引き過程の現象のひとつとして捉えることもできるだろうし、またそうでなければとてもやりきれない。

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